表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1.その椅子は、返品されてきたばかりなんです

 春で、富岡とみおか優菜ゆうなは新居に引っ越したばかりだった。

 大学に通うために地方都市から出て、一人暮らしをはじめていた。


 入学式を先に控えていたその休日、優菜はぶらぶらと街を歩いていた。

 そしてそのリサイクルショップを見つけた。

 いわゆるチェーンのお店ではなさそうだった。


 地方都市にもあるような、見慣れた看板は出ていない。

 看板に書かれているのは、シンプルな一言のみ。

 赤地に白文字で、こう書かれている。



 『リサイクルショップ』



 そのどこか味気ない看板のわりに、店構えは整っていた。

 入り口は明るく、コンビニにも似た印象がある。

 自動ドアの入り口から店内をのぞいてみると、案外奥行きのある店だと気づく。

 テーブルや家電が並んでいる様子が見て取れた。


 やがて優菜は自動ドアを抜けた。


「いらっしゃいませ」


 どこかからそんな声がする。

 店員はいるらしいけれど、姿は見えない。


 優菜は店内を進んだ。

 奥行きはあるが、そう広い店でもない。

 店の奥、自動ドアからまっすぐ入った突き当りに、優菜の探しているモノが置かれたコーナーがあった。


 優菜が探していたのは椅子だった。

 新居のアパートはフローリングで、大体の家具は備え付けだった。

 だからもちろん椅子もあるのだが、折りたたみ式のモノで、どうも座り心地が悪かった。

 新しいモノが必要かもな。

 自分がそう考えていたことを、優菜は先ほど、リサイクルショップの店先で思い出したのだ。


 そして椅子の品ぞろえは、豊富だった。

 バリエーションが多い。

 事務机で使うような、プラスチックのフレームで出来たモノもある。

 足にはキャスターがついており、日常的な使用にはおそらく不向きだ。

 他にはパイプ椅子や、学校机として使っていたようなモノ、応接セットとして使えるようなソファーに似たモノもある。


 その中に一つ、優菜の目を引いた椅子があった。

 木製のもので、脚や背もたれに使われている部品は細く、一つ一つが微妙な曲線を描いている。

 どこか優美な印象があった。


 手に取り、持ち上げてみる。

 想像していた通り、軽い。

 少しかさばるが、ここから歩いて十五分程度かかるアパートにだって、持っていけないこともない。


 買おうかな。

 いや、まず、値段を見てからだ。

 そう考えて優菜は、椅子のあちこちへと目を向けた。だがやがて怪訝な顔をせざるを得なかった。

 その椅子には、値札の類は張られていなかった。


 ぱっと他の椅子へと目を向ける。

 いずれも、どこかに値段を示すシールが貼られている。

 数字のみで『1000』だの『500』だの『350』だのと表記されている。

 しかし今、優菜が持っている椅子にはその表記がない。


 非売品なのか。

 あるいは、貼り忘れているのか。

 店員に聞いて確認すべきか。

 いやそれもなんだか面倒くさい。

 買わなくてもいいかな、と優菜が元の場所へ椅子を置こうとしたあたりで、不意に背後から声がかかった。


「どうなさいました」


 振り返ると店員がそこにいる。

 青いエプロンをしているほかは、ジーンズにシャツと、普段着といって差し支えない格好をしている。

 男性で、背が高めで、どこか生気のない目をしている。

 ただ、物腰は丁寧そうだ。

 優菜は、手に持った椅子へ一度目を向け、店員にたずねた。


「あの、これの値段はいくらかな、と思いまして」


 ふむ、と店員は鼻を鳴らして応じた。

 それから、少し難しい顔をする。


「値段、ね。実はまだ、決めていなかったんですよ」

「決めていない?」


 店員は若干、面倒くさそうにうなずいた。


「その椅子は、返品されてきたばかりなんです」


 そう言って、店員は壁に目を向ける。

 そこには店の注意事項を示す張り紙が張られていた。

 注意事項には、こう書かれていた。



・商品は現状にて引き渡しになります

・いかなる理由がありましても、返金対応はお受けいたしかねます



 優菜はしばらくその張り紙を見た後、店員にたずねた。


「返金は、しないのでは?」

「そうです。ただ、切羽詰まると人間は、妙なところに気がつく。そこには『返品不可』とは、書かれていないのです」


 優菜がその言葉を理解するまで、少しの間を必要とした。


「お金は返さなくてもいいから、モノだけ置いていくということ?」

「そうです。皆様、お返しします、といって置いていかれる」


 店員は、悲しそうな目で、優菜の手の中の椅子を見つめた。


「モノはいいのに」

「わたし、コレ、買いますよ。それで、いくらになります?」


 優菜の発したその言葉に、店員はいぶかしげな顔をしてみせた。


「いいのですか? ……その、返品の理由など、聞かなくても?」

「いいです。だいたい、想像つきますから」


 優菜は笑顔を浮かべて、言葉を続けた。


「その代わりといってはなんですが、値段は前に買った方と同じにしてください。先に買うことを決めたからといって、高くされても困ります」


 店員は、申し訳なさそうな声で答えた。


「では、五千円になります」

「……あ、やっぱり、もっと安くなりません?」


 優菜のその言葉に、店員はゆっくりとうなずいてみせた。

 交渉の末、その椅子の売買価格は、五百円と決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 私なら、 「もらってもいい?」 って言いそう(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ