悪党よ、静かに瞑れ
時計の針は、午後二時ちょうどを指していた。
アラバマ州ライムラーン。その酒場である。
灼熱で埃っぽいだけの、しけた町だった。ホテルや酒場の他に床屋があるだけで、他に面白味は無い。
客はテーブル席に、三人。かなり酔っているからか、
「帝国憲法が何だってんだ」
と、先年発布された新憲法への愚痴を漏らしている。
アラバマは南部。アメリカ帝国へ敗れ、占領された州である。至尊の冠を戴く、初代皇帝のリンカーンに対する憎悪も強い。こうした愚痴も仕方ない所だ。
それを尻目に、俺はカウンターの中でグラスを磨いている主人を相手に、俺が生きて来た三十七年間の思い出話を聞かせていた。
大して面白い話ではない。それは判っている。だが、俺は語った。二杯目のウイスキーを舐めるように飲む。それ以外にする事が無いからだ。
「アンダースン」
その名前が耳に入り、俺は口を閉じてグラスを置いた。
主人の顔が強張る。俺は苦笑して、肩を竦めてみせた。
マイク・アンダースン。
元南軍の破落戸。
あの戦争では、ゲリラとして酷い虐殺を繰り返した男である。
一般市民への、略奪・暴行は朝飯前。子どもだろうが、平然と殺す。奴の故郷から、〔テネシーの悪魔〕と大層な渾名で呼ばれている。
悪魔。もしこの世に悪魔がいるなら、奴がそうだろう。
俺は、奴の顔を思い浮かべた。あの眉間に傷のある、髭面。ああ、奴は間違いなく悪魔だ。
奴は戦争が終わっても、残虐な犯罪を止めようとはしなかった。
まだ戦いたい南軍兵士を糾合し、北部の町や農園に対して襲撃を繰り返していた。
三年、そんな奴の行方を追っていた。
俺は、賞金稼ぎなのだ。奴の首には大金が賭けられている。
「命知らずな野郎だ」
俺が奴を追っている事を知ると、皆が口を揃えてそう言う。
その気持ちは判る。奴の早撃ちは、南軍でも指折りとの噂だった。
「命あっての物種だぜ」
とも、同業者は言う。
「判っているさ。でも、仕方ねぇんだよ」
俺は決まって、そう返している。
そうなのだ。賞金が0ドルでも、俺は奴を追っていただろう。
これは、敵討ちなのである。
俺は、奴に妻と二人の娘を殺された。
四年前。アイオワでの事だった。俺が戦功で得た農園に奴が侵入し、妻と子を続けざまに撃ち殺した。俺自身も重傷を負い、生死の境を彷徨った。
目を覚ました俺には、復讐しかなかった。
クルトの拳銃を二丁差し、俺は奴を追って荒野を駆けに駆けた。
奴とは、すれ違いの人生だった。
俺がA地点からB地点に向かえば、奴はB地点からA地点へ、その逆もまた然り。それでいて、不思議と顔を合わせる事が無い。
そして今日、やっとライムラーンに追い詰めたのだ。
「親父、勘定だ」
俺は小銭数枚を、無造作に置いた。
「この町の外れだよな?」
「ええ、そうですが……。マドリックさん。本当に行くんですよね」
主人が、窺うように訊いた。
「行くさ」
俺は嗤った。
「当たり前だろ」
その為に、この何もない町へ来たのだ。
俺は奴に会う。奴が虫垂炎でおっ死んで、墓石の下で骨だけになっていてもだ。
俺は、墓石に銃弾をお見舞いしてやるつもりでいた。
そうしなければ、俺は旅を終われない。
いや、違う。たとえそうしても、この心に残る無念が払拭される事は無いだろう。
俺は踵を返し、片手を挙げて酒場を後にした。




