正体を明かせない亡霊
自分の正体を隠しながら、自分のことを題材にした、自分の存在を嘘とする童話を、自分の初恋の相手と一緒に読むという、訳の分からない状況。
「あ~……。その本ですか~……」
「マリアック。この本は何でしょうか?」
クーリアが手に取ったのは、童話『フェイキッドの亡霊』。
この俺、『マリアック・アリビュート』の正体、『フェイキッド・スクリーム』を題材にした物語だ。
「この本のタイトルは~……『フェイキッドの亡霊』。かつて、このウォッシュール王国の第二皇太子だった人――シケアル・スクリーム殿下の双子の弟の~、フェイキッド・スクリーム様を題材にした童話です~……」
「第二皇太子『だった』人……ですか?」
「フェイキッド様は~、幼い頃に~、亡くなられてるのです~……」
クーリアに尋ねられたので、俺は仕方なく童話についての説明をする。
自分で自分を題材にした童話の話をする。
自分で自分の人生に嘘をつく。
自分の正体を明かすこともできず、他人事として説明をする。
(ヤバい……メチャクチャ辛い……)
そんな本心を抱きつつも、俺にはどうすることもできない。
どうしてもその苦しみを抑えきれず、自然と顔にも出てしまう。
クーリアにも少し心配されたようだが、ここはマリアックとして、『フェイキッドという死んだ人間のことを悲しむ』演技をするしかない。
――自分で自分を死んだことにして、赤の他人として演技を重ねる。
それは今までのどんな演技よりも辛く、俺の心を絞めつけてきた。
「すみません、マリアック。少々この本を読んでみてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ~。私も一緒にもう一度~、読んでみますね~」
ただ、クーリアは『フェイキッドの亡霊』の物語に興味があるようだ。
俺としては読みたくもない物語だが、クーリアがそう願うのなら俺も偽りの知識とともに読んでみよう。
あくまで『フェイキッド・スクリーム』としてではなく、『マリアック・アリビュート』としてだ――
■
「――なんと。このような話が、このウォッシュール王国にありましたとは……」
「この物語は~、事実かどうかは私にも分かりません~。王族の方なら分かるでしょうが~、多少の脚色は入ってると思います~」
(『多少の脚色』どころか、全部デタラメの『嘘』なんだけどな)
クーリアと一緒に童話『フェイキッドの亡霊』を読み終えると、俺は何とも言えない心境になる。
『フェイキッド・スクリームの芸術は王国に悪影響を与え、人々の害となる』という『嘘』を『真実』として拡散され、追い詰められたフェイキッド当人は自ら命を絶った。
『嘘』で殺されたフェイキッドは今もなお亡霊となり、『嘘』をつく人間を襲っている。
兄のシケアルはそんな弟の無念を晴らすため、努力を重ねている。
――そんな童話自体が完全な嘘っぱち。
すべてはシケアルの兄貴が俺を利用する土台のために用意した、ただのフィクションだ。
(つーか、読み直してみて思うんだが、『兄貴が俺の死をきっかけに努力したようになった』とか、クッソどうでもいいだろ。こんな嘘っぱちの童話にまで、自分のことをアピールしてんじゃねえよ)
俺が童話を読み直して思った感想など、胸糞の悪いものしかない。
俺のことを徹底的に嘘で塗り固め、これを作った兄貴自身は持ち上げるような内容。
真実を知る俺にとってこんな童話に、いいと思える点など何一つない。
――この童話の存在が、俺を『死んだ状態にさせている』ようなものだ。
「この話は~、教訓とも言える童話なのですよ~。フェイキッド様が亡くなられたのは事実ですが~、この物語が伝えたいのは~、『嘘をつくのは悪いこと』ということです~……」
それでも俺は自らが童話に出てくる"フェイキッドの亡霊"だとバレないよう、マリアックとしてクーリアに説明を続ける。
真実を知る身からすれば、滑稽極まりない話だが――
「マリアックもこの本が『真実かどうか』までは、完全には知らないのですよね?」
「そうですね~。脚色はあるでしょうけどね~」
「それならば、私は『嘘をつく』のもいいと思います」
「……はい~?」
――そうして俺が童話の説明を続ける中で、クーリアが何やら質問をしてきた。
そして自身の見解を述べてくるのだが――
「この童話は事実を元にしているとはいえ、"作り話"です。脚色という『嘘』が織り込まれています。"フェイキッドの亡霊"というものも実際に存在していれば、私の耳に入っていてもおかしくありません」
「そ、それはそうでね~……」
「ですが、こういう童話が教訓になるのであれば、私は『嘘をついてもいい』と考えます」
「……クーリアって~、お掃除のことしか頭にないかと思ってましたけど~、そうでもないみたいですね~」
――それは何気ない感想だったが、俺は心の中で嬉しかった。
クーリアの『教訓のためならば、嘘でも構わない』といった都度の発言は、とても優しい言葉に聞こえた。
俺は世間では死んだことにされているため、もう『フェイキッド・スクリーム』として存在することは許されない。
それでも『フェイキッド・スクリーム』の存在を、クーリアはこの童話の忌まわしい思惑とは別に、好意的な解釈で述べてくれた。
単なる自惚れではあるが、一方的に密かに恋焦がれる相手に、『本当の俺の存在』を認められたような気がした。
「……心外ですね。私もお掃除以外のことだって考えます」
「本当ですか~?」
「……本当です」
そんな会話の中で、俺はあくまでマリアックとして、クーリアと何気ない談笑をする。
多少クーリアの清掃ジャンキーっぷりを小馬鹿にして、思わずムッとした表情で返されてしまう。
それでも嫌な感じはしない。
俺もクーリアのことをとやかく言えるほどの友人関係などないが、今の俺はクーリアとの絆が深まってきているのを感じる。
(こいつが他人にこうやって感情を露わにした表情をするのも、他では見たことねえしな)
ある意味、俺はクーリアにとって特別な存在になっているのかもしれない。
偽りの姿『マリアック・アリビュート』としてだが、どこか優越感を感じてしまう。
そんなことで少し調子に乗り、さらにクーリアへ意地悪なコメントを述べてもみる。
「いずれにせよ~、クーリアは嘘なんて~、つけなさそうですよね~」
「それを言うならば、マリアックとて同じことでしょう。フフッ」
(えっ!? わ、笑った!?今、クーリアの奴がメッチャ自然に笑った!?)
――すると、クーリアの表情が今まで見たことのないものになった。
それは実に女性らしい、なんとも魅力的な笑顔。
「あ~! クーリア~! 今の笑顔は~、実に女の子らしかったです~!」
「……え? 今、私は笑っていたのですか?」
「笑ってましたよ~。実にいい笑顔でした~」
そんな笑顔の感想を、俺も言葉で述べずにはいられない。
マリアックの演技を介してだが、俺は思ったことをそのまま口にする。
普段から表情の変化が少ないクーリアだが、先程の笑顔はかなり自然で明らかな笑顔だった。
――正直、破壊力がすごい。
クーリア自身も多少戸惑っていたようだが、すぐに現状を受け入れたようだ。
そして口にこそ出さないが、どこか満足しているのが見て取れる。
(……俺もマリアックの姿でしか接することはできねえが、こうやってクーリアが満足してくれんのなら、本望ではあるか)
決して本当の姿を見せることはできないし、決してこの思いを伝えることもできない。
それでも愛する女が喜んでくれるなら、俺には演技のやりがいがある。
俺の中での一つの妥協点だが、これからもクーリアのために、『友人マリアック・アリビュート』の演技を続けていこう。
「さてと~。もう遅い時間ですので~、ご飯を食べたら休みましょうか~」
「ええ、そうですね。私もお料理をお手伝いします」
童話の話が一段落すると、俺はクーリアと一緒に夕食を作り始めた。
(さてと、後は飯を食ったら寝るだけだ。幸い、ベッドはこの部屋に二つあるし、寝るのに困ることは――)
そうして俺は夕食を作る最中、その後の段取りも考えていたのだが、そこでこれまで忘れていたとんでもない問題に突き当たる――
(俺……クーリアと一緒に寝なきゃいけねえんだったぁああ!!??)
――なんともマヌケな話であるが、友人マリアックを演じるあまり、俺の頭からその事実が抜け落ちていた。
ベッドこそ二つあるが、完全に隣り合わせ。今更場所を変える余裕もない。
俺は表向きこそマリアックという女だが、心の中はフェイキッドという、れっきとした男だ。
(しかも一緒に寝る相手は、密かに片思い初恋中のクーリア……! こんなの……どうすりゃいいんだよぉおお!?)
俺は改めて状況のヤバさを理解し、一人心の中で悶えて絶叫する。
そんな心境が行動にも出てしまったのか、俺は夕食の準備中に三回、布団の準備中にも三回転んだ。
もちろん、マリアックの演技としてではなく、素でだ。
むしろ、演技で転んでる回数の方が少ない。




