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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
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(12)井戸の女神様

 魔法学院はとても広くて大きいので、洗濯場だけでも複数ある。


 カリンが使っているところは第5洗濯場といって、学舎や学生寮から1番遠い洗濯場になる。


 ここには学生や教員の洗濯物は無い。ここで洗うのは従僕や小間使い、従業員食堂の料理人、馬屋番など、学院の下働きの者たちの洗濯物ばかりである。


 新人の小間使いは必ずここの仕事から始めるのだと従僕頭補佐じゅうぼくがしらほさのベンさんが言っていた。




 ここで仕事振りが認められると、別の洗濯場に移って、学生や教員の洗濯物を任されたり、学舎や学生寮の掃除を任されたりするようになっていく。


 職場を異動する毎に責任と待遇が上がって行くのだそうだ。


「つまり、この第5洗濯場の仕事が、貴族のご令息ご令嬢に近づけても良い人間かどうかを見極めるための最後の試験なのだ」と、ベンさん。


 まさに試験されている真っ最中のカリンに、それを言ってしまって良いのだろうか。


 とは言っても、学生のほとんどが貴族。しかも貴族の中でも身分の違う方々が1ヶ所に集められた学院という特殊な場所には、カリンなどにはとうてい理解出来ない面倒な決まり事などもあるという。


 そういうことに上手に対処できるようでないと、貴族様相手の仕事は任せられない。




 カリンは第5洗濯場が好きなので、よそに異動したいとも思わない。


 下働きの仕事着は汚れのひどい物も有るし、毎日の洗濯物の量もかなりのものだ。でも、1人で働ける仕事(本来は3人の職場なのだが)。しかも職場が学舎や学生寮から遠いのが、カリンにとっては何よりありがたい。


 それに第5洗濯場の周囲は自然豊かなので、木の実などのおやつが簡単に採取できたりするのだ。従僕頭のマシューさんには、採って食べても良いか、きちんと確認済みである。




 この前、マシューさんが「あちこちつてを当たっているのだが、なかなか新しい小間使いが決まらない。カリンにはしばらく第5で頑張ってもらわなければならない」と、申し訳なさそうに言っていたが、カリンとしては大歓迎である。




 だが、そこでベンさんがすかさずちゃちゃをいれてくる。


「カリンが学舎や学生寮に行っても、小さすぎて小間使いだと信じてもらえないでしょう。せめて、もう少し背が伸びるまでは第5から出られないよな」




 それを言われると困ってしまう。周りには自分と同じような人間が1人もいないのだ。ちゃんと大きくなれるか不安を抱える人間に何を言ってくれるのか。


(大きくなれるよね、私)――――チカッ!


 優しいリンは今日もカリンの味方だった




 今日も大量の洗濯物が第5洗濯場に運び込まれる。汚れ物を集めて運んで来るのは、ここ、第5洗濯場を卒業したばかりの、小間使いの先輩たちである。


 大量の洗濯物を、彼女たちは魔道具で運ぶ。大きな箱がふわふわと浮かんで、後ろを付いてくるのだ。


 村では魔道具など見たことがなかった。王都に来て、明かりの魔道具などは見たことがあったが、あんな物も有るのかと驚いた。


 しかし、なるほど。魔道具というのは、カリンのペンダントや村長の短剣などとは全く別の物だ。たしかに魔道具にも魔力が感じられるけれど、そこにはなんの感情も意思も感じられない。これが残留魔力と精霊憑きの生きている魔力の違いなのか。




 洗濯を手早く済ませると、カリンは洗濯場と井戸の周辺の掃除に取りかかる。草がぼうぼうだったり、苔がえていたり、掃除のしがいの有る場所だ。


 井戸は6本の柱で囲まれ、けっこう立派な屋根が付いている。だが、柱にも屋根にもすっかりつる草が絡みつき、変わった形の茂みのようになっている。


 第5洗濯場で働いていた人たちには、それをなんとかするだけの余裕が無かったのか。それとも、ここを早く出て行くことしか考えていなかったのか。


 かなり長いこと放っておかれたらしいことが見てとれる。




 カリンは力持ち魔法でバリバリとつる草をむしり取っていった。


 姿があらわになってみると、なかなか立派な建物だ。柱には巧みな彫刻が施され、6本のうちの1本には美しい女性の立ち姿が刻まれていた。かなり古い物のようだが、綺麗に掃除すれば、元の美しさを取り戻しそうだ。


 カリンは魔力水(カリンの魔力を溶け込ませた水)で柱や屋根の汚れや苔をはがしていった。




 小間使いの先輩たちは性格もそれぞれのようで、カリンを見ると、幼い容姿でちゃんと仕事ができるのかと心配する人、馬鹿にする人、憐れむ人と反応も様々だ。


 そんな彼女たちが一様に、本来の姿に戻った美しい井戸に驚いていた。


 まるでお城の庭の東屋あずまやのような美しさにはしゃいでいる姿に、(失敗したかな?)と少し思う。


 噂になって見物の人が集まって来るのは困るのだけれど……。でも、放っておけなかったのだ。




 初めて見た時から、そこに“何かがいる”のには気づいていた。それはリンや村長の短剣と同様の“物”であることもわかっていた。


 ただ、その魔力の反応がとても小さくて、今にも消えてしまいそうで……。


 もしもそれが人なら、誰にも看取られること無く、この世から去って行く間際の人のようで……。


 そのままひとりぼっちで消えていってしまうのは、カリンが許せなかったのだ。




 長い間つる草に隠され、誰からも忘れられた美しい女性の彫刻は、“井戸の女神様”と呼ばれるようになり、案の定、小間使いたちからの噂話として学院中に広まって行くことになる。そして、カリンにいくつかの出会いをもたらすことになるのだ。


 眠れる女神様は優しい夢に微睡まどろむ深い眠りからゆっくり目覚めようとしていた。






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