表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

5.どういうわけですか

 どうも、もどかしかった。

 大学の授業がはじまるのはまだ先だから、時間には余裕がある。

 だけど、一日にわずか一分程度しか、幽霊の話を聞くことができない。

 すぐにスタミナが切れてしまい、回復にも相当な時間がかかる、イラつくスマホゲームをプレイしているような感覚を、優菜ゆうなは覚えていた。


 そして翌日、やっと幽霊のスタミナが回復した。

 午後十一時が近づくまで、優菜は言うべきことを整理して、紙に書き出していた。

 幽霊が現れると、すぐに説明をはじめた。


「こんばんは、幽霊さん。わたしには霊感があり、あなたが見える。そしてあなたには何か頼みがあることを知っている。その頼みは何? 幽霊さん」


 幽霊は驚いたような顔を向けるばかりだった。


「だから、その時間がもったいないんだって。すぐに言って。あなたは、何をして欲しいの? できるなら、協力するから」


 そうまくしたてられた幽霊は、さすがに混乱した様子だった。

 だが頭を軽く振り、やっとのことで言葉を絞り出した。


「この椅子の謎を解いて欲しい」

「謎? どういう謎?」

「それが、俺にもわからない」

「……ちょっと、時間の限り、説明をして」


 幽霊の男は戸惑いながらも、話をはじめた。

 その話は、男の若いころのロマンスの話だった。


 若いころ、結婚をして身を固める前、男には恋人がいた。

 外国生まれで、西欧の血が混じったハーフの彼女は、日本人には似つかわしくないことをする女だった。


 若いころから資産を持っていた男は、様々な女と浮名を流してきた。

 だがその恋人に出会うと、すっかり夢中になってしまった。

 数年ほど付き合った後、男はこの女と身を固めようと決心をした。


「俺はその女にプロポーズをした」


 優菜はすっかりその話に聞き入っていた。

 なんだか思いの他、ロマンチックな話だな、と考えていた。


「それで、どうなったの?」


 優菜がたずねたその瞬間に、幽霊は消えた。

 優菜は頭を抱えた。


「……なにこれ。次、どっから説明すればいいのよ」


 翌日の夜が来るまで、優菜は頭の中を整理していた。

 相手は、いわば記憶喪失者だ。

 不要な情報はなるべく消すこと。

 そう何度も、心の中で繰り返していた。


「わたしはあなたが見えていて、あなたには何か頼みがあることがわかっている」


 次に現れた幽霊に、優菜は早口言葉のようにそう説明した。

 そして矢継ぎ早に、男の若いころのロマンスの話に持っていった。


「それで、プロポーズの返事は?」

「あ、ああ。翌日、俺が彼女と暮らす家に帰ると、昨日までなかった椅子が部屋の中にはあった。そして彼女が言った。『これが、答えよ』」


 そこで言葉を切り、男はこちらを見つめてくる。

 優菜は首をかしげざるを得なかった。


「……どれが?」

「だから、その椅子が。俺にもさっぱり、意味がわからなかった。その謎を解いたら、プロポーズの返事がわかる、と女は言っていた。俺はしばらく考えたが、わからなかった」

「だろうね」 


 優菜は椅子を見る。

 優美なデザインだが、それ以上に変わったところはない。

 プロポーズの返事だと言われても、意味不明だ。


「見かねた女は、次の俺の誕生日になったら、椅子の謎の答えを教えてくれるといった。そして一週間後のその日が来る前に、彼女は、車に轢かれて死んだ。子犬を助けようとして、道の真ん中に飛び出したらしい。バカだよな」


 優菜はさすがに、言葉に詰まった。


「……本当に、そう思う?」

「いいや。らしい死に方だと思ったよ。でも、だから、椅子の謎はわからずじまいだった」


 そう言って、男は消えた。

 残った椅子を優菜は見つめた。

 これはプロポーズの答えだ。

 そしてその答えの意味を、死んだ男は探っている。


 話を聞いても謎の答えはわからない。

 謎はすべて解けたとは簡単にはいかないのが、この世界の悲しいところだな、と優菜は考えていた。



  ※※※



 翌日は少し、時間に余裕があった。

 聞きたい話はすべて、一通り聞き終えていたからだ。

 手早く幽霊に説明した後、その後の話を優菜は聞いた。


「結局のところ、あなたは他の女性と結婚したんでしょう? 息子さんがいるんだから」

「まあな。家内も、いい女だったよ。俺には出来すぎた妻だった。俺の方を先に送り出してくれていたら、満点だったのに。だけど先に逝ってしまった」

「あの世で一緒に、なんてことは考えないの?」

「たぶん、そういう俺もいるんだ。家内と幸せに、あの世にいる俺もな。だけどこういう俺もいる。死んだ女への、未練に縛られている」

「どちらもあなたというわけね」

「そうだ。そして俺はこの椅子の謎を解いてもらいたい。それができる人間の元にいきたかったんだが、どうやらあんたが、適任そうだな」


 そう言い残して消えた幽霊のことを思いながら、優菜は考えていた。

 どうも幽霊の男のその感想は間違いらしい。

 椅子を見ていても、何のことやらわからない。


 その翌日は、大学の入学式があった。

 バタバタと準備をして、シラバスや履修登録の説明を受け、サークルの勧誘などに顔を出しているうちに、夜が来てしまった。


 幽霊は普段の通り現れた。

 だがもう、聞きたい話は思いつかなかったし、こちらが言えることもない。

 謎を解けずに悩む男を見たくなくて、優菜は霊感を調整してシャットアウトした。


 男の姿は消えた。

 ただ、罪悪感は消えなかった。



  ※※※



「そういうわけなんです」


 優菜がため息をつきながらそう説明を終えると、熊重くましげは冷静な口調で言った。


「どういうわけですか」

「わかるでしょう? あの日から二日ほど、椅子について考えたんです。だけどわたしにはその謎は解けそうにない。あの幽霊にも悪い気がする。だから、店員さん……熊重さんなら、何かわかるかと思いまして……」


 熊重は、少しも共感する様子もなく、すぐに首を横に振った。


「残念ですが、わかりませんね」


 正直いって、カチンときた。

 このリサイクルショップまでの道のりは、遠くはないが、そう近くもない。

 わざわざ椅子を運んできてまで、考えを聞こうと思っていたのに。

 なのに、大して考えることもせず、即答だ。


「そうですか、時間をとらせてすいませんでしたね」


 わざと厭味ったらしい口調で優菜は言った。

 そして椅子を手にして立ち上がろうとした。

 しかし右手を広げ、押しとどめるようにして、熊重が言った。


「その、幽霊云々はわかりません。興味もない。だけど、椅子自体に何かがあるのなら、それを調べることは出来る。これまで、何の変哲もない椅子だと思っていましたが、何か仕掛けがあるのかもしれない。クリーニングがてら、椅子自体を調べてみるのは、構いませんよ」


 優菜の波立っていた感情は、その言葉で静まっていく。

 言い方はあれだが、まあ、協力してくれるということらしい。

 そしてそれは、自分には出来ないことだから、悪い申し出ではない。

 と、はっと気づいて優菜は慌ててたずねた。


「もしかしてそれ、別料金になります?」

「また、返品されても困りますから。無償サービスで引き受けますよ、お客様」


 乏しい表情で優菜に目を向け、それから熊重は続けた。


「もちろん、払ってくれるのなら受け取りますよ。ああ、それならついでに相談料として、この店の臨時休業補償についても、請求させていただきます」

「あ、……いや、その」


 優菜が口をぱくぱくさせていると、少しも笑わずに、熊重は言った。


「冗談ですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ