(3)すきるぼーど?
カリンが村に来て、1年が過ぎた。
カリンには、森で拾われた時から誰にも秘密にしていたことがある。
変なものが見えるのだ。
最初は視界の右上の所に小さな赤い丸いものが見えているだけだった。確認しようとして見上げると、赤い丸も一緒に動く。どこを見ても右上の所にぴったり付いてくる。
気になるが、視界の邪魔にはならない。
(でも、はっきりと見たいな。赤い丸、動かないかな)と思って念じてみたら、赤い丸が消えて、目の前に全然別のものが現れた。
半透明の板のような物だ。何か書かれている。……文字だろうか。
周りの人の様子から、おそらく見えているのは自分だけで、他の人にはこの変なものが見えていない。
手を伸ばしてみたが、触ることは出来なかった。本当に板があるわけではないらしい。
困ったな。これでは邪魔だから消えないかなと思ったら、半透明の板は消えて、元の赤い丸に戻った。
自分にしか見えないのなら、誰にも相談できないとカリンは思った。村の人たちにこれ以上変わった子供だと思われたくない。
だが、村に来て1年の間におばば様に教わって文字を覚えたカリンは、半透明の板に何が書かれているか読めるようになった。
【カリン】
水魔法:1
魔力感知:3
魔力操作:1
魔法?
つまり自分は魔法を使えるということなのだろうか。魔法のことは知りたい。
自分が魔法使いになれるかもしれないということに、カリンは興味を持った。
カリンはよくよく考えてから、おばば様だけに相談することにした。この村で魔法について知っている人がいるとしたら、物知りのおばば様しかいないだろう。
1年間お手伝いをして、おばば様なら信用できると感じていた。
「カリンは転生者だったんだね」
おばば様はカリンの話を聞くとそう言った。
「転生者?」
前世の記憶や技術を持ったまま生まれ変わった者を“転生者”というのだそうだ。魔法使いどころか、何やら変な話になってきた。
「カリンに見えるそれは、おそらく“転生者の証”だね」
転生者には、自分の能力を記した“能力板”とか“技能板”とかいう物が見えるのだという。
「カリンのは多分技能板だね?」
すきるぼーど?
「でも、私は前世(?)のことなんて何も覚えていないわ」
前世どころか、拾われる前の事は全部忘れているけれど。
「転生者は“1類”“2類”“3類”の3種類に分けられる。1類は前世の記憶を持つ者。歴史に残る英雄や賢者、聖女といった方々は、この1類が多い。その知識も貴重だが、能力もとても高いのだそうだよ。不思議な力を持っていたりね」
おばば様がカリンにもわかりやすいように説明をしてくれる。
「2類は前世の記憶は持たないが、世の中にとって有用な能力を持った人たち。鑑定能力とか空間魔法とかだね。2類はたいてい王城に連れていかれて、国のために働くことになる」
(お城で偉い人たちと仕事をしなければいけないのは大変そうね)
なんだか息がつまりそうである。
「そして、それ以外の転生者が3類だね」
「それ以外……」
(つまり、世の中の役に立つような知識も能力も持たず、変な物が見えるだけの変な人ということかしら?)
「転生者はたくさんいるの?」
「10年に1人と言われているね。ほとんどは3類だそうだが」
(変な人がいっぱいいるのね)とカリンは思った。
カリンのスキルボードに記された能力を聞くと、おばば様は顔をしかめた。
「まず、魔力感知と魔力操作は魔法使いなら誰でも持っている基本の能力だよ」
自分や周りの魔力を感じて察知する能力が魔力感知。これまでカリンが自分の勘だと思っていたのは、どうやらこの魔力感知の能力だったようだ。
魔力操作は自分の魔力を動かして様々な魔法の形にしていく能力。
(魔力が動く……。やったこと無い。ぜひ、あとでやってみよう)
カリンのいつもは無表情な顔の頬に赤みが差し、目がキラキラしている。
「そして水魔法なんだが……」
そこでおばば様は口ごもった。
水魔法は人を選ぶのだとおばば様は続けた。
魔力の量には個人差が有り、上級、中級、低級に分けられる。この内、魔法使いになることが出来るのは中級以上。
ただし、水魔法の場合は中級ではあまり使い物にならない。
水魔法で出来ることには、“水を出す”“水を動かす”“水の温度を変える”“泥水を綺麗にする”などがある。なかなか便利そうである。
だが中級程度の魔力量では、コップ1杯の水を出しただけで魔力を使いはたして目を回す。水を動かすといっても、せいぜい池の表面を波打たせる程度。
(たしかにショボいわね)
それに、水魔法で泥を取り除いた水は綺麗に見えるが、飲むとお腹を壊してしまうことが多いのだそうだ。
ただ、水の温度を変えて水をお湯にする能力などは中級でも役に立つので、水魔法持ちは侍女や従僕として貴族に仕える者が多いのだとか。
(侍女……。私がそんな仕事につけるかしら?)
歴史に名を残す賢者の中には、水で魔物の大群を押し流したり、湖の水を2つに割って湖の底を歩いたり、広い沼地を一瞬で凍らせたりした人もいたそうだ。
だが、それをするには、とんでもない量の魔力が必要なわけだ。少なくとも、ある程度“使える”水魔法使いになるには、魔力量は上級以上でなければならない。
「上級以上の人は少ないの?」
「少ないし、ほとんど貴族だね」
平民はほとんどが低級。たまに中級がいる程度で、上級以上はまずいない。
「どうやら、カリンは3類のようだね」
カリン。変な人の仲間入りである。
がっかりしているらしいカリンの様子に、おばば様が声を出して笑うと、カリンは少し恨めしげな顔をして下を向いてしまった。
「ごめん。ごめん。なんだか嬉しくてね」
まるで人形のようだった子が、ずいぶんといろいろな表情を見せてくれるようになった。
(これは、子供たちの荒っぽい歓迎の効果も……有ったかもしれないねえ)
「魔法を使ってみたいかい?」
カリンがはっとして顔を上げると、おばば様の優しい眼差しと視線が合った。
「魔力感知も魔力操作も持っている。止めてもやるんだろう。そんなに急いで大人にならなくても良いなんて言っても、意味は無いんだろうねえ」
何だろう。笑顔なのに悲しそうに見える。でも、おばば様の中にとても優しいものを感じる。
(これがおばば様の魔力?)
「気をつけるんだよ。この村には、魔法で何か有った時にあんたを助けられるほどの魔力持ちはいないんだからね。それから――」
おばば様はニヤリと笑った。
「うつむくんじゃないよ。こんなに可愛く生まれたんだ。顔をお上げ」
(か、わい…………)
涙目でおばば様の顔を見るカリンの、1年前より少しふっくらとした頬は真っ赤に染まっていた。