偽りに囚われたシスター
『フェイキッド・スクリーム』は死に、『マリアック・アリビュート』が生まれた。
<アブソリュートアクター>をマスターした後も、俺は兄のシケアルによって<シスター>を始めとした他のスキルもマスターさせられた。
兄も言っていた通り、<アブソリュートアクター>をマスターした俺には他のスキルを覚えることなど容易く、俺が地下牢に閉じ込められて一年ちょっと経つ頃に、ようやく外に出ることが許された。
――だが、俺が暮らしていた王城に、もう俺の居場所はなくなっていた。
父であるジーキライ・スクリームや当時騎士団の有望株であったクッコルセ・ウォンナキッシュも、俺のことは完全に『死んだもの』だと結論付けていた。
シケアルの兄貴が用意したあの童話、『フェイキッドの亡霊』をこの国の人間全員が信じ込み、俺は完全に死んだものと扱われていた。
この世でこの俺、フェイキッド・スクリームが生きていることを知る人間は――
「さあ、フェイキッド。これからは僕の用意した計画の通りに動くんだ。分かってるな?」
――俺をここまで追い込み、俺の人生をメチャクチャにした双子の兄、シケアル・スクリームだけだった。
そんな俺にとって最大の恨みの元凶であり、最大の恐怖の対象である兄は、地下牢から出た俺の肩をいやらしく抱きながら、手に持った荷物を渡して語り掛けてきた。
「今から七年間、このウォッシュール王国の外れにある教会で、<シスター>として過ごすんだ。そこでは僕が教えた『マリアック・アリビュート』という人物像の通りに生きるんだ」
「……分かった」
兄は俺に荷物を渡すと、ボロいローブで俺の姿を隠し、言っていた教会へ向かう馬車へと乗り込ませてきた。
俺には兄に逆らう気力はなく、ただただ言う通りに従うしかなかった。
そうして俺は見ず知らずの場所で、誰も知るはずのない女、『マリアック・アリビュート』としての人生を始めた――
■
――そして七年後、俺が十五歳になった時、忌々しいシケアルの兄貴によって聖ノミトール学園の教会で働く<シスター>になることを命じられた。
そのころには俺は完全に『マリアック・アリビュート』としての演技をこなせるようになっていた。
どんな人間も優しく包むほがらかな笑顔。
間延びした穏やかな語り口。
とにかくよく転ぶドジっ子――これは正直、必要なのか分からない。
「うんうん。僕の望んだとおりの『マリアック・アリビュート』になってくれたようだな。本当に美しい姿だ。この物語における『女装男子』枠だけのことはあるな」
「気色悪い手で触んじゃねえよ! クソ兄貴!」
七年経っても、兄貴は俺のことをいやらしい手つきで触ってくる。
そんな中で意味の分からない言葉も出てくるが、俺にはそんなことどうでもよかった。
あれから兄貴を恨み続ける中で自分を偽り続ける日々を続け、俺もすっかりやさぐれてしまった。
見た目と表向きの態度こそ兄貴が望む『マリアック・アリビュート』という女になったが、その内心ではずっと怨恨が渦巻いている。
<アブソリュートアクター>として様々なスキルをマスターし、さらなる成長を重ねた俺はシケアルの兄貴への復讐も考えていた――
「……フェイキッド。僕に逆らおうとしないほうがいい。いくらお前が強くなっても、僕には絶対に勝てない」
――だが、そんな考えはすぐに吹き飛んでしまった。
兄貴は俺の肩に手をかけながら、不気味な黒い『何か』を体から溢れさせている。
俺のあらゆる直感が、その危険性を認知させた。
シケアルの兄貴に逆らってはいけない。
俺の思考はすぐにそこへと行きついた。
「後、この学園に来る前に頼んでいた例のものは手に入れたか?」
「……ああ、これだろ、魔法銃"ファルコン"。『ホトトギス』の警備は厳重だったから、相方の実弾銃"ホーク"は手に入らなかったがな」
そんな俺と兄貴の二人だけが教会で話していると、兄貴は事前に俺に頼んでいた依頼の品を見せように言ってきた。
この国でも数少ない銃。その中でも特に強力とも言える一品、魔法銃"ファルコン"。
元々は何年か前に、クーリア・ジェニスターという<アサシン>の女が使っていたものらしいが、そいつが失脚して以降、親元の組織である『ホトトギス』によって保管されていた。
<アサシン>や<シーフ>のスキルもマスターしていた俺は、その能力で『ホトトギス』からまず"ファルコン"を優先的に盗むように言われていた。
「"ホーク"は無理だったか。本当は二丁拳銃として揃えばリンク効果も期待できたんだが、今は構わない。その"ファルコン"はお前が持っていろ。時が来れば僕のこの能力を――<暗黒魔法>を、お前にも少し使わせてやる」
シケアルの兄貴は手の平から<暗黒魔法>と呼ばれるものを出して俺に見せつけながら、不気味な声で語り掛けてくる。
兄貴の態度も不気味だが、この黒い<暗黒魔法>というものも不気味だ。
なんだか見ているだけで、心を蝕まれるような気がしてくる。
「お前が『マリアック・アリビュート』として生きている間に、僕もこの<暗黒魔法>をマスターしてな。この力がある限り僕が負けることはありえないし、誰も僕に逆らうことなどできない」
兄貴は自慢げに<暗黒魔法>を俺へと見せつけながら、さらに釘を刺すように語り掛けてくる。
兄貴は兄貴で俺がいない間に、何やら力を身に着けたようだ。
俺も<アブソリュートアクター>でその能力を模範しようとしたが、それさえもできない。
――それほどまでに、兄貴が手にした力は異質にして強大だった。
こんな能力を見せつけられて、俺はまたしても怖気づき、ただ兄貴の道具として使われる日々を繰り返すこととなる。
「さてと。僕もこれからこの聖ノミトール学園の勇者科に通う。その中でお前に計画に沿った指示を出すこともあるが、お前はもう『フェイキッド・スクリーム』じゃない。『マリアック・アリビュート』としてこの学園で生活しろ」
「……ああ、分かった」
シケアルの兄貴は自身の計画性に絶対の自信を持っており、その計画の一端として自らも聖ノミトール学園へ通うそうだ。
本当なら同い年である俺も通うはずだったのだが、もうそれも叶わない。
シケアルの兄貴が教会を出た後、俺は一人大きな鏡の前で立ち尽くしていた。
「これが……俺か……」
鏡に映るのは修道服を身に着け、頭に被ったベールからわずかに覗く長い銀髪の、一見すると女性の姿。
そこに『フェイキッド・スクリーム』としての姿なんてない。
俺にはもう、偽りに囚われて生きるしかなかった。
シケアルへの恨みが募りまくったのが原因で、マリアックも相当口が悪くなってしまった。




