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翌朝――

瑠樺が目覚めた時、隣に眠っていたはずの美也子の姿はそこにはなかった。

空気に漂う邪気はさらに強くなっている。

 これ以上、邪気が強くなれば、街の人々に影響を及ぼすことになるだろう。

(なんとかしなきゃ)

 瑠樺は大きく呼吸をしてから起き上がった。

 その途端――

「瑠樺、今、起きたのかい?」

 襖が開いて、すでに着替えた美也子が戻ってきた。「さあ、まずはご飯食べようか」

「お母さん、何してたの?」

「ちょっとお手伝いをね。さ、行こうか」

 急いで着替えてから美也子に連れられて大広間へと向かう。

 大広間には昨日と同じように一族の皆が集まっていた。だが、その雰囲気は昨日までとは一変していた。

 そこにはいくつもの座卓が並べられ、その上には大量のおにぎり、海苔巻、いなり寿司が並べられ、皆がそれを頬張っている。

 どうやら美也子が侍女たちと一緒に準備したようだ。

 皆の笑い声が響いていた。

 いつも静寂に包まれ、空気が張り詰めているこの屋敷では初めてのことだ。

 世の中は今、大変なことになっている。それにも関わらず、誰一人絶望をしていない。

 自ら感情がないと言っている立花までもが明るい表情をしているように見える。

「ほら、瑠樺も食べなさい。腹が減っては戦は出来ぬだよ」

 美也子に促され、瑠樺もその一角に座る。同じようにやって来たばかりの蓮華芽衣子と千波がすぐに近づいてきて隣に座る。

 一緒に食事を取りながら、どこか不思議な感じがしていた。

(きっと大丈夫だ)

 こうしていると自然とそんな気がしてくる。

朝食を済ませてから、瑠樺たちは立花の指示に従って中庭へと集められた。

 そこで立花は改めて説明してくれた。

 1400年前、呉明沙羅が魔化と戦い、魔化が消えていった場所。今の一条家の屋敷はその跡地に作られていた。

当時、ここは『和彩』の屋敷であり、目的は『魔化』の動きを監視するためだったそうだ。

 その中央にあるお堂を取り外すと、そこに小さな井戸が現れた。

 そこには木の蓋がされ、古いものから新しいものまで何枚もの呪符が重なるように貼られている。この場所がいかに重要な場所なのか、それだけでもわかるような気がした。

「井戸ですか?」

「そのように見えるが実際にはそうではありません。そこから『魔化』へと通じているのです」

 栢野に支えられて、春影までもがやって来ていた。

「いいかぁ。呪符を剥がしたら一気に飛び込め。同時にこちらでは全員で結界を貼るのだ」

 と、座敷に張り巡らされた結界の中から立花が声を張り上げた。

 その立花の脇をすり抜けるように茉莉穂乃果が巫女の姿で現れた。

 それは瑠樺が頼んで来てもらったものだ。

「瑠樺さん、準備出来ました」

 その表情は少し緊張しているようだ。瑠樺はあえて軽く声をかける。

「穂乃果ちゃん、よろしくね」

「本当にうまくいくのか?」

 疑うような目で立花が言う。「神巫女である『茉莉の一族』は確かに『不死鳥』の力を生み出す力を持っている。だが、その力は我らの誰もが操ることなどは出来ない。それは茉莉穂乃果自身でも無理だ。そして、和彩のおまえでもだ」

「それでも穂乃果ちゃんによって『魔化』にその力を流し込むことは可能ですよね」

「さあな。『火喰鳥』の出現に期待したいのかもしれないが、それについても何の保証もないぞ。何の制御も出来ない力ならば、それは『無』と同じだぞ」

「大丈夫です。それは向こうで私がなんとかします」

「まったく。意外と度胸が座っている娘だな。それとも無鉄砲なだけか? 扉を開けば、当然だが『魔化』からの影響は強くなる。我らはその力の全てを使って、奴がここから出てこないように食い止めなければならない。もちろん奴の発する負の影響もだ」

「はい、こちらのことは皆さんにお願いします」

「お嬢様一人で大丈夫なのですか?」

 と蓮華芽衣子が心配そうに瑠樺を見る。「私たちも一緒に行ったほうがーー」

「そうですよ。向こうで戦いになったらどうするんです?」千波も声を合わせる。

「いいから、おまえたちは黙っていろ。これは『和彩』としてやらなければいけない務めなのだ。こちら側で結界をはって『魔化』の影響を押さえるにも相当の力が必要になる。好き勝手に動くんじゃない」

 立花に叱りつけられ、蓮華たちは不満そうな顔をした。それでも仕方なさそうに、そして、少しだけ未練がましく瑠樺のほうを見つめた。

「蓮華さん、私は大丈夫です。こちらのことおまかせします」

「お嬢様も気をつけて」二人が声を揃える。

「よし、では、それぞれ配置につけ」

 立花が響き渡る声で皆に声をかけた。

「あ! 忘れてました」

 突如、八千流が声をあげた。そして、慌てて置いてあったバッグのなかから小さな人形を引っ張り出す。

「何だ、それは?」

「実はこれはーー」

 それを足元に置いて一枚の呪符を貼った瞬間、その人形がムクムクと大きくなっていく。アッという間にそれは人の姿になった。

 それは瑠樺も知っている呉明凛憧の姿だった。

「八千流さん、遅いですよ。待ちくたびれました」

「凛憧さん、これは?」

「私はそちらに行けませんので、せめてこういう形でお手伝いさせてもらおうと思いましてね。あちらが立花様ですね」

 凛憧は立花の座るほうへと視線を向け、深く頭を下げた。

「あら、いい男ですわね」

 すすすっと怜羅が近寄ってくる。

「こら、こんな時に何を言っておるか。人形を使ってとはいえ、呉明までもが帰ってきたか。これで双葉がいれば、『八神家』が勢揃いというわけか」

「雅緋さんはこの下にいますよ」

 必ず雅緋を助けてみせる、と強く心のなかでつぶやく。

 立花が立ち上がり、結界から離れて井戸へと近づいてくる。

「では、準備はいいな」

 その言葉に皆の表情が変わる。

 皆の想いが伝わってくる気がする。この想いを雅緋にも伝えてあげたい。

 瑠樺は井戸の中へ視線を移した。

「瑠樺――」

 そっと美也子が背に手を当てる。「私に出来ることなんて何もない。でも、今、あなたを見ていてあなたに全てを渡したいと思った。しっかりね」

 美也子の手のぬくもりが背中から身体に広がり伝わってくる。それは自分の内にある、新しい何かを引き出してくれるような気がした。

 瑠樺は美也子の顔を見つめて静かに頷いた。

「それじゃ、そろそろ行ってみようか」

 美月あやのが呪符を剥がし、封印を解く。

「行きなさい」

 美也子の声を合図に、瑠樺は飛び込んだ。


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