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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
20/36

(20)チャールズの初恋

 教員寮や学舎の仕事をする小間使いにはベテランが選ばれる。


 30代以上の既婚者。子供や孫がいるような女性が配置される。間違っても、若い教師や学生たちを誘惑しようとするような者がいては困るからだ。


 だからキャリーのような10代の少女が選ばれるなど、異例中の異例だった。


 これは、チャールズの周りの同僚たちの“友情”という名の“おせっかい”が、おおいに働いたせいであった。




 チャールズという男は、教師としては非常に優秀で頭も良い。性格も少しばかり押しが弱いが人から嫌われるようなところは無い。容姿も、特に目立つほどの男前ではないが、醜男というわけでもない。おまけに将来は平民になる予定とはいえ、伯爵家の令息と生まれも良い。


 なのに女の影が無い。


 さすがに20代(なか)ば近くにもなって、女性との付き合いがいっさい無かったわけでも無く、見合いをしたことだってあったのだが、どれも長続きしない。


 やはり魔法技術や魔法理論以外に話題が無いところが問題なのだろうか?




 何度女性に別れを告げられても、全くこたえた様子が無いところを見ると、相手の女性にあまり興味が無く、それが相手にも伝わってしまっているのかもしれない。べつに女嫌いというわけでは無いと思うのだが……。


 最近はチャールズと若手の同僚が話をしていると、1部のご令嬢たちからの視線に、なにか背筋がゾッとするようなものを感じることがあって、チャールズの同僚教師たちは少しばかり焦っていたりもする。




 そんなチャールズに遅い春がやって来た。


 15歳の小間使いに恋をしたのだ。




 華やかなドレス姿のご令嬢を見てもあまり興味を示さなかった男が、髪をひっつめ、化粧一つしていない地味な小間使いを目で追っている。


 姿を見ると、とたんにソワソワしだす。目が合うと慌てふためき、良い年をした男が頬を染めて言葉につまる。


 今まで、よく解らない男だと思ってきたが、じつはこんなにも解りやすい男だったのか。


 同僚教師たちはこの遅い“初恋”を皆で応援することにした。


 面白いということもあったが、チャールズが皆からそれだけ愛されていたということだった。




 同僚の1人がチャールズに、「あの子のどこに惚れたんだ?」と聞いたら、チャールズは「思いがけない笑顔が――とっても可愛くて」と赤くなり、聞き耳をたてていた周りの男たちから「良い年をした男が頬を染めるな!」と一斉に突っ込まれた。




 初めてキャリーがチャールズの寮の部屋を掃除に行ったのは、風邪で熱を出した担当者の代理の助っ人としてだった。


 寮の部屋の掃除など、小間使いたちは部屋の主に特に何か言われない限り、机や棚がどんなに散らかっていても手をつけず、床と窓だけ掃除して終わりにする。教師や研究者などは、部屋の物に触れられただけでひどく怒る人もいるからだ。


 チャールズの部屋の机も棚もひどく散らかっているのを見て、キャリーは片付けても良いか、触ってはいけない物が有るか、片付けかたの希望が有るかをハキハキとチャールズに質問してきた。


 気弱で大人しいとばかり思っていた少女のまっすぐな視線に気圧されて、チャールズも一緒に部屋を片付けることになった。


 お陰で、棚に積まれていた本の間から、提出期限ギリギリの書類が見つかり、驚いたチャールズは笑顔でキャリーに心からの礼を言った。


 キャリーは目を丸くしたあと、頬を染めてはにかんだように笑った。


 その笑顔にチャールズは衝撃を受けたのだ。――――可愛いと。




 風邪をこじらせた担当者が復帰するまで、しばらくキャリーが仕事を続けることになったが、気がつくとチャールズはキャリーの姿を探している。そして見つけると、目が離せなくなる。


 こんなことは初めてで、自分のおかしな様子にはすぐに気づかれてしまった。周りの人々にも、おそらくキャリーにも――。


 チャールズや他の教師たちの指名で、風邪で休んでいる小間使いが復帰しても、キャリーは教師寮と学舎の教員準備室の担当を続けることになった。




 正式に教師寮と教員準備室の担当になってからも、キャリーは積極的に散らかった部屋の片付けをしていった。洗濯や掃除をして、何か気づいたことがあれば、部屋に備え付けの小さな黒板に伝言を書き残してくれる。その文字の美しさにも、それなりの教育を受けてきたことがうかがわれる。


 いつしか、チャールズはキャリーが書き残した黒板の伝言を楽しみにするようになっていた。




 飲み込みが早い。仕事も早くて丁寧。気配りもできる。それでいてでしゃばることも無い。


 キャリーを専属の侍女に望む者がいると同僚に聞かされて、チャールズは焦るあまり、キャリーに結婚を申し込んだ。




 ――――女性の涙をこんなにも愛おしいと思ったことは無かった。


 後にチャールズが語って、同僚たちからやっかみの大顰蹙だいひんしゅくを買った台詞である。




 チャールズとキャリー、――――初々しい2人の恋は穏やかに花開いた。2人は平民の学院教師夫妻として、穏やかな家庭を築いていくだろうと誰もが思った。


 その後、チャールズの兄の負傷から、2人の境遇は大きく変化することになったが、伝わってくる話から、周囲が心配するような2人の結婚への大きな障害は無いものと思われた。


 チャールズの家族全員が賛成で、キャリーが子爵家の養女になることも決まっているなら、なんの問題も無い。


 あらためてのプロポーズと伯爵家の花嫁の腕輪の話は学院内外の明るい話題となった。




 なのになぜ――――。




 キャリーは発見された腕輪の受け取りを拒否し、チャールズとの結婚を辞退しようとしていた。








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