お嬢様と学園へ向かいます。
物語は新たな舞台へ。
今日は朝からココラルお嬢様の従者として、一緒に通っている学園に向かっている。
『聖ノミトール学園』――
ここウォッシュール王国国立の教育機関で、様々な職業の次世代を担う、新たな人材を育てる最高の場所だ。
多くの職業における学科が存在し、ここを卒業した者は"一流"以上として、将来を約束される。
――なお、私の<アサシン>と<メイド>のスキルは実戦経験の積み重ねで"一流"になった。
「なんだか晴れやかな気分での登校ですわ! こんなの初めてですわ!」
私の横でココラルお嬢様は笑顔で小さな体を伸ばしている。
お嬢様は学園に入る前にお母様を亡くされ、以来ずっと"汚れ"に心を蝕まれてきた。
こうやって洗われた綺麗な心で登校するなど、初めてのことだろう。
「クーリア! 何でしたらあなたもわたくしと一緒に、"勇者科"の授業を受けるのですわ!」
「……ココラルお嬢様。私は<勇者>になるつもりはありません。あくまで<清掃用務員>です」
そんなココラルお嬢様が通う学科は、"勇者科"だ。
その名の通り、未来の<勇者>を育てる学科だ。
<勇者>になるためにはある程度の素質が必要で、お嬢様も入学前の適性診断に見事に合格された。
元々、お嬢様は優しさと聡明さを併せ持ったお方だ。
"勇者科"に合格されたのも当然のこと。従者としても鼻が高い。
――ただ、入学した後のお嬢様は"汚れ"のせいでそのお心が荒れていた。
そしてお嬢様は公爵令嬢という身分。
そのお心の隙と身分に群がるように――
「ファインズ様。おはようございます」
「ファインズ様。本日も私達と一緒によろしくお願いします」
――不逞な令嬢が集まってしまった。
今私とお嬢様の前に現れたのは、他の学科の貴族令嬢達だ。
お心が荒れていたお嬢様の取り巻きとなり、勇者科の生徒で公爵令嬢という地位あるお嬢様に取り入ろうとする者達だ。
私はこの者達が気に入らない。
ココラルお嬢様を学園内で自身達の作り上げた派閥のトップに祀り上げ、弱者を虐げるような真似をさせてきた。
いくら当時のお嬢様のお心が荒れていたとはいえ、私の敬愛するお方にそのような真似をさせるのは許せない。
「……<用務眼>」
私は密かに<用務眼>を発動させ、取り巻きの令嬢達に"汚れ"がないかを確認した。
――だが、残念なことに"汚れ"はない。
少し悔しくなった。
もしこの取り巻き達に"汚れ"があれば、私の<清掃用務員>のスキルと清掃魂を使って、この者達を排除できたのに――
「あ! 皆様! おはようございますですわ! 今日も明るく、仲良く頑張るのですわ!」
「あ……あれ? ファインズ様? なんだか雰囲気がいつもと違うような――」
「『ファインズ』と家名で呼ばれるのは、よそよそしいですの! これからわたくしのことは、『ココラル』で呼んでほしいですの!」
「ど、どうされたのですか……? いつもはもっとトゲトゲしているのに……?」
――だが、ココラルお嬢様の反応はいつもとは違った。
取り巻きに対しても明るい笑顔で接し、やわらかいお言葉で返す。
そんなお嬢様を見て、取り巻きも戸惑っている。
「え、えーと……ココラル様? 今日は誰を虐めましょうか……?」
「いじめなんて言語道断ですわ! わたくしは勇者科の生徒ですの! <勇者>を目指す者として、そんなことはしませんのよ!」
「で、ですが……今までもそうやって、のし上がって来たじゃないですか……?」
「間違っていたのはわたくしの方ですの! だから今日は、これまで迷惑をかけた方々に謝りに行くですの!」
さらにココラルお嬢様は、これまで自身が虐げてしまった生徒への謝罪まで提案した。
――なんとお美しいことか。
確かにお嬢様はこれまで"汚れ"のせいで、派閥を組んで他者を虐げて地位を築いてきた。
だが"汚れ"の落ちたお嬢様は、こんなにもお美しいお心を持ったお方なのだ。
自らの非を認め、その後の行動まできちんと決めている。
その気高き精神は、まさに清掃魂――
つくづく私はお嬢様との出会いに感謝する。
このお方に仕え、このお方を"汚れ"からお助けで来たことこそ、私の人生における最高の清掃業務完了だ。
ただ、同時に私の心も苦しくなる――
「あら? クーリア? どうしたのですの? 胸を押さえて苦しそうですが……?」
「いえ……御心配には及びません。少々、お嬢様の従者としても、<清掃用務員>としても、自責の念に囚われただけです……」
――こんなにお美しいココラルお嬢様を信じ切れず、私はただ憎しみに囚われてしまった。
お嬢様はそんな私のことをも心配して、優しく声をかけて下さる。
――染みる。クエン酸が目に入るぐらい染みる。
汚れていたのは取り巻き令嬢の心ではなく、私自身の心だ。
――私もまだまだ、<清掃用務員>として未熟だ。
どれだけ"超一流"を自負しようと、私の心はまだまだ汚い。
だが未熟だからこそ、私にもまだまだ伸びしろがある。
ココラルお嬢様を見習い、私もより清掃魂を磨くよう、精進しなければ。
「あら~? ココラル・ファインズさん~? なんだか今日はいつもと違って~、明るくていい笑顔ですね~」
自責の念と更なる誓いを立てていた私の耳に、取り巻きとは別の人の声が割り込んできた。
緩やかで穏やかで、どこかのんびりとした声――
「シスター・マリアック! おはようございますですわ!」
「おはようございます~。何かいいことがあったのですか~?」
――お嬢様に声をかけてきたその人物は、シスター・マリアックという女性だ。
本名をマリアック・アリビュート。
この学園の卒業生で、今は学内にある教会の<シスター>をしている。
常にほがらかな笑顔を絶やさず、誰にでも分け隔てなく接することができる、ココラルお嬢様と同じく綺麗なお心を持った人だ。
その笑顔を前にすると、男子生徒、女子生徒問わずに魅了され、学内での人気も高い。
「クーリア・ジェニスターさんも~、お疲れ様です~」
「おはようございます、シスター・マリアック」
「今日のココラルさんは~、いつもと違いますけど~、何かあったのですか~?」
「少々、心をお掃除いたしました」
「ん~? よく分かりませんけど~、明るくなってよかったですね~」
シスター・マリアックはほがらかな表情と声で、状況を何となく察してくれたようだ。
彼女はとにかく空気を読むのがうまい。
彼女の前ではどんな悪意ある意志さえも、清掃後の排水溝を流れる水のように、サラサラと流されてしまうのだ。
――彼女もまた、磨けば光る清掃魂の持ち主だ。
「それでは~、私はこれで~、失礼します~」
シスター・マリアックは笑顔で私とココラルお嬢様にお辞儀をすると、教会へと踵を返した。
彼女も大変なようだ。こうやって朝は生徒達に挨拶しながら、教会でのお仕事にも取り掛かる。
今度私も教会にお邪魔して、せめてお掃除のお手伝いをしたいものだ。
――実を言うと、私がお掃除した方がいい大きな理由が教会にある。
教会を取り仕切るシスター、マリアック・アリビュート様は確かに穏やかな女性だ。
教会を取り仕切るだけの器量もある。
だが、彼女は――
――コテンッ!
「あ~! 痛い~! また転んでしまいました~!」
――凄まじくドジっ子なのだ。




