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 落ちていく。

 飛び込んですぐに、狭い井戸の中が、突然、大きく広がって空洞となった。

 すでに地上の光は届かない闇の世界だ。その中で瑠樺はまっすぐにさらにその奥へと視線を向ける。

 まだ底は見えてこない。

 いったいどこまで落下していくのだろう。

 少しだけ不安が過った時――

 やがて、その瑠樺の動きに逆らう気の流れが現れた。

『魔化』だ。

 その禍々しい気が下のほうからせり上がってくる。

 闇の気が、その奥から湧き上がってきて、瑠樺の落下の力を止める。いや、まるで瑠樺を押し返そうとしているかのような力だ。

 全身に力をためこみ、そして、一気にその流れに逆らう。

(この向こうにーー)

『魔化』がいる。そして、同時にそこには雅緋がいるはずだ。

 ハッキリとそれを感じ取れる。

(今行くから)

 瑠樺は力をこめて手を伸ばす。

 黒い闇が、強い邪気が瑠樺を包み込んでいく。


 瑠樺が気づいた時、そこは薄暗い穴の中だった。

 周囲の壁から青白い光が発光しているのが見える。

 瑠樺はゆっくりと身体を起こした。

「やあ、瑠樺さん。お気づきになりましたか?」

 その声は双葉伽音のものだった。

「ここは?」

「『魔化』の体内ですよ。単身突っ込んでくるなんて、まったく無茶をなさいますねえ。高密集度の『魔化』が放つ邪気に当たって、あなたは気を失っていたのですよ」

「あなたが助けてくれたの?」

「助ける? まさか、私はただ見ていただけです。あなたが目覚めたのはあなた自身の力ですよ。たいしたものです。普通なら、そのまま死んでいてもおかしくないのに。さすが『和彩』の一族と言ったところでしょうか」

「殺そうとはしなかったんですね」

「そうして欲しかったですか?」

「雅緋さんはどこ?」

 瑠樺はそう言って周囲を見回した。自分と伽音、それ以外の気を感じない。だが、この中に間違いなく雅緋はいるはずだ。

「おやおや、いきなりお友達の心配ですか? まずはご自分の心配をしたらいかがですか? ここは『魔化』の中なのですよ。つまり、あなたの存在は『魔化』に溶けたということですよ」

「脅かしているつもり? そんな心配いりません」

「どうして?」

「私は私の意思でここに来ました。そして、今も私の意思で話しています。それは私がまだ『魔化』に溶けていないということです」

「皆、そう思うのですよ。しかし、その判断はどうなのでしょう? あなたという存在が『魔化』に溶けたうえでそんなふうに思い込んでいるのではありませんか?」

「もし、私が溶けているなら、あなたもただでは済まないわ」

「なんですって?」

 瑠樺はその手の中に羽を作ってみせた。

「これが何かわかりますか? 『終わりの民』と呼ばれる『八鶴の一族』の血です」

「……」

「理解出来たみたいですね。私の体には今、これと同じものが無数に用意されています。私があなたに溶けることがあれば、あなたにも影響があります」

「なるほど、どうやって『魔化』の外壁を突破したのかと思ったら、そういうことでしたか。それならば『八鶴』に任せれば良かったものを」

「いえ、これは『和彩』がやらなければいけないことです。私の務めです」

「おやおや、格好良いですねぇ。私を殺す手段を見つけたということですね。覚悟はできているということですね。あなたもやはり一族を選んだのですね。では、やりましょうか? この世界の全てが燃えて消えるような戦いを。1400年前の戦いの続きを」

 その真っ黒な瞳で伽音が瑠樺を見つめる。

「いいえ、これはただの一族の縛りです」

「縛り?」

「一族の中の縛り。でも、これって紳士協定のようなものですよね。確かにこの血はあなたに影響を与える。でも、あなたを殺すほどの力はない」

「あなた、何が言いたいのですか? 私と戦うのではないのですか?」

「いいえ、私はそんなことをしたくてここに来たわけじゃありません」

「じゃあ、何をしに来られたんです? 他に何か手があるとでも? 私を説得するなんてバカなことを言うんじゃないでしょうね。私……いえ、『魔化』はそんな存在ではありませんよ」

「伽音さん、あなたは何をするつもりですか?」

「おやおや、あなたらしくない。バカな質問ですね。私は私であるだけですよ。そして、『魔化』は『魔化』として動き出す。それだけのことです」

「それ……だけ?」

「おや? 何を考えているのですか?」

「雅緋さんはどこにいるんですか?」

「ああ、そうでしたね。あなたは音無雅緋に会いに来られたんですね。それがそれなら目の間にいるじゃありませんか」

 そう言って伽音は手を広げてみせた。

「あなたは双葉伽音さんでしょう」

「同じことですよ。私は双葉伽音であり、音無雅緋であり、魔化である。これらはもともと全て同じ一つから生まれたのです。おっと、呉明沙羅のことも忘れてはいけませんね」

「いいえ、どんなに元が一つであったとしても、一度、新しい命として生まれたからは別の存在です。あなたと雅緋さんは違います。そして、あなただって『魔化』とは違う」

「そうですか。こんな私に対しても、人格なんてものを見出していただけるのですね。あなたはやはりお優しい。けれど、その気持が何だというのです? 結局は『魔化』という危険な存在を消し去りたいだけなのでしょう。それはつまり私や音無雅緋を消し去るのと同等なのですよ」

「雅緋さんはどこなの?」

 改めて瑠樺は訊いた。

「会いたいですか? 音無雅緋に。あなたのお友達に」

 まるで試すかのように伽音は言った。

「ええ、会いたいです」

「いいでしょう。お会いなさい。会って言いなさい。『今からあなたを殺します』と」

「そんなことを言う必要はありません」

「では、何を話すのですか?」

「早く雅緋さんを出して」

「わかりました。ちょっとの間だけ変わってあげますよ」

「変わる?」

 伽音であった者の輪郭がボヤけていく。そして、伽音であったそこに雅緋が姿を現した。


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