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(8)盗賊団

 領主が亡くなった。


 突然の訃報に領内の村長、町長たちが招集され、緊急の会合が開かれることになった。


 領主の死亡に際して、集落の首長が集められるのは、規則通りの正しいやり方だ。


 だが、何事にも例外というものはある。


 今回、領主の死因を知らせず、規則通りの緊急招集を行ったことが、後々(のちのち)この地の領主である男爵家の大きな責任問題になっていくのだ。




 領主である男爵の死因。それは、盗賊団による襲撃だった。


 あきらかな脅威が迫るなか、集落の首長たちが不在になるということがどんな事態を招くか、わからないはずはないであろうに。




 なぜ、こんな不手際が起きたのか。それは、当主を失った後の男爵家の大混乱のためだ――――と、のちに提出された報告書には書かれている。


 男爵家では、妾が産んだ長男と正妻が産んだ次男、2つの陣営に分かれてのお家騒動が勃発ぼっぱつしていたのである。




 そして、村長と次期村長の2人がそろって村を留守にしたその日、いつもよりも少し早く、隊商がカリンのいる村を訪れたのだ。




 村人たちは戸惑っていた。隊商の中に、いつもの商会の従業員たちがほとんどいない上に、彼らは青い顔をして元気が無い。変わらないのは商会長の長男だけだ。名前はサイモンと言うらしい。


 他は、はっきり言って、かなり柄の悪い連中ばかりである。


 どこかおかしい。


 村人たちの不信感を察したのか、サイモンは村人全員を招いての宴会を開きたいと提案してきた。


 いつも世話になっている礼だと大量の酒を目の前に積まれ、村の男たちは歓声を上げた。




 カリンはおばば様の家に飛び込んだ。


 どうやら、サイモンの仲間たちは、まだここまでは来ていないようだ。


「おばば様っ、大変っ!」




 今回の隊商で初めてやって来た粗暴な男たちは、例外なく、前回のサイモンと同じ、あの気持ちの悪い黒い魔力を村人たちに向けていた。


 あの黒い魔力の正体を、カリンは最近知ったのだ。


 あれはおそらく“殺意”と呼ばれるものだ。


 サイモンと仲間たちは、村の人たちを殺そうとしている。しかも、逃げ道も、もうすでに塞がれているのだ。




 魔力感知のレベルが7になってから、カリンが感知できる範囲はかなり広がっている。その感知能力で、村の外を包囲する数十人の男たちの存在をカリンは察知していた。


 あの粗暴な男たちとよく似た黒い魔力。彼らの仲間で間違いないと思う。


 だが、ヘレンや村の大人たちにそれを伝えることはできなかった。サイモンと彼の仲間たちに見張られているからだ。




 村から街道に向かう道は全て、サイモンの仲間たちに塞がれている。残る出口はおばば様の家の裏にある獣道。


「カリン。裏の森を抜けた先に何があるか知ってるかい?」


「知ってる。村長さんに地図を見せてもらったことがあるわ」


 裏の森をまっすぐに抜けた先には、この辺境を守る兵士たちのとりでがあるのだ。




 この村の住人が“砦までどれぐらいかかるのか”と尋ねられたら、普通は“馬車で2日”と答える。森を避けて街道を通って行けば、それくらいはかかるからだ。


 しかし、地図で見てみると、この村と砦との距離は案外近い。森を突っ切ってまっすぐ行けば、森の獣道で足場が悪いことを計算にいれても、大人の足なら半日で着く距離だ。


 問題は、大きな野性動物や魔物に襲われる可能性があることだ。




「私が砦に行って、助けを呼んで来るわ」


 サイモンたちは、おそらく村の男たちに酒を飲ませてから始めるつもりだろう。だとしたら、宴会が始まる夕方まではまだ半日ある。




 じつはこの1年の間に、カリンは森で“力持ち魔法”の訓練をしていたのだ。森の奥に行ったことは無いが、大きな動物にあの黒い魔力を向けられて、必死で逃げたこともある。


 たぶん、カリンなら砦まで半日以内にたどり着くことは可能だと思う。砦の騎士様はどこへでもあっという間に駆けつけると聞いているので、たどり着けさえすれば、きっと――――。




 おばば様に「持っていけ」と渡された背負い袋には、おばば様が作った薬と水と食料。そしてナイフが入っていた。




 近くにサイモンたちの気配はまだ無い。サイモンはこの小道を知らないのかもしれない。


 カリンは体の中の水分に魔力を浸透させるのと同時に、体の周りを薄い魔力の膜で覆った。


 そして“力持ち魔法”と“かくれんぼ魔法”を自分にかける。


 じつは“力持ち魔法”を使うと動物に見つかりやすくなってしまうのだ。今回は森の奥まで行くので、動物だけでなく魔物まで出てきてしまうかもしれない。


 そこで“かくれんぼ魔法”である。魔法を使う時の自分の魔力の揺らぎが漏れないように、魔力の膜で覆い隠すのだ。




 あとは――――魔力感知の範囲を自分の前に広げていく。(もっと……もう少し…………あそこね)


 カリンは大きな魔力がたくさん集まっている場所を見つけた。あそこが砦。カリンが目指す場所だ。




「行くわよ。リン」――――チカッ!


「何か近づいて来たら教えてね」――――チカッ!




 カリンは力強く地面を蹴り、小さな体は躊躇ためらうこと無く森に飛び込んで行った。




 走る――走る――。1年前には考えられなかった速度が出ている。きっと、今ならカリンが村で1番足が速い。


 魔力の膜は小さな枝ぐらいなら弾いてくれるが、この速さで木に衝突したら、カリンの方が弾き飛ばされてしまう。


 カリンは目を凝らして、必死に前を確認しながら、走る速度はけっして落とさない。




 何度か立ち止まって水を飲み、方向を確認する。


 今のところ、進む方向は間違っていない。幸い砦の方にまっすぐ向かっている獣道が一本ある。これをたどって行けば砦にたどり着けそうだ。




 もうどれぐらい走っているだろうか。森の中では、お日様の位置がわからない。


 窪みや石に足をとられて転ぶ。何度か木を避け損ねてぶつかり、弾き飛ばされた。


 すぐに起き上がり、方向を確認して、また走り出す。


 急がないと、ヘレンが、おばば様が、ニールが、みんなが殺されてしまうかもしれない。気が焦る。




 その時、急に胸のペンダントが熱くなった。――――チカッ、チカッ、チカッ、チカッ、チカッ!


(リンが……もしかして、何かいるの?)


 すぐにわかった。今まで感じたことのない大きな魔力。これは人でも動物でもない。――魔物?


 とんでもなく大きな魔力を持った何かがカリンの方に近づいて来る。速い。




(見つかってしまったのかしら?)――――チカッ!


 速さが全然違う。カリンの足では逃げきれない。絶望に胸が痛む。それでもカリンは走ることをやめなかった。




(襲って来ない。どうして?)


 もう、魔物はそこにいるはずだ。それにしては、魔力の位置が少し遠い?


(あっ、そうか。空ね!)――――チカッ!


 きっと空を飛ぶ魔物なのだ。森の木が邪魔で襲って来られないのではないだろうか?


(なんとか、諦めてくれないかしら)――――チカッチカッ!


(それは無いってことね)――――チカッ!


 森がどこまで続いているのかわからない。早く森から抜け出したいと思っていたが、抜けたとたんに魔物に食べられてしまうのは……。




 前方に光が見える。森の終わりがすぐそこにあった。




 カリンは躊躇ためらい無く森から飛び出した。


 森の外は広々とした草原になっていた。そしてその先に、カリンが目指す砦が見えた。


 空を見上げると、上空のかなり高いところに何かが飛んでいる。大きな魔力。あれがカリンを追っているものだ。


 カリンが砦にたどり着くよりも、“あれ”が襲って来る方が先だろう。それなら――――。




 カリンはすでに疲れてガクガクしている足を開いて踏ん張った。


 そして、残りの魔力を上半身に集める。


 息をする時にふくらんだりへこんだりする胸の中。声を出すときに震える喉のところ。口と舌。声が響く頭全体に魔力を全て集める。


(リンも手伝って)――――チカッ!




 カリンは叫んだ。


「助けてーーーっ!」「村のーっ!」「みんなをーっ!」「たーすーけーてーーーっ!」




 その時、光る風がカリンの目の前の草原に現れた。


 風はあっという間にカリンから砦にまっすぐ延びる魔力のトンネルを作った。


 カリンの必死の叫びは、トンネルを通り、魔力で増幅され、砦の分厚い壁を揺らした。


『たーすーけーてーーーっ!』


 その声は非番の兵士たちをも叩き起こした。




(風さん?)


 口の端から垂れた物を無意識に手で拭うと、カリンの右手の甲が赤く染まった。


「かっ、はっ」血を吐き出す。息が出来ない。カリンは崩れるようにその場に横になった。――――チカチカッ! チカチカッ! チカチカッ!


 ペンダントが激しく点滅しながらどんどん熱くなっていく。


(ごめん。リン。もう、…………)


 近くに風さんの気配がする。風さんはどうして、いつもカリンが困っている時に助けてくれるのだろう。気まぐれなのかな?


(でも……ありがと…………)


 意識が薄れていく。大きな魔力がカリンの上に降りて来る。あの魔物だ。


 カリンは暗闇の中に落ちていった。





 ◇◆◇◆◇





(ここはどこ?)


 目覚めると、カリンは知らない部屋のベッドに寝かされていた。







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