奇妙で親しい友人
クーリアとマリアック。
お互いの名前を呼び捨てで呼び合う編。
「えーっと……シスタ――いえ、違いました。マリアック。あそこの窓をお掃除すればよろしいでしょうか?」
「はい~。お願いしますね~。クーリア~」
俺はクーリアにお互いの名前を呼び捨てで呼び合うように提案してみた。
これまでの『シスター・マリアック』や『クーリアさん』という呼び合い方はどうにも距離を感じるため、まずはこういうところから変えてみる。
その後、俺はクーリアと一緒に教会の掃除をすることにした。
クーリアと言えば掃除だ。クーリア自身が得意とし、最も興味を持っていることを一緒にやれば、俺との距離も縮まるように考えた。
名前の呼び方についても、クーリアはぎこちなさそうにしてはいるが、俺の提案通りに呼び捨てで呼んでくれている。
(クーリアも呼びづらそうだが、俺も俺で内心は呼びづらい……。てか、クーリアに『マリアック』って呼び捨てにされるのも、こっぱずかしい……)
俺の方も言葉に出すわけにはいかないが、呼びづらさを演技でごまかし、『マリアック・アリビュート』としてクーリアとの掃除を続ける。
<アブソリュートアクター>のスキルのおかげで、俺も表向きにはクーリアに対して冷静にふるまえている。
ただそんな演技をしていても、心の中ではこう思ってしまう――
(本当は『マリアック』じゃなくて、『フェイキッド』って呼び捨てにされてえ……)
――それが俺の本音。
シケアルの兄貴に従っているために、俺は表向きには『マリアック・アリビュート』であり続けないといけない。
だが、それでも俺の本当の姿は『フェイキッド・スクリーム』だ。
どうせ初恋の相手に呼び捨てで呼んでもらえるのなら、俺の本当の名前を呼んでもらいたい。
(まあ、俺の状況を考えると、それは流石に傲慢か。こうやって、『マリアック』って呼び捨てにされるだけでも、俺にとっては大きな進歩だな)
なんとも複雑な心境ではあるが、とりあえず今の俺にできるのは『マリアック』としての役目だ。
俺もこれ以上の願望は捨てて、マリアックの役に専念しながらクーリアとの掃除を続ける。
「え、えっと……マ、マリアック。窓のお掃除は終わりました。次はどこをお掃除しましょうか?」
「そうですね~。それでは~、お風呂もお願いしていいでしょうか~」
そんなクーリアなのだが、やはり掃除の手際はいい。
<清掃用務員>のスキルを使わずとも、普通に素早く掃除を終えている。
もっとも、<清掃用務員>スキルの使用は俺の方で禁止にしている。
以前俺が見た<清掃能力強化>だの<除菌疾走>だのを使われると、俺の方がついていけない。
この掃除はあくまで交流が目的。正直、掃除の結果や効率なんてどうでもいい。
一応は俺なりに考えながら、クーリアとの交流を深めようと模索してみる。
「それにしても……休暇の過ごし方のはずが、なぜ教会のお掃除になったのですか?」
「クーリアはお掃除が好きですから~、交友を深めるのに~、丁度いいと思いました~」
「なぜ、<清掃能力強化>を使ってはいけないのでしょうか?」
「これは交友を深めるのが目的なので~、私とおしゃべりしながら~、クーリアのことをもっと知りたいのです~」
クーリア自身もそれらのことを不思議がっていたようなので、俺もマリアックとして理由を述べておく。
そうすることで本当に少しずつではあるが、俺とクーリアの心の距離は縮まっている気がする。
俺もクーリアも、だいぶお互いの呼び方にも慣れてきた。
(ところでクーリアの奴、また俺のことを尊敬の眼差しで見てるな。こんな俺みたいなオカマ野郎に、その目はやめてほしいんだがなぁ……)
ただそうして掃除をしながら会話をする中で、クーリアはまたしても俺のことを『慈愛に溢れた聖女様』だとでも言いたげな目で見つめてくる。
こんな嘘まみれの俺にそんな目をされても、こっちは苦しいだけだ。
そもそも、本当の俺は男である。
――流石に言うわけにはいかないので、心の中だけにとどめておく。
(まあ、そこまで悪い気はしねえか)
それでも俺とクーリアの距離が近づいていることは事実だし、そこが嬉しいことは変わりない。
俺もマリアックとしての演技とは別に、心の中でウキウキしながらクーリアと一緒に掃除をしていた。
「クーリア! まだいますですのー!?」
「あっ! シスター・マリアックもお疲れ様です!」
そうしてクーリアと二人の時間を過ごしていると、ココラルの嬢ちゃんとファブリの二人がやって来た。
「お疲れ様です、ココラルお嬢様。授業はよろしいのでしょうか?」
「もう放課後でしてよ」
「ボク達、クーリアさんが気になって来ちゃいました」
(なんだ。もう放課後になっちまったのか)
やってきた二人の話を聞く限り、思っていたよりも早く時間が流れていたようだ。
なんだかんだでクーリアと二人きりで喋りながら掃除しているのが楽しく、時間が経つのも忘れていたようだ。
「……それにしても、どうしてシスター・マリアックの教会に来てまで、お掃除をしてますの?」
「心配しなくて大丈夫ですよ~。これは私とクーリアの交友のために~、やってることですから~」
「そういう事でございます、ココラルお嬢様。私はマリアックとお掃除を通して、交友を深めているのです」
ココラルはクーリアが教会の掃除をしていることに、難色を示したようだ。
一応俺も事情を説明はしてみたが、確かに休暇を与えられたクーリアが結局掃除をしていては、休暇の意味合いがなくなってくる。
クーリア当人は納得しているようだが、ここはやはり体を休めることも必要だったかもしれない。
「……あら? クーリア。あなた、シスター・マリアックを呼び捨てで呼んでますのね?」
「そのことでございますか。マリアックよりの提案で、こうした方が親しみやすいとのことです」
「……あなたが誰かを呼び捨てで呼ぶなんて、初めて見たのですわ……」
そんな風に俺が少し考えていると、ココラルはクーリアが俺を『マリアック』と呼び捨てにしていることを気にし始めた。
話を聞いている限り、どうやらクーリアは他者に対して呼び捨てを使うことがないらしい。
実際に俺を最初呼び捨てで呼ぼうとした時も、かなりぎこちなかった。
(これってもしかして、俺だけクーリアにとって特別ってことじゃねえか? よっしゃぁああ!!)
その事実を知った俺は、表向きにはマリアックの表情でニコニコしたまま、心の中でガッツポーズをとっていた。
これがバレるとドン引きされそうだが、俺にとっては一つのステータスだ。
マリアックという偽りの姿での結果だが、嬉しいことに変わりない。
「……申し訳ございません。やはり、呼び捨てはやめます」
(えええぇ!? なんでやめるの!?)
――嬉しかったのだが、なぜかクーリアは俺への呼び捨てをやめる提案をココラルにし始めた。
せっかく俺は一人喜んでいたのに、一気にどん底まで気持ちが落ちそうになるが――
「何故謝るですの!?」
「いえ、ココラルお嬢様におかしく思われたので……」
「おかしくなんてありませんことよ!」
――ココラルとクーリアの話を聞く限り、俺の気持ちが早まっていたようだ。
ココラルは落ち込むクーリアに、何やら説明を始める。
「わたくしはクーリアとシスター・マリアックが仲良くなったようで、嬉しくて驚いたのですのよ!」
「ボクもなんだか温かい気持ちになりました。お二人とも、本当に仲が良さそうでしたよ」
そしてココラルとファブリが俺とクーリアの様子について、かなり好意的な意見を述べてくれる。
(……俺の姿は演技だけど、好意的に見られてんなら、それはそれでありがたいな)
欲を言えば『マリアック・アリビュート』という仮初の姿ではなく、『フェイキッド・スクリーム』という本来の姿でそういう風に見られたい。
それでも他人から俺とクーリアが仲良く見えているのなら、十分すぎるほど嬉しい話だ。
クーリアも俺と友達であることは受け入れてくれてるし――
「あ、あれ~!? クーリア~!? な、泣いてるのですか~!?」
「……え?」
――そう思いながらふと見たクーリアの目からは、涙があふれていた。
俺も思わず驚いてしまったが――
「だ、大丈夫です、マリアック。別に悲しいわけではありません」
(これってもしかして、嬉し涙か?)
――おそらく、クーリアは今無意識に喜んで涙を流したのだろう。
俺の言葉を聞いてクーリアは涙をぬぐうが、その表情はどこか嬉しそうだ。
――惚れた女を泣かせるなんて男の恥だが、こういう反応は嬉しく感じてしまう。
「……そうですわ! シスター・マリアック、今日はクーリアをこの教会で寝泊まりさせることはできますの?」
「それぐらいのことなら~、構いませんよ~。夜も私しか~、ここにはいませんから~」
そんなクーリアの様子を見て気遣ったのか、ココラルはクーリアを一晩この教会で寝泊まりさせることを提案してきた。
最初はクーリアもその提案を聞いて仕事のことを気にしていたが、ココラルとファブリの説得で一泊することになった。
(ここはクーリアのためにも、俺も『マリアック・アリビュート』として一肌脱ぐか)
俺は帰っていくココラルファブリの背中を見ながら、心の中で一人誓う。
俺もココラルの提案を飲み、クーリアが喜んでくれた以上、ここは頑張ってクーリアが満足できる一夜にしよう。
「それでは~、クーリア~。お風呂の用意をしますね~」
「すみません、ありがとうございます。マリアック」
そのためにも、まずは風呂の準備をしよう。
クーリアも教会の掃除で汗をかいただろう。
まずはゆっくり休めるように、風呂に入ってもらって――
(ん? ちょっと待てよ。今日俺はクーリアと二人きりで、一晩明かすってことか?)
――そうして風呂の準備に向かう俺だったが、ここでとんでもない事実に気が付く。
クーリアの気持ちを考えてあっさりココラルの提案を聞いてしまった俺だが、この状況は俺としては非常にマズいのではないだろうか?
俺はクーリアのことが好きだ。初恋の相手だ。
俺は女ということになっている。だが、中身は男だ。
そしてこの教会にはもう、俺とクーリアしかいない。
――明日の朝まで、二人っきりだ。
(は、はは、恥ずかしいぃぃいい!?)
コテンッ!
「あ~! また転びました~!」
話に流されるまま承諾してしまった、初恋の相手で片思いの女との二人きりの一夜。
俺はその羞恥心から思わず転び、マリアックの演技で即座にごまかす。
女『マリアック・アリビュート』の演技が極まりすぎていたが、男『フェイキッド・スクリーム』としてはこれ以上ないほど危機的な状況。
――果たして俺はこの一晩、"フェイキッド"を"スクリーム"させずに済むだろうか?
馬鹿だろ、こいつ。




