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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
23/36

(23)花嫁の腕輪

 べつにお嬢様を笑わせたかったわけではないのだが……。


 カリンは侍女さんの責めるような視線から逃げるように、執務室の続き部屋に避難した。先ほどから、そこでベンさんが困っている様子なのが魔力感知でわかっていたからだ。


 続き部屋をのぞいてみると、どうやらベンさんはお茶の用意をしようとしているらしい。ただ、その手つきが……。


(私の方がまだましね)――――チカッ!


 お茶のいれかたはヘレンに教わった。芋の皮のむきかたも。食事のマナーも。


 カリンの言葉遣いは完全にヘレンの真似だ。


 もっとも、いつもにこやかな美少女とほとんど表情が動かない小さなカリンでは、言葉遣いが同じでも、受ける印象は全然違うけれど。




 カリンはふと思いついて、背負い袋からもう1つの水筒を取り出した。キャリーに水を飲ませた時の水筒はおばば様からもらった物。こちらは最近買った大きな水筒だ。


 小間使い見習いでもお給金は出る。使わずに貯めていたそのお金で買ったのだ。


 水魔法使いの自分はいつでも使える水を持っている必要があるだろうと、かなり大きな物を選んだ。さすが王都。水質保存機能付きである。


 この水筒にも井戸の女神様の魔力が溶け込んだ美味しい水を入れてある。これを今回、お嬢様のお茶をいれるのに使おうと思ったのだ。




 最近は、水に手を入れなくても、手をかざすだけで水魔法が使えるようになった。それに水温もかなり細かく調節することが出来るようになってきている。


 スキルボードを確認してみたら、魔力感知はレベル7で変わらなかったが、魔力操作が1つ上がって、レベル5になっていた。


 水魔法と美味しい水で、お茶が美味しくなれば良いのだが……。




 お茶の用意をする間に、ベンさんがお嬢様の事を教えてくれた。


 スカーレット侯爵家のメアリ様。とても有名な侯爵令嬢であるらしい。


 “火魔法の申し子”“炎の断罪者”の異名いみょうを持つ。


 火魔法の使い手で、魔力量は上級を遥かに超える特級。気に入らない相手を魔法で何人も消し炭にしてしまったという噂の、苛烈な性格のお嬢様だと…………。


(そんな人には見えなかったけど?)――――チッカ?




 トレーを持ったカリンが現れたとたんに、部屋の中が静かになった。カリンがお嬢様の前にお茶を置くと、あちこちからため息とともに安堵の感情を乗せた魔力が漂う。


(落とさないし、転んだりしないわよ?)――――チカッ!


 こう見えて、もう10歳なのだ(多分)。




 カリンがお嬢様の前にお茶を置くと、侍女が前に出てお茶に口をつけた。毒見をしたのだ。表情がほとんど変わらなかった侍女が、一瞬驚いたように目を見開いて、見ていたカリンはドキッとしたが、侍女はすぐに表情を戻すと後ろに下がった。


 毒見が終わるのを待っていたお嬢様は、お茶を一口飲んで、びっくりしたようにつぶやいた。


「――美味しい」


 安物の茶葉なのだが、女神様の魔力水のおかげだろうか。




 そのあと、侍女さんの無言の指示に従い、カリンは再び続き部屋に引っ込んだ。でも、ドアをほんの少し開けておき、ベンさんと2人で隙間に耳を寄せる。


(だってキャリーが心配だわ)――――チカチカッ?


 リンは疑わしげだけど心配なのは本当だ。キャリーと――――あのお嬢様のことも。





 メアリ・スカーレットはチャールズの兄ジョージの婚約者だった。何事もなければ、次の代の伯爵夫人になるのはメアリだったのだ。


 魔道具の研究者を多く抱え、新しい魔道具の開発に力を入れている侯爵家と、大商会を自ら経営し国内外に販路を持つ伯爵家の間には、以前から強い結び付きがあった。




 ジョージの怪我は貴族の跡継ぎとして致命的なものだった。自分の足で2度と歩けないだけでなく、夫婦生活を営む機能が失われてしまったのだ。メアリとの婚約は無かったことになった。


 伯爵家の親類の中には、新たな跡継ぎになるチャールズとメアリの婚約を望む声もあったが、チャールズ本人の強い希望と他の事情も有り、チャールズの婚約者はキャリーに決定した。


 1部の親類たちは荒れた。


 ――――ありえないことだ。だが、平民の娘は身の程を知っていたらしい。自分から婚約の辞退を申し入れて来た。ならば、今度こそスカーレット侯爵家のメアリ様をチャールズの嫁に。


 伯爵家の親類全体に、再びスカーレット侯爵家との縁組みを望む声が高まってきていた。




「貴族との結婚に怖じ気づいたのかしら。それとも人の良いチャールズを騙す事に罪悪感でもわいたのかしらね」


 キャリーは覚悟を決めたように、もう動揺した姿を見せなかった。メアリのきつい言葉に何も言い返さず、目を伏せてただ黙って立っている。




 メアリは目を閉じて深くため息をついた。


「貴女が婚約の辞退を言い出したのは、この腕輪を受け取ってからよね」


 キャリーがわずかに身じろいだ。


 机の上にはあの腕輪が置かれている。カリンは腕輪から不安定な魔力を感じた。


(不安そうね。あの腕輪、何か言いたいのかしら)――――チカッ




 メアリは腕輪を見ながら話を続けた。


「“花嫁の腕輪”剣からも魔法からも花嫁を守護し、精霊の祝福を与える。――――でも、ちょっと融通がきかないのよね、この腕輪」


 机の上の腕輪が悲しげに申しわけ無さそうに瞬いている。




「貴族の子弟はたいてい、生まれた時から何らかの魔道具を身に付けているわ。私もそう――」


 メアリは左手を上げて見せた。指輪が2つと腕輪が1つはまっている。


「全て魔力制御の魔道具よ。魔力暴走の事故を起こさないために、魔力量が多い私は一生この魔道具を外すことはできないわ」


 キャリーは無意識に、左手の人差し指の指輪を右手の指で確認するように触っていた。


「“花嫁の腕輪”は魔法攻撃だけでなく、身に付けた魔道具の効果も全て無効にしてしまう。だから私はこの腕輪をはめることができないのよ」




 メアリはキャリーの顔をまっすぐに見つめた。


「貴女も身に付けているのでしょう。無効化されると困る魔道具を」




 キャリーは静かに顔を上げ、初めてまっすぐにメアリの目を見た。キャリーの魔力は凪いでいた。まるで全てを諦めたように――――。


「おっしゃる通りでございます」


 左手の人差し指の指輪を外すと、キャリーの周りをキラキラした魔力が覆い、光がおさまると、キャリーの姿はすっかり変わっていた。




 茶色の髪はきらめく白銀に。瞳は右が薄紫、左が琥珀。


 その特徴的な容姿は、カリンの記憶に有る記述をすぐに思い出させた。


『元公爵家遺児。謀反により連座対象。発見次第、引き渡しを要請するものである』








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