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4.見えているからね

 アパートに椅子を持って帰ったその日、優菜ゆうなはテーブルと椅子を組み合わせてみた。

 テーブルは備え付けで、壁と接着しているタイプだ。

 高さが少し心配だったけれど、椅子はぴったりとテーブルに合った。


 改めて、椅子に深々と腰を下ろす。

 木製で、少し座面が冷たく固かったけれど、いい椅子なのは間違いなかった。

 何より、座り心地がいい。

 薄いクッションでも敷けば完璧だろう。


 優菜はその日の買い物に満足していた。

 そして、椅子の幽霊が現れたのは、その日の夜のことだった。


 ベッドに横になり、スマートフォンをいじっていると、妙な気配を感じた。

 いつの間にか、冷たい空気が部屋の中に満ちているように思った。

 優菜はベッドから体を起こし、暗くなっているワンルームの部屋の中で、今日買ったばかりの椅子のそばに立つ男の姿を見つけた。


 男はどこか、全体の印象として、青白い。

 そして境目がぼやけている。

 色が、というより、住んでいる世界の位相が異なっているようだった。

 まるで薄いフィルターを通した先の世界にいるようだ。


 男の髪の毛は灰色だ。

 そしてオールバックにしている。

 スーツを着ており、少しお腹が出ているが、老人と言われる年齢の割には、スタイルがいい。


 男はそっと、ベッドの上の優菜へと近づいてくる。

 優菜は男の目をじっと見つめる。

 幽霊の目は、人間とそうは変わらない。

 ただ、虚空へと向けられている。

 こちらを認識しているくせに、目線は合っていない。


「あなた、見えているからね」


 優菜は、そう声をかけた。

 そして幽霊の反応を探った。

 こんなにしっかりと姿を見たのは、久しぶりだと考えながら。


 幼いころから、優菜には幽霊が見えた。

 そしてそれはある程度、調整が可能な力だった。

 見ようと思えば見えるし、求めなければ知覚から除外することも可能だ。

 なぜそういうことができるのかは、わからない。

 いわゆる霊感が備わっているのだと、優菜は自覚していたし、そしてそれは他人とは共有できない、また説明も出来ない、オンリーワンな能力だとも思っていた。


 幽霊が本当の意味で『死者の魂』なのか、優菜には判別ができなかった。

 それはこの世に残された生者の残留思念なのかもしれないし、あるいはこの世界における、何らかのエラーのようなものかもしれない。

 重ね合わせになった並行世界から漏れ出る情報を受信しているのかもしれないし、あるいはアカシックレコードからの使命を受け取っているのかもしれない。

 どんな可能性だって考えられた。


 ともあれ、他人には得られない情報を優菜は『幽霊』を通じて知ることができた。

 そしてそれは、死者の魂が具現化したものだ、という説明が、一番穏当なものだとも考えていた。


 一方で、優菜には積極的に幽霊を見つける力はなかった。

 ただ、ラジオが電波をとらえるかのごとく、偶然引っかかってきた感覚に、チューニングを合わせる力は備えていた。

 その感覚は服に出来た一筋の『ほつれ』をつまむようなもので、その『ほつれ』がなければ、どうすれば幽霊が見つかるのか、優菜には見当もつかないのだ。


 いま、久しぶりに見つけた『幽霊』に、優菜は精一杯感覚を合わせようとしていた。

 こちらの声が聞こえればいいな、と考えながら。


 そして声は届いたらしい。

 男がわずかに反応を見せる。

 まだ少しずれている。

 優菜は目の焦点をずらすように、青白い姿をした男へ、ピントを合わせようと試みた。


 やがてその青白い姿の輪郭が、徐々にはっきりとしてくる。

 部屋の中にある他のモノとそう変わらずに知覚できるようになった段階で、優菜は言った。


「わたしの声は聞こえる?」


 そのときはじめて、男と目が合った。


「……俺が見えるのか?」

「ええ、そりゃあもう」


 目を見開いて男は言った。


「信じられない。……ああ、待ってくれ。明日、明日にまた話そう。今日はもう、時間が来そうだ」


 慌てた様子で言葉を続ける男に、優菜はたずねた。


「時間って、何の?」

「この世界に現れることのできる時間だ。そう長くはいられない」


 そう言い残して男は姿を消した。

 一人になって優菜は考えた。

 明日になればまた会えるということだろうか。

 まあ、深く考えても意味をなさない。

 これまでに見た『幽霊』たちの多くは、独自のルールで現れては消えていた。


 翌日の同じ時間、だいたい午後十一時を回ったあたりで、再び幽霊が現れた。

 一度経験しているから、今度は楽にピントを合わせることができた。


「昨日ぶり、幽霊さん。今度ははっきりと見えているよ」


 そう声をかけたのだが、幽霊はどこか戸惑った様子だった。


「……俺が見えるのか?」


 別にからかう様子もない。

 そしてこの幽霊にはあまり、時間的余裕もないはずだった。

 その反応を見て、優菜は一つの仮説を立てた。


 この幽霊は、昨日の記憶を持ち越すことは出来ない。


 優菜は手早く説明をした。

 昨日、幽霊とはじめて出会ったこと。そして自分には幽霊が見え、話も出来ること。椅子を手に入れた経緯。

 そんな話の途中で、幽霊は、わかった、わかった、といって話をさえぎった。 


「もう時間がない。明日も同じ話をしてくれ。俺には、頼みがあるんだ」


 そう言ったところで、幽霊は消えた。

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