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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
24/36

(24)カロライン

 酒に酔った公爵が気まぐれで小間使いに手をつけ、その1度の行為で生まれたカロライン。


 男爵家には珍しく上級魔力という魔法の才能を持って生まれてきた妹と常に比べられ、家族からないがしろにされてきたマリー。


 国中に吹き荒れる粛清しゅくせいの嵐の中で、この2人だけが生き延びたのは、皮肉な事に、2人が周りから蔑まれてきた原因――低級魔力のおかげだった。




 貴族の子は生まれてすぐに魔力を測る。赤子のうちに魔力暴走を起こすような、魔力量の多い子供が生まれる可能性があるからだ。


 生まれたばかりのカロラインの魔力は平民並の低級だった。その瞬間公爵はカロラインに興味を失い、母親とともに森の中の別邸に追いやって、存在を無かったことにした。そこは別邸とは名ばかりの、古くぼろぼろの建物だった。


 使用人は侍女が1人だけ。生活資金は文官に横領され、ぎりぎりの金額しか渡されない。その事を公爵に訴えようにも、手紙も取り次いでもらえなかった。




 カロラインが3歳の時に母は病気で亡くなり、それからは侍女のマリーが母がわりだった。


 マリーは男爵家の娘だったが低級魔力のために家族の中でしいたげられ、少しでも早く家を出たくて、公爵家の侍女の募集に申し込んだ。自分が選ばれたことが不思議だったが、別邸に案内されてマリーは自分が雇われた理由を理解した。


 公爵家の侍女に平民の娘はいない。気位の高い侍女たちが、公爵に見捨てられた平民の小間使いの娘の世話を喜んでするわけがなかったのだ。


 何事も上級魔力の妹が優先で、家の中で使用人のように扱われてきたマリーは、父親にも見捨てられたカロラインに自分の境遇と重なるものを感じた。そして、家族の愛情に恵まれない小さなお嬢様を自分が守ろうと決意した。




 2人の転機はある日突然やって来た。


 国王崩御。第1王子による国王暗殺という一部貴族からの告発。王弟派による王都制圧。


 第1王子の妃は公爵の長女。カロラインの姉にあたる人物だったため、公爵領は真っ先に攻めこまれた。


 しかし、森の中に打ち捨てられた別邸は見落とされ、マリーとカロラインは村人に紛れて脱出することが出来た。




 逃げるにあたって、1番の問題はカロラインの容姿だった。


 白銀の髪。左右で色が違う紫と琥珀の瞳。公爵家に受け継がれる、父親そっくりのとても目立つ色をカロラインは持っていたのだ。


 だが、カロラインの運は強かった。カロラインの指には髪と瞳の色を変える魔道具、“変装の指輪”がはめられていた。公爵家の奥様に渡された物だ。魔道具の指輪のおかげで、カロラインの髪も瞳も目立たない茶色に変わっていた。




 奥様はべつに、カロラインのためにこの指輪を渡したわけではなかった。


 公爵と奥様との間には4人の子供がいたが、この中で公爵家の髪と瞳の色を受け継いだ子は1人もいなかったのだ。


 そのため奥様は、公爵家の色を受け継ぐカロラインの髪と瞳を誰にも見せたくなかったのである。




 マリーとカロラインは難民に紛れて隣国に脱出した。魔力量が低級で、長年のぎりぎりの生活のために痩せこけていた2人は、逃げ出した貴族だと疑われることもなく、無事に国を出ることが出来たのだった。




 マリーとカロラインが隣国の王都にたどり着いた時、カロラインは7歳。あの粛清の日から1年が過ぎていた。


 マリーは小間使いとして、キャリーと名を変えたカロラインも小間使い見習いとして、王城で一緒に雇ってもらえる事になった。




 そして4年後、カロラインが正式に小間使いとなった時、それまで張りつめていた気が緩んだのだろうか。マリーが病に倒れた。


 城の人々はマリーとカロラインに優しかった。マリーは王宮治療院の療養所に入所させてもらえることになり、カロラインの職場は療養所に近い魔法学院に異動になった。




 マリーは1年の療養生活の後、カロラインに看取られて穏やかにこの世を去った。27歳だった。




 カロラインは初めて1人ぼっちになった。


 マリーとの最後の約束は“幸せをあきらめないこと”。


 カロラインには、その約束がひどく難しいことのように思えた。自分は1人でなるべく目立たないように生きてひっそりと死ぬ。そんな生き方しか考えられなかった。




 だからチャールズから結婚を申し込まれた時は嬉しかった。母とマリー以外で初めて自分に家族ができるのだ。


 そのまま平民の嫁になれたら、きっと穏やかな暮らしを送れただろうに……。




 執務室の壁にカロラインの名の手配書きが有ることには、初めから気づいていた。マリーは国境を越えてしまえばもう大丈夫だと言っていた。この王城が1番安全だと――。


 だが、謀反人として手配されている自分が隣国とはいえ伯爵家の嫁になどなってはならない。やはり辞退しなければ。でも、なんと言って断れば良いのか。


 未練だったのだ。1度だけ、腕輪をつけてみようと思ったのは――――。




 腕輪にはまった石が真っ白に光り、その光がおさまると、茶色だった髪が元の白銀に戻っていた。鏡は無いが、瞳の色も戻っていることは想像出来た。


 “花嫁の腕輪”は魔道具を無効化する。


 慌てて外した腕輪をクローゼットに仕舞って鍵をかけた。そのまま仕事に行き、帰って来たら腕輪が無くなっていた。


 もはや全てを話して裁きを受けるしか無いと覚悟を決めた。


 まさか、その翌日の早朝に腕輪が戻って来るとは思いもしなかったが――――。




 チャールズは腕輪を返そうとしても受け取ってくれない。なぜ?


 婚約の辞退しようとしても、チャールズも、伯爵家の皆様も首を縦に振ってはくださらない。どうして?




 もう、どうすれば良いのかも、自分がどうしたいのかもわからなかった。








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