どこか愛おしい女
マリアックはずっとこんな思いをしてました。
(な、なんとかベッドには寝かせられた……)
その後、俺は荒れ狂う理性を必死に抑え、なんとか倒れたクーリアをベッドに寝かせることができた。
途中、主であるココラルの嬢ちゃんがクーリアを心配しに見に来て、『絶対安静をお願いしますわ!』と忠告していったり、勇者科の担任と学園長が『懺悔をしたい』と言いに来たりもした。
ココラルの方の話は後でクーリアにも伝えればいい。
勇者科の担任と学園長の懺悔はクーリアが目を覚ますまで待ってもらっている。
――あの二人に関しては、懺悔の理由がなんとなくわかる。
それらの来客もマリアックとして対応し、俺はクーリアの傍で目を覚ますのを待っている。
ハッキリ言って、ここまでで嫌というほど疲れた。
床に倒れたクーリアを抱える時、なんだか柔らかかったし、本物の女特有のいい匂いもしたし――
(ダメだ! 鎮まれ! 俺の内の"フェイキッド"! 決して"スクリーム"するんじゃないぃ!!)
――そんな邪な考えが頭の中をよぎったが、それでも俺はなんとか持ちこたえた。
憧れの女が目の前にいるのにここまで耐えられた俺は、自己評価だが褒められていいはずだ。
そうして理性を保ちながら俺は水で濡らしたタオルを絞り、ベッドの上で仰向けになったクーリアの頭に乗せる。
(どうにか落ち着いてはいるな。あれだけ無茶苦茶な動きをしたんだ。相当疲れてるんだろうよ)
俺はクーリアの寝顔を見ながら、<医者>スキルで診察を続けてみる。
こうしてこいつの顔をまじまじと見てみると、やっぱり美人であることがよく分かる。
俺みたいな齢十七歳の小僧だと、クーリアのような大人の女は余計に魅力的に見えるのだろうか。
ただ先程までの勇者科の担任や学園長にとっていた態度を見ると、クーリア自身にはその自覚がないのかもしれない。
(なんだか、もったいない話ではあるよな……)
クーリアは前世の記憶を持った転生者だったり、自らが<清掃用務員>であることに妙な誇りを持っている。
おまけにどこかズレていて、俺や周囲を驚かせることばかりする。
総じて馬鹿な女だというのが俺の結論だ。
それでもこいつは、それ以上にいいところが多い。
目の前の目的に対し、どこまでも頑張れる。
たとえ人に引かれようと、噓をつかない。
自分を隠すことが恐ろしく下手で、決して自分を偽らない。
今日見てきただけでも、クーリア・ジェニスターという人間には多彩な魅力があることが分かる。
(……こいつにはいずれ、俺なんかよりもよっぽどいい相手が見つかるんだろうな)
俺は心の中で願う。
そんなクーリアがシケアルの兄貴やそれで動く俺の意志とは別に、一人の人間として幸せになってくれることを。
できることなら俺がその相手になりたかったが、やはりそれは望めない話だ。
――すでに死んだことになっている暗躍の亡霊に、恋をすることは許されない。
「う……う~ん……。……ん? ここは――」
「あら~、クーリアさん~。よかった~。意識が戻りましたね~」
それから少し時間が経つと、クーリアが目を覚ましたようだ。
俺も頭の中でのフェイキッドとしての雑念を捨て、マリアックとしての演技に集中する。
「急に倒れたから~、すごく心配しました~……」
「ご心配をおかけして、誠に申し訳ございません……。それどころか、私はあなたが着替え中のところに無理矢理押し入ってしまいました……」
目が覚めたクーリアは頭に乗っていた濡れタオルをとると、上半身を起こして俺に謝罪してくる。
まだ体が回復しきっていないはずなのに、それでも俺に対して頭を下げてくれる。
――俺にそんなことをされる義理はない。
そもそもの話、今回クーリアが倒れた原因は完全に俺だ。
俺が兄貴の命令通りに<暗黒魔法>を校舎にばらまき、クーリアがそれを消すために奔走してしまった。
挙句の果てには俺がドジを踏んで教会を<暗黒魔法>で満たしてしまい、そのせいでクーリアには相当な無茶も心配もさせてしまった。
結果として俺はクーリアに正体がバレかけてしまったが、元をただせば全部俺の責任だ。
「気にしないでください~。クーリアさんも~、必死だったみたいですから~」
「わ、私を許してくださるのですか……?」
俺はクーリアの謝罪に対し、マリアックとして理解したそぶりを見せる。
本来は俺の方が謝るべきなのだが、今の俺にはそれさえ許されない。
もしすべてを話してしまえば、俺だけでなくクーリアにまで兄貴の毒牙が襲い掛かる。
――それだけは絶対に避けないといけない。
「ですが~、一つだけお願いが~、ありますね~」
それでも俺から一つ、クーリアに伝えておきたいことはある。
それは俺の本心だが、あくまで『心優しきシスター・マリアック』として言葉を紡いだ。
「クーリアさんは~、頑張りすぎですね~。お掃除が大切なのは分かりますが~、それでも倒れられるのは~、悲しいです~」
とにかく俺はクーリアが倒れるところなんて見たくない。
その原因を作っている俺が言うのもおかしな話だが、それでも俺はできうる限りのことでこいつを守りたい。
「私が倒れると……シスター・マリアックは悲しいのですか?」
「当然ですよ~。私はクーリアさんのことを~、お友達だと思っています~。お友達が無理をして倒れるなんて~、悲しいに決まってます~」
そんな言葉の中で、俺はクーリアのこと『お友達』と言ってしまった。
マリアックとしての演技が郷に入っているのだろうが、なんとも自分勝手な話だ。
そもそも俺みたいな奴に、クーリアの友達なんて釣り合うはずがない。
恋人よりはハードルが下がったが、それでも俺にはやはり不釣り合いだ。
――俺の正体は"フェイキッドの亡霊"。
マリアック・アリビュートの皮を被った、死んだはずの悪霊だ。
「だから~、これからは~、無理をしないでくださいね~?」
それでも俺はマリアックとして、クーリアを心配するように声をかける。
俺の名前も姿も、クーリアの目に映るすべては嘘だが――
――この心配する気持ちだけは、決して嘘じゃない。
「……真心に満ちたそのお言葉、誠に痛み入ります」
俺の独りよがりも甚だしい言葉だったが、クーリアはそれを聞き入れてくれた。
こいつは嘘をつかないが、同時に人を疑うこともしないように見える。
その素直さは心配になってくるが、同時に俺にはとても眩しい。
「……はっ!? そ、そういえば、ココラルお嬢様達の授業は!?」
「あ~、それなら~、大丈夫ですよ~。午前の授業は~、お休みになりました~」
目が覚めて一通り落ち着いたクーリアだったが、今度は主であるココラル達のことが心配になってきたようだ。
俺はクーリアが寝ている間に起こった事情について、軽く説明をする。
ココラルがクーリアを心配して、絶対安静を求めてきたこと。
午前の授業が休みになったこと。
――そもそも休みになった原因が、今ここに勇者科の担任と学園長が懺悔に来ているためであること。
「お嬢様のお言葉は受けとりました。ですが、私は別にすることもあります。体調も戻りましたので、これにて失礼します」
「む~……クーリアさんは頑固ですね~……。分かりましたけど~、無理だけはしないでくださいね~」
クーリアもそれらの話を聞き入れてはくれたが、どうにも『絶対安静』という言葉の意味を理解できていないのだろうか?
確かに俺も容態を見る限り、もう平常時並みには回復している。
一応俺も心配の声はかけてみたが、クーリアは颯爽と部屋を出て行ってしまった。
――その際の俺は頬を膨らまし、あざとくも不機嫌そうにしてしまった。
(これで俺が本当は男だって知ったら、心底幻滅されるだろうな……)
この調子だと俺はクーリアに告白する以前に、本当のことを話すだけで距離を置かれそうだ。
兄貴のことを抜きにしても、俺は後に引けないレベルまで来てしまっていたか。
――さらば、俺の初恋。
その後、クーリアは勇者科の担任と学園長に気を遣ったのか、<アサシン>のスニークスキルで気配を消しながら教会を出て行った。
仕事に忠実で他者を気遣うのは構わないが、それでまたぶっ倒れないことを祈る。
そしてクーリアの件は片付いたが、俺にはまだやることがある――
「すみません~。お待たせしました~。懺悔をお聞きします~」
――ずっと待たせていた勇者科の担任と学園長の懺悔を聞くという、シスター・マリアックとしての仕事だ。




