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四話.いつも通りだな、ここは。

遅くなりましたが、更新です。


相変わらず仕事が忙しく、なかなか更新する時間と執筆する時間がなく、ご迷惑をお掛けしています。


今後もこのような不定期更新になりますことを、先にお詫びしますm(_ _)m

 学校に向かう道は、少しばかり出たのが早かったのか、いつも以上に人が少ない。

「やっぱ駅前は込んでるなぁ」

「まぁ通勤時間だし、いつも通りだろ」

 此乃谷駅周辺だけは、時間の関係上、同じ高校の制服や社会人が行き交っている。この町で一番活気が湧いて見える時間帯の一つだ。普段は此乃谷参道商店街、通称、此参(ここさん)が一番賑わう。地元の人が買い物に来たり、地元で一番の都会―――とまでは言わない街の鹿乃谷(かのや)市の中心街、陵ヶ(りょうがみね)付近からも此乃谷観音に参拝に来る人がいるくらいで、通勤・通学の時間帯の人よりは少ないが、それでもそれくらいでは賑わう町が、ここ。俺とまことはそんな人の波に共に流されるように高校へ向かう。見知った顔と軽く挨拶をしながらも、俺たちは合流するなどしないで二人で登校する。

「なんつーかさ、駿」

 それが昔からだから今は気にしないが、その意味は未だに面白がられている。そんな印象だけは払拭は出来ない。理由は実に簡単。俺に問いかけてくるまことが大きな原因だからだ。

「俺ら、どんな目で見られてる?」

 そして図星を突く。いや、核心に迫ると言うほうが正しいか。まことはそれほど賢いわけじゃないが、意外と疎くはない。だから俺と同じで気づいているのだろう。学校では普通の友達が、何故か登下校で俺たちが歩いている中に入らない意味を。

「予想通りだろ」

 どうしても、見た目が完全に女だ。声すらも。だからこそ、俺たちが二人で出歩いていると知らない人間には勘違いされる。知っている奴らの反応はそれとは別で、大体が面白がっている。もちろん、全員がそう言うわけじゃないが、今はそうらしい。

「全く……何考えてんだかな、ほんと」

 まことが呆れたようにため息を漏らすが、気づいていないのだろう。俺からすればその仕草すら、愁いのある女にしか見えないんだ。分かっているからこそ反応したりしないが、見える奴には完全にそう見える。まことが頭をかきながら歩く横をついていく。

「だから髪切れって言ってんだよ」

 長い髪が余計にそう見えさせているんだ。

「これは俺のアイデンティティーみたいなもんなんだよ」

 だが、まことはそれを頑なに拒否する。そこまでの理由は分からないが、切れという俺自身も、わずかにそのままの方が良いと思ってしまう辺り、危ないかもしれない。

「まぁ、むさい男同士に見られるよりはマシか」

 まことの横顔を見て改めて思う。ガチに思われるよりは今のままで良いだろう。多分。

「まっ、他人は他人ってことだな、駿」

 ニッと笑うまこと。こいつ的には、友情として笑う。それを素直にそれだけに見えないのは、やはり周囲の反応が事実だと言っているように思えてしまった。

「……あいつよりは、な」

 周りが面白がった所で、まことはいつも通りで、俺もそうでいられる。昨日のことなんか夢のまた夢。比較してどちらが良いかと言われれば現実的なものの方が良い。

「あいつ? あいつって誰だよ?」

「そこは食いつくな」

 まことが俺を見てくる。言えるわけがないだろ、此乃芽のことは。

「おやおやぁ? 何々? 駿、二股? 早速彼女に嫉妬させようとしてるの〜?」

 俺たちが学校へ歩いていくと、背景の一部―――通りのビルの壁に寄りかかっていた女子がそう口走った。

「そういやまこと。今日、買い物するのか?」

「おう。今日は肉ちゃんのコロッケ特売日だからな。おまけも狙うぜ」

 まことが指鉄砲で此参にある肉屋の肉ちゃんの店に向かって指鉄砲を撃った。今日は土曜。肉ちゃんは土曜が特売日。半ドンだから、早めに食材確保に向かう必要がある。俺たち貧乏生には欠かせない日だ。

「なら、終わったらとっとと行こう」

「ああ、久々に肉が食えるからな。あ、どうせならババーンと焼肉しねぇか? 焼肉?」

 まことの目に光が宿った。肉は高い。だから俺たちは普段はそんなに肉は食べない。安い切り落としやソーセージくらいか。だからこそ、土曜の特売日はほぼ毎回そんなことを話している。

「決まりだな。まことの部屋で」

「なっ、ちょっ、待てよ。先週も俺の部屋だったろ? 今週は駿の部屋で良いんじゃね?」

 実は先週の土曜も焼肉をした。部屋に匂いがこもるのが嫌だから、先週はまことの部屋で。

「匂いが逃げやすいのはお前の部屋だろ。ホットプレートもまことのなんだから、良いだろ? 飯は俺が提供するからさ」

「おっし、言ったな? マジだぞ? 俺、炊かねぇからな?」

 そして簡単な奴だった。米もまた大事な食料源。部屋を提供する代わりに米を提供する。どちらが良いかといえば、俺たちにしてみれば米なわけだが、いつまでも匂いがこもるのは、俺は嫌だった。

「って無視っ!? 背景の一部っ?! もっと構ってっ! あたし背景じゃないんだよっ!? 生徒会長よっ? みんなのアイドルなんだから無視しないで持ち上げてっ?」

 あえて無視をまことと暗黙の元に行っていたんだが、自分から出てきた、この会長は。

「あ、いたんだ?」

「あれ? 会長、いつの間に?」

 わざとらしく俺が振り返ると、まことは素の顔で同じように振り返った。こいつ、マジで気づいてなかったのか?

「何っ!? 二人の世界っ? あたしお邪魔虫っ!? 女の子っ、あたしが本当の女の子だよっ? 男子が振り返るのはあたしだよっ?」

 朝から元気と言うか、テンションが高い。

「冗談だって。それより、おはよう、みぃな」

「はよっす、みぃな」

「……駿、あんた女の子のあたしに振り向かないっておかしいんじゃないの?」

 挨拶をしたら疑われた。冗談ではない、結構マジな眼差しで。

「いつもの冗談だ。……まぁ、見た目は難しいかもしれないけど」

 まことは見るからに女子だ。身長も俺より低く、体つきもどちらかと言うと女に見える。胸とかそう言うものはないんだけど。でも、一方で朝から背景に溶け込み、おれたちに縋りつくように声をかけてきた、学校では生徒会長をしている結城みぃな。でも普段は俺たちが暮らすひまわりのアパートの近くに暮らす、幼馴染とでも言うのか、昔馴染みだ。夏休み前の生徒会長選挙で当選し、今は生徒会長と言う肩書きを持っている。

「むっかーっ! 確かにまことは可愛いけど」

「俺、かっけーとか言われる方が嬉しいんだよなぁ」

 みぃながまことを見る。だが、まことは自分では女らしいというよりも、どちらかと言うと美男に思われたいらしく、髪を指に巻きつけて言う。そう言う仕草が女にしか見えないんだと言ってやりたい気分だった。

「くっ……駿の気持ちが分かりたくないけど、分かるのって、どうしてなの? めっちゃ悔しいと言うか、女としての誇りを叩かれてる気になってくるんだけど……」

「それは……まぁ、ご愁傷様だな」

 まことの一挙手一投足は無意識だ。当人が男らしくあろうと無意識にしていることすら、俺の目にも、みぃなの目にもちょっと気だるげな不良少女とでも言ってしまえば納得いってしまうんだ。

「まぁまぁ、みぃなだって頑張れば女々しくなれんじゃん?」

「誰が女々しくなるかぁーっ!」

「はぼぉっ!」

 快晴秋の空の下、見た限りでは女同士による拳の交わいが鈍い音と共に響いた。

「まこと、それは意味が違うぞ……」

 女々しいと女らしいじゃ意味が天地だ。今のはまことが悪い。

「な、なんで……? 女々しいって、女ってことじゃねぇの……?」

 いつつ……と頬を押さえているまことは、殴られた衝撃に涙が浮かんでいた。みぃなも力を入れすぎじゃないだろうか。

「女が一つと女が二つじゃ意味が違うのよっ!」

「落ち着け、みぃな。他の連中が見てるぞ」

 俺たちにしてみれば、比較的いつものことだが、あまり俺たちを知らない人間にしてみれば朝から喧嘩? とでも思われる。

「うわぁ、痴話げんかかな?」

「あれじゃない? 浮気の修羅場」

 どうやらそう言う意味合いとは違う意味に見られてしまっていた。まことの制服を見て気づいてくれよ、と心の中で目を瞑った。

「はっ!? あたしったら、つい」

 他の同校生や大人たちのちら見に正気に戻ったみぃなが恥ずかしそうに頬に手を当てる。

「つい、の割にはジンジンするくらいの力ってどーなわけ?」

「そう言う日もあるさ」

 まことだけが理不尽そうにしているが、自業自得でもあるし、流すことにした。

「そろそろ行こう」

「そうね。あたしってば男相手に何してたんだか……」

 みぃなもいつも通りに意識を戻したようで、俺たちは今度は三人で歩き出す。若干両隣にまこととみぃなが歩く、俺のポジションに何か視線を感じるが、目に入れないことにした。人前で妙な誤解をされるのはもう勘弁だった。

「そういえばさ、みぃな」

 まことが俺を挟んでみぃなに聞く。

「今年の修学旅行って結局どうなわけ?」

 その問いかけに、俺も思い出した。修学旅行が俺たちの通う此乃谷中央高校では、例年十二月に行われる。一年は冬山登山、俺たち二年は修学旅行、三年は職業研修旅行と、約三ヵ月後の十二月には、学校全体が数日間静かになる。

「今のところは五割の署名は集めたけど、まだ足りないのよね。あと二割……大体一クラス分くらい署名がないと、このままじゃイギリスになるかも」

 生徒会主催と言う名目をみぃなが付加させた署名活動が今、学校で行われている。本来なら海外への修学旅行が通例で、それを楽しみに入学する生徒もいる。

「マジか。商店街の人のじゃダメなのか?」

 だが、正直俺は反対の立場で、署名にも名前を書いた。理由は簡単。金がない。そして、まことも俺と同じ立場だった。

「学校行事で、町の人は関われないでしょ。それにこれはあたしら生徒の問題なんだから、署名を集めた所で意味がないのよ」

 修学旅行自体に反対はしない。国内旅行であれば賛成だ。それは、金がないと言う俺とまことには大前提なことではあるが、他に国内旅行へ変更を希望する五割の生徒の中には、色々と考えていることがある。それは、海外で今流行中の感染症の問題があった。俺たちの当初の修学旅行先のイギリスは、その影響を受けていないようで、日本と同じ海に孤立する島国だからかもしれないが、やっぱり気にしている生徒―――いや、正確にはその保護者だろうな。国内へと行き先を変更して欲しいという声が多い。そして、みぃなが会長になった夏休み前。それが生徒会主催で始まり、行き先の詳細を決定する来月までの約二週間ほど、連日続いている。

「金がありゃ行ってみたいけどよ、やっぱなぁ?」

 まことがそう言いながら俺を見る。俺もその視線に肯く。

「ただでさえ生活切り詰めてるのに、ウン十万以上の出費は無理だもんな」

 国内なら高くても三十万くらいあれば十分だろう。でも、海外となるとそれ以上は当たり前。そんな金はない。いや、貯金はあるにはあるが、そう言うことのために使いたくはない。もし、決定してしまえば俺は不参加を選んで、学校で自習課題をこなすだけだろう。それはそれで惨めで嫌なんだよな、やっぱり。

「あんたたちの場合はしょうがないけど、普通はもっと感染症のこととか考えない?」

「いや、金だろ?」

「まぁ、俺もまことに同意」

 みぃなが着眼点が違わない? と見るが、それよりはやはり俺たちは金だった。生活に直結する方が気にかかる。

「そういえばみぃな。何で反対してるんだ?」

 ふと思った。俺とまことは国内を希望する理由があるわけだが、みぃなはどうなんだ? 俺たちのように貧乏生活しているわけじゃない。至って普通の家庭なんだし。

 俺たちの視線を集め、あたし? と一度目を合わせてから、人差し指を唇に当てながらみぃなが空を見た。

「ん〜、お金のことは確かにあるけど、あたし的にはまだ早いかなって思うのよね」

 早い? 俺たちの声が重なった。

「だってさ、まだろくにこの町出たことないし、東京とか大阪とか都会だって見たことないわけじゃない?」

 その言葉は俺たちにも同意と言うより、強制的に取り込まれている。間違いではないんだけどな。

「それなのに、海外とか行ってもさ、うわっ、凄い都会っ! なんて感激とかするのって違うと思わない?」

 みぃなの言葉を一瞬考えた。だが、まことは考えていることをそのまま口にした。

「だよなぁ。日本って世界の中でもかなり都会なんだよな? イギリスとどっちがすげぇんだろ?」

「そう言うことよ。イギリスと日本なんて、東京や大阪の方が全然都会なのよ。なのに、それを見たこともないではしゃぐのって、知ってる人からすれば恥ずかしいことじゃない? 日本人なのにそんなことも分からないの? みたいな?」

 まことが肯いていた。正直、俺はそこまで考えてなくて、ちょっと置いてけぼりを食らった。

「あたしはさ、もっと自分の住んでる国のことを知ってから海外には行きたいなって思うわけ。最低でも、日本の首都くらい知ってからじゃないと、もし海外に行って、日本のこと聞かれて、何て答えられる?」

 みぃなが誰にでもなく、そして誰もに問いかけるように首をかしげるように俺たちを見る。

「忍者、侍、舞妓、アニメ、すき焼〜きとか?」

 まことが何となくのイメージで答えた。

「駿は?」

 それに反応することなくみぃなが俺にも訊く。

「そうだな……」

 日本のことをどう答えるか、か。まことみたいに俺はすぐには出てこなかった。日本に住んでいて、日本の事を聞かれて、何を答えれば納得してもらえるのか。何が日本らしいのか。そう考えると、まことが言ったことで納得しそうになる。忍者とか侍、舞妓なんてテレビで見る外人が好きなものなんだろうし、それで良いような気がする。

「じゃあね、駿。あたしを外国人だと思って言ってみてよ」

「……は?」

 なかなか答えない俺に、そんな提案が降ってきた。

「じゃあ俺も俺も。はい、駿。日本ってどんな国?」

 二人が俺の前に出て、俺を見ながら歩く。俺の目の前に立つ女二人。いや、まことは男なんだけど、そう見える。

「外国人観光客に質問されました。日本ってどんな国なの?」

 唐突な問いかけに二人が俺を見る。みぃなは普通の顔で。まことは面白い答えでも期待するように。

「あー、えっと……」

 いきなりそんなことを訊かれてもすぐには思いつかないもんだな。まことの答えがダメだとすると、日本はどんな国なのか。というより、何で今そんな話になったのか。質問の答えより先に、そんなことを考えてしまった。

「はいダメー」

「え?」

 そんな俺を見てか、みぃながそう言った。

「ぱっと浮かばないでしょ?」

「いきなり訊かれたからな」

 みぃなが分かっていたように言うが、そんないきなり訊かれても困るだけだ。

「でも、相手は外人だぜ? 今から日本のことを聞くから考えてくれ、なんて言わないって」

 そんな俺の逃げ道にもまことが回りこんだ。図星を突かれ、何も言い返せなかった。

「つまり、そう言うわけよ。あたしはあんたみたいになりたくないから、まだ早いって思ったわけ」

 俺みたいになりたくないと言うことが、恐らく今の俺の受け答えに対することなんだろうが、そう言われると何となく追い込まれていた俺に、追い討ちを掛けられたようで、ちょっと凹む。

「舞妓はともかく、今の時代に忍者とか侍なんて普通にいないでしょ? 昔の日本って結構話題に出来るものが多いし、外人も好きみたいだけど、それって今の日本じゃないじゃない? そう言うものを知っていたほうがいいと思うのよね。イギリスとかって昔からの伝統とか礼儀作法とかを大事にしてる国じゃない? 今、あたしらが行っても、逆にカルチャーショック受けるだけな気がするのよね」

「マナー悪ぃし、礼儀知らねぇもんな、今の若い奴ら」

 妙に息の合う二人に、ちょっと孤独感を感じる。間違っていないのは分かる。みぃなとまことは恐らく正しいのだろうし、俺の反応も他のやつらを大差ないもので、間違いではない。でも、それだけじゃ、やっぱり下に見られるんだろう。みぃなはそれが嫌みたいだ。

「今の日本って、結構色々世界的に貢献してるし、技術はトップクラス、環境問題にだって取り組んでる。他の国なんて地球温暖化なんて認識がほとんどないのよ、実は。製品の質だってトップクラスだし、何より日本人なのに戦争を知らないってのが一番の問題よ」

 みぃなが唐突に語尾を強めた。

「あんたら知ってる? 日本は戦争に負けたけど、アジアにとっては大きなものを残したのよ?」

 いきなり近代的な情報が遡り始めた。俺とまことは顔を見合わせた。そして、諦めの息を漏らした。

「日本が戦争を起こしたことで色々なバッシングに罰を受けたわよ。今だって快く思ってない人は大勢いるわ。でもね、日本がいなければアジアは世界で対等に渡れなかったかもしれないのよ? 日本が戦争を起こしたから、それまで言われてきた白人は不敗の神なんて云われを日本はことごとく破ったわけ。植民地にして虐殺だってあったかもしれないし、過酷で酷い生活を強いたこともあったかもしれないわよ、そりゃ。でもね、その一方で日本は欧米諸国の植民地を解放するきっかけを作って、実際に解放もした。特にインドネシアなんて、欧米の植民地が三百以上年も続いて、独立運動だって失敗してきたのに、それを日本が破ったのよ。戦争に負けたから、いろいろな国の負債だって肩代わりもした。でも、そんなことがあったら、アジアの国は立ち上がることが出来たし、独立もした。今だって日本はアジアの国に技術を提供しに活動もしてるし、援助もしてる。ただ、戦争に負けたからって、戦争の全部が悪かったわけじゃないのよ。資源を絶たれて、供給を絶たれれば闘うしかなくなるのよ。日本はそんな状況を打ち破る為に世界の悪になったの。救う為に、自分たちが対等になる為に。これは単純に私の意見じゃないわよ。ちゃんと記述とか文章とか残ってるの。なのにそんなことも知らないで、ただ戦争に負けた。戦争は悪いことだ。日本は犯罪者だ、なんてそんな暗いことばかりに目を向けて、功績が今の世界の連邦組織の礎にもなってることを日本人は知ろうともしてないのよ。落ちるところまで落とされて、自業自得だなんて思うのは日本人の悪い所よ。立ち上がっただけでも凄いことなんだからね。アフリカとか中東の独立が長く果たされなかったのは、日本みたいな国がなかったって言う人がいるくらいに、アジアの独立は早くて、すごいことだったの。それをあたしらのおじいちゃんたちがやったのよ。そして、そんな時代からここまで成長してるの。下まで落ちたのに、今は世界トップクラスの位置にいるのよ? どうしてそう言うことをもっと誇りに思わないの? ってあたしは言いたいわけ。分かる?」

 みぃながそこで言葉を区切った。

「あー、そう、だな」

 みぃなが生徒会長に当選した理由の一つが、実は今の演説にあるんだ。俺はそれを昔から知っている。みぃなは語りだすと勝手に熱くなる。そして止まらない。長い時には数十分、一人で休憩を交えることなく語る。だからこそ俺は身に付けた。

「確かにそうなのかもな」

「そうなのよ。だからもっと日本が良いことをしたんだって、そのための罪だって、他の国は同じように犯した歴史があるのよ。でも、それを乗り越えてきたからこそ、歴史があって今があるの。日本人はもっとそう言うことを知るべきなのよ。今だって全部が解決したわけじゃないけど、こうして築いてきた技術で貢献だってしてるのよ」

 その処世術は単純。肯けばいい。そうすればみぃなは共感してくれたと思い、話を終える。生徒会長選挙の時の演説も、次第に熱くなる癖から、生徒たちは知らない間にそれに呑まれていた。だからみぃなは当選したと言う隠された真実がある。

 やっと終わった脱線話に、俺は内心でほっとした時だった。

「まこと、あんたも分かった?」

「ふぁぁ〜、え? 何? 聞いてなかった」

「あんたは日本人の自覚をちょっとは持てぇっ!」

「ふぇぶっ!」

 みぃなの鉄建が俺の目の前を通り過ぎ、まことの腹部にアッパーが飛んでいた。朝だし、長い話は眠気を呼び覚ますのは分かるが、まことだって知っていることなんだから、対処しておけよ。腹を押さえてうずくまるまことの頭を軽く小突いておいた。

「みぃな、お前は何か外人に対して偏見でもあるのか?」

「ないわよ。ただ、悪い所ばかり気にする日本人の下らない美徳は美徳じゃないって言いたいだけよ」

 今の長い話の結論はそう言うことらしい。日本人の特徴は、俺的には発言を謹んで物静かに見ているという感じだから、みぃなの美徳と言うものがどういうものか、正直あまり理解できなかった。いつか図書館にでも行って、それが本当のことなのか確認したほうがいいのかも。

「全く。駿は理解したってのに、あんたはこともあろうに聞いてないとか、馬鹿じゃないの?」

 いってぇー、と結構強めに入ったように見えたんだが、まことはすぐに立ち上がり、俺たちに並ぶ。

「だってよぉ、そんなこと外人に話したって、機嫌悪くしそうじゃん? 欧米人とか日本は敗戦国って印象しか持ってないって、マジ。良いことしたとか、きっかけを作ったなんて、アジア人が思うことじゃん?」

「あー、なるほど……」

 まことの言葉に、思わず納得した。今のみぃなの言葉を仮に修学旅行先になったとするイギリスで話せば、機嫌を損ねかねないかも。ぶっちゃけ、今のみぃなの言葉は、戦争を起こしたのは日本が悪いんじゃなく、植民地支配で世界を則ろうとした欧米に対して、日本は一矢報いて、その代わりに多大な責任を取らされた、実は悪い国じゃないのにでっち上げられた哀れな国、みたいに思われるのかもしれない。そうなれば、それを責めた外国勢力側の国にしてみれば、そちらこそが悪だと言っているようなもので、まことの言うとおり、イギリスとかそんな国で言えるはずがないだろう。

「むしろさ、今の日本ってビル下で農業やったり、屋上緑化とか環境問題に取り組んだりしてるし、木造建築とか合掌造りとか長い時間を大切に守れる技法とか、エコバッグより環境に優しい風呂敷とか、扇子とか鉄器、陶磁器、竹細工の伝統工芸、炭素繊維とか、水質浄化技術とか、ナノテクノロジー、和食の健康貢献さ、漫画から始まったロボット技術、メディア文化、とかそう言うものでアピールした方が魅力的じゃん?」

 まことの口から意外な言葉が出てきて、俺とみぃなは固まった。

「昔のことは今の礎になってんだし、じゃあ、その礎の上にある今のものを誇っていったほうが、今の日本ってそう言う感じかぁって思えねぇ? ……って、何だよ? 固まって」

 俺たちに気づいたまことが、俺たちの目の前で手を振る。

「あ、いや、お前の口からそんなことが出るとは思わなかったからさ……」

「あんた、馬鹿じゃないの?」

 あえて遠回りに言ったことをみぃなが直球で言った。

「勉強が出来なきゃ馬鹿ってわけじゃねぇよ。俺だってな、たまにはそんなこと思ったりすんだよ」

「いや、意外だわ」

「全く」

「お前らなぁ……」

 はなしが脱線してはなかなか元に戻らない。でも、そんな脱線した道でも、意外な事実に気づくこともあるもんだな。ちょっと、まことは俺より馬鹿だと思ってたのに、そんなことを考えているなんて、ちょっとショックと言うか、距離が出来たように思えた。俺だけが子供みたいで、何だか二人が大人に見えた。

「まぁ、そんな感じだから、あたしとしてはまずは、もっとこの国のことを知って外に出たいわけ。だから署名は集めるわよ」

 みぃなが話を戻すと、辺りは同じ制服姿の生徒たちが多くなっていた。家々の向こう側に学校の校舎も見えるところまで来ていた。

「つーか、俺としては、やっぱ日本の方が落ち着くし、美味いものも多いわけじゃん。だから、海外反対ってだけもあるけど」

 まことが今までのは建前だと言うように、笑って言った。

「……まぁ、あたしもそれはあるかな。お土産で海外のお菓子とかもらっても、やっぱり日本のものが美味しいし、言葉が通じない所で何日も過ごすより、国内でありふれた観光地とかでわいわいやる方が修学旅行って気がするしね」

 みぃなも同じように笑った。

 ―――あぁ、なんだ。

 俺はそんな二人が、だよなぁ、とか有り触れて他愛ない笑いを浮かべている姿に安堵した。

「駿もそう思うだろ?」

 まことがニッと俺に笑う。

「高いお金出すより、安くて過ごしやすいほうが良いもんね、あんたたちは」

 みぃなもちょっと悪戯に笑うが、二人の笑顔は見慣れたもだった。

「……あぁ、当たり前だ」

 変わってはない。どんなに大人びて二人が見えようとも、俺の同意に、今度は三人で笑う俺たちはやっぱり昔のままの俺たちで、離れて感じているわけじゃないんだと、俺は二人とは違うことに安心するように笑っていた。

「さぁて、セールに備えて今日も寝るかぁ」

 校門に差し掛かると、まことがカバンを持ち上げながら背伸びをする。容姿には似合わないが、それがまことらしく、まことのあくびが俺にも映った。

「あんたは成績やばいんだから、ちょっとは授業で点数稼ぎしなさいよね」

 そんなまことに、みぃなが小突いて俺たちとは別の方向へ歩き出す。

「そんじゃあね、二人とも」

 みぃなが向かう先は生徒会室。恐らくこれから校門に立って署名を呼びかけるんだろう。いつものことに、俺たちは軽く手を上げて見送った。

「ああ」

「会長しっかりー」

 うるさい、何てまことの激励を一蹴しながらみぃなは歩いていって、俺たちは昇降口に向かう。

「つーかさ、修学旅行前に文化祭とかあるんだよな?」

「そうだな。来月だし、みぃなも忙しくなりそうだな」

 これからがみぃなにしてみれば一番忙しい時期だろう。今朝みたいにのんびりと登校するのはあまりないんだろうな。それはそれで、少しばかりもったいない気がした。

「いや、そうじゃなくて」

「ん?」

 靴を履き替えながらまことが俺を見る。まだ髪を結っていないまことは、シューズを落として靴とは着替える時、髪がふわっと流れ落ちて、それを女子のように指で掻き揚げ、耳に掛けるのは妙に色っぽく見えた。毎度の事ながら時々そう言う仕草をするまことには何故かドキッとするくせに、みぃなにはそう言うのを覚えないなぁ、なんて下らないことが浮かんでしまった。

「デザインコンペが今年あるだろ? クラスの出し物とか」

「ああ、それがどうかしたのか?」

「金、かかるよなぁって思ってさ」

「あー……」

 でもそんなくだらないことも現実が俺たちを待つ。デザインコンペは予算内で制服を作り、それを投票して制服になる。学生の作る制服だから、若干後で修正が入ることが多いが、デザインコンペの時は、制服が入れ替わる為、買いなおす必要が出てくる。初開催の文化祭が中途半端だったせいで、俺たちは新しい制服で来年一年だけを過ごす。正直もったいないと言うことしか浮かばない。それに制服は意外と金がかかる。

「やっぱ国内だよなぁ」

「そうだな……」

 で、まことの行き着く答えは、結局俺と同じだった。


閲覧ありがとうございました。


新キャラを登場させた回で、次まではキャラ紹介代わりのストーリーになると思います。


それから、次回更新予定作は「sai〜セントパールアカデミー〜」です。


三ヶ月以上更新していませんでしたので、なるべく早く更新したいとは思いますが、時間の関係上、やはり今月末頃だとお考え下さいませ。

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