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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
22/36

(22)貴族令嬢襲来

 カリンとキャリーが職員食堂にたどり着いた時には、もう早起きの馬屋番たちは朝食を食べて仕事に行ってしまったあとだった。


 従僕や小間使いたちが食べに来る前のつかの間の静かな時間。


 そのはずだったのだが、カリンとキャリーが食堂に入ったとき、そこはあきらかにいつもと違う緊張感にピリピリしていた。




 食堂の中に、ドレス姿の貴族のご令嬢がいた。


(なんでこんな所に?)――――チッカ?


 燃えるような真っ赤な髪。大きな琥珀色の瞳の目尻がきゅっと上がって、とても気の強そうな印象を見る者に与える女性だ。黒いドレスには金色の薔薇が刺繍されている。年齢は17~18歳だろうか?




 お供はメイド服の侍女が1人。お嬢様の斜め後ろに控えている。ただ黙って立っているだけに見えるが、この侍女から何か鋭く張りつめた魔力が周囲に放射されている。


(覚えてるわ、この鋭い魔力の感じは村長さんの短剣と一緒ね。お嬢様を守ろうとしてるのね。護衛を兼ねた侍女なのかしら)――――チカッ!


 侍女が一瞬鋭い視線をカリンに向けて来て、カリンの胸がドキッと跳ねたが、視線はすぐに外され侍女は元の待機の姿勢に戻った。




 お嬢様はひどくイライラしているようだった。


「まだなの?」


 閉じた扇を自分の左の手のひらにバシバシと打ち付けながら、周囲にぐるっと不機嫌そうな視線を向けた。


「この私がわざわざこんな所まで出向いているのよ。さっさと泥棒猫を私の前に連れて来なさい!」




(こういうのを修羅場って言うんじゃないかしら?)――――チカッ?


 カリンの語彙ごいはライラのお陰で格段に豊富になっているようだった。




 あのお嬢様が探している“泥棒猫”というのは、多分……。


 カリンは隣のキャリーを見上げた。キャリーも気づいているようで、青い顔をして震えている。


 外から入って来たカリンとキャリーに気づいたのだろう、逃げるわけにもいかずに食堂の中で震えていた料理人たちの視線がこちらに集まって来た。正確には、カリンの隣のキャリーに人々の注目が集まる。


 それに気づいたお嬢様は、炎のような赤い髪を翻して、こちらを振り向いた。


 ただでさえ長身のお嬢様は、靴のヒールの分だけ更に高くなった位置からキャリーを見下ろし、きつい目をすっと細くして、低い唸るような声を出した。


「そう――――貴女あなたね?」




 お嬢様はキャリーを頭から足下まで眺め下ろすと、キャリーの目を射抜くようにまっすぐに見つめた。


 キャリーは身を震わせ、目を伏せてうつむいた。それを見たお嬢様は、蔑んだような失望したような表情になった。


「もう良いわ。間違って貴女の手に渡ってしまった腕輪を返しなさい。あれは私の物よ」


 キャリーの体がびくっと震え、顔色が更に悪くなる。そのまま倒れてしまいそうだ。


 カリンはキャリーのそばに寄り、震える手をそっと握った。キャリーははっとしてカリンの方を見た。カリンが小さくうなずくと、キャリーの顔のこわばりが少し緩んだように見えた。




「こんな所にご足労いただき申し訳ございません。従僕頭のマシューと申します。ここでは落ち着きませんので、場所を移してもよろしいでしょうか」


 食堂の入り口から、落ち着いた男性の声がして、振り向くと、マシューさんがにこやかな笑顔で立っていた。


「腕輪は私が大切に保管しております」




 お嬢様はマシューをジロッとにらむと、「良いでしょう。案内なさい」と命じ、キャリーに向かって「ついて来なさい」と言うと、あとはこちらを見ることもなく、さっさと食堂を出て行った。侍女も黙ってお嬢様の後ろについて行く。


 カリンは小さく震えるキャリーを放っておくことも出来ず、朝食に未練を残しながらも、キャリーと繋いだ手をそのままに、お嬢様のあとについて行った。




 この建物の中に、貴族のご令嬢をもてなすことの出来る場所など無い。それでも、人の目の無い所で話をするなら、従僕頭の執務室しか無いだろう。しかし、執務室は3階だ。けっこう急な階段を上っていかなければならない。


(あんなドレスでこの階段を上れるのかしら?)――――チカ……?


 見れば、お嬢様は急階段を物ともせず、ドレスの裾を少し持ち上げて、すいすいと上っていく。


(貴族のお嬢様ってけっこう足腰を鍛えているのかしらね)――――チカッ




 途中の踊り場で、お嬢様は目立たぬようにそっと視線だけで後ろを見た。お嬢様の視線の先はカリンだった。その時、カリンが感知したお嬢様の魔力の揺らぎが示す感情は……。


(お嬢様――子供好き?)――――チカッ!


 小さなカリンがついて来られるか心配する視線だったのだ。




 執務室の中で、お嬢様はマシューがいつも座って仕事をしている椅子に腰かけている。これ以外に椅子が無いのだ。侍女はお嬢様の後ろに立っている。


 カリンとキャリーは並んで執務机の前に立っている。なんだか採用面接の時の事を思い出す。マシューさんが立っているのは、面接の時にベンさんが立っていた位置だ。




 キャリーも少し落ち着いたようで、今は背筋を伸ばしてまっすぐに立ち、目をやや伏せて、腰の前の所で両手をかるく組んでいる。侍女さんも同じ立ち方だ。どうやらこれが、侍女や小間使いの待機の時の正しい立ち姿であるらしい。


 良いお手本が目の前にあるなら大いに学ぶべきだ。カリンは、2人をチラチラと横目で観察しながら、姿勢を真似てみる。


 ――ぶっ。


 変な音が聞こえて音の方を見たら、お嬢様が扇で顔を隠して震えている。耳が真っ赤だ。


(お嬢様、笑い上戸?)――――チカッ!







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