(4)カリンの魔法訓練
カリンのレベルを訂正しました。
水魔法:4→2
魔力操作:6→4
カリンの朝は早い。手早く身の回りを整えると、ペンダントを首にかけ、少し長くなってきた髪を後ろで1つにくくる。赤い髪ひもはヘレンがくれた物だ。
食堂でヘレンが作ってくれた野菜スープとパンを食べ、家から駆け出して行く。夏なので、もうけっこう明るいが、冬場ならまだ真っ暗な時間だ。
カリンは迷わず、おばば様の家の方に向かって走って行った。
おばば様にスキルボードのことをうちあけてから1年近く経っている。
カリンはあれから1人でこっそり魔力と魔法の訓練と実験をしていた。
その結果、ちょっと変わった水魔法や魔力の使い方を覚えてしまったのだが、本人も周りの誰もその事に気づいていなかった。
まず、村外れの井戸から水を汲んでおばば様の家の水瓶に水を満たす。
この井戸は村の中心から外れた場所にある古いもので、今はほぼ、おばば様専用になっている。
小さなカリンがするすると井戸から水を汲み上げ、水をいっぱいに入れた大きな桶を軽々と持ち運ぶ様子を誰かが見ていたらびっくりしていただろう。
これはカリンが自力であみだした身体強化法。水魔法を使った“力持ち魔法”なのだ。
いじめっ子たちとの追いかけっこで、知らず知らずのうちに魔力感知を鍛えていたカリンは、すでに自分の魔力の流れはしっかり把握出来ていた。
そのため魔力操作のやり方もすぐに覚え、魔力を動かしたり、体の外に出した魔力の形を変えたりすることも、わりと簡単に出来るようになった。
ちゃんと出来ていることはすぐに確認出来た。スキルボードの数字が大きくなっていたからだ。この数字はレベルといって、能力に習熟すると数字が大きくなっていくのだとおばば様は言っていた。
スキルボードは自分の成長を確認するのにはとても便利だと思う。
こうなると、カリンはやはり水魔法も使ってみたくなった。
おばば様は10歳になって魔法学院に行けば魔法の使い方を教えてくれるのだから、危険な魔法の練習はそれからでも遅くはないと言っていた。
でもカリンは自分の好奇心を押さえることが出来なかった。
それに、早く力が欲しかった。
法律で定められた捨て子の養育期間は12歳まで。それまでに自力で生きていく道を見つけなければならない。
カリンは記憶を失っていたので、拾われた当時の年齢は、“推定4歳”と書類には記入されている。
あれから2年。カリンは6歳になったことになる。
もう6歳だ。
あきらかに異民族の容姿の自分がこの国で仕事を見つけるのは、おそらく簡単なことではないだろう。
だから自分には生きていくための力が必要なのだ。
水魔法の使い方は、魔力操作の練習がヒントになった。自分の思う通りに形を変える魔力を見て、これで水を動かすことができるのではないかとカリンは考えた。
実際はそう簡単にはいかなかったが、あれこれ試しているうちに、水の中に自分の魔力を溶け込ませることができることに気がついた。
桶の水の中に手を入れて、そこから少しずつ魔力を溶け込ませていく。魔力が水に馴染んでいくと、水全体がうっすらと光って見えてくる。この光は、魔力感知能力が一定以上の魔法使いだけに見える魔力の光である。
カリンが光る水に手を入れたまま念じると、魔力だけを動かした時よりもぎこちなかったが、水はカリンが思う通りに動いた。
(あとは、この水をお湯にできれば……)
水はどうすればお湯になるのだろう?
カリンは鍋の湯が沸騰する時のことを思い浮かべた。
(お湯が沸くとき、グツグツ泡が出て、お鍋の中の水が激しく動くのよ)
桶の中の水をお湯が沸騰する時のように激しく動かそうとするが、水は緩やかにしか動かせないし、温度も上がらない。
(きっと、何かやり方が違うのね)
“力持ち魔法”を思いついたきっかけは、転んで血が出た時に、(血も水分のうちよね。水魔法で動かせないかしら)と思ったことだった。
自分の中の血を魔力で動かしたら、もっと速く走れたり、重いものを持てたりしないだろうか?
そう思っていろいろ試していたら、出来てしまった。
まず、体の中の水分に魔力を溶け込ませる。この過程で、人の体の中には血液だけでなく、いろいろな水分が満ちているのだとカリンは気づいた。人の体は水分がいっぱいだった。
体の隅々まで行き渡った魔力で、体の中の水よ動け、と念じると驚くような効果が出た。
速さの方はまだ、ほんの少し速くなった気がする程度だが、力の方はかなりびっくりするような結果になった。小さなカリンが、大人でも1人では持てないような重い物を持ち上げることができるようになったのだ。
今、こうして水を運ぶのにも、とても役に立っている。
おばば様の家の水汲みの仕事はあっという間に終わった。
魔法で水が出せたらもっと簡単なのだが、やはりカリンが水魔法で出せる水の量はせいぜいコップ1杯分。水瓶を満たすほどの水は出せない。
これでも1年間の訓練でかなり増えたのだ。最初出せた水はコップ半分ほどだった。
出せる水の量は増えたが、魔力の量が増えたわけではないと思う。魔力感知で見た自分の魔力量は1年前とそんなに変わっているようには感じられないのだ。
魔力感知で自分の魔力を見てみると、たしかに村人の中では自分の魔力が1番大きく感じるけれども、せいぜい大人の10倍程度。話に聞く上級には届かない。
それならなぜ、水の量が増えたのか。その答えはおそらくこれだと思う。
【カリン】
水魔法:2
魔力感知:7
魔力操作:4
水魔法のレベルも上がっているが、それよりも魔力操作のレベルが上がれば上がるほど、魔力を動かすのが楽になってきて、出せる水の量も多くなってきたのだ。
つまり、魔力操作のレベルが上がって、魔法が上手くなったということなのだろう。
水汲みが終わったら、カリンは井戸の脇で洗濯を始めた。足の不自由なおばば様のために、いつもヘレンが家事を手伝っていたのだが、最近はほとんどカリンがやっている。
洗濯用の桶に水を入れ、水に魔力を溶け込ませる。そこにおばば様の洗濯物、ついでに自分の洗濯物も入れる。
普通はここで“ココの実”のぬるぬるする汁を洗濯物にかけてごしごしと洗うのだが、カリンは“ココの実”の汁は使わない。
魔力を溶け込ませた水を使って、洗濯物の汚れを水に移していくのだ。
まず、洗濯物に水を染み込ませる。そして洗濯物の汚れに水の中の魔力を送り込む。すると、魔力が汚れをはがして、汚れと一緒に水の中に戻って来るのである。
カリンには汚れが見える。
あきらかな汚れは誰にでも見えるだろうが、一見綺麗に見える物にも、何か染み込んだ汚れのようなものが見えることがある。
これは目ではなく、魔力で感じる汚れのようだった。
おばば様は生き物は全て魔力を持っていると言っていた。だとすると、魔力を感じるということは、この汚れは生きている汚れなのだろうか?
見える汚れも、魔力で感じる汚れも全て水に移してしまうと、桶の水はひどく汚れて濁ってくる。
そこで、カリンが汚れは水から出ていけ、と念じると、水の中のカリンの魔力が汚れと一緒に水から出てくる。
その時、水の上にキラキラした光がまるで煙のように立ち上ぼり、やがて本当に煙のように風に溶けて消えていく。風の中に汚れが残っている様子も無い。
風に溶けていく光はとても綺麗で、おばば様やヘレンにも見せてあげたいが、これも魔力感知能力を鍛えていないと見えないものであるらしい。
まあ。綺麗な光が何であるかを考えるとちょっと微妙ではあるが。
キラキラが終わったあとの桶の中には、すっかり綺麗になった洗濯物と、透き通った綺麗な水が残るのだ。
この光景を見るたびに、カリンは、(私、洗濯って好きだわ)と思うのだった。