(15)呪いの女神
過去の事件を少し変えました。
物語の流れを整理しました。
カリンはいつの間にか、小さなテーブルを挟んで、お嬢様(?)と向かい合わせに座っていた。
テーブルも椅子も、ローブの男がどこからか取り出した物だ。これも魔法であるらしい。
お嬢様(?)はパットと名乗った。ローブの男はお嬢様(?)の護衛でジャック。ジャックはまだ一言も喋っていない。
「女神の加護が評判になっているようだね」
可愛らしい声なのだが、男の子のようなしゃべり方だ。自分が男の子であることを隠す気は、もう無いのだろうか?
(あの時はいきなりナイフを突きつけられたのにね)――――チカッ!
「もう、ここには来ないつもりだったのだが、君の様子がおかしいと報告を受けて心配になったんだ」
パット(?)の魔力から伝わってくる感情にカリンに対する悪意は感じられない。
それにしても。
(報告……私、見張られていたのね)――――チカッ
パットの様子を見ると、カリンが無害な存在であるという報告もされていたのだろう。
目の前のテーブルにお茶とお菓子が並べられる。用意しているのはジャックだ。本当にどこから出しているのだろうか?
カリンは良い香りのお茶のカップに手を出しても良いかどうか、いろいろな意味で悩む。
カリンの人形のように無表情だった顔が、この短い時間に、けっこういろいろな表情を見せていることに、カリン自身は気づいていなかった。
でも、そんなカリンの様子を観察していたパットとジャックは、ちらっと視線を合わせて少し安心したような様子になった。
優雅にお茶を飲んだパットが口にしたのは、かなり不穏な言葉だった。
「どうやら、呪いを受けている様子は無いね」
「……呪い?」
パットは井戸の女神に目を向けた。
「あれはおそらく、昔、“呪いの女神”と呼ばれていたものだと思うんだ」
「“呪いの女神”?」――――チカッチカッ!
なにやら、リンが強く抗議しているようだ。パットもジャックも、カリンの服の中のペンダントの様子などには気づいていない。
カリンにも、あの女神(?)が人や何かを呪うとは思えない。たしかに意思を持った魔力を感じるけれど、まるで昼寝から起きたばかりの寝ぼけた子供のようなぽやぽやした魔力には悪意は感じられない。
「昔、王宮の庭の東屋にあった“呪いの女神”の呪いを受けた女性が離宮を1つ、跡形もなく消してしまったという事件があってね」
とんでもない大事件ではないか。
「もう今は忘れられた、ずいぶん昔の話なんだ」
パットは貴族令嬢らしからぬ仕草で肩をすくめてみせた。
「たしかに、過去にそれらしい騒ぎがあったらしいけど。詳しい事情は伝わっていないし。呪いの話も、多分後付けの作り話だろうと私は思っている」
カリンの前の冷めたお茶を、ジャックが入れ直してくれた。さすがに口をつけないと失礼だろうか?
恐る恐るカップを手に取り、お茶を飲む。(あっ、美味しい)
「“呪いの女神”がその後どうなったのかも記録に残っていないんだ。だから、今回の“井戸の女神”の噂を聞いて、もしかしたら、って思ってね」
好奇心を押さえられずに調べに来たのが、前回のカリンとの遭遇であったらしい。
パットの子供らしい小さな冒険。しかし、そこでパットの正体を一目で見抜く小さな女の子に出会ってしまった。
他国の密偵の可能性は低いだろうが、念のために見張らせていたら、どうも様子がおかしい。
「君が夜中に仕事をしている理由は聞いたよ。大変だったみたいだね」
どうやら、貴族の侍女たちにこき使われたり暴言を吐かれたりしているのが原因だと思われているらしい。
いや、カリンの魔法のことは、もうとっくに見抜かれているだろうか。
「最近は、なんだか元気が無いようだし」
パットはカリンの目をまっすぐに見つめた。
「君には病気の疑いがある。これは地方出身者に多い病気でね。回復魔法でも薬でも治せない病気なんだ。ただし、君にだけ効き目のある特効薬が有る ――――と、ある人が教えてくれたんだ」
パットはニヤッと笑う。
「そのある人から預かってきた。はい、これが君の病気にとってもよく効く薬だよ」
テーブルの上に大きな瓶が置かれた。
白一色の何の飾りもない瓶だ。弾力のある木で作った蓋で、しっかり瓶の口が塞がれている。女性や子供の力では、この蓋がなかなか開かなくていつも大騒ぎになるのだ。
この瓶のことをカリンはよく知っていた。
ジャックが瓶の蓋を開けた。とたんに甘酸っぱい香りがして――――カリンの目からポロリと涙がこぼれた。
(えっ、なにっ?……なんで?)カリンは慌てた。
(私、泣いているの?)――――チカッ
「その乾燥果実を病気治療のためにちゃんと食べること」
パットとジャックから流れてくる温かい魔力。
「それから、もう1つ伝言。『君はまだ子供なのだから、大人にもっと頼ってください。君の世話を焼きたい爺さんが待ってます』って。明日、従僕頭の執務室に行ってね」
◇◆◇◆◇
「今回は女神に集まって来たたくさんの人のせいで、君が精神的に疲れちゃったのもあるかもね。だから人騒がせな女神様にも責任を取ってもらおうかな」
パットのそんな言葉を最後に、気がつけばテーブルも椅子も、パットとジャックも消えていた。
でも夢ではなかった証拠に、カリンは乾燥果実の瓶と残ったお菓子を入れたバスケットを持たされていた。
――――井戸の水を求める人がいなくなれば、君もかなり楽になるんじゃないかな?
と言っていたけれど、パットは何をするつもりなのだろうか?
ベンさんは「子供はちゃんと寝ないと大きくなれないんだぞ」と言っていた。夜の仕事をしなくても良くなれば、たしかにありがたいけれど……。
それにしても――――。
「すっかり、呪いの女神にされてしまったのね」――――チカッチカッ!
リンはとても不満そうだ。
「リンは女神様と仲良しなの?」――――チカッ!
カリンは毎日魔力水(カリンの魔力を溶け込ませた水)で女神像(?)を洗っている。最近は、綺麗に洗ったあと、まるでお礼を言うように、女神様の魔力がぽうっと光るようになった。
そのうち、リンのように、女神様ともお話ができるようになるかもしれないけれど、今はまだ、カリンにも、(多分、嫌がられてはいない)ぐらいしかわからない。
井戸の側の椅子代わりの石に腰かけて、瓶の蓋を開けた。乾燥果実を1つ取り出して懐かしい甘酸っぱい香りを楽しむ。
1口かじると口の中に広がる甘みと香り。懐かしい。
このあと、もう少し明るくなったらマシューさんの所に行こう。カリンはそう思いながら、村の人たちが丹精込めて作った乾燥果実をゆっくり味わって食べた。




