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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪我を理由に学校を休んではいけない。

作者: 自然対数

 あら、眠れないの?

 では、私の話を少し聞いてくださいな。

 ちょっとだけ?

 いいえ、ずっとずっと。


 ○○○


 足を怪我してしまったので、病院で入院することが決まった。

 階段を踏み外すなんて些細なことで、骨が折れてしまうなんて。

 私の身体はなんて脆いんだろう。

 医者から全治1ヶ月の骨折と言われた時、まず最初に思ったのが、ちょっと人ごとのような感想だった。


「1ヶ月は安静です」


 どうやら私は1ヶ月入院することになったようだ。

 実際、今月は私の嫌いなプールの授業が週に2回もあるし、これを口実に今年のプールの授業を全部休めるなら、毎年でも骨を折ってやろうとさえ思った。

 もちろん痛いのは嫌なので、そこはなんとかしてほしい。

 寝ている間に骨が折れてました、なんてのが一番いいかも。なんて。

 学校に行っても、私をからかって遊んでいる奴らばっかりだ。

 友達と呼べる友達もいなしし、勉強も楽しくない。

 何もかもがうまくいかない。

 だから私はずっと入院できたらいいとさえ思っている。

 学校に行きたくないから、ずっと病院にいたい。


 ○○○


 起きてしまった。

 まだ窓の外で月が嗤っていた。

 少し催してしまったので目が覚めてしまったらしい。

 ナースコールを押すほどでもない。

 片足は動くわけだし、松葉杖も意外と悪くない。

 それに、少し動いた方が身体にも良いだろう。

 そう思って、柔らかいベッドを降りて冷んやりとしたリノリウムの床に片足を置いた。

 壁に立て掛けてある松葉杖をケンケンしながら取って、脇にセットする。

 うん。

 少しだけワクワクする。

 私は引き戸を開けて暗闇の中へ足を踏み入れた。


 コツンコツン。

 私の足音だけが廊下に響く。

 蛍光灯はついておらず、一寸先には闇だけが広がっている。

 松葉杖にも疲れてしまったので、私はそれを手放して浮かせた足をゆっくりと地面につけた。

 いつしか尿意も消え、ただただ夢中で廊下を走っていた。

 私は楽しかった。

 足に痛みはなく、不自由は何一つない。

 勢いのまま突き当たりの窓を割って、星空の中を走り続ける。

 ああ、なんて綺麗なんだろう。

 美しく、愛おしい。

 神の作り出した星の造形に、私の心は震えずにはいられない。

 私はその夜、ずっと星空の下を駆けていた。


 ○○○


 パッと目を開ける。

 まず見えてきたのは真っ白で人工的な光。

 次に私を覗き込む青年の顔。

 彼は少年のような笑顔で私を見ていた。

 私のハラワタを見ていた。

 え?

 理解が追いつかない。

 夜空に星を散りばめた世界で私は自由に飛んでいたはずなのに。

 気がつくと私の手足に感覚はなく、ただ身体がベッドに貼りつけられている感覚だけがある。

 白衣を着た医者たちが私を取り囲んで、私の上で話し合っている。

 談笑している。

 私が、目を覚ましているのに。


「彼女、寝ている間に大暴れしたらしいわ。手足の骨がほとんど砕けちゃってるって」


「でもそれくらいで人は死なないんじゃ」


「流石に、ここまで怪我をしたら、血中の炎症のメディエーターが異常になってしまうんじゃない」


「むしろ、アドレナリンが異常に出てたから手足が砕けるまで暴れられたんじゃない?」


「そうすると2次的なアレ?」


「まあいい。ちゃっちゃと済ませよう。どうせ面白くない解剖だ」


 残念ながら彼らは私の目が覚めていることに気づいてくれない。

 彼らは私が起きたことに気づいてくれていないのだ。

 私が起きているのに、この男はメスを持って私の皮膚に当てがって、ゆっくりとゆっくりと、痛い。

 痛い。

 痛い、痛い、血が。

 頭が割れそうになるのに、意識を飛ばせてくれない。

 はっきりとした腹部の痛みが、青年の手つきに合わせて、襲ってくる。

 私は叫んでいる。

 痛い痛いと泣き叫んでいるのに、どうしてこの男は笑いながら、私の長い、腸みたいな、あれは、なに?

 痛いのに、どうして誰も気づいてくれないの?

 痛いのに、息ができないのに、どうして誰も助けてくれないの?

 どうして?どうして?どうして?

 どうして私を助けてくれないの?

 私はこんなに叫んでいるのに!

 ドリルが私の頭を撫でている。

 ずっとずっと私の耳をつんざきながら、私の頭を割っている。

 私の頭を割って、そしたらきっと私の意識はなくなってくれるはずなのに、どうして私は、自分の脳みそが運ばれているのが見えるの?

 私が何かしたの?

 頭が、痛いんだよ…。

 私は泣いているんだよ。


「特に、何もなかったっすねえ」


 その言葉とともに、私はビニール袋に包まれ、寒い寒い冷凍庫の中にずっと、一人。


 ○○○


 どれだけ時間が経っただろう?

 そう思った私に誰かが声をかけてきた。


「まだ1時間半よ」


 女は私のことを笑っていた。


「あなたの意識を切るのなんて簡単だけどいいのかしら?」


「私を、殺してくれるの?」


 女はため息をついた。


「あなたはもう死んでいるわ」


 それならなぜ私の意識はあって、私はここにいるのだろう?


「そんなことはどうでもいいのよ。それよりこれからのことを考えたらどうかしら」


 頭に靄がかかって何も考えられない。

 身体の全てが痛みに犯される感覚に私は慣れてしまったようだった。


「情けない。はっきりしなさいな」


 彼女がそう言うと、霞がかった視界が徐々に晴れていく。

 蜂蜜色の髪が揺れている。

 女は美しくそれでいてどこか背徳的だった。


「あなた、それどうしたの?」


 彼女の声が私の耳を撫でる。


「あなた、それは何を持っているのかしら?」


 あるはずのない私の腕の中に、錆びついたノコギリが乗っている。


「手も足もついているわ。それで、あなたはどうするの?」


 気づくと私はビニールの中から出て、ゆっくりと立ち上がっている。


「私は…」


 冷凍庫の中にいるのに、私の息は白くならない。


「私は、夜空にお月様を摘みにいくの」


 冷凍庫の扉が開かれると、生暖かい夜の空気とともに、瞳に星空が映り込んだ。


 ノコギリで月を薙ぐと、星屑を流しながら、足下に月が転がる。


「あー」


 特に何もなかったっすね?


 月はこんなにも美しいというのに。











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