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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
32/36

(32)落とし物をお届けに

遅くなりました。

読んでくださった皆さん。評価をくださった皆さん。

ありがとうございます。

これからも頑張ります。

 眩しい光がおさまっても、カリンはすぐには周りを確認することができなかった。


 ――――リーン、チリーン……リーン……


 風鈴に似たあの音が、すぐそばで聞こえる。


(なんだか違う所に来たみたいだわ)――――チカッ!


 どうやらここはさっきまでいた部屋とは別の場所のようだ。空気が違う。匂いも、漂う魔力も――――。




 しぱしぱと瞬きをしながら、カリンは自分の周囲を確認した。学院長とパットとジャックの魔力は近くに感じられない。ここにいるのはカリンだけのようだ。


 でも、リンのペンダントと左の中指の指輪はちゃんとある。背負い袋の水筒から、女神様の魔力も感じられる。


 他に感じられる魔力は――――隣の部屋?




 ようやく普通に見えるようになった目で、部屋を見回す。窓が無い。天井が少し低い。さっきまでいた研究所の部屋よりも少し狭い。


 テーブルに椅子。扉つきの小さな棚には、1人分のお茶のセット――――まるで、1人暮らしの食卓のようだ。


 お茶のセットは長いこと使われていないように見えるが、テーブルと椅子はつい先ほどまで使われていたように綺麗で、埃もたまっていない。


 部屋の奥にドアがある。魔力を感じるのはあのドアの向こうだ。




 ――――ガチャリッ。


 いきなりドアが開いて、部屋を観察していたカリンが振り返ると、ドアのノブを握ったまま、灰色のローブを着た大柄な骸骨がドアの所に立って、カリンを見下ろしていた。


(大きいわね)――――チカッ


 村で一番体格が良かった村長の息子(ニールの父)よりも、この骸骨の方が背が高いし肩幅もある。




(おばば様のお話に出てきた“アンデッド”というものよね……たぶん)――――チッカ?


 普通なら威圧感や恐怖を感じそうなものだが、カリンはこの骸骨を怖いとは思わなかった。骸骨からは敵意も悪意も感じない。むしろ、とても温かくて優しい魔力を感じる。


 それに、この骸骨が出てきたとたんに、指輪がピコピコピコピコ大騒ぎなのだ。


(つまりこの骸骨が――――)




 カリンを見て呆然と立っていた骸骨の下顎がパカッと落ちると、骸骨はむこうの部屋にすうっと引っ込みドアを締めてしまった。


(逃げちゃった……?)――――チカッ!――――ピッコ……?




 カリンが首をかしげていると、ドアが少しだけ開き、そこから骸骨の左手だけが手のひらを上に向けた形でヌッと差し出された。


 手のひらの上には小さな魔法陣がクルクル回り始め、その上に虹色に光る文字が浮かび上がった。




『泣くなよー。泣いてはいかんぞー。怖くないぞー』


 内容はなんとも情けないものだったが。





(かなり小さい子だと思われてるんじゃないかしら。私、もう10歳なんだけど……)――――チッカ……。


 骸骨の必死な様子に、カリンはなんだか申し訳ないような気になる。


(この人があなたの持ち主さんなのね)――――ピコッ!


 指輪に確認すると、間違いないようだ。この骸骨がおそらく行方不明の賢者ハーレイ・マーキス。そして指輪の持ち主なのだ。




「私、落とし物を届けに来たの」


 カリンが骸骨にそう言うと、魔法陣の上の文字が変わった。


『落とし物?』


 ドアのすき間が少し広がり、骸骨の片目がこちらをのぞき込んだ。


 カリンは指輪がよく見えるように、左手を前につき出した。


「この指輪はあなたの物でしょう?」


 カリンの中指にはまった指輪を見た骸骨は、目を見張った。――――いや、骸骨の目の大きさは変わらないが、カリンにはそう見えたということである。




 骸骨はドアのすき間をさらに広げて、おずおずとこちらの部屋に出てきた。じりじりと近づいて来て、カリンから少し離れた所で腰を折り、顔を指輪に近づけた。


 魔法陣の上の文字がまた変わる。


『たしかにこれは私が子供の時から身につけていた魔力誘導の指輪だ』


 骸骨は指輪からカリンに視線を移した。


『この指輪に選ばれてここに来たということは、お前さんがこの時代の聖女なのかね?』


 カリンは首をかしげた。


「私は魔法学院の小間使い見習い。洗濯が仕事なのよ。聖女じゃないわ」


 そう、落とし物を届けるのだってカリンの仕事ではないのだから、さっさと指輪を持ち主に渡して洗濯場に戻りたいのだが……。




 その時、骸骨の首にさげられた銀色の小さな鏡のペンダントからチリーン、リーンと澄んだ魔力の音色が響いた。




(研究室で私を呼んだのは、このペンダントなのね)――――チカッ


 銀色の金属製の丸い鏡をペンダントにした物は、よく高貴な女性が魔除けとして身に付ける物だ。このペンダントにもカリンは不思議な魔力を感じる。おそらく精霊憑きだ。




 カリンは何かに誘導されるように右手を伸ばし、鏡のペンダントに触れた。


 ――――とたんに頭の中に流れ込む、様々な情報。


 ――――小さな王女と大きな魔術師との交流。2人で協力しての空間魔法の研究。


 ――――王弟の暗躍。和平のための、隣国への王女の輿入れ。


 ――――弟に毒を盛られたハーレイの怒り。悔しさ。悲しさ。諦め。


 ――――それでも、開発に成功したばかりの“転移魔法の魔法陣”を戦争開始のための道具に使われるわけにはいかない。


 ――――全てを抱えて、転移の魔法陣で逃げ込んだのは、王都の地下に造った秘密の部屋。


 ――――1人で死んだはずのハーレイが、気がついたらアンデッドとして蘇っていて……。


 ――――それからの、食事も睡眠も要らないアンデッドとしての快適な研究三昧の日々。


 ――――王女のためにハーレイが残した唯一の道しるべは精霊憑きの魔力の声を聞くことができる“聖女”であること――――




「……聖女であること?」――――ピコッ!


 カリンは初めて、自分の魔力感知が普通ではないことに気づかされたのだ。








別に投稿した短編の反響に少しびっくりしまして。

遅くなってしまいました。


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