5.どういうわけですか
どうも、もどかしかった。
大学の授業がはじまるのはまだ先だから、時間には余裕がある。
だけど、一日にわずか一分程度しか、幽霊の話を聞くことができない。
すぐにスタミナが切れてしまい、回復にも相当な時間がかかる、イラつくスマホゲームをプレイしているような感覚を、優菜は覚えていた。
そして翌日、やっと幽霊のスタミナが回復した。
午後十一時が近づくまで、優菜は言うべきことを整理して、紙に書き出していた。
幽霊が現れると、すぐに説明をはじめた。
「こんばんは、幽霊さん。わたしには霊感があり、あなたが見える。そしてあなたには何か頼みがあることを知っている。その頼みは何? 幽霊さん」
幽霊は驚いたような顔を向けるばかりだった。
「だから、その時間がもったいないんだって。すぐに言って。あなたは、何をして欲しいの? できるなら、協力するから」
そうまくしたてられた幽霊は、さすがに混乱した様子だった。
だが頭を軽く振り、やっとのことで言葉を絞り出した。
「この椅子の謎を解いて欲しい」
「謎? どういう謎?」
「それが、俺にもわからない」
「……ちょっと、時間の限り、説明をして」
幽霊の男は戸惑いながらも、話をはじめた。
その話は、男の若いころのロマンスの話だった。
若いころ、結婚をして身を固める前、男には恋人がいた。
外国生まれで、西欧の血が混じったハーフの彼女は、日本人には似つかわしくないことをする女だった。
若いころから資産を持っていた男は、様々な女と浮名を流してきた。
だがその恋人に出会うと、すっかり夢中になってしまった。
数年ほど付き合った後、男はこの女と身を固めようと決心をした。
「俺はその女にプロポーズをした」
優菜はすっかりその話に聞き入っていた。
なんだか思いの他、ロマンチックな話だな、と考えていた。
「それで、どうなったの?」
優菜がたずねたその瞬間に、幽霊は消えた。
優菜は頭を抱えた。
「……なにこれ。次、どっから説明すればいいのよ」
翌日の夜が来るまで、優菜は頭の中を整理していた。
相手は、いわば記憶喪失者だ。
不要な情報はなるべく消すこと。
そう何度も、心の中で繰り返していた。
「わたしはあなたが見えていて、あなたには何か頼みがあることがわかっている」
次に現れた幽霊に、優菜は早口言葉のようにそう説明した。
そして矢継ぎ早に、男の若いころのロマンスの話に持っていった。
「それで、プロポーズの返事は?」
「あ、ああ。翌日、俺が彼女と暮らす家に帰ると、昨日までなかった椅子が部屋の中にはあった。そして彼女が言った。『これが、答えよ』」
そこで言葉を切り、男はこちらを見つめてくる。
優菜は首をかしげざるを得なかった。
「……どれが?」
「だから、その椅子が。俺にもさっぱり、意味がわからなかった。その謎を解いたら、プロポーズの返事がわかる、と女は言っていた。俺はしばらく考えたが、わからなかった」
「だろうね」
優菜は椅子を見る。
優美なデザインだが、それ以上に変わったところはない。
プロポーズの返事だと言われても、意味不明だ。
「見かねた女は、次の俺の誕生日になったら、椅子の謎の答えを教えてくれるといった。そして一週間後のその日が来る前に、彼女は、車に轢かれて死んだ。子犬を助けようとして、道の真ん中に飛び出したらしい。バカだよな」
優菜はさすがに、言葉に詰まった。
「……本当に、そう思う?」
「いいや。らしい死に方だと思ったよ。でも、だから、椅子の謎はわからずじまいだった」
そう言って、男は消えた。
残った椅子を優菜は見つめた。
これはプロポーズの答えだ。
そしてその答えの意味を、死んだ男は探っている。
話を聞いても謎の答えはわからない。
謎はすべて解けたとは簡単にはいかないのが、この世界の悲しいところだな、と優菜は考えていた。
※※※
翌日は少し、時間に余裕があった。
聞きたい話はすべて、一通り聞き終えていたからだ。
手早く幽霊に説明した後、その後の話を優菜は聞いた。
「結局のところ、あなたは他の女性と結婚したんでしょう? 息子さんがいるんだから」
「まあな。家内も、いい女だったよ。俺には出来すぎた妻だった。俺の方を先に送り出してくれていたら、満点だったのに。だけど先に逝ってしまった」
「あの世で一緒に、なんてことは考えないの?」
「たぶん、そういう俺もいるんだ。家内と幸せに、あの世にいる俺もな。だけどこういう俺もいる。死んだ女への、未練に縛られている」
「どちらもあなたというわけね」
「そうだ。そして俺はこの椅子の謎を解いてもらいたい。それができる人間の元にいきたかったんだが、どうやらあんたが、適任そうだな」
そう言い残して消えた幽霊のことを思いながら、優菜は考えていた。
どうも幽霊の男のその感想は間違いらしい。
椅子を見ていても、何のことやらわからない。
その翌日は、大学の入学式があった。
バタバタと準備をして、シラバスや履修登録の説明を受け、サークルの勧誘などに顔を出しているうちに、夜が来てしまった。
幽霊は普段の通り現れた。
だがもう、聞きたい話は思いつかなかったし、こちらが言えることもない。
謎を解けずに悩む男を見たくなくて、優菜は霊感を調整してシャットアウトした。
男の姿は消えた。
ただ、罪悪感は消えなかった。
※※※
「そういうわけなんです」
優菜がため息をつきながらそう説明を終えると、熊重は冷静な口調で言った。
「どういうわけですか」
「わかるでしょう? あの日から二日ほど、椅子について考えたんです。だけどわたしにはその謎は解けそうにない。あの幽霊にも悪い気がする。だから、店員さん……熊重さんなら、何かわかるかと思いまして……」
熊重は、少しも共感する様子もなく、すぐに首を横に振った。
「残念ですが、わかりませんね」
正直いって、カチンときた。
このリサイクルショップまでの道のりは、遠くはないが、そう近くもない。
わざわざ椅子を運んできてまで、考えを聞こうと思っていたのに。
なのに、大して考えることもせず、即答だ。
「そうですか、時間をとらせてすいませんでしたね」
わざと厭味ったらしい口調で優菜は言った。
そして椅子を手にして立ち上がろうとした。
しかし右手を広げ、押しとどめるようにして、熊重が言った。
「その、幽霊云々はわかりません。興味もない。だけど、椅子自体に何かがあるのなら、それを調べることは出来る。これまで、何の変哲もない椅子だと思っていましたが、何か仕掛けがあるのかもしれない。クリーニングがてら、椅子自体を調べてみるのは、構いませんよ」
優菜の波立っていた感情は、その言葉で静まっていく。
言い方はあれだが、まあ、協力してくれるということらしい。
そしてそれは、自分には出来ないことだから、悪い申し出ではない。
と、はっと気づいて優菜は慌ててたずねた。
「もしかしてそれ、別料金になります?」
「また、返品されても困りますから。無償サービスで引き受けますよ、お客様」
乏しい表情で優菜に目を向け、それから熊重は続けた。
「もちろん、払ってくれるのなら受け取りますよ。ああ、それならついでに相談料として、この店の臨時休業補償についても、請求させていただきます」
「あ、……いや、その」
優菜が口をぱくぱくさせていると、少しも笑わずに、熊重は言った。
「冗談ですよ」




