85mmの導火線
煙草の長さは銘柄にもよるけれど、大体85mm〜100mmくらいらしい。
「へえ」
僕はそんな細かい事を気にした事は一度もなかったし、そう言われても、へえ、としか言いようがなかった。
「そんな、わずか10センチ足らずの長さの棒っきれに、人を狂わせる魔力が備わってる。詩的だと思わないか?」
ヘヴィ・スモーカーの友人が突然僕に問い掛けるが、正直まるで興味が無い。
何せ僕は煙草を嗜まないからだ。
「健康に良くないから煙草は程々にしておきなよ」
無粋な奴だな、と言われそうだが、友人の身体を気遣うつもりで僕は言った。
まあ、どうせ止めたりはしないだろうけれど……。
「お前がそう言うならやめても良いが」
え?
知り合って10年、一度たりとも、一日たりとも欠かさなかった癖に?
「いや、そもそも僕、君にその手の忠告は何度かしたけれど……その度に適当に流していたよね」
「そうだったかな」
そらとぼけて彼は言う。
「だから今もって吸ってるんでしょ。まぁ、個人の勝手だけれど。……それが急に『止めてもいい』だなんて、一体どういう風の吹き回しなんだよ」
すると彼は言った。
「子供が産まれるんでな。確かに、お前の言う通り、煙草は控えた方が良さそうだと思い直したんだよ」
「え」
結婚している事は知っていたけれど、いつの間にかそこまで話が進んでたのか。
それは知らなかった。
僕は驚きつつも祝福する。
「そいつは、おめでとう。じゃあ、ちゃんと禁煙しなきゃだね」
僕がそう言って彼の方を向いた瞬間だった。
彼は僕の口に新品の煙草のフィルターを咥えさせた。
「……代わりに、お前が喫煙を嗜んでみるのはどうだ?」
不意に口に突っ込まれた煙草を僕は指でつまんで取り出し、親指と人差し指で玩ぶ。
「……健康に悪いから遠慮しとくよ」
「そうか」
僕は吸わなかった煙草を彼に返す。
ーーー彼はそれをそのまま口に咥えて、火を着ける。
「……導火線に、火が着いたな。起爆まではわずか85mm」
彼はそんな風にひとりごちる。
僕はその様子から目が離せず、煙草の灰が全て燃え尽きてしまうまで、ただジッとしていた。
◇
久しぶりに電話をかけた。
「元気にしてた?」
「ああ。妻と息子共々」
「そっか。そりゃあ何より。……禁煙はちゃんと、継続してる?」
「爆死したからな。
ーーーあの時の俺は、たった1本の煙草をお前に吸わせる事も出来なかったから」
「ーーーそっか」
僕はただそれだけ言うと、電話を切る。
僕は1本の煙草を口に咥えて、初めての喫煙を嗜んでみた。
けほっ、けほっ、と咳き込み、肺腑の奥まで染みるような痛みを感じた。
「……こんなもの、何が美味しいんだか」
泣き笑いのような表情を浮かべ、僕は殆ど吸っていない煙草を灰皿にギュッと押し付け、残り火を消すのだった。
はちじゅうごみりのどうかせん、と読みます。
雰囲気系でストーリーはあんまりないっすけど、唐突にBLを書きたくなったので。
奥さんがいる方の彼は、振られたんすかねえ。