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3.幽霊など、この世にはいませんよ

 何をバカなことを、と言われるおそれもあった。

 何しろ椅子にとりついた幽霊の話を聞くのは、リサイクルショップ店員の仕事ではない。

 しかし、その店員はリサイクルショップの自動ドアのスイッチを切り、入口に『臨時休業』と書かれた看板を下げた。


 もっと嫌がられるものかと優菜ゆうなは思っていた。

 想像していたのは、どちらかといえば否定的な反応だった。

 しかし、思ったよりも店員は優菜の話を聞くのに前向きだった。


 ひょっとすると、店員の方でも、あの椅子の『いわく』が気になっていたのかも。

 そして、もしかすると、優菜に協力をしてくれるかもしれない。


 店員は優菜を、レジの奥にあるドアへと案内してくれた。

 開けると、小さな事務室になっている。

 壁際にはデスクトップパソコンが置かれており、エクセルに数字の類が打ち込まれている。


 目の前に置かれた椅子に座る。

 持ってきた椅子は、傍らに置いた。

 やがて店員は言った。


「何かお飲みになられますか?」

「いいんですか?」

「ええ。長い話になりそうですから。そして、一ついいですか」

「なんでしょう」

「私の方から、先に話をさせてください」


 なんだそれ、と思いながらも、優菜はうなずいた。

 やがて店員から渡されたコーヒーを飲みながら、優菜は話を聞いた。

 話が終わるころには、コーヒーはすでに空っぽだった。


 熊重くましげと名乗った店員は、このリサイクルショップの店長らしかった。

 というか、他に店員はいない。

 そして彼は、品物の仕入れも行っている。


 熊重があの椅子を手に入れたのは、三か月ほど前のことだった。

 同業者から勧められていった、急死したとある金持ちの、遺品整理の場でのことだった。


 熊重がその家に行ったとき、めぼしい品はほぼすべて買い取られていた。

 後に残っていたのがこの椅子だった。

 そして熊重はその椅子を見つけて、すぐに不思議に思った。

 質のいい、アンティークのこの椅子ならば、同業者ならすぐに目をつけるだろうに。


 熊重の不思議そうな目に気が付いたのか、買取の場に立ち会っていた、金持ちの息子らしい遺族が口を開いた。


「ああ、その椅子ね。ぜひ、買い取っていただきたいですね。お安く、お譲りしますよ」

「そうですか? ウチで扱うには、少し高級すぎる椅子にも思えますが……」

「いや、いいんです。正直なところ、あなたの言い値で構いませんよ。何しろ、それが父の遺言ですから。……あれを遺言というのなら、ですが」


 熊重はじっと遺族に目を注いだ。

 その妙な物言いが気になった。

 そんな熊重の視線に気づいたのか、遺族はおずおずと話しはじめた。

 いや、話したくてたまらなかったが、そのタイミングを探っていただけにも思えた。


「実は、その椅子、父が大事にしていたものなんです。自分でさえ、決して座ろうとしなかった。使いもしないのに、なんでずっと置いてあるのかと不思議になるぐらいでした。でも、だから、業者には譲らず、ぼくが持っていようかと思ったんです。父の形見として、ね。だけど家にその椅子を持って行ったその夜、父が、ぼくの枕元に立った」


 熊重は、さすがに首をかしげた。


「夢ですか?」

「いいえ。夜で、部屋は暗かった。でも確かに、ぼくは目覚めていた。そしてぼくの妻も、何かを訴えかけようとする、父の必死の形相を見ているのです」


 息子の枕元に立ったその金持ちは、何かを口にしていた。

 『手放せ』という風に声が聞こえた。『……なら、椅子を手放せ』。

 その声は、周波数の変化するラジオのように、はっきりとは聞き取れない。

 聞こえない部分はまるで厚いガラスを通しているかのように、一切の音が聞こえない。

 『謎をとけ……』『……でなければ……』。

 声が続き、一分ほどで、父の姿は消えた。


 翌日の夜も同じだった。

 怯えた妻を別の部屋に寝せた息子は一人、夜の暗い部屋にいた。

 再び、枕元に父の姿が現れた。

 昨日と同じように、何かを言っていた。

 断片的にしか聞き取れない、その話を聞き、息子は父の伝えたい内容を推測した。


「父は、『謎を解け。それが出来ないのなら、椅子を手放せ』そう言っているように思えたのです。そしてぼくには謎が何かすらわからない。父はそのヒントを出しているのもしれないけれど、聞き取れない。だから、手放すことにしたのです」


 熊重は、改めて椅子に目を向けた。

 何の変哲もない、アンティークの椅子に思える。


「謎、って何のことでしょう」

「父の死の謎、とかなんでしょうか。でも父の死因は心筋梗塞です。そして、もしも父が死んで得をする人間がいるとすると……」


 熊重が目を向けると、金持ちの息子は、苦笑してみせる。


「ぼくでしょうね」

「あなたが心筋梗塞に見せかけて人を殺せるほど高度な殺人犯なら、これは高度な自白ともいえるんでしょうかね」


 熊重は笑える冗談をいったつもりだったが、金持ちの息子は笑わなかった。

 代わりに、真面目な顔でこう言った。


「この椅子、買っていただけますか。父も、ついてくるかもしれませんが」

「ええ、こんなに質のいい椅子なら、ぜひ喜んで。私には、モットーもありますし」

「モットー? 何のことです?」

「こういう商売をしていると、そのテの話はよく聞きます。そして同業者は、基本的には、そういう話を尊重している。信じる、まではいかなくても、売買を検討する要素にはしています。だけど、私はそうじゃない。『この世に幽霊などいない』。これが、モットーです」

「……ぼくも、つい数日前まではそうでしたけどね。だけど、今は違う。……それはさておき、さて、いくらでこの椅子を引き取ってもらえますか?」


 それが、この椅子と熊重との出会いらしかった。

 そうして、その後はリサイクルショップの商品の一つとなった。


 はじめは、この椅子は店頭に出さなかった。

 代わりに、もっと高級な顧客を相手にしている同業者へ向けて、買取の募集を行った。

 最初は熊重が買取った金額の十倍でも、求める人間がいた。

 だがすぐに、この界隈に、椅子の幽霊の話は広まった。


 やがて何も知らない一般人から買ってもらうために、店頭に出さざるを得なくなった。

 それでもこの椅子は帰ってくる。

 儲けさせてはくれたものの、ずっと店を去らないこの椅子を、持て余していると熊重は考えているらしかった。


 話を一通り聞き終えて、優菜は熊重にたずねた。


「……それで、謎は?」


 優菜のその質問に、熊重は、わずかに首をかしげてみせた。

 優菜には、そのリアクションの方がわからない。

 店にやってきたとき、椅子の謎の話をした。

 しかし、その言葉を耳にする前に、熊重は椅子の謎のことを知っていたはずなのだ。


「謎? 何の話でしょう」

「だって、あなたは息子さんの話を聞いたんでしょう。幽霊が、謎を解くことを求めているのだと知ってるじゃないですか」

「何を言ってるんです? 幽霊など、この世にはいませんよ。息子さんは、亡くなったばかりの彼の父を想うがあまり、妙な夢か幻覚を見たのでしょう」


 優菜はじっと熊重を見た。

 どこか生気のない、澄ました、冷たい顔をしている男だ。

 そんな話をたくさん聞いているくせに、『モットー』のために、その話を信じていない。


「じゃあなぜ、わたしの話を聞いてみようと思ったんです?」

「事実として、困っているからです。あの椅子はもういい加減、幻覚など見ない、まともな持ち主に引き取ってもらいたい。優美なデザインで、廃棄するには惜しい。だけど人に売ると、どうにかこうにか、帰ってくる。そしてお金が私のものになる。詐欺のようで、気分が悪いのです。しかも私のモットーにも反する」


 そう言って熊重はちらりと椅子に視線を落とす。


「……あなたから話を聞いたのは、この椅子のもたらす幻覚について、より詳しく知ることができれば、何かがわかるかもしれない。そう思っただけですよ」


 優菜はつい、しかめ面をしてみせる。

 この熊重という男は、どうにも妙なところがあった。

 自分とはまるで正反対だ。


 とはいえ、自分だけでは今のところ、解決方法が見えない。

 空になったコーヒーカップを近くにテーブルに置き、優菜は言った。


「じゃ、次はわたしの話ですね。いわゆるあなたの『モットー』とは正反対の話ですが、聞いてもらえますか」

「ええ。あなたが信じている分には、何の問題もないですからね」


 変なことをいう人だ。

 そう思いながら、優菜は話をはじめた。

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