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(7)ヘレンと黒い商人

 村には、乾燥果実を求めて商人たちがやって来る。

 なかでも複数の馬車をつらねて辺境の集落を渡って行く隊商は、王都の大きな商会のものだ。


 この商会との取り引きはかなり前からになるそうで、1番の得意先になる。


 おばば様によれば、相手が大商会だから、というわけではなく、“お互いにそれだけの信頼を重ねてきたからこその関係”なのだそうだ。




 この商会がやって来ると、当然ながら、知らない人が村にあふれるので、カリンはいつもおばば様の家に避難する。


 年に2回その隊商がやって来る時期、カリンは憂うつだった。隊商の人数があまりに多くて、どこに逃げても人と顔を合わせることになってしまうからだ。




 そして、最近はさらに憂うつなことが増えてきている。


 前回から、この隊商に“商会長の長男”が加わっているのだが、この人物をカリンはどうにも好きになれないのだ。


 まだ若い男だ。20代前半だろう。長身で、容姿も悪くはない。話し方も穏やかで、誰に対しても笑顔で接している。


 でも、カリンには男の中に全然別のものが見える。


 初めて会った時にも、とても冷たくて、何かどろどろしたものを男に感じていたが、今回はもっとはっきりわかる。


 男の中の冷たいどろどろした感情は、ヘレンに向けられていた。


 カリンが村に引き取られてから2年。ヘレンは16歳の美しい娘に成長していた。




 その日、おばば様の家で、いつものようにお手伝いをしていたカリンは、村の中でいきなり強くなった魔力反応に驚いた。


 村に魔法使いはいないはず。――――いや、1人いる。


 あの商会長の長男は、たしか、カリンと同じぐらいの魔力量だった。




 カリンは恐ろしかった。


 村の中心部。おそらく村長の家の方向に感じる魔力反応は、あの男の激しい感情を伝えてくる。その感情はひどく攻撃的だった。




 カリンは急いで村長の家に戻った。ヘレンが心配だったのだ。


 カリンが村長の家に着くと、ちょうどあの男が中から出てくるところだった。


 男の姿を見て、カリンは思わず「ひっ」と息を飲んだ。


 男はいつものような穏やかな笑顔を浮かべていた。


 でも、カリンには男が真っ黒に見えた。


 男の中からむくむくと出てくる何か真っ黒なものが、ヘレンや村長に向かって行く。でもその黒い何かが2人に届くのを阻止しているものがあった。


 村長の腰の短剣である。


 短剣の放つ魔力の光が村長とヘレンを包み込んで、黒い何かから2人を守っていたのだ。


 魔力の光に輝く短剣はまるで戦場で1人戦う戦士のようで、カリンはなぜかとても懐かしいような気持ちになった。




 夕食の時に村長が話してくれたところによると、あの男はヘレンに結婚を申し込みに来たらしい。


 だが、ヘレンには恋人がいる。隣の村の村長の息子である。


 来年、17歳になったら、ヘレンは隣村に嫁に行くことが、もう決まっているのだ。


 そう説明して男からの結婚申し込みを断ると、男は潔く引き下がり、ヘレンを祝福してくれたという。




 でも、あの男はまだこの村にいる。そしてそこから、あい変わらず真っ黒な魔力が吐き出されているのをカリンは感じている。


 心配で、カリンがじっとヘレンを見ていると、気づいたヘレンが困ったように笑った。


「カリンは優しいのね。それに、とても賢いわ」


 ヘレンは男の内心に気づいていた。


「そうね。あの方を怒らせてしまったかもしれないわね。おそらく、プライドの高いかたでしょうから」


 そして、カリンを安心させるように、にっこりと笑った。


「でも、大丈夫よ。大きな商会の跡を継ぐ人よ。おかしな事はしないと思うわ」




 そうだろうか?


 あの男の魔力の様子を考えると、なにもせずに終わるとは、カリンには思えなかった。


 不安そうなカリンに気づいた村長は、「安心しろ。あの男にヘレンはやらん」とはっきり言ってくれた。




 自分の部屋でベッドに横になって、カリンはペンダントを握りしめた。ペンダントはカリンを気づかうように、チカッ、チカッと光を放っている。


「リンも心配?」――――チカッ


「あの男。なんだか怖いよね」――――チカッ


「何もしないで帰るかな?」――――チカッ…………チカッ?


 カリンはうーんと唸った。


 ちなみに、1回光ると“はい”。2回光ると“いいえ”と決めている。


 男のこの先の行動はリンにも読めないようだ。




 男が隊商とともに村を去ると、カリンはほっとした。


(ヘレンの言う通りだったのかしら?)




 カリンたちは知らなかった。


 商会長の長男は、父である商会長にその人間性を見抜かれ、後継ぎ候補からはずされ、辺境の行商に回されたことを。


 男が、父親のその決定に大きな不満と恨みを持ち、ヘレンを利用して、豊かな村の村長になろうとくわだてていたことを。


 そして、そのために、すでに恐ろしい仲間たちを計画に引き入れてしまい、あとに引けなくなってしまっていることを。




 予想外に、結婚を断られたために、彼らの計画は、大きな変更を余儀なくされた。





 時は過ぎ、ヘレンは17歳になった。


 この村に来て3年になるカリンは、長く伸びた髪を2本の三つ編みにして、赤い髪ひもで結んでいた。


 今日も朝早くからおばば様の家のお手伝いを頑張っている。




 そして、今年も隊商がやって来た。


 隊商はいつもよりも多くの屈強な護衛を同行していた――――。







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