(19)小間使いの恋
魔法学院を卒業する学生は意外に少ない。
魔力量中級の者は魔法適性がよほど有用なものでなければ基礎課程のみで終了する。魔力の暴走事故を起こさない程度に魔力操作が出来れば良し。簡単な魔法を1つ2つ使えるようになれば上々――――といった程度の認識なのだ。
平民はほとんどがこのコースだ。
貴族においても、その認識はたいして変わらない。
半年から1年で終了する基礎課程と違って、魔法職に就くための各種の資格を得ることが出来る専門課程を卒業するにはどんなに急いでも4~5年はかかる。
その途中で、貴族令嬢なら嫁や行儀見習いに出されたり。次男三男ならばお家のために他家に婿入り。嫡男が急きょ呼び戻されて領主就任などということもある。
頑張って卒業を目指すのは婿入り先の見つからない下位貴族の次男三男などだ。将来の就職のために資格の取得を目指すのだ。
専門課程は有料のため、自力で学資を稼ぎながら、10年かけて卒業する者もいる。
専門課程は単位制だ。単位を1つ取るにも、厳しい試験を突破しなければならないが、20歳までに必要な単位を取れば卒業資格が手に入る。
なぜ20歳までなのかというと、20歳を過ぎるとスキルのレベルが上がり難くなることがわかっているため、その年齢を卒業の目安にしているからだ。
卒業後の進路はそれぞれの魔法適性による。
騎士。宮廷魔術師。治癒師。魔道具職人。その他いろいろ。
その中でも卒業生に意外な人気の職業として、魔法学院の教師がある。
魔法職の中では地味だし収入も高い方ではないが、安定した職業で、殉職の可能性がほとんど無い。20年以上勤めると、職を退いた後に、しっかり年金がもらえる。
そんな学院の教師たちは結婚相手としても大人気だ。独身の教師には下位貴族のご令嬢方からのお茶会やパーティーへのお誘いが引きも切らない。
その人気の魔法学院の教師から、平民の小間使いが結婚を申し込まれたのだ。
若い小間使いたちは、まるで夢のような恋物語に大騒ぎになった。
昼休憩(?)という名のさぼりの時間、ライラとシェリーもこの話題で盛り上がっている。
カリンはライラの情報量の多さにも感心するが、シェリーがライラの顔を見ながらすいすいと馬屋番のズボンを繕う手元にドキドキした。手元を見ずに、よくあんなに速く正確に縫えるものだと思う。
井戸の女神様も、いつもはぼーっとして何を考えているのかわからないのに、今日はライラの話にポウッポウッと、まるで相づちを打つように魔力を瞬かせている。どうもこの女神様は女の子の恋愛話がお好きなようだ。
まだ若い教師は伯爵家の三男で、チャールズ、26歳。魔法学院では基礎課程の魔力感知や魔力操作の講義を担当している。
彼が求婚したのはキャリーという小間使いだ。ただ今17歳。茶色の髪と瞳は地味だが、よく見ると整った顔立ちの美しい娘だ。
キャリーは母親が10年前に王宮の小間使いになった時、一緒に小間使い見習いとして雇われた。その後、6年前に魔法学院の小間使いに異動になり、母親を5年前に病気で亡くしてからは天涯孤独の身。
働き者で賢いキャリーは、2年前の15歳の時に教員寮の担当になった。その後、教師たちの指名で学舎の教員準備室の掃除担当も兼ねることになった。
貴族の子弟が訪れる可能性のある場所に配置するのに、礼儀正しく控えめなキャリーは小間使いの中でも教師や学生たちから評判が良かったからだ。
男前とも美形とも言えないが、真面目で優しく少し気弱なチャールズ。淑やかで控えめだが、てきぱきと仕事をこなし、平民とは思えない教養も感じさせるキャリー。
どちらが先に好きになったのかはわからない。
チャールズは、同僚たちの後押しにも助けられてキャリーに思いを伝え、2人は結ばれた。
チャールズの家族にも祝福され、すぐに結婚の届けを出すことになっていた。これが1年前のことだ。
だが、結婚の予定は延期になった。チャールズの長兄が事故で大怪我をして、伯爵家を継げなくなってしまったのだ。
次兄はすでに他家に婿入りしていたため、チャールズが伯爵家を継ぐことになった。
これまでは伯爵家を出て平民になることが決まっていたが、伯爵家の後継ぎになるならば話は変わってくる。
平民のままのキャリーでは、伯爵家に嫁ぐことは出来ない。そこで、キャリーを親戚の子爵家の養女にすることになった。
伯爵家の後継ぎと平民との結婚を反対する親戚もいたが、チャールズの家族はキャリーを伯爵家の嫁として受け入れることに誰も反対しなかった。全員、キャリーのことをとても気に入っていたのである。
――――キャリーさんはとても良い娘だ。チャールズの嫁にはもったいないほどの。
そして、チャールズはあらためてキャリーに結婚を申し込んだのだ。伯爵家の代々の嫡男の嫁に受け継がれる腕輪を持って――――。
チャールズの結婚の申し込みを受けるキャリーは本当に嬉しそうだった。
「美しい笑顔の頬をこぼれ落ちる涙が、キラキラときらめいて――――」ライラの語りに女神様もポウッポウッポウッと大興奮である。
しかし、シェリーは内職をしながら顔を曇らせた。「その腕輪が捨てられていたのよね」
「そうなのよ」
ライラは自前の木のコップで井戸から汲んだ水を一口飲んで一息入れた。「美味しいわね、この水」ライラは話を続けた。
――――キャリーは受け取った腕輪を身につけなかった。
“腕輪には伯爵家の嫁を守るための保護の魔法が込められており、身につけた者を守ってくれる。腕輪も持ち主がはずそうとしなければはずれないし腕輪に傷も付かない”と説明されていたのだが……。
キャリーの18歳の誕生日に2人の結婚式を挙げることになった。近々子爵家の養女になるため、職員寮から退出することになっていた。
だが、幸せなはずのキャリーの顔がなぜか日に日に暗くなっていく。
そしてある日、腕輪が盗まれたのだ。
遅くなりました。




