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小間使いは落とし物係ではございません  作者: まのやちお
第2章 魔法学院の小間使い
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(11)学院長も転生者?

 ロバート・アークラインは2類転生者である。


 残念ながら前世の記憶という興味深いものはなかったが、特別な能力を持っていた。


 技能鑑定スキルボードという能力である。


 名前は技能板スキルボードと同じだが、ロバートの場合は、自分だけでなく他人の技能スキルも見ることが出来た。


 前国王の側近となったロバートは、この能力を利用して多くの人材を発見し、その育成に力を注いだ。


 仕えた王が崩御した後は、請われて魔法学院の学院長に就任し、もう10年以上務めている。そろそろ引退してのんびりしたいものだと思っているのだが……。




 ロバートは魔法局から送られてきた書類に目を通していた。10歳で初めて魔力検査を受け、魔力量中級と判定された少女の検査記録である。


 入学予定の子供の検査記録が魔法局から送られてくるのは珍しい。


 普通なら領主から、『わが領民をよろしく頼む』などの書状付きで送られてくる。魔力持ちの領民は領主から大事にされるのだ。




 平民の場合、魔術師になるほどの才能の持ち主はまずいない。


 その場合、魔法学院では半年から1年間の基礎課程で学ぶことになる。


 ここで、魔力操作と簡単な魔法――――たとえば、灯りをともす、種火をつける、水を温める、などを身に付けた時点で卒業となる。


 その後は、王都で貴族家や商会に就職することもあるが、ほとんどの場合は出身地に帰り、領主である貴族家の家臣になる。


 魔道具に魔力を充填できる中級以上の魔力持ちは、地方においてはとても貴重な存在なのだ。




 魔力持ちは検査で判明した時点で領主の家に引き取られる。10歳の入学までの間に、領主が責任を持って子供に読み書きや礼儀作法を学ばせるのだ。


 そして、主家が用意した真新しいお仕着せを身に付けてやって来るので、地方から学院に入学する子供はだいたい一目でわかる。




 だが、この書類の少女の場合はかなり事情が違うようだ。


 異民族だと思われる容姿。小さく幼い姿。森で拾われる以前の記憶を失っていること。


 領主との関係を持たなかったことは、この少女にとって、むしろ幸運だったかもしれない。とロバートは思う。




 検査記録には、魔術師による報告書も添付されていた。


 大人が急いでも半日かかる距離、それも森の中の獣道を数時間で走破したと推測されること。そして、砦全体に響きわたった謎の大声。




 竜騎士が王都まで送ってくるとあるが、少女が到着したという報告はまだ来ない。ロバートは少女の到着をワクワクしながら待っていた。




「おや?」


 学院に張り巡らせた魔道具で強化したロバートの魔力感知に、気になる魔力反応が引っ掛かった。


 反応は魔力持ちがいないはずの領域。しかもロバートがこれまで感知したことの無い魔力。


 ロバートの知らない魔術師が魔法学院の中にいる。




「これは面白いですね」


 ロバートは“隠蔽いんぺいの指輪”を発動させた。


 この指輪は前の職場でも重宝した魔道具だ。発動すると持ち主の周囲に認識阻害の結界を形成する。この結界の中にいれば、宮廷魔導師長の魔力感知でも見つけることは出来ない。


 現在の宮廷魔導師長の魔力感知はロバートと同じでレベル5。この国で最高レベルなのだ。




 ロバートは学院長室をそっと抜け出した。




 問題の魔力の持ち主は洗濯場にいた。


 黒髪に黒い瞳。学院にいる誰よりも幼い姿。どうやらロバートが待ちわびていた、先程の書類の少女のようだが、なぜか洗濯場で小間使いの仕事をしているようだ。


 初めて洗濯場を訪れたロバートは、いくつもの洗濯物の山にも驚いたが、それを次々に攻略していく少女の仕事の速さにも唖然としていた。


(なんらかの身体強化法。それにあれは水魔法か?)


 ロバートが見たことのない魔法のようだ。ロバートはこれまで、相手の同意なしに技能鑑定スキルボードを使ったことはなかったが……。




(これだけ目立つ容姿で、暗殺者や密偵というわけでもないと思うけれど。まあ、失礼して――――)


 ロバートは仕事を終えてほっとしているらしい少女の技能スキルを確認するために、技能鑑定スキルボードの能力を発動した。


「えっ?」


 その瞬間、驚いたようにこちらを振り向いた少女に、ロバートの方が驚いた。


(隠蔽発動中なのに気づかれた?)




 少女はロバートを見たまま、目を丸くして固まっている。


 ロバートは素早く気持ちを切り替えると、かつての教え子たちから恐ろしいと失礼なことを言われた笑顔で、少女ににっこりと笑って見せた。


「はじめまして、お嬢さん。ロバート・アークラインといいます。この魔法学院の学院長をしています」




 ◇◆◇◆◇




「あっ。はじめまして、カリン、です」


 驚いて固まっていたせいで、カリンの挨拶は少し片言になってしまった。




 “学院長”と名乗った老人は、髪は白髪で、顔にも(特に目尻の辺りに)たくさんのしわがあったが、背が高くてスラッとしていた。動作も優雅だ。若い頃は王子様のようだったのではないだろうか。


 だが、中の魔力はまるで子供のように、カリンに興味津々な様子を伝えてくる。


(なんだか、ニールみたいね)


 学院長も、カリンの中で自分が9歳児と同列に並べられてしまっているとは思いもしないだろう。




 従僕頭たちには学院長から連絡を入れると言うことで、カリンは学院長室にお邪魔することになった。




「申し訳なかった」


 学院長室のソファーでカリンの対面に座ると、事情を聞いた学院長はカリンに頭を下げた。


 わざと本当のことを言わずにいたカリンとしても気まずいので、その事を学院長に正直に話し、カリンも「ごめんなさい」と謝った。




「『小間使いになりたい』ですか?」


 学院長はカリンの話を聞いて、面白そうに笑っている。


「ではなってみますか、学院の小間使いに」




 カリンの了承を得て、改めてカリンのスキルを鑑定した学院長は、魔力感知レベル7、魔力操作レベル4という数字に衝撃を受けていた。


 特に魔力感知のレベル7――――あり得ない数字だ。




 魔力感知は努力だけでは上達しない技能だ。


 ほとんどがレベル1。血のにじむような努力をした魔術師でもレベル2止まり。


 レベル3以上に上がるには、生まれついての素質が必要なのだと言われている。




 じつは学院長と並ぶレベル5の宮廷魔導師長も2類転生者だ。


(彼女は3類転生者だと言っていたが、洗濯場での魔法も合わせて、じつに興味深い)


 カリンは今の時点で、もうすでに基礎課程卒業の条件を満たしている。


 そして、魔力量中級で、適性が水魔法の彼女には、この先の専門過程に進む資格は無い。


 だが、この不思議な少女を手元から離してはならないと経験から得た勘が訴えている。




 カリンは、(やっぱり、このおじいさんは楽しいことが大好きな子供みたいね)と思った。


 胸のペンダントがチカッと瞬いて、リンもカリンの感想に同意している。


 でも、本当に小間使いになれるなら、カリンとしてはとてもありがたい話だ。


(やってみようかしら)――――チカッ!




 魔法学院に入学するはずだったカリンは、こうして、学院の小間使いに就職したのである。








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