(13)女神の加護
最後の台詞がカリンらしくないと思い、変更しました。
うっかり幽霊という言葉を使ってしまいましたが、この世界に幽霊という概念は合わないと思い、精霊に変更しました。度々の書き直しで申しわけありません。
(2019.0728)改稿、というか増量しました。物語の流れは変わりません。
――――なんだか魚みたいな顔ね。鼻が無いわよ。
――――肌が白くないわ。呪い?
――――ずいぶん小さいな。小人か?
おおらかで心優しい村の人たちとの3年間がどれ程幸運なことであったのかを、この1か月でカリンは思い知らされていた。
この広く大きな王都において、自分達と異なる容姿のカリンを差別する人は少なくなかった。
頭から足までじろじろと眺め回し、蔑んだ目で見下す。
「人間の言葉は理解できるのか?」と野蛮人扱いされる。
肌の色の違いを気持ち悪がったり、カリンが自分の服を洗濯することを拒否する小間使い仲間がいたり……。
ひそひそと囁かれる声。カリンにはどの方向にいる誰の声か、魔力で感知できている。
(悪口を言った人たちの魔力は覚えたわ。なるべくこちらからは近づかないようにしたいわね)――――チカッ!
魔力感知のレベルを上げておいて本当に良かったと思う。
(ニールたちのおかげね)――――チカッ
いじめっ子たちとの追いかけっこが、こんな形でカリンを助けている。
もしも、拾われて最初に預けられたのが王都だったら、カリンはいきなり多くの悪意にさらされ、人に対して心を閉ざしてしまっていたかもしれない。
でもカリンには、村長が、おばば様が、ヘレンが、ニールが、3年間で少しずつ心を通わせた村の人たちがいた。
それは、人を――――何より自分自身を信じることをカリンに教えてくれた大切な出会いだった。
自分は1人ぼっちではない。カリンを家族だと思ってくれる人たちがいる。帰る場所があるのだ。
それはカリンを支え、人々の冷たい視線や心無い言葉にも怯まない勇気を、そして心の余裕を与えてくれた。
カリンを見下す人たちを、離れたところから軽蔑した目で見ている人がいる。
心無い言葉を投げつける人をたしなめる人がいる。
カリンの気持ちに余裕があるから、そんなことに気づくこともできるのだ。
そして、鍛えた魔力感知以上に、これまでカリンを救ってきたのはカリンの持つ運の強さであったかもしれない。
王都でも、カリンの力になってくれる人たちとの出会いは、もうすでにいくつもあった。
たとえば、マシューさんやベンさんはカリンを他の小間使いたちとかわらず平等に扱ってくれる。
2人の態度や表情だけでなく魔力からも、カリンを嫌悪するような感情は読み取れなかった。
ベンさんは孤児院の出身で、「顔の形や肌の色の違いなどにたいした意味は無い」と言う。「仲間には体に欠損の有る子供も珍しくなかったよ」そう言って、悲しそうに笑うのだ。
マシューさんは若い頃はあちこちを旅していたそうで、異民族に出会ったこともあるという。
「困ったことがあったらいつでも相談に来なさい」と穏やかに話すマシューさんが、カリンに向ける眼差しも魔力も温かかった。
小間使いの先輩にも、カリンへの嫌悪を隠さない人もいたが、小さなカリンを可愛がってくれる人たちもいた。
小柄なライラは「私よりも小さな子が入って来てくれたわ」と無邪気に喜んでいた。噂好きの彼女は、この職場のことをいろいろと教えてくれる一方、カリンのことにも興味津々だ。
針仕事が得意なシェリーは8人兄妹の1番上のお姉さん。
彼女は小間使いの仕事着を、あちこち詰めて、小さなカリンでも着られるように直してくれた。
子供好きのシェリーは、繕い物を請け負うかわりにせしめたお菓子を、時々カリンにも分けてくれる。
食事が出るのは朝と夕の2回なので、洗濯仕事を魔法で手早く済ませ、めったに人が来ない洗濯場で、シェリーからもらったお菓子や木の実でのんびりお昼にする。
そんなのんびりした時間がカリンの日々の楽しみだったのだが……。
初めは、洗濯物を運ぶ係が毎回違う人に交替している様子に、(新人が早く職場に慣れるように顔を見せに来てくれているのかしら?)とカリンは思っていた。
やがて、休憩時間を利用して、学舎や学生寮の小間使いたちも時々第5洗濯場にやって来るようになった。
ここを訪れる人は皆、女神像(?)に祈りを捧げたあと、なぜか井戸の水で顔を洗ったり、何かの容器に井戸の水を入れて持ち帰ったりしている。
(井戸なら、こんな遠くに来なくても、他にたくさんあるのにね)――――チカッ
やがて貴族のご令嬢の侍女たちまで、井戸の水を求めてやって来るようになると、カリンの仕事にも支障が出るようになってきた。
上位貴族の侍女様たちは当然のように、カリンに水汲みを要求してくる。侍女といっても貴族のお嬢様では、水汲みなどしたことは無いのだろう。
まあ、水汲みくらいなら、力持ち魔法でたいして疲れることもなく、いくらでもしてあげられるけれど……。
平民出身の侍女はカリンがするすると簡単に水を汲んでいる様子に驚いていたが、田舎で毎日やっていたので慣れていると説明すると、なんだか可哀想なものを見るような目で見られた。
それよりも困るのは、洗濯場にいつもたくさんの人の目があることだ。人に見られていると洗濯魔法を使うことが出来ないのだ。
乾いた洗濯物を受け取りに来たライラに相談してみると、「噂を聞いてないの?」とあきれられてしまった。
ライラの話によれば、この騒ぎの元はカリン自身なのだという。
「まず、最初に話題になったのが、私たちの仕事着よ」
ライラやカリンたち、いわゆる下級の小間使いの仕事着が最近妙に綺麗だと言う人が増えてきた。染み1つ無い真っ白なエプロンとメイド服など、まるでおろしたてのようだ。
他にも、学生寮の食堂の料理人より従業員食堂の料理人の服の方が真っ白だとか。馬屋番の仕事着の嫌な臭いがしなくなったとか。
第5洗濯場の新人小間使いの洗濯の腕前が、今、とても高く評価されているのだそうだ。
「でもね。それ以上に話題になっているのがこれよっ!」
ライラはカリンの頬っぺたをぷにぷにと両手でつまんでみせた。
「なんであんたの肌は、こんなに艶々プルプルなのよ!」
井戸の女神様を見物にいった人たちが、カリンのツルツルの綺麗な肌に驚き、そこから――――
「井戸の女神様のご加護を受けた水で洗えば、肌が綺麗になるっていう噂が一気に広まったのよっ!」
噂によれば、『カリンが井戸と女神様を綺麗に掃除したので、女神様はそのお礼に井戸の水に加護を与え、その水を使ったおかげで洗濯物もカリンの肌も綺麗になった』ということになっているらしい。
(肌が綺麗だと言われて喜ぶべきなのかしら)――――チカッ?
そういうことなら、しばらくの間は井戸の水を汲みに来る人の数が減ることは無いだろう。
仕方ないので、カリンはもっと早起きして、薄暗いうちに洗濯を済ませてしまうことにした。でも、その時間だとまだ、汚れた洗濯物は洗濯場に集まって来ない。
だったら夜のうちにカリンが自分で汚れた仕事着などを集めて回れば良いのではないかと思い、マシューさんに許可をもらった。
問題はその時間だと荷運びの魔道具が使えないことだ。魔道具の貸し出し時間は朝の定時から夕方まで、事務の文官の仕事時間内に魔道具を返さなければならない。
(でも、魔道具が無いなら、自分で担げば良いのよね)――――チカッ
マシューさんが、大きな麻袋を貸してくれた。魔道具が無かった頃は、洗濯物はこういう袋に入れて担いで運んだのだそうだ。マシューさんも昔やったと懐かしそうだった。
夜は、仕事が終わって脱いだばかりの汚れた仕事着を、夜明け前には早起きの料理人や馬屋番たちのシーツを集めて回る。
こうして夜と早朝、学院の敷地内に、自分の体より大きな麻袋を担いだ怪しい子供が出没することになったのだった。
カリンも、自分の姿の怪しさは充分自覚していた。カリンの体が小さいため、薄暗い中だと大きな麻袋がかってにふわふわと動き回っているようにしか見えないだろう。
だから、噂好きのライラが次の噂を持ってきた時は、自分の事かとカリンは思ったのだ。
新しい噂は、学院の敷地内、それも第5洗濯場付近で精霊が目撃されたというものだった。
精霊といえば、おとぎ話に出てくる不思議な存在で、その姿は物語によって、美しい女性だったり、動物の姿だったり、姿は無くて声だけだったりする。
本当にいるのかもしれないけれど、『たしかに見た』という人がいない。想像上の存在だと言う人もいる。そんなものだった。
詳しく話を聞いてみると、今回の“精霊”は、どうやらカリンのことではないようだ。
精霊は銀色の髪の美しい少女だという。袋お化けではなかった。
あとで念のために確認してみると、大きな麻袋を担いだ少女に関しては、マシューさんから警備の兵士にちゃんと連絡済みだった。
(ありがとうございます。マシューさん)――――チカッ
初めてカリンがその精霊を見たとき、精霊は井戸の女神様の前に立って、女神様をじっと見ていた。
最初は精霊というよりも女神様の化身なのではないかと思った。姿がよく似ていたからだ。
でも魔力が違う。似ているけれど違う魔力だ、それも間違いなく人間だ。
少女は飾り気の無い真っ白なワンピースを着ていて、美しい銀色の髪を結わずに背中に流している。カリンの方に振り向いた瞳は紫色だった。カリンよりも少し年上だろうか?
そして、相手の魔力を感知したカリンは、すぐに勘違いに気づいた。そして、それを何気なく口にしてしまった。
「男の、子?――――」
次の声が出なかった。
カリンの喉に、後ろからナイフの刃が突きつけられていた。
14話は9時に投稿します。




