(21)厄介な拾い物
――――チカチカッ、チカチカッ、チカチカッ、チカチカッ、チカチカッ
枕元のペンダントの激しい魔力の瞬きで目が覚めた。
カリンの部屋は本来4人部屋だが、小間使い見習いが3人辞めたため、カリン1人で使っている。
まだ早い。おそらく、まだお日様が顔を出していない時間だ。
(どうしたの、リン)――――チカチカッ、チカチカッ、チカチカッ
リンの激しい瞬きは続いている。こんな激しい反応は初めてだ。
(何かがあったのね?)――――チカッ!
カリンは自分の周囲の魔力を確認するが、特に変わったところは無い。
(ここでは無いわね?)――――チカッ!
(だとしたら…………洗濯場?)――――チカッ!
カリンは急いで着替えて部屋を飛び出した。いつもはおっとりしている井戸の女神様がかなり慌てているのを、魔力で感知したのだ。
季節は夏に近い。空の色はもう明るくなってきているが、洗濯場に向かう小道は周りの木々に遮られ、明かりが無ければ歩けないほどの暗さだ。
でも、木も草も魔力を持っているから、カリンは魔力感知で木が生えていない道の部分がくっきりとわかる。久しぶりに力持ち魔法を全身に巡らせて、カリンは全力で走った。
まだ自分に見張りがついているかもしれないとは思ったが、今は女神様の方が大事だ。リンの仲間なら、カリンにとっても仲間なのだ。
それに、カリンが魔法を使えることは、見張っている人たちにはもうばれているような気がする。
女神様のそばに人の魔力を感じる。この魔力は以前に感知した、カリンの記憶に残っている魔力だ。あの腕輪の残留魔力の1つ。ということは――――。
林の小道を抜けて洗濯場の広場に飛び込む。遠目に見える井戸に女性の人影。井戸の中をのぞきこんでいるように見える。
(あんなに身を乗り出したら井戸に落ちちゃうかも!)――――チカッ!
井戸の女神様もカリンに気づいたのか、盛んにポウッポウッと不安そうに瞬いている。
井戸をのぞく女性の手が滑ってつんのめるのが見えた。
(えっ――嘘っ!)――――チカッ!――――ポウッ!
カリンの手はまだ届かない。必死に走りながら手を伸ばすその先の女性の体が傾き、足が地面を離れ――――。
(待って!)
間に合わない。
諦めかけた――――そのカリンの目の前に一瞬黒い影が過った。
次の瞬間、尻餅をついた状態で自分の目の前に出現した女性の体につまずきそうになって、カリンは危うく直前で踏みとどまった。
女性は茫然として声も出ない様子だ。
彼女はカリンが拾った腕輪の受け取りを拒否した人物、噂の小間使い、キャリーだった。
カリンは周囲を見回した。誰もいない。
(やっぱり見張りがいたわね)――――チカッ
一瞬見えた黒い影はジャックだった。キャリーの背中にジャックの魔力の気配が残っている。でも、カリンの魔力感知で確認しても、ジャックが今どこにいるかは全然わからない。もちろん、パットの気配も無い。
(もう良いわ。あの人を見つけるのは諦めるわ)――――チッカ
「ねぇ、大丈夫?」
カリンが顔をのぞきこむようにして声をかけると、キャリーは初めてカリンの存在に気づいたように、びくりと顔を上げた。
青い顔。体が小刻みに震えている。歯がカチカチと鳴る音が止まらない。
驚き。恐怖。安堵。混乱。キャリーの魔力は不安定に揺れている。
カリンは水筒の水を携帯カップに入れてキャリーの手に持たせた。
「飲んで。ただの水よ」震える手を、自分の小さな手で支えるようにして、キャリーに水を飲ませた。
この水は、井戸から汲んだ水だ。汲みたての方が冷たくて美味しいと思うが、今、まさに飛び込もうとした井戸の水など、汲み上げても飲めないのではなかろうかと思ってこちらにした。
カップの水を飲み干すと、キャリーは少し落ちついたようで、震えがおさまってきた。
(力持ち魔法で、この人を担いで帰ることも出来ないわけじゃないけれど……)
とりあえず、話しかけてみることにした。
「死にたかったの?」
カリンの静かな問いかけに、キャリーは「えっ?」と不思議そうに首をかしげた。
「井戸に飛び込んでも、溺れて死ぬのは無理よ。ごみを防ぐ結界があるから」
キャリーは目を丸くして、無表情でたんたんと語るカリンの顔を見つめた。
「結界に引っ掛かったごみは、ごみ処理場に転送されるのですって。ごみ処理場がどんな所かは知らないけれど、私はあまり行きたいと思わないわ」――――チカッ!
「死にたいなんてっ――――」キャリーは小さく叫びかけて、続く声を飲み込んだ。その顔が歪む。
「だったら帰りましょう。お腹がすいたわ。私、朝食を食べに行きたいのだけれど」
カリンがそう言って立ち上がると、キャリーは黙ってうつむいた。
カリンはため息をついた。
「あなたを1人で置いて行くと、女神様が心配するのよ」――――チカッ!――――ポウッ!
「えっ?」
キャリーは再び目を丸くして小さな少女を見上げた。
◇◆◇◆◇
彼に恋をしていたかと聞かれたら、はっきりとうなずくことは出来ない。
でも、好ましく感じていたことは本当だ。
洗濯や掃除をして、気づいたことをそれぞれの部屋の伝言用の黒板に書き残す。読んでくれているかもわからないそれに、初めて返事を書いてくれたのがチャールズだった。
『ありがとう』『いつも助かります』『風邪に気をつけて』
いつしか、彼の短い返事を読むのが楽しみになっていた。
結婚を申し込まれた時に感じたのは、恋のときめきではなく、安堵と罪悪感だった
(私は幸せになっても良いの?)
伯爵家の人たちは皆、信じられないほど、キャリーに優しかった。ますますキャリーの中の葛藤は強くなる。
(本当に私なんかで良いの?)
チャールズの兄が怪我をして、チャールズが伯爵家を継ぐことになった時、キャリーは1人だけ幸せになろうとした自分に罰があたったのだと思った。同時に、お兄様には申し訳ないが、ほっとする気持ちもあった。
これで、チャールズはキャリーよりももっとふさわしいご令嬢と結ばれるだろう。キャリーは胸の中の冷たい塊を無理矢理飲み込んだ。
チャールズが伯爵家の跡継ぎの配偶者としてキャリーを望み、再び結婚を申し込みに来た時、キャリーの頬を濡らしたのは紛れもなく喜びの涙だった。
だが、キャリーはまだまだ甘く考えていたのだ。チャールズから渡された“花嫁の腕輪”が自分を厳しく断罪するまでは――――。




