かつてアサシンだったメイド
ここから本編の時間軸に合流します。
「シスター・マリアック! おはようございます!」
「どうも~。おはようございます~」
シケアルの兄貴に聖ノミトール学園で<シスター>として働くように命じられてから、二年ほど経った。
十七歳となった俺は周囲から『シスター・マリアック』と呼ばれながら、今も同じように<シスター>を続けている。
その時の俺は常にほがらかな笑顔を絶やさず、間延びした声で言葉を交わす。
時折、兄貴に言われていた通り、自然に転ぶ演技を加えてドジっ子の演出もする。
――ところで、これは本当に必要な演技なのだろうか?
兄貴から渡された『マリアック・アリビュートの在り方』という本には、『一日に三十回転ぶ』などと書かれている。
正直、ここまでくるとわざとらしいにもほどがある。
それでも兄貴の恐ろしさから逃れられない俺は、今日も今日とてわざと転ぶ。
コテンッ!
「だ、大丈夫ですか!? シスター・マリアック! また転んでますよ!?」
「えへへ~、すみません~。大丈夫です~」
「シスター・マリアックは本当におっちょこちょいですね……」
俺は周囲の生徒達の手を借りながら、転んだ状態から起き上がる。
こんなことを毎日わざわざ続けているものだから、生徒達も慣れたものだ。
(でもこんなことばっかりしてると、マジで自分を見失いそうだ……)
助けてくれる生徒たちに表向きは感謝しつつ、俺は心の中で悪態をつく。
最近こういう心の中で、一人気持ちをつぶやくことが多くなった。
決して人前で本当の姿を見せるわけにはいかない。
決して『マリアック・アリビュート』のイメージを壊してはいけない。
どれだけ俺が自分を見失いそうになっても、俺はこれらのことを守らなければいけない。
――それがかつて『フェイキッド・スクリーム』と呼ばれた人間に許された、唯一の生き方だった。
(おっと、そうだ。今日はあのクソ兄貴も行動を起こすみてえだな)
俺は再び心の中で兄貴に悪態をつきながら、今日起こる兄貴の計画について考える。
何やら兄貴はこの学園に入学してきた、ファブリ・フレグラという平民の女生徒に気があるようだ。
そのために何やら計画を立てており、周囲の人間まで巻き込んでいる。
シケアルの兄貴に片思いしているワガママ公爵令嬢、ココラル・ファインズを兄貴が片思いしているファブリをいじめるようにけしかける。
そしていじめられているファブリを、シケアルの兄貴が助ける。
これらの流れを作るために、兄貴は自らの<暗黒魔法>で二人の心を操っている。
――なんとも盛大で遠回りな自作自演だ。
(まあ俺個人としては、ココラルやファブリよりも気になる人間がいるな)
兄貴が考える自作自演を心の中で嘲笑しながらも、俺には以前から気になっている人間がいる。
ココラル・ファインズを主とする、ファインズ公爵家の<メイド>――クーリア・ジェニスター。
俺が『ホトトギス』から盗み出した、魔法銃"ファルコン"の本来の持ち主である元<アサシン>でもある。
どうやら『ホトトギス』を追放された後、ファインズ公爵家に拾われ、今は主であるココラルと一緒に登校しながら<メイド>として周囲の世話をしているらしい。
"ファルコン"の元の持ち主であることも気になるが、俺にはそれ以上に気になることがある――
(あのクーリアとかいう女。美人だよなぁ……)
――どうにも、俺はあの女に軽く惚れてしまったようだ。
聞いた話だと、歳は俺よりも八歳上の二十五歳。
結構離れてはいるが、それでもそんなことは気にもならない。
もし俺が男のままだったら、『フェイキッド・スクリーム』のままあいつと接することができたのなら、こちらから声をかけたいところだった。
女にしてはやや高めの身長と、スラリとした体躯。
控えめながらも程よく実ってる胸。
後ろで括った黒髪と、メイド服のマッチング
表情の変化はほとんどなく、常に冷たい視線を向けてくることが玉に瑕だが、それでも総じて『安定した美人』と言ったところか。
正直な話、長い間自由が許されていなかった俺にとって、初恋の相手だ。
(……ちょっと俺も様子を見てくるか)
そんなクーリアという女のことが気になり、俺はもうじき現れるであろう校門へと向かう。
――ただ、惚れていたとしても下手な油断はできない。
クーリアは『ホトトギス』を追放こそされたが、元々優秀な<アサシン>だったと兄貴から聞かされている。
今はワガママ公爵令嬢のココラルの側近として、いざという時はいつでも戦える気迫を纏わせている。
あいつの冷たい視線は、そんな現状において身についてしまったものなのだろう。
それでも気になる女がいると、どうしても近寄りたくなってしまう。
(こんな嘘まみれの俺だが、やっぱ男なんだよな~……)
どれだけ『マリアック・アリビュート』という女を演じようと、俺の心はまだ男だ。
ただ、そうでも考えておかないと、俺も俺自身を見失いそうになる。
この好意はある種、『俺が俺であり続ける』ための最後の一線でもあった――
■
「え、えーと……ココラル様? 今日は誰を虐めましょうか……?」
「いじめなんて言語道断ですわ! わたくしは勇者科の生徒ですの! <勇者>を目指す者として、そんなことはしませんのよ!」
「で、ですが……今までもそうやって、のし上がって来たじゃないですか……?」
「間違っていたのはわたくしの方ですの! だから今日は、これまで迷惑をかけた方々に謝りに行くですの!」
(あれ? 様子がおかしくねえか?)
――そうして俺は校門前までやってきた。
予想通りそこにはココラルの嬢ちゃんと従者であるクーリアがいたのだが、どうにも様子がおかしい。
ココラルはこれまでのワガママな態度から一変し、これまでの自身の取り巻きに何やら謝罪の提案をしている。
シケアルの兄貴の計画にこんな話はなかった。
これまで狂いのなかった兄貴の計画だったが、ここに来て初めて計画に狂いが生じたということか?
「あら~? ココラル・ファインズさん~? なんだか今日はいつもと違って~、明るくていい笑顔ですね~」
「シスター・マリアック! おはようございますですわ!」
それを確かめる意味も含めて、俺はマリアックとしてココラルにこちらから挨拶してみる。
そして返されてきたココラルの挨拶はとても快活で、これまでのトゲトゲしたワガママさをまるで感じさせない。
どうにも気になった俺は様々なスキルを動員させ、ココラルに纏わりついているはずの<暗黒魔法>の気配を探ってみる。
俺には兄貴と同じ<暗黒魔法>を生み出すことはできないが、確認するだけならここ数年の鍛錬で、様々なスキルの力を使ってできるようにはなった。
そしてその力でココラルを視てみると――
(ええ!? ど、どういうことだ!? 兄貴の<暗黒魔法>が消えちまってるだと!?)
――ココラルから<暗黒魔法>の気配はなくなっていた。
俺は内心驚きつつも、その理由を考えてみるが、皆目見当もつかない。
兄貴の<暗黒魔法>は俺が覚えたどのスキルでも、無効化することはできなかった。
一体、何がどうなってるんだ?
「クーリア・ジェニスターさんも~、お疲れ様です~」
「おはようございます、シスター・マリアック」
「今日のココラルさんは~、いつもと違いますけど~、何かあったのですか~?」
気になった俺は傍にいたクーリアにも話を聞いてみた。
クーリアはいつものように丁寧な従者として、俺に挨拶を返してくれる。
――ただ、クーリアの方も少し様子がおかしい。
これまではいつもココラルの傍で周囲を警戒するように、冷たい刃のような視線を辺りに向けていた。
だが、今のクーリアは違う。
表情の変化こそ相変わらずほとんどないが、どこか殺気のようなものが抜け落ちている。
その代わり、不思議と感じられる妙な優しさ――
――その時、俺はクーリア・ジェニスターという人間に、さらに惚れこんでしまった。
外見だけでなく、その身に纏う空気にまで、俺はいつの間にか惹かれていた。
ただ、それでも俺はシケアルの兄貴の下で状況を確認しないといけない立場だ。
そういう立場である以上、俺はクーリアから事情を聴いてみる――
「少々、心をお掃除いたしました」
――事情は聴けたが、意味は分からなかった。
『心を掃除』ってどういうことだ? てか、こいつがココラルに何かしたのか?
クーリア本人はどこか自慢げに語っているが、話の筋が見えてこない。
「ん~? よく分かりませんけど~、明るくなってよかったですね~」
とにかく意味が分からなかった俺は、空気を読んで適当な返事だけしておくことにした。
そんな俺をクーリアはなんだか尊敬の眼差しで見つめてくる。なぜだ。
「それでは~、私はこれで~、失礼します~」
俺はなんだか恥ずかしさを感じながら、足早にその場から立ち去った。
わずかに感じ取れた、クーリアの内面的な変化の理由は分からない。
だが、とにかく俺には一つだけ胸に抱く思いがある――
(やべえ。なんか今のクーリアを見てたら、心臓がバクバクしてきやがる……!)
――どうやら、俺は本気でクーリアに恋をしてしまったようだ。
最初は外見的な一目惚れだったが、今のクーリアにはまた別の魅力が備わっている。
やばい。自分でもよくわからないが、なぜか魅了されてしまう。
いっそ俺の正体も全部話してしまいたいが、そんなことをすればシケアルの兄貴が許さない。
下手をすれば、クーリアに身の危険が――
――コテンッ!
「あ~! 痛い~! また転んでしまいました~!」
――そんなことを考えながら歩いていたら、俺は素で転んでしまった。
「シスター・マリアック……また転んでますの」
「ええ。また転んでいますね」
少し離れたところから、ココラルとクーリアが俺が転んだことについてコメントしている。
すぐさまマリアックとして『よく転ぶ設定』の演技をしたので難を凌いだが――
――俺は内心、演技で転ぶ時よりも恥ずかしかった。
要するに、この時は素で転んでいました。
そしてクーリアには割と最初から惚れていたと。




