表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

五話.俺と彼女とこいつと

8月31日に更新予定と、ユースウォーカーズのあとがきに書きましたが、遅れました。


本当はもう少し事情を書く予定でしたが、さらに遅らせるわけにはいかなかったので、ここでいったん切ることにしました。

「ふんふ〜ん……」

 室内に響く掃除機の音色。軽快に掃除機を操り、朝からひろみは主婦業に追われていた。

 それでも楽しいようで鼻歌交じりに手際よく掃除機を掛け終えると、タイミングを計ったようにベランダの洗濯機が選択終了を知らせ、掃除機をしまったひろみがベランダに立つ。

「ん〜、今日も良いお天気ね。これならすぐに乾きそう」

 そう言いながら、洗濯物を広げて干していく。爽やかな秋風に流れていく洗剤の香りがひろみの髪をなでていく。

「あの人のシャツって、こんなに大きかったかしら?」

 洗濯物を干しながら、ひろみが洗濯機から取り出した健悟のシャツを広げて、自分の胸の前で広げた。

「ふふっ、それとも私が小さいのかしら?」

 胸に当てる服の袖は、ひろみには大きすぎる。だが、ひろみはそれが嬉しいようで、ニコニコと笑んでいた。

「よしっ、こんなものね」

 ベランダに並ぶ洗濯物が風に優しく揺れる。それを見て満足そうに一息つくひろみは、室内に戻ると時計を確認した。

「あら、もうこんな時間。お買い物に行かないと」

 時計の針は十時過ぎを示し、今日は商店街での安売りがある。それを示すようにテーブルにはチラシが置かれていた。それを軽く眺めつつ、ひろみはベッド脇にある化粧台で身支度を整え、買い物籠を腕に抱えて部屋を出た。

「ふぇぇ〜……どうしてなんでしょう……?」

 部屋を出て、ドアに鍵をして此参へ行こうと体の向きを変えたひろみの視線の下で、白い着物姿で駿の部屋のドアを背中にくすんくすんと泣いているのか、いじけているのか、此乃芽がいた。いじいじと廊下にのの字を書きながら。

「私は純粋に駿さんのお傍でお仕えしようとしただけなのに……」

「あら?」

 そんな此乃芽にひろみは当然気づく。小首を傾げながら此乃芽を見るが、此乃芽は気づかない。

「駿さんに望まれ、駿さんを愛する為に、私はここへ参ったと言うのに、これでは何も私に意味がないと言うものですよぉ〜……」

「駿君?」

 うぅ〜、と自分の考えていた事とまるで違う現実に、此乃芽はいじけつつ、困惑しているようでもある。ひろみは声を掛けようか迷っているようだが、駿という言葉に反応を見せた。

「このまま妻失格なんて、寂しすぎますぅ〜……」

「妻?」

 目の前でぺたりと座り込んでいる此乃芽に、ひろみは状況を理解していないようだが、近づいた。

「あなた、駿君のお知り合いかしら?」

 そして、先ほどの迷いなど気にしてなかったように平然と声を掛ける。

「ふぇ? はわっ!?」

 ひろみは此乃芽の目線にあわせるようにしゃがみ、その声に気づいた此乃芽が顔を上げると、目の前にひろみが顔を覗きこんでいた。

「こんにちは。ここで何をしているのかしら?」

 見慣れない此乃芽に、ニッコリと笑みを浮かべてひろみが声を掛けるが、此乃芽は驚くばかりだった。

「え? あれ? 私、見えてます?」

 一瞬驚きながらも、ひろみに問いているのか、自問しているのか、不思議そうでもあった。

「見えてます、って、見えているわよ?」

 だが、そんな此乃芽の言葉をまるで理解していないひろみは、何を言っているの? と此乃芽とは違う意味での不思議そうに見返す。

 お互いの視線が合い、一瞬お互いにお互いを詮索しているかのような沈黙が訪れた。

「はわわわわわっ! ど、どどどどうしましょう? えと、あの、その、えっと……私、気づかぬうちに顕現してましたっ?」

 だが、その沈黙も、此乃芽の驚きの声に打ち破られた。

「けんげん? どういうことかしら?」

 純粋な疑問のひろみに、此乃芽は自分が顕現していたことを忘れていたのか、誰にも姿は見られていないと思っていたのだろう。どうするべきか慌てていた。

「あの、えと、えと、えと……」

 どうしたものか、と此乃芽がおろおろしている姿に、不思議そうにしながらもひろみが先に口を開いた。

「駿君の知り合いかしら? 駿君ならまだ学校よ?」

 駿、と言う言葉に反応した此乃芽が顔をあげた。

「私は、柚木ひろみ、駿君のお隣さんなの」

「は、はい、ぞ、存じております。昨夜、その……」

 カァ……っと、此乃芽が赤面した。どうやら昨夜の駿の疑いを晴らすために壁をすり抜けた時に見てしまった情事を思い出したのだろう。ひろみはまるで気づいていないが、此乃芽はそんな勝手な負い目もあるせいか、どうするべきか、赤面しながらおろおろと考えているようだった。

「? まぁいいわ。それであなたは、ここで何をしているのかしら?」

 やんわりと笑みを浮かべ、ひろみは此乃芽と目線を合わせるようにかがむ。此乃芽は自分が顕現していたことと、ひろみと健吾の昨晩の様子を思い出してか、もごもごと言葉にならない呟きを唱えるばかりで、此乃芽自身もどうするべきか迷っているようだ。

「駿君を待っているのなら、お昼までは今日は戻らないでしょうし、鍵とかは預かっていないの?」

 それでもひろみは詳しい事情など聞くことはなく、困っている此乃芽を助けようとする善意で接する。その優しさを感じ取ったのか、此乃芽は頷き、事情を話した。

「私、駿さんに嫌われてしまいました……。駿さんの悲しみを少しでも取り除いてあげたくて、そばにお仕えするためにここまで来たんです……。でも、駿さん、お話もしたくないと、お会いすることも拒んでしまわれて……。私、何か宜しくないことをしてしまったのでしょうか……」

 ううっ、と此乃芽が寂しさに涙ぐむ。

「あらあら。泣かないの」

 ひろみが持っていた花柄のハンカチで、此乃芽の目をぬぐう。その表情には母性が溢れているようだ。

「でも、でも……駿さんに何もして差し上げられない私は……ここにいることも出来ないんです……」

 抱え込む悩みを口に出すと、より寂しさを実感する。此乃芽は自分でそれを再認識させられているような感覚に、ぽろぽろと涙が溢れ、手で涙をぬぐうが追いつかない。

「そんなに悲しまないで。ね? 駿君のことがよほど好きなのね、あなた」

 だが、泣いている此乃芽とは異なり、ひろみは微笑んでいた。

「はい……大好きです……誰よりも、駿さんのことを理解し、お傍でお支えするとここへ参りましたから」

 だが、駿はそれを全面拒否し、追い出した。此乃芽はどうして受け入れてもらえないのか、本気で分からないらしい。

 しかし、そんな此乃芽に、温かな光が優しく降り注ぐ。

「そんなに駿君のことを想っているんだから、駿君は絶対にあなたを嫌ってなんていないわ」

「そんなことはありません……二回も、追い出されてしまいました……うぅっ」

 その方法に問題があることを自覚していない此乃芽。

「あらあら。駿君もよほど強情なのねぇ」

 そして、その問題について皆無の情報しか持ち得ないひろみにしてみれば、この段階で悪いのは、駿となる。

「もう、どうしていいのか、分からなくなってしまいました……」

 全否定された気持ちと、居場所のない自分。どこにも行けないから、駿のいない部屋の前で小さくなっていた。

「う〜ん……」

 ひろみが考え込むようにほほに手を当てる。だが、すぐに何かを思いついたように頷いた。

「ねぇ、あなた。お名前は何て言うのかしら?」

「此乃芽、と申します」

 此乃芽が顔を上げる。そこにはひろみの微笑があった。

「此乃芽ちゃんね。良い名前じゃない。それでね、此乃芽ちゃん」

「?」

 首をかしげる此乃芽に、ひろみはふふふ、と笑っていた。


「が〜……ごぉ……ぐぅ」

 授業というのが、はたして社会に出て役に立つのだろうか。今勉強しているのは、あくまでも学校内での試験のために勉強している気がする。だったら今のうちに働けるところを探し、働く方が今の生活以上の生活が出来るんじゃないだろうか? そんなことを思うことがある。

「七瀬―。起きろー」

 教科担当教諭がまことに呼びかける。

「んぁ〜……ぐぅ」

 だが、まことは起きない。こいつはマジで寝てすごすつもりらしい。いつも通りなんだけど。

「こういう奴が、将来、ろくな働き口がないまま、フリーターになるからな」

 そんなのどかというか放任のままに、一度起こしたまことを名指しして、授業を進める。起こしたけど起きないお前が悪い、とでも言っているようだが、まことはまことでフリーターでも似合いそうな気がするが、逆にこいつはだれよりも働く口は見つけそうな気が、なんとなくした。

 でも、その一方で俺はどうなるんだろうか、とも思う。高校も来年まで通えば、いよいよ俺は働くことになる。大学にいきたいという気持ちがないわけじゃない。でも、そんな金銭的余裕は払えない。だから、来年は就職活動というものをしなければならない。でも、今の俺は働きたいと思う場所も夢もない。ただ、こうして学校に通うことが安心となっている。

「夢、か」

 強いて言うのであれば、この町で普通に、今のままの延長で生活できればそれで良い、と思う。それこそ、俺のささやかな夢だ。だから、働くのであれば、此参の商店とかで良いと思うけど、バイト募集のチラシなんてどこにもない。

 そう考えると、俺はあと一年したらこの町を出ないといけないんだろうか。それは嫌なんだけど、そんなことを言っていられるほど働くということは簡単じゃないんだろうな。

 それに、だ。

 此乃芽のこともある。誰なんだ、あの子はいったい。わけもわからないままに追い出してしまったが、本当に追い出してしまってよかったのか、と今になって思う。

 もしかしたら、どこかの親戚で俺のところにわざわざ来たという可能性もないわけじゃないかもしれない。昨日は単純に悠さんや沙奈姉の差し金かと疑ったけど、そうじゃないのはなんとなく分かった。だからこそ、縁戚関係を考えるべきじゃないのかと思う。

 いや、その前に、だ。

 あの子は壁をすり抜けたじゃないか。縁戚とか前に人間じゃない。だから、此乃芽が壁をすり抜けた時、正直背中にぞわわとしたものを感じた。就職とかその前に、あの子をどうにかする必要がある。きっとまだアパートにいるはずだ。それも最悪、俺の部屋にいそうな気がする。ああいう類はなれないし、苦手だ。まさか幽霊アパートと呼ばれていたアパートに本物がいるなんて、正直帰りたくない気もある。此乃谷観音の顕現だとか言っていたから、帰りに買い物をしてから寄ってみるかな。

 結局俺はそのまま授業を終えた。何を学習したのか良く分からないまま、半ドンの授業は終わる。

「ふぉぉ〜あ〜ぁ」

 帰りのホームルームを前に、担任が来るまで教室は休み時間よりも賑わう。明日は休み。だからこそ部活生は部活に、それ以外の生徒は早く帰りたいという賑わい。

「お前、ほんとに寝てたな」

 俺の前の席に陣取り、眠そうにあくびをするまこと。見る感じでは不良少女だ。

「だって、眠ぃんだもん。俺は夜行性なの」

 人間に夜行性があるとは思えないが、似たような生活をしてて、なぜこいつは昼間は眠そうなのか良く分からない。

「家で何してんだよ?」

「あー……何してっかな、俺?」

 思い出せないようにあくびをもうひとつ。それすら覚えてないなんて、こいつ危ないんじゃないだろうか?

「それよりもよぉ。買うもん決めたか?」

 胸ポケットから取り出すは、細かく折りたたまれた肉ちゃんのチラシ。新聞を取れるほど俺たちに金銭的余裕がない。だが、新聞を俺たちは自由に読める。

「いつの間に持ってきたんだよ?」

「おまえんとこに行く途中で悠さんのとこから取ってた」

 それは、未だに戻ってきていない悠さんがかかわっている。悠さんは新聞をほとんど読まないくせに新聞を取っている。悠さんが注目するのはテレビ欄。それ以外に興味はなく、それ以外は俺たちの地域情報源として活用させてもらっている。

「で、どれにするよ?」

 俺の机にチラシを広げる。折り目だらけのチラシには、特売品が並び、数量限定もあるが、おそらく限定品は無理だろう。昼前には売り切れるはずだしな。

「そうだな……三枚肉と鶏ももはいるだろうな」

「焼肉すんだから、牛は欲しいよな」

 普段俺たちが食べる肉は、安い鶏か豚が中心。でも特売日には、牛も普段の豚肉並みになる。だから焼肉が出来るんだが、チラシを見る限り、今回は牛肉が少ない。

「ファミリーパックを割り勘するか?」

 ちょっとばかり値の張るファミリーパック。牛、豚の盛り合わせだ。一人で買う気はしないが、割り勘にすればなかなか安くなる。

「おっ、良いじゃん。買おうぜ。五人前だし、晩飯にはちょうどじゃん」

 チラシを見ながら買うものを決める俺たち。他のクラスメイトは誰もそんな会話をしていない。

「お前ら相変わらずだな。夫婦みてぇだぞ」

 そんな俺たちに、近くのクラスメイトが笑いながら言う。

「生活のためなだけだ」

「そうだぜ。俺と駿の二人だけのことだ。邪魔すんじゃねぇぞ」

 何だ、その言い方は。別に誰が話しかけようと困る話じゃないっての。

「でも、二人ともすごいね。ちゃんと食費とか考えてるんだ?」

 最近は女子がそういう話をしていると会話に入ることがある。親の手伝いくらいしている子なんだろうか?

「やむなくだよ」

「そうだぜ。だからお前の母ちゃんにも言っとけ。買占めは苦学生二人の生活を苦しくするんだからなって」

 はいはい、と笑いながら受け流す女子。そんな話題も、所詮は関係ないんだ。この年で自活なんて大半が経験することじゃない。高校卒業後だろうしな、普通は。

「ほら、席に着け。ホームルーム始めるぞ」

 担任が入ってくると、まことも自分の席に戻る。

「んじゃ、終わったら即効な」

「ああ」

 俺たちは買うものをリストアップするように頭に叩き込み、ホームルームをすごした。

「それじゃ、号令」

 特にたいした連絡事項もなく、すぐに終わる。さようなら、と挨拶をすると、授業中はまるで動かなかったまことがかばんを肩に掛け、また俺のところに来る。颯爽とした女子のようでありながらも、いつものことに俺もかばんを持って席を立つ。

「肉ちゃんへ行くぜ、駿」

 俺たちはそのまま昇降口に向かう。

「おっ」

 俺が先に靴に履き替えていると、まことの手が靴を持ったまま止まった。

「またか?」

「ああ。ほら」

 そう言って俺に見せる手紙。言わずもがなのラブレターだ。しかし、今日の手紙は少し違うように見えた。いつもなら、手紙が直接だったり、派手さのないシンプルな封筒だったりするんだが、今日のは男子が送るようなものじゃなかった。

「おい、これ女子じゃないのか?」

「え? マジ?」

 自分で俺に見せたくせに、こいつはいつも通りだと思っていたのか、俺が手紙を返すと、その場で封を切る。

「おぉっ! マジだぜ。ほら、見ろよ」

 そしてまた俺は受け取る。読まずもがなの内容はまことに対する好意。そして律儀なことに、一年の女子の名前があった。今度は小学生でもない、正真正銘の女子高生だ。というより、自分宛のラブレターを惜しげもなく俺に見せるのはどうかと思うんだが、こいつの顔を見て渡されるとそれが不思議に思えないから不思議だ。

「これからじゃん、待ち合わせ」

「うげっ、マジかよ……」

 手紙には今日の放課後に、中庭に来てくださいと書かれていた。これから俺たちは買出しに行かないといけない中での、選択肢が誕生した。

「どうする?」

「駿、頼みがある」

 だが、まことは即答で答えを選んだ。そして俺はなんとなくその答えを知っているから、手を出した。

「悪いな」

「金さえもらえりゃ問題はないさ」

 まことが財布から必要な額を俺に渡す。これが初めてじゃないから、慣れたもんだ。最初は羨ましい奴とか思ったんだけどな。

「先に帰ってたら渡しにいくけど、まだだったら取りにこいよ」

「おうっ。頼んだぜ」

 そのまま、まことは待ち合わせ場所に向かってスキップで掛けていった。女子に告白されるのは、小学生以来だからか、浮ついているみたいだ。どんな子かは知らないが、青春だな、と思った。

「さて、じゃあ行くか」

 俺は先に此参に向かう。もしこれでまことが付き合ったら、今の俺たちのような関係はなくなるんだろうな、と日々変化していく日常が、意外ともろいものなのかもしれないと思うと、少しばかり寂しい気もしたが。

「心を許す見目麗しい親友はラブレターを手に告白の場へ。そして、それを黙って見送る俺。背中に感じる親友との距離。しかしそれを気丈に振る舞い、学園を後にする背中。さぁ、駿。私の胸でその悩ましい性少年の苦悩を泣いて晴らすが良い」

 だが、その時、校門にゆらりと浮かび上がるでかい胸……体が俺を包み込むように飲み込んだ。

「……おい、何の真似だ?」

 柔らかい感触と、まことには無い女の子の香りが俺の視野を奪うが、その香りは実に慣れたものであり、感触もまた、今更変に意識するようなものでもなかった。

「遠慮はするな。私はフリーだ。いつでもこの胸を貸してくれよう。君だけの胸だ、いまは」

 下校生徒がいる中で俺は抱きしめられた。だが、それに浸るには視線がなんとなく痛いと感じ、引き剥がす。

「誰も泣くような気持ちは持ってねぇ」

 目の前にいるのは了徳寺みやび。下校のホームルーム後颯爽と下校していたはずなんだけど。こいつはなんと言うか俺の幼馴染というのか、昔なじみというのか、俺の過去を知る数少ない縁戚関係外の他人。昔はみやびの家の近くに俺の家もあったが、アパートに越してからは、距離が遠くなり、学校でも同じクラスであっても、普段はこいつは女子とよく話していたりして、昔のような仲の良さは無い、と思う。それでもこうして接してくるんだけど、昔と違って、最近は何だかこいつ年上みたいな感じで振舞ってくる。

「そうなのか? まことのやつがラブレターをもらって多少ならずともショックだったと思ったんだが……」

 ふむ? 気のせいだったか? とこいつの鋭さはなかなか恐ろしいが、俺は認めなかった。どうせ際に教室を出てから、靴箱の確認でもしてたんだろう。こいつ、いつも何してるか最近じゃ良く分からん。

「で、何してんだよ、こんなところで?」

他の女生徒とは異なり、涼しくなってきているというのに、カーディガンを腰に巻き、シャツは袖まくり。似合っているんだが、季節は夏じゃないことを理解しているのか、こいつ。

「これから肉屋の肉ちゃんの特売品を買いに行くのだろう? あの馬鹿の分を、私が持ってろうと思ってな」

 なんとも殊勝な言葉だが、妙だ。

「何だよ、急に?」

 普段みやびは俺の手伝いなどしない。むしろ自分の用事にはつき合わせるくせに、人の用事にはなんだかんだ理由をつけて手を貸さない。それでも困った時は助言してくれたりするんだが、こう言う時は何かがある。昔からそうだ。こいつはあくまでも自分中心で事を運ぶか、他人が奔走するのを楽しむような奴だ。

「他意はない。ただ、駿は肉ちゃんのコロッケ引換券を持っているだろう? それでコロッケが食べたいという空腹しのぎをしようと思い立ったというのが理由になるな」

「腹が減ってるなら、帰れよ」

 どうやら本当にたいした理由は無いらしい。

「その上に駿は夜に焼肉をするのだろう? 長らく食べていない私としては、それもまた魅力的な報酬だと判断したのだ」

 晩飯までたかる気かよ。

「お前の家金持ちじゃねぇか。貧乏学生の特売晩飯なんかたかるもんじゃねぇだろ」

 妬むわけじゃないが、みやびの家は金持ちだ。それも少々癖のある家柄として。

「だからこそだ。私の家を知っているだろう? たまには帰りたくない日というのもないわけじゃないのだよ、少年」

 不意に憂い顔を見せるみやび。こいつ、もしかして家と何かあったのか?

「何だよ? うまくいってないのか?」

「いや全然。むしろ愛情を過剰に注がれて鬱陶しいくらいだ」

「そうですかい」

 娘溺愛してる人たちだからなぁ。つまりみやびは、うっとうしいくらいに娘にかまって欲しい両親の愛情がうざくなったから、ちょっと俺たちのところでリフレッシュしたいということか。何ともまぁ、羨ましい悩みだことで。

「いっとくが、余分な食材を買う余裕はないからな」

「気にするな貧乏学生。揚げたての表面サク、中ホクホクのコロッケを報酬として差し出してくれれば、私は満足だ。私一人増えて足りないというのであれば、そこは私に任せろ。駿に迷惑はかけないぞ」

 それでいいなら、と俺たちの交渉は成立した。どうせ晩飯はまことの部屋だ。みやびが家に来たところで俺の部屋に来ることはないだろうし、此乃芽のことも晩飯の後に考えればいいか。

 学校を出て此参に来ると、やはり賑わいがあった。昼ということで多くの学生や主婦が中心となり、飲食店は繁盛しているのか、窓から見る光景には美味そうな食事を口に姿に、腹が鳴った。

「この雰囲気は悪くないな、いつ来ても」

「まぁな。この周辺の人しか来ないし」

 にぎわっているが、俺の目的地の肉屋にしか、俺たちの足は向かわなかった。

「おっちゃん、こんちは」

「おぉ、駿か。お? それに今日はみやびちゃんも一緒かい? まことはどうした?」

 肉屋は混雑していた。いつもは裏で肉の梱包作業をしている奥さんやバイトの人も今日は店頭で忙しそうに対応していた。

「まことのバカはラブレターもらって、今頃告白されてるだろうな」

 みやびが答えると、おっちゃんは、豪快に笑った。まことがラブレターをもらうことは、すでに知られている。そして相手が男であるということも。だから今日もそうだと思っているんだろう。女子生徒からだとは、言わないことにした。

「豚バラと鶏もも、あと焼肉ファミリーパックある?」

 そんな会話もさておき、特売品がまだ残ってるか聞いてみる。

「おう、あるぞ。お前らが来ると思って、取っておいた」

 見透かしたように俺の分とまことの分の袋が渡される。

「すまんが、後コロッケを所望したい。出来れば今揚げたてのものを。むしろ今から揚げても構わないぞ。支払いは駿の無料サービス券で」

 その横でみやびがコロッケを頼む。忙しそうに働いてるおっちゃんたちを見てよくそんなことが言えるな、と思うんだが。

「揚げたてだな。駿も食うか? 二個にサービスしてやるよ。ちょっと待ってな」

 でも、おっちゃんは嫌な顔ひとつせずに隣の油にコロッケを二個投入した。ジュワ〜とコロッケが油の中を泳ぎ、こんがりと揚がっていく。なんとも美味しそうな匂いが漂っている。無料サービス券一枚でコロッケ一つがもらえるのに、もう一個追加してくれるなんて、本当に様様だ。

「おばさん。それからこちらの肉を三百グラムもらえるか?」

 コロッケがあがるのを待っている俺をよそに、みやびが手の空いたおばさんに声をかけ、ショーケースの上段の肉を指差す。

「あら、みやびちゃんじゃない! 久しぶりねぇ」

 みやびもまた、名前は知られている。小さい頃から此参には馴染んでるせいだな。というか、家を知られているからかもな。

「うむ。私はいつでも元気だ。というわけで早速包んでもらえるか?」

「あいよ。でも良いのかい? こっちは特売外だよ?」

「構わない。個人的利用にて食したいと思ったものだからな」

 嬉々として話すおばさんとみやび。でも俺はその会話に混ざれなかった。しかし、言わずに入られなかった。

「ちょっ、おま、マジでかっ?」

「うん? 何か問題でもあるのか?」

 俺が驚いているのに、みやびは平然と注文した。

 ―――百グラム八千八百円のありえない高級霜降り牛肉を。

「いやいやいや、二万超えてるんだぞっ? 超高級品じゃねぇかっ」

「ん? いや、別に駿に支払えとは言っていないぞ?」

 そう言いながら、普通じゃ包まれないような紙で肉を包み、おばさんが保冷ケースに肉を入れてみやびに渡し、みやびは平然と赤い自分の財布から金を取り出し、払った。唖然としてしまった、その光景には。

「ありがとうね、みやびちゃん」

「うむ。美味しく頂かせてもらおう」

 あ、あり得ない……。いつも見るだけの肉を、こいつは買いやがった。何のためらいも無く財布から金を出し、ポンと。

「お前、晩飯家で食うのか?」

 そんな肉、みやびみたいな家じゃないと食べないだろ、この辺の人は。なんだかんだでこいつ、自分の家で食うつもりかよ。

「何を言っている? まことの部屋で焼肉をするのだろう? 私も邪魔するぞ、と言ったが?」

 何言ってるんだ? と俺を見るみやび。そして俺も何言ってるんだ? とみやびを見ていた。

「お前、家に帰ってからまた来るのか?」

「このまままことの部屋に行くのだろう?」

 お互いに首を傾げあう。家に帰らないのに、なんでこんな肉、買ったんだ、こいつ?

「お前、それなんで買ったわけ?」

「ん? さっき言わなかったか? 私一人増えるとその程度では足りないだろう? というより、男二人いてその食材量では元より足りないだろう? 不足分を補っただけだが?」

 何、そのさも当然のような言い方。

「補い方が極端だろっ。何で学生が高級肉を不足分で買えるんだよ」

 不足分なら、俺が買った特売品で十分だろ。メインで買った五人前千二百円の焼肉ファミリーパックが霞んでんじゃん。

「気にするな。私が食べたいと思ったから買っただけだ。迷惑でもないだろう?」

 迷惑か? と視線が訴えているが、迷惑じゃない。むしろすげぇよみやびっ! と言いたいくらいだが、それを言うのは今の俺には出来ない。

「はいよ、駿、みやびちゃん。熱いから気をつけなよ」

 支払いを済ませ、コロッケが揚がり、おっちゃんが渡してくる。まだ油がぱちぱちと熱を持っていて、狐色の表面が食指を誘う。

「それじゃありがと、おっちゃん」

「また来てくれよ、みやびちゃん」

「うむ。これを食べに来る価値があるからな」

 とか言いながら、みやびはすでにコロッケを口にしていた。隣から聞こえる。サクッという音。

「あふっ」

 みやびが口をあけると、熱々のコロッケの蒸気がポッと出て、コロッケから美味そうな匂いのする香り付の湯気が漂っていた。みやびなら、難なく食べるような気がするかもしれないが、コロッケは万人にとって揚げたての反応は誰もが同じだ。

「うん。何故コロッケというのは揚げたてがこれほど美味いんだろうな?」

 みやびが俺に問う。

「あふっ、ほっ……確かにな」

 一個七十円のコロッケ。たいしたものじゃないんだけど、やっぱり美味い。高級品を食べ慣れているであろうみやびでさえ、美味いと言う。

「惣菜の冷たいものは嫌いだが、揚げたてと言うとそれだけで美味いと思うが、駿はどうだ?」

「それはあるな。冷たいコロッケは良いものでもあんま美味く感じないもんな。やっぱ揚げ物は揚げた手が一番ってことだろ」

 二人して荷物を持ちながら此参を歩く。何となく歩く雰囲気はデートかもしれない。でも、普段からまことと歩きなれている俺にとっては、見た目だけではまことの方が女らしいから、そういうものを感じられない。むしろ姉弟って感じかもな。みやびの方が断然年上らしい感じがするし。

「他に買うものは無いのか?」

「そうだな……野菜とか飲み物系はあるから、こんなもんだな」

 元々これしか買う予定が無かったから、その分しか金は持ってきていない。

「ならば、まことの部屋に向かうとしよう」

「ちょっと早い気もするけど、まぁそろそろ戻ってきてるだろうな」

 そのまま俺たちは人ごみの中を、アパートへ向かい歩く。だが、不思議と人が増えているような気がした。

「人が多いな。気のせいか?」

「う〜ん。何かいつもより多いか?」

 コロッケにお互いに夢中だったせいで、あまり気づかなかったが、何となく人の流れが多くなった。

「むしろ、大半が此参の店舗関係者だな」

「だな。さすがに肉ちゃんのおっちゃんたちはいないみたいだけど」

 歩いていると、魚屋のおばちゃんや花屋、靴屋と色々な店の人が外に出ていた。

「特売が他でもあるのか?」

「八百屋とドラッグストアが一応今日だけど、そんな賑わうもんじゃないだろ」

 二人が並んで歩くのがちょっと難しいくらいの人の流れ。時々みやびが遅れたり、俺が遅れたりする流れの向かう先に、その人の流れが集まっているように見えた。

「原因はあれらしいな?」

「みたいだな。南下のイベントでもやってたのか?」

 よく利用する此参だけど、そんなイベントをやるって聞いてないんだけどな。

「どこかのテレビが取材に来たとかじゃないのか?」

「紹介されるような名物があると思うか、此参に」

「分からんぞ。世の中何が当たるか、地元の人間では気づけないものもあるだろうからな」

 なんて言うみやびを見ると、俺が思っていることと同じようなことを考えているようだ。

言うだけ言って、そんなものがこの穏やかな町にあるわけが無い、と。

「どうせ晩飯まで時間があるんだ。ちょっと覗いてみないか?」

「私は構わんぞ。暇つぶしになるのであれば、裸踊りをする変態がいようと楽しませてもらおう」

「いないだろ、そんな奴」

 そういう賑わいじゃない。和気藹々というか、にぎわっているけど、買い物客は素通りしてる。何か商売関係の話とかかもしれないが、大してすることも無い俺たちはそこへ向かうことにした。

「なっちゃん。最近さ、どうも肩が重い気がするんだよ」

「そりゃただの肩こりだろうがよ。それよりもなっちゃん。ウチでよ、夜中に足音がすんだよ。ちょいと見に来てくれねぇか?」

 近づくにつれて、何か人気に集まる人ではないと確信してきた。どうやら相談事を受けているらしく、その集まりのようだ。

「奈津美だな」

 みやびも気づいたようだ。おっちゃんたちの隙間を二人してかいくぐり、集団を抜けると、そこには小さな女の子がいた。

「やっぱ奈津美か」

「久しぶりだな」

 俺たちの目の前にいたのは、幼馴染でもある綾瀬奈津美。と言っても幼馴染は幼馴染でも沙奈姉の幼馴染だ。俺やみやびとは、沙奈姉を通しての昔なじみと言うことになる。

「こんにちは、桜木さん、了徳寺さん。珍しい組み合わせです」

 本人目の前に珍しいとか言わないで欲しいかな。確かにみやびとこうして歩くのは久しぶりだけど。

「確かにな。今はデート中だ」

「おいっ」

 あけすけ無く言うみやびに、奈津美の周りにいたおじさんたちが俺を見る。

「駿君。君、いつのまに、そんなことに……」

「しかも相手はみやびちゃんだと?」

「逆玉だと? 何て策士」

 一斉に俺を見る目が恨みがましいものに変わる。

「違うって! これ見たらおっちゃんたち分かるだろ?」

 俺が貧乏学生で、今日が特売日。特売品を買うのがデートって、いくらなんでも俺でもおんなのは嫌だと思うぞ。

「駿。そんな寂しいことは言うな。私はこうして歩くだけでも楽しいのだぞ?」

 うるっと、俺を上目遣い。このやろう、俺で遊ぶんじゃねぇ、とか思うが、視線はさらにひどくなったと思う。

「駿君。女の子を泣かすのは良くないだろ?」

「金が無いのは分かるが、みやびちゃんに荷物もちまでさせる必要は無いだろうによ」

「沙奈ちゃんは知ってるのか? このことは」

「だから違うっつってんだろうがっ!」

 どうもおっちゃんたちは、みやび同様にこれを楽しんでいる。俺に言いながら笑ってる。

「全く。人で遊ばないで下さい」

「顔を赤くしてあわてる駿を見ると、楽しいものなのさ」

「元凶があけすけ言うな……?」

 はははっ、と笑う一同。買い物に来ただけでからかわれたくないってのに。

「奈津美? どうかした?」

 でも、一人だけ笑わないやつがいた。俺を直視する奈津美。

「心配することは無いぞ、奈津美。私と駿は付き合ってなどいないからな」

 そしてみやびがそう言う。いや、そもそも奈津美はそんな目で俺を見てはいない。

「桜木さん。憑かれてますね。肩でもお揉みしましょうか?」

 不意に放たれるその言葉。

「いや、別に疲れてないぞ?」

 そんなに俺、疲れた顔してたのか? 確かに良く分からないことがあったけど、疲弊するようなものでもなかったと思うんだけどな。

「そうですか。ではこれを代わりに差し上げます」

 そうして一人笑うことも無く、周りに合わせることなく、奈津美は俺に差し出す。

「お守り? 何で?」

 それは此乃谷観音で販売されているお守り。奈津美は観音を管理する宮司というのか、その家系の娘で、それを持ち歩く自体におかしなことは無い。でも、何でお守りを俺にくれるというのかが、理解できない。

「買うよりマシです。お金かかりませんから」

 いや、そういうことを聞きたいわけじゃないんだけど。

「もらっておけばいい。奈津美は見えるんだ。幽霊アパートの住人としてはひとつくらいは良いだろう? 何よりタダだ」

 みやびが受け取り、俺に突き出すように渡す。むしろ、タダより怖いものは無いという言葉があるくらいで、これは高価だろ。

「奈津美ちゃんっ。おじさんたちには、ないのかな?」

 だが、未だによく現状を把握していない俺をよそに、お守りをもらった俺を見て、おっちゃんたちが一斉に奈津美に聞いた。

「販売所にあります。百五円から七万円まで。ご案内します」

 そしておっちゃんたちはただでもらいたい様子だが、奈津美はそれを気にかける様子は無い。

「桜木さん。いつでもお越し下さい。遠慮はなさらずに」

「あ、ああ、うん」

 よく分からないままに、奈津美は此乃谷観音のある此参の先の長い階段へ歩き出す。

「あぁっ、奈津美ちゃん、待っておくれ」

 その後を、此参の商店のおっちゃんたちがついていく。たまに見かける光景とはいえ、あほらしい。

「ぞくぞくするな、奈津美は」

 だが、その隣でなぜかみやびが恍惚とした表情で一同の背中を見送っている。

「何言ってるんだ、お前?」

「駿は奈津美のあの表情を見て何とも思わないのか?」

 おっちゃんたちをあほらしいと思った俺に、みやびはお前はあほか? と俺があほであるように見る。

「何が?」

「奈津美のあの空気を読まず、あくまで自分の利益になるよう、男共を手玉に取るような冷たい眼差しと、決して誘う文言を吐かず、突き放すように言いながらも、男たちを自分に従わせる女王のような氷の微笑み。たまらんだろう?」

 ぞくぞくしながら、良いっ、と見てる俺からすれば理解できないことに、みやびは恍惚としている。

「いや、それはない」

 確かに奈津美は少々抜けているというか、感覚が違うというか、思いっきり笑ったりないたりと感情を出すことは無い。そして言葉もまた、少々空気を読まないことが多い。よく言う天然ってやつなのかもしれない。

「これだからお子様は。駿もあと十年もすれば、奈津美にゾクゾクするだろう」

 さぁ、帰るぞ。と、すでに切り替わった表情のみやび。

「お前、実はドMだろ?」

「答えは時の中にあるんだぞ、駿」

 さっぱり言ってることが分からないが、みやびはSじゃないなということだけは、なんとなく理解したような気がした買い物になった。

 俺たちはそのままアパートに戻る。下らない会話もアパートの前に来れば一度は止む。

「しかしまぁ、見事に古風だな。震度5でも来ればひとたまりも無い感じがまた、そそる」

 素直にボロといえ。お前の家に比べたらそりゃ確かにボロだが、ここは俺の家でもある。愛着の目で他人にどうこう言われるのを聞くのは、少々不満でもある。まぁ、管理人の家族である佐奈姉でさえ、ボロだと言ってるんだけど。

「そそるのはお前だけだ。行くぞ」

 アパートに入ると、静まり返っている。誰が住んでいるのかと思うほどだ。

「俺は着替えてくるから、お前はまことの部屋に行ってろよ」

「なに照れるな。着替えくらい手伝ってやるぞ?」

「結構だ」

 何を言うのか、こいつは。みやびをまことの部屋に向かわせ、俺は自分の部屋に戻る。荷物はみやびが引き受けた分、楽なものだった。

「……」

 だが、部屋の前に来て、すぐに戸を開けられなかった。昨晩のことと言い、今朝のことを考えると、戸を開けるとそこにいそうな気がしたからだ。また指先揃えて待たれるとどうしたものかと考える、と言うかまた追い出すことになるんだろうけど、事情を聞かないといけないような気もする。俺だって好き勝手されたら怒るし、だからと言って女の子に乱暴を働くわけにはいかない。

「いや、そもそも人間じゃないんだったな」

 不意にさっき奈津美にもらったお守りを手に取っていた。

「お札の方が良かったな……」 

 でも、すぐにこのお守りが役に立たないのでは? と疑問が。何しろもらったお守りには、無病息災と刺繍が入ってる。確かに望むものは間違ってはいない。此乃芽がいなくなるなら、それはそれでこれまで通り平穏がある。だからこそ、なのか?

 いや、お守りは魔よけではなく、お守りだ。効力には期待しない方が良いな。ないよりはマシだけど。

「ただい……」

 いつも通り、返事のない習慣を口にしようとした。

「此乃芽ちゃん。このお洋服はこっちに直しておく?」

「はい。あ、でも、そちらには駿さんのお召し物がありますから、私のものはこの箱の中に仕舞ってもらえますか?」

「だめよ。ダンボールの中に入れていたら皺がつくし、虫に食べられちゃうわ。女の子の服は、大事にしないとダメなのよ」

「そうなのですか? 私の着物は桐棚に仕舞うのが普通でしたので」

「和服も可愛いけど、此乃芽ちゃんももっと可愛いものを着ないと。じゃないと駿君だって遠慮しちゃうわ」

 目の前の光景。なんていうのか、引越し作業だ。部屋を間違えた? と思いたいところだが、戸から見える光景は俺の部屋だった。此乃芽がいそうな気はした。だから、なにやら押し入れのものを出し、あちこち入れ替えしている様子に、呆然とする。と言うよりも、なぜその場に此乃芽だけじゃなく、ひろみさんまでいるのか。

「ま……」

 うん。考え直そう。いや、ちょっと頭を冷やそう。そうとしか思えず、戸を閉めようとした時だった。

「あら、駿君」

 こっそり閉めようとしたのに、たまたまこちらに顔を向けたひろみさんと目が合った。閉めたかったのに、ひろみさんの笑顔を、無碍にすることが出来ず、立ち止まってしまった。

「駿さん……」

 だが、笑顔のひろみさんとは違い、それに気づきこちらを向く此乃芽は、どこか気まずそうになる。先ほどまでの笑顔で楽しいような表情から、脅えるように。

「……」

 その表情に、俺は別に悪いことも間違ったこともしていないはずなのに、妙な罪悪感が一気に沸いた。そのせいか、何を言えばいいのか言葉が思いつかず、視線をそらす。

「どうしたの、駿君? 入らないの?」

 ひろみさんが自然となのか、俺を見てそう思ったのか、呼ばれるとなおのことは入りづらいんだけど、逃げ道は塞がれたようだった。

「なに、してるんですか?」

 部屋に入ると、俺の部屋のはずなのに、ちょっといつもと違う香りが香った。

「駿君、お話があります。ここに座りなさい」

 笑顔でひろみさんが俺にそう言う。此乃芽は俺とひろみさんを交互に見ていた。

「えっと……」

 笑顔で言われると、一瞬は穏やかに見える。

「私のお話が聞けない? 聞けるわよね?」

 でも、ひろみさんの笑顔は迫力がある。いつも通りなんだけど、拡大してひろみさんを見ると、笑顔の瞳が、実は脅迫するかのような瞳の色をしているのかもしれない。

「いや、それよりもですね……」

 それでも俺は負けない。なんと言ってもこの部屋の主は俺だ。俺の主張をきちんと聞いてもらわなければ、俺だって話は聞けない。

「いらっしゃい、駿君」

「……はい」

 やっぱり勝てません。貧乏学生は、お隣さんにも色々と生活を補助していただいているので。それに逆らってまで自分の意見を言おうなど、恐れ多い。

 整頓がまだ終わらない中で、俺は小さいテーブルの前に座らされ、左隣には此乃芽が、正面にはひろみさんが、右側には荷物。何だこの空気は? それしか思えなかった。

「事情は聞いたわ、駿君」

 そして、沈黙をはさむことなく、ひろみさんが俺に口を開く。その表情は穏やかで、いかにも穏やかで優しいものだ。健吾さんがベッタリなのも分かる。俺としては姉というより理想の母親っぽい感じなんだけど。

「……話したん、だ?」

 別に口止めしたわけじゃない。だから此乃芽が誰に話そうと俺の判断することじゃない。でも、俺への利害を考えると、話さないのが、普通ではないだろうかと思ってしまう。いや、逆か。話さないで欲しいと俺は願い、此乃芽は俺のところに居座ろうとたくらんでいるのであれば、仲間を増やした方が分が良い。そして何があってかは知らないが、まさかまさかの最初に仲間に入れたであろう人物はひろみさん。いきなりにしてラスボス級の人だ。そして俺は、冒険者にもなれない平民であり、ラスボスの恩恵を受け、その奴隷のように生きている。下克上など最初から選択肢など得られない相手じゃないか。

「……」

 此乃芽は問いかけに答えず、俺の部屋にいて、俺がいずれ帰ってくるであろうことなど予測済みだと言うのに、視線を上げてはくれなかった。罪悪感と言うものを感じているのだろうか。昨日は散々堂々としていたのに。

「駿君が思うのは理解しているわ。私だって最初は信じられなかったわよ。でもね、見たでしょ、駿君も」

 その言葉に、俺はひろみさんではなく、此乃芽を見た。本当に全てを、俺に話したように話したんだ。そして、ラスボスのひろみさんは、それを信じ、受け入れた。だからこそ、こうして俺たちの問題であろうことに、直々に赴いた。

 だからこそ、俺は悟っていたんだ。この部屋のドアを開け、その姿を、その笑顔を見た瞬間に。

 それでも俺は、平民であろうと、意見は言いたい。言える権力など持ち合わせていなくとも、これまで維持してきた生活を、またこれからも維持することだけが望みだから。

「ええ、見ました。正直、夢だと何度も思いました」

「うっ……」

 此乃芽の小さな声が聞こえる。何を思ってここにいるのか、理解できないんだが。

「そうよね。確かに驚くわ。でも、此乃芽ちゃんはほら」

「あっ」

 ひろみさんが此乃芽を抱き寄せるように、身を寄せさせた。此乃芽は不意のことで体をよろめかせ、ひろみさんに触れた。

「触れられるのよ。声も聞こえる。話も出来る。おまけに壊れたものも直せちゃうのよ。お料理もお洗濯も見てみた?」

 そういいながら向く視線を追うと、窓の外、ベランダに干されている洗濯物。俺が登校前に干したものではない。その証拠に、いつもは適当にハンガーにかけて干す。それが今日は、風で飛ばされないようにしたのか、それとも型崩れ防止のためか、きちんと洗濯ばさみで固定され、干されるハンガーの間隔も、見た感じでは均等だ。

「それは分かります。理解も出来ます」

 ひろみさんの言おうとする遠回りの道をたどった先の答えが。

 そして、俺の考えをおそらく自分に都合の良いように解釈したであろう此乃芽は、俺を見て、少しばかり表情に明るさが戻った。

「駿さん……」

「でもひろみさん。俺の部屋に居座ることはお断りですからね」

「あぅ」

 言わなければならないことは、先手を打とう。此乃芽の落ち込み、ひろみさんがよしよしと頭をなでるしぐさには、罪悪感と同時に母性というのか、優しさと此乃芽の愛らしさを見たとは認めるが、それとこれとは話が別であり、ひろみさんの言葉を待つ。

「じゃあ、駿君は此乃芽ちゃんに路頭に迷えというの? 駿君のためを想って、此乃芽ちゃんはこうしてここにいるのよ?」

 そうなのだろう。それは此乃芽本人から聞いた。でもな、俺は少なくともこんなことを望んでなんていない。望まぬことを実現されては、虚しいだけだろう?

「これからは朝夜は冷えるわ。此乃芽ちゃんを路頭に迷わせたりでもしたら、すぐに風邪を引くわ。そうなっても病院へはいけないし、お金もない。お金のために働こうにも、此乃芽ちゃんは住民票すら持たないの。そんな人を雇ってくれるようなお仕事なんてないわ。そうしたら、ご飯も食べられず、安心して眠ることも出来ない。駿君は、女の子にそんなことをさせられる?」

 そう言われると、無理だ。この時期、いやこれからますます冬へと季節は移ろい、やがて街には白い氷が落ちてくる。春とか夏なら大丈夫かもしれないけど、さすがに俺だってそんなことをさせるほど、鬼畜ではない。だからこそ、聞こえる話に胸が痛い。

「いいんです、ひろみさん。私が勝手にしたことなんです。駿さんのお役に立ちたくとも、迷惑にはなりたくありません……」

 そこで追い込みをかけますか、此乃芽さん。君が当事者なのだから、もう一人の当事者を追い込まないで欲しい。

「ダメよ、此乃芽ちゃん。駿君が許さなくても、私が許すわ」

 いや、ひろみさん関係ないのに、何故に俺より強い選択権を持ってるんでしょう?

「ですが、やっぱり……」

 うぅ、とひろみさんに抱かれる此乃芽。その一言が俺の良心に無垢なる痛みを放ってくる。

「だ、だったらひろみさんの部屋におかせてもらえば良いんじゃないのか?」

 此乃芽に聞く。俺が望んでいないことをするつもりはないのであれば、そして、行き場がないのであれば、ひろみさんの所へいけばいい。ラスボスの配下に下ればいい。俺と同じように。

「そ、それはもっと出来ないです」

 此乃芽が無理無理無理、と首を振った。

「そうよ、駿君」

 そしてひろみさんも頷く。でも、どうも二人の見解には温度差があるようだ。

「どうして?」

「うっ、そ、それは……あの、うぅ……」

「あっ……」

 此乃芽の顔が赤らみ、ひろみさんを恥ずかしそうに見ていた。そして、そのひょうじょうの変化に、俺は事情を納得した。ひろみさんの部屋に厄介になれば、昨夜のようなことがあるかもしれないから、か。

「ん? どうしたの、此乃芽ちゃん?」

「な、何でもありません」

 俺と此乃芽は意思が通じたが、当事者であるひろみさんには届かない。いや、届かせてはまずいというべきだろうな。

「とにかくですね、俺の部屋は一人部屋として貸してもらってる以上、ダメなんですって」

 そして、ラスボス級であるひろみさん。しかし、本当のラスボスというものは存在するのも確かであり、俺はその真の支配者のことを切り出すしか、もう方法はない。このままひろみさんと話していると、流れ的に俺の理に叶わない結果が日常になるのだから。

「じゃあ、沙奈ちゃんの家に承諾をもらえば良いのね?」

「いや、そうじゃなくてですね……」

 そしてひろみさんには分かっていた。だって、ひろみさんでさえ、その支配者に従っているのだから。あぁ、俺はいったいどれほど低い身分なのだろうか。大人への道は遠く果てしないな。

「ちょっと私、行ってくるわね」

 ひろみさんが、よいしょっ、と立ち上がる。

「ちょっ、ひろみさん、ダメですって」

「大丈夫よ。私に任せなさい」

 にっこりと、甘えたくなるような微笑みを向けてくれる。あぁ、この人に甘えられたら幸せだろうな、とか、健吾さんは毎日この笑顔に包まれているのかぁ、とか思うんだろうけど、それよりも俺には、その最後の支配者が、このことを知った時に起きるであろう事態の方が恐ろしい。

 だが、ひろみさんには、俺の話など届かない。笑顔のままサンダルを履き、トントンと壁に手を当て、体を支えながらサンダルをしっかり入って、最後に俺たちに微笑み、ドアを開け、向かって、行った。

「……」

 これは策略なのだろうか。今、この状態で此乃芽と二人きりにさせるという。気まずいぞ、果てしなく。

「……」

 此乃芽も、何を言えばいいのか分からないみたいだ。こういう時、沙奈姉や悠さんみたいに平気で口を開ける人間がいないものかと、思ってしまう。

「……あのさ」

「……あの」

 何か話そう。とにかく俺としては出て行って欲しいということを、極力此乃芽を傷つけないような言い方で。

 とか思って、口を開いたら、まさかのタイミング。

「……ん? 何?」

「あ、いえ、駿さんの方こそ、どうぞ」

 すっごい気まずい。いや、ここは素直にならなければ、お互いに譲り合い、そしていつまでも言い出せず、こうなるんだ。

『いや、此乃芽の方こそ』

『いえ、駿さんがお先に』

『此乃芽が先でいいって』

『ここは駿さんの部屋で、家主は駿さんですから、私のことは後でかまいません』

 そして、また沈黙するんだ。で、ああなる。

『あのさ』

『あのっ』

 お互いにまたナイスタイミングで。そして、沈黙をはさんだ後に、俺たちはお互いに顔を見合わせ、つい、噴出して笑いあう。そうしたら、いつの間にかぎすぎすした緊張が解け、認めてしまう。そこへひろみさんが帰ってきて、和気藹々としたムードで此乃芽との同居が決まる。

「無理だ」

「はい?」

「あ、いや。なんでもない」

 考えただけでありえない。何故俺が認めなければならない?

 その選択肢は選ばない。というか、こんなことを考えてしまうのは、本当は嫌じゃないと思っているのか、それともまことやみやび、沙奈姉や悠さんの影響なのだろうか?

 ―――後者だ、後者。絶対に後者。

「出て行くつもりはないのか?」

「どうしても、お傍にいてはご迷惑をおかけしてしまいますか? 駿さんにご迷惑、お手数はかけません。家事はこの町で暮らす人々を見てきて、きちんと把握しています。駿さんの前に立ちふさがるものがあれば、私が全力で排除します。いつでもお傍でお支えします。後ろをついて参ります。それでも、ご迷惑、なのでしょうか……」

 きゅう、と胸に来る何かよく分からない痛み。何なんだ、この子は。

「ふむ。この時代において実に珍しい。これぞ大和撫子というのだろうな? で、早く答えろ、駿」

「……」

「あ……」

 耳をくすぐるように聞こえた声に、俺はその声という言葉を理解するまでおそらく瞬間的ではあろうが、感覚としては、その一言葉一言葉がじっくりねっとりに聞こえた。

「ほら、どうした? 男子たるもの、ここまで心身を尽くすと言っているんだ。これは据え膳だぞ、駿」

 あぁ、もう一人いたな。どんな状況であろうと、自分を中心にする奴が。目の前の状況のことばかりに気を取られて、すっかり忘れてた。

「お前、いつの間に部屋に入った?」

 全く気づかなかった。此乃芽も俺と同じように驚いている。此乃芽すら欺くその行動は、何者か疑いたくなる。

「今しがただ。ひろみさんが何やら駿の部屋から出たのを見計らい、少々期待して来てみたのだが、まさかこうなっているとは、この私ですら予想できなかったな。で、誰だ? 彼女か? 嫁か? 妻か? まさか妾か?」

「どれも違う。結婚もしてねぇよっ」

 みやびが此乃芽に近寄る。

「君は、誰だ? 少なくとも駿との交流が少なからずある私の仲で、君についての情報はないんだが?」

 みやびが俺と此乃芽の間に腰を下ろし、問う。

「此乃芽と、申します。此乃谷観音より、顕現いたしました」

 そして律儀に此乃芽が答える。事実なのだろうが、聞いていると何を言っているんだ? と思う答えを。

「あのな、みやび」

 だから俺は、此乃芽が人間ではないことを補足説明しようとした。

「ふむ。此乃谷観音とは、奈津美の家の観音様だな。して、君はその観音から顕現したと?」

「はい。信じていただけないかもしれませんが、間違いのない事実です、了徳寺みやびさん」

 その言葉にみやびが少しだけ意外そうに俺に振り返る。

「私のことも、話していたのか?」

「いや、なんも」

 みやびのことなんか一言も話してない。何しろ、忘れてたからな。

「はい。駿さんからは何もお伺いしておりません」

「では、私のことをなぜ?」

 みやびのことは、特に親しくなくとも知名度というものは、この街に暮らしていれば知っている人が多い。みやびにことは知らなくとも、この街で一番でかい家にいる一人娘、と言えばどの家なのか、街の人間は大体分かる。

「私は、此乃谷の地を長く見守ってまいりました。全ての人の生活というものを、幾代に渡り、見つめてきました。ですからあなたのことも、駿さんのことも、この街に暮らす人のことは知っています」

 それも聞いた。信じられないのは今も変わらないんだけど。

「なるほど。言うのは実に簡単だ。少なからず私はこの町において、知名度があることは承知しているつもりだ。だからこそ、それが事実か確認させてもらおう」

 しかし、みやびはそれだけでは終わらない。こいつは何気に人をすぐには信用しないからな。だからこそ、俺とまこととつるむことが多く、他の友達と過ごしているのを、俺は見たことがない。それだけ信用されているのかは、微妙でもあるんだけどな。

「私の親族関係は?」

「お父様、お母様、お祖母様の四人ご家族で、他県に血縁者が三十二名いらっしゃいます。その方たちのことは、この地に生活の基盤を置いているわけではありませんから、私は認知することが出来ません」

「では、私の趣味思考は?」

「みやびさんのご趣味は表向きは絵画、ピアノです。しかし、本来のご趣味というのは、申して良いのか分かりませんが、人との対話、そして、気を許した人をからかうことです。思考に関しては……」

 そこで此乃芽は顔を赤らめ、俺を見た。何かを訴えたいのかは分からないが、その表情で、俺は何となく分かった。いや、みやびの思考は大方理解しているからこそ、人前で、本人の目の前でそれを口にするのは、それこそみやびの趣味思考を体現することになる。

「ふむ。その恥じらいの表情、実にそそる。ならば次で最後だ」

 みやびが不敵に微笑んでいた。此乃芽は、みやびのことを本当に知っているらしく、その笑みに少々表情を濁す。嫌な予感がするのは、俺も同じだ。

「今日の私の下着は如何なるものか、答えられるか?」

 みやびは言う。何の恥じらいもなく、まじめに。だが、空気は凍る。俺は呆れで、此乃芽は呆然と、こいつは何てあほで変態なんだと。

「此乃芽、あまりこいつに関わるな。ただの変態だ」

「失礼だな。私は私のみが知る事実を第三者より聞くことで、その人物を信頼するかどうかの判断をする。その為には、私のみが知ることを問う必要があるだろう?」

 だとしても、だ。確かに言うことは正しいとは思う。だが、それを確認する方法に大いなる変態性を感じずにはいられない。

「全面的に淡い紫と端には黒く細いレースがあしらわれています」

「……」

 それを何で答えるかな、此乃芽は。

「なるほど。確かに君は常人ではないらしいな」

「あってたのか?」

 俺にはその確認は出来ない。だから、此乃芽が何を言おうと知る由がないわけだが、みやびは納得したように頷いた。

「うむ。めくって確認すると良い」

「誰がやるかっ」

 みやびが俺の手を取り、自分のスカートに触らせるが、ばっ、とそこから手を離した。あほじゃないのか、本当に。俺は男だっての。

「何だ、男と言うのはスカートをめくるのが好きなのだろう? 私はかまわんぞ。見られて困るものなどないからな」

 ふっ、笑うみやび。自信満々なことに対するスタイルは理解するが、それを俺相手に言うなっての。こっちは恥ずかしいんだよ。

「っておいっ!」

 だが、そう易々とみやびは自分のペースを崩さない。

「な、なななっ、何をされているのですかっ?」

 さすがの此乃芽も顔を赤くしてみやびの手を押さえた。

 しかし、突っ込んでおきながらなんだが、見てしまうよな、男って。

「合っていただろう?」

 その時の光景は、目に焼きついた。止めろといった矢先に、みやびは自分でスカートをくっ、と持ち上げた。白く程よい太さの艶っぽい足と、その先に見える此乃芽の言うとおりの下着。とっさに視線をずらしたつもりなんだが、脳裏に浮かぶその光景に、ドキドキする。

「そういう問題じゃないっ。少しは恥じらいを持て、お前はっ」

「だ、男性の前で何をされるんですか、あなたは」

 此乃芽も真っ赤にしながら言う。こういうときの常識は此乃芽が正しいな。

「……もぉ、駿のえっち。でも……駿が見たいっていうなら、私……」

「だから、スカート持ち上げようとするんじゃねぇっ」

「そうです。男性に気軽に見せるものではありませんっ」

 俺と此乃芽の二人がみやびがまたスカートを持ち上げようとするから、押さえつけた。しかも今度はしおらしく言うから、余計に俺の頭はアドレナリン放出中だ。

「何なんだ。本音は見たいのだろう? 見せてやると言う好意を……あぁ、なるほどな」

 不穏なことを言おうとしているようだが、自分に納得するようにみやびは頷き、俺の耳に口を寄せた。髪から香る香りが、さっきの光景と結びついて、ドッキ―ンと緊張した。

「二人きりの時に、な」

 ゾワワワ、とふふっ、笑うみやびの艶声に鳥肌のようなくすぐったさが全身に走った。

「あ、あほかっ。しねぇよっ、そんなこと」

「え、エッチなことはダメですっ」

 はははっ、と可笑しそうに、いつもの俺をからかう遊びだと笑うみやびに、此乃芽がそう言った。いや、確かにそうだが、それはむしろ俺の台詞というか、此乃芽が言うことじゃないと思う。

「だそうだ。やはり君と彼女は出来ているのか?」

「出来てねぇっ。つーか、もう少し疑えよ、お前」

 いい加減脱線しすぎだ。お前の情報とかどうでもいいんだよ。

「まぁ、一人取り乱す駿はさておき、君は本当に顕現したという存在なのか?」

「……」

 なに、この虚無感。何か俺が宥められたぞ、今。

「はい」

 此乃芽も此乃芽で、俺を無視ですか。そうですか。そうですよね。俺と話すのが気まずいんだから、当然ですね。でもな、ここは俺の部屋なんだよ、お前ら。

「顕現とは明確に姿を現すことではあるが、ならば一つ、訊ねよう」

 みやびはあくまでも俺とは違い平常心だ。だが、その問いかけは此乃芽を見下しているようにも聞こえる。

「此乃谷観音の現在は、どうなっている?」

 みやびの問いに、此乃芽が、ん? と首をかしげる。何が? という言葉を端折るなよ、みやび。

「つまりだな。此乃谷観音菩薩が君であるというならば、君がここにいる以上、この時において、此乃谷観音には、何ら祀られる存在がいないと言うことではないか? 強いて言うならば、このどうしようもないほどに質素慎ましやかな、おんぼろアパートの一室こそ、神の領域と化しているのではないのか?」

「色々と考えることはあるが、他人を前に二言は余計だ」

 俺の部屋にいて、此乃芽を前にして、どうしようもないほどとかおんぼろ言うな。

「通常、神というものは分霊するなりして、各地に勧請されるものだ。能力、性能ともに総本宮なる大社に匹敵すると言う、何ともご都合主義で信仰心を下げるような信仰を流布している日本だが、観音とて神の一角。だからこそ、この場は、このあまりに貧乏と言う言葉のふさわしい空間ですら、今宮として機能しているのではないのか?」

 このやろう。事実だから否定しないが、事実をわざわざ口に出すな。そんなに俺をからかうのが楽しいか。

「駿のその表情、実に私を満足させるぞ」

「俺はお前の発言にいちいち悪意を募らされるぞ」

 しかも神のことを能力だの性能だの、機械かっての。

「はい、確かにおっしゃることは理解できます。ですが、私たち観音菩薩というものは、神とはまた別離なる存在であり、信仰を集める崇高なる存在ではなく、人々を救済するために存在するのです」

 此乃芽は律儀に応じる。みやびが言うのはとりあえず興味があると言うだけで、別段そのことに対する深層を知りたいわけじゃないだろうに。

「と言うと?」

「はい。観音菩薩とは、世の全てを救済するために、機根……つまり神器に応じて、姿を変え、人々の前に姿を表すことが出来ます。その為に観音菩薩である私たちは神とは異なり、人に姿を見られることにより認識される存在なのです」

「なるほど。だからこそ、こうしてここに居て、私たちにその姿が見えていても不思議ではない、ということだな?」

「はい。私は人の姿から、物、異性、空気、望む姿、夜叉など三十三の姿になることが出来ます。姿かたち、大小など、私が把握したものであれば、こうして姿を現すことも消すことも出来るのです」

 三十三の姿になれる? 変身能力かよ。いや、ということは、昨夜の壁をすり抜けるとか、壁をすり抜けられるのに物には触れられるとかは、幽霊じゃないってことか。その話が本当だとすればだけど。

「観音も神もこの国は何でもありだな」

「人が生み出す存在である以上、常日頃より私たちに向けられる想像力が人間は旺盛であるということなのでしょう」

「さすがは信仰に興味がないと言いつつ、世界一何でもかんでも信仰したがる大衆国、日本の原風景というわけだな」

 全く。珍しくみやびの意見に同意だ。信仰する神など居ないという若者でさえ、祝っているじゃないか。それは立派な信仰だ。それに日本人は何でもかんでも周りが信じているから、周りがそれを盛り上げるから、じゃあ自分も、という考えも、情けない気がする。自己主張はないか、とな。なんだかんだで日本人は、信じれば救われるとでも思っているのだろう。夢すら神のように信じろ。そうすれば叶うなんて言う奴もいるしな。

「それは否定はしませんが、日本人の寛大さの体現かもしれません」

それでも、此乃芽まで笑っていた。しょぼくれたり泣いたりしてる顔ばかりだったから、不覚にも、その小さな笑みに、罪悪感が少し解けた。

「では、その姿は、駿が望む存在というわけなのか?」

「は?」

 だが、みやびは今度は此乃芽自身に興味を向けた。俺が望む存在が此乃芽だと? と突拍子もあい質問に、みやびを見てしまう。

「私は望まれることにより姿を変えこそします。ですが、私が望むことにより、その姿になることはありませんし、出来ないのです」

 ちょっと待って下さい、此乃芽さん。その発言はみやびに多大なる誤解を与えると思います、俺は。

「ほぉ」

 少なくとも俺は多少の空気は読める。ゆらりとこっちを見るみやびに、俺はガンをつけるように見つめ返す。

 だが、それこそがみやびの思う壺だったらしい。口端を上げ、ふっ、と小さくほくそ笑むように笑いやがりましたよ、みやびの奴。

「なるほど。駿は思わず守ってやりたくなるような女がタイプと言うわけか。どうりでいくら私が挑発してもハァハァ興奮しながら襲ってこないというわけか」

「え?」

 俺が反応する前に、此乃芽が驚きの表情でみやびと俺を見た。

 あぁ、この子もこの子で何を誤解しているのだろうと思わせる顔をするんだな。それじゃあ、みやびの思う壺じゃないか。

「せめて誘惑とか言え。挑発されて襲う奴は喧嘩っ早い奴だ」

 不良相手に喧嘩売るんじゃないんだから。というか、挑発されてハァハァとか変態じゃねぇかよ。みやびの奴、俺を何だと思ってるんだ、いったい。

「駿さんは、そういうご趣味なのですか……?」

 で、此乃芽も何をそんなに不安そうに俺を見る?

「それは違うぞ、此乃芽君」

「え?」

 みやびが首を横に振りながら此乃芽に近づき、胡散臭い、微々たる自愛の微笑みを浮かべていた。それが俺には、面白いことを思いついたが、すぐに笑ってしまうより、もっと楽しむ方法を思いついたぞ、と言っている悪魔にしか見えない。

「駿はな……」

 そして此乃芽に耳打つ。何を言っているのかは、俺には聞こえない。だが、嫌な予感だけはほぼ確実に出ているのだけは分かった。

「そいつの言葉を真に受けないでくれ、頼むから」

 俺を見ながらみやびのささやきを聞く此乃芽に、みやびの言うことは九割五分は信じるなよ、と視線で送る。

「え? そ、そうなんですか……?」

「あぁ。長年駿を見てきた私が言うことだ。間違いないから、試してみると良い」

 って、聞いちゃいねぇよっ、此乃芽さん。

「……駿さん」

 はい? 此乃芽が唐突に上目遣いで擦り寄ってくる。何なんですか、急に?

「私、ここに、居ては……ご迷惑ですか?」

 じっ、と上目遣いというのは女の子の武器なのか? 女の涙と言い、ズキッとくるぞ、何かが。

「いや、だから、さ」

「……もう、他に行く場所がないんです……」

 そう、寂しげで悲しげな瞳を潤ませて俺を見ないでくれ。

 その悲しみは分からないでもないんだが、今の此乃芽はそれよりも、思わず抱きしめたくなるような愛らしさを覚えてしまう。俺よりも少し小さく、けれど成長もしている。だからこそ、心配するな、とでも言いながら抱きしめてしまえば、その抱き心地の快感に、俺の理性は吹っ飛ぶかもしれない。此乃芽の涙が、ここに居るだけで晴れると言うならという名目で、こんな可愛い子をここに住まわせたい、なんてこと考えるだろ、普通の男なら。

 しかしだ。目の前には女の子の香りを漂わせ、涙目で俺を見上げる此乃芽がいる。そして、その姿の向こう側で、ニタニタ楽しんでいる魔女がいる。それが俺の自制心と共に嫌疑心を確信へと変える。

「おいこら、此乃芽を騙すな」

 純粋そのものって感じのする此乃芽で楽しむみやびに一睨み。ついでにこれ以上此乃芽が近くに居るとなびきそうだから、距離を置く。

「駿さん……」

 寂しそうにしないでくれ。同じ部屋の中に居るだろうに。

「つまらんな。それでも男か、駿は」

「けしかけた奴が言うことじゃねぇ」

 涼しい顔しやがって。こっちは、割とあぶねぇと焦ってんだぞ、こら。

「此乃芽も、こいつの言うことは九割七分は信じちゃダメだ。こいつは自分が楽しむことをモットーにしているやつなんだ」

 というか、観音様なんだろ此乃芽は。みやびの心くらい分からないのか?

「自分が楽しめずして、人を楽しませるなど聖人でも出来ぬことだ。何が悪い?」

「楽しまされてないことだ。と言うか、お前の楽しみ方はベクトルが異方向を向きすぎだ」

「で、ですが、私のことをお思いになられてのことで……」

 此乃芽が庇おうとするが、それはそれでまた、みやびを楽しませることになることを、一度教えなければならないかもしれない。此乃芽のような子はみやびのような魔女の格好のおもちゃだ。

「はっはっは、此乃芽君は実にいじらしいな。抱きしめて耳元に吐息を吹きかけつつ、まさぐりたくなるな」

「っ!?」

「いや、割と冗談だから、気にしない方が良い」

 此乃芽がせっかく距離を置いた俺に逃げるように寄ってきた。分からなくもない気持ちだが、実行はしないだろ、いくらなんでも。多分、きっと、恐らく、低確率で。

「第一な、俺はこの生活で困ってることはないし、一人暮らしに慣れてるから、逆に言えば、誰かと一緒に暮らす方が疲れるし、必要ないんだ」

 言ってやった。主に此乃芽をけしかけたみやびに対してなんだが、此乃芽も目の前にいる以上、聞こえてしまう。

「……」

「なーかしたぁ、なーかした。駿が女をなーかせたぁ」

「お前はいちいち下らんことを言うなっ」

 そりゃ、此乃芽がショックを受けているのは見えてるさ。だからといって、さらにあおるな。ただでさえ此乃芽の姿に罪悪感を受けているんだ、これでも。

「という懐かしいフレーズはさておき、実は聞きたいことがある」

 みやびの切り替えの速さは、何事も深く考えることをしないから出来る芸当だな。

「此乃芽君。君は何故、こんなどうしようもない、魔法使いにでもなりたいのかと疑いたくなるような童貞にこだわるんだ?」

「さりげなく待とうか、みやびさんや」

 事情を聞くには、対象者の情報を知る必要が有る。だからこそ情報を話し、その対象者に関する事情を伺うのは理解しよう。しかしだな、その対象者の情報というものは、名称程度で十分だろう。双方の知る人物であるのであらば。だからこそ、何ゆえにその情報を?

「心配するな。私も処女だといっただろう? この部屋には童貞と処女だけだ。気に病むな」

「病むべき事情が違うっつってんだよっ」 

 いやな構図に見えるじゃねぇか。逆に気に病むっつーの。

「何っ? では、此乃芽君は非処女だというのかっ!?」

「違うっ! つーか知るかっ!」

 このエロ魔女めが。

「此乃芽君、どうなのだ? 君は処女か? 非処女か? それにより私の適応対象として、君を見る目を変えなければならない」

 お前のお眼鏡にかなうのは処女限定かっ!?

「もちろん、駿は対象者だ」

 童貞もかよっ?!

「いえ、あの、私も、そのようなことは……」

 顔を真っ赤にして答えなくて良いですって、此乃芽さん。

「それは安心だ。君は恐らく染めやすいだろうからな。まぁ、他人に染められていようが、染め直す面白さもまた、私をそそらせる」

 お前は何でもありかよ。って、じゃなくてっ! 

「話が全っ然、進まねぇだろっ」

「仕方がないな。私が話しやすいように場の空気を和やかにさせるために乙女の恥じらいすら捨てているというのに、理解しないとはMYだな、君は」

「何がmyなんだよ?」

「もっと(M)空気を読む(Y)であり、マイではないぞ」

「MKくらいにしとけよっ。分かんねぇよっ」

「此乃芽君、shun is my friend.」

 みやびが俺を指差していった。いきなり何の紹介だよ。

「どういう、意味、でしょうか?」

 英語は分からないのか、此乃芽は。観音様らしいし、西洋文化は浸透していない模様だ。

「今のは英語という外国語で、駿はもっと空気を読む友達です。という意味だ」

「どんな友達だよっ! 俺はっ」

 空気を読んでない奴みたいじゃないか。しかもフォローされてるっ?

「……はぁ、もういい。話がないなら俺は出るぞ」

 こんなバカなやり取りをするくらいなら、さっさとひろみさんが戻ってくる前にまことの部屋に避難した方が懸命だ。此乃芽と二人で話すならともかく、いちいち空気を乱すみやびや、有無を言わさないひろみさんと話していると、俺の立場がたちまち萎んでいく風船と同じだ。

「まぁそういじけるな。第一、此乃芽君に質問に答えてもらっていないじゃないか」

「答える必要のない問いかけに応じなかっただけだろ。それにいじけてない」

 こいつは自分が満足したら適当に話を元に戻しやがる。一向に俺の納得いく会話の流れが生まれない。

「それでだ、此乃芽君。君が観音菩薩の顕現であるかはとりあえず別として、理由を聞かせくれるか? これでも一応、私は駿の生活の一旦に協力してやっている以上、多少の説明はやはり求めたいのでな」

 みやびが俺を見る。その目は、明らかに上から目線。んでもって、俺もそれを否定できん。ここで否定すれば、晩飯にあの肉を食えなくなる。

「くっ……」

「素直な男は、割と好きだぞ」

 うるせっ! 脅しやがって。でもな、食ってみてぇんだよ。

「はい。ですが、それを話すとなると、やはり駿さんへの許可も必要になりますので……」

 此乃芽が俺にそう言いながら、視線で問いかけてくるが、俺は諦めて頷いた。

「構わない。こいつは事情を知ってる」

 もういいさ。どうせみやびは俺のことを知ってる四天王の一人だ。隠したところで意味がない。

「そうですか。分かりました」

 頷く此乃芽が、改めて姿勢を正す。俺もみやびも実に寛いで、脚も崩しているのに、目の前の此乃芽は正座だ。聞く人間の態度じゃねぇな、俺たち。

「私は、この町に生きる人々を絶えず見つめてまいりました」

 一呼吸置いた此乃芽が、静かな口調で話し始めると、みやびはいつの間にかラフに胡坐を書く俺と違い、気がつけば瞬間的に此乃芽と同じように正座していた。

(こいつ、いつのまに……)

 その態度が、

(駿、お前は人の話をそんな態度で聞くのか? 随分殿様だな。何様のつもりだ? いや、殿様か。ちなみに此乃芽君は観音様だぞ。殿様よりも座布団千二百枚は偉い。というより、たまには座布団もちゃんと干せ。この座布団、ぺちゃんこで足が痛くなるだろうが)

 自分を模せというようでありながら、おちょくられているようにしか見えない。いや、きっと間違いない。俺の想像で合っているはずだ。しかし、此乃芽の話というのも興味がないわけじゃないし、ふてぶてしい態度も良くないな。俺も胡坐をきちんと掻いた。正座は足がしびれて立てなくなるからやらないぞ。

「それはいつ頃からか?」

「まだこの地に名前もない頃です」

 は? と思った。名前もない頃? どんだけ昔のことだ、それ。太古も太古じゃないのか。此乃芽まで冗談を交えるとは、毒されたか? 

「この地は小山を挟み、風光明媚な土地で、始めは自然豊かでありながら、人も動物もそれぞれの域を持ち、日々生きる為に必要なことだけをしていました」

 やっぱそれ、太古だよな? しかも江戸とかじゃなく、平安も以前の。強いて言えば飛鳥時代とかか? それよりももっと前は覚えてないぞ。

「いや待て、此乃芽君。そこから話す必要はない。その流れだと私の目的が果たされる頃には、私は生まれたての小鹿にも引けを取らない足の震えで身動きが取れなくなるだろう」

 珍しくみやびが止めたっ?

 こいつも自分の足がしびれることを危惧してたか。どうせなら痺れた時に、足をつんつんとしてやりたかったな。せめてもの仕返しに。

「そうですか? ですが、本をただせばここからお話しするべきかと」

「いや此乃芽。俺のことについて、最近のことだけで良い」

 さすがの俺も何時間も聞くのは嫌だ。俺の知らない俺の祖先の話もあるのかと思うと、興味もあったが。

「分かりました。駿さんがそう仰るのでしたら」

 今一度此乃芽が呼吸を整え、その小さな唇を開いた。そこから紡がれる話は、俺から言葉を奪い去ることばかりだった。そして同時に、それを知る限られた人間ではないことを、認めざるを得ないのだと、俺の目の前に突きつけられた。


閲覧ありがとうございました。

次回更新予定作品は「sai」です。

その次は「ロックオンバーディー」です。

更新予定日は「sai]が、9月30日ごろになりそうです。


ロックオンバーディーは、それ以降となります。


相変わらず他の方に比較して、随分と遅い更新速度ですが、どうぞご了承下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ