70 王竜来襲
僕は一人、いつの間にか城壁の上に登っていた。
そんなにしょっちゅう会えないと分かってはいるけど、また、ミレナに会えないか期待しながら探していた。
「何を探しているだ?」
突然、暗闇の奥から声がした。
誰かと思い声のした方へ近いて見ると、そこにはドワーフのボンゴがいた。
明かりも付けず隣に大きな酒樽を置いて、一人で酒を飲んでいた。
あっ、明かりを付けたら駄目か。
この街には防護魔法が施されていると言っても、見張りの存在がバレたら、防護魔法が効かない攻撃が来た場合、狙いうちにされるし、暗闇に慣れていないと敵が近づいて来た時、発見が遅れてしまう。
だけど酒をたらふく飲んでいて良いのだろうか?
「見張りなのに、そんなにお酒飲んでも大丈夫ですか?」
「ああ、ここを襲って来るやつなどいないし、防御壁で守られているかな、それにワシにとって酒は水と変わらんからな、ガハハハ」
大きな笑い声が誰も居ない静かな城壁の上で響きわたる。
ボンゴさんはドワーフだからなのか、声が大きく図太い声だ。
きっと小声で噂話とかは出来ないだろう。
「どうじゃ、一緒に飲まないか」
「折角なので、少しだけ頂きます」
別のお椀を取りだし、酒樽から豪快に酒をお椀ですくい渡させる。
「そんなに一杯は要らないんですが」
「このくらい、ちょっとだろう。
それとも俺の酒は飲めないと言うのか?」
ボンゴさんは、少し酔っているのか、顔を赤くしたまま恐い顔で僕にお酒を勧めてくる。
飲むしかないか...、僕はあきらめて、
「頂きます」
僕がお酒を飲んでいる間、ボンゴは僕の顔をジッと見ていた。
そしてボンゴが一言、
「エルフ姉妹を探しに来たのか?」
突然ボンゴさんが僕の確信に触れた為思わず、飲んでいた酒を吹き出してしまった。
「ゴホッゴホッ」
「やはりな、お主と先代の団長はよくにている。
美人の女性には、目がないところとか、すぐ顔に出るところとかな」
「あの~、良かったら先代の話少し聞せてください。
どういった方だったのですか」
「先代はお主達と同じ放浪者で、いつも女のケツばかり追いかけていた。」
「はあ、そうなんですか」
僕は、女性あまり追いかけてないと思うが、ボンゴさんからはそう見えているのだろうか?
「だが、何故か男からも女からも好かれておった。
そういう連中を集め、この傭兵団を作った。
その頃だったかの、長老の婆さんと知り合ったのは、先代の団長は何度も口説いていたが、種族が違うとか、生きる年数が違うなど言われて断れていたんじゃ」
「ボンゴさんは、他の種族とか興味ないのですか」
「あまり興味ないの、やはりドワーフの女性が筋肉質で美人だからな」
「な、なるほど」
「人族くらいじゃないか、他の種族を好きになるのは」
精霊とかは、どうなるのだろう。
他の種族になるのかな、信頼度が関係するのか。
「話がそれたが、長寿の薬というものがあるらしく、先代はそれをずっと探していた。
その間も、ずっと口説いて最後は、長老が折れて結婚したんだ。
そして三姉妹が生まれた。
長寿の薬をずっと探しておったが、結局見つからず、歳をとり亡くなってしまった。
三姉妹が、父親と暮らしたのは何十年間だけ、エルフにしたら、ほんのわずかな間だけしか暮らせなかった。
だから、お主に父親の影が重なるんじゃないか」
「僕が父親代わりということですか」
「それもあるが、三姉妹を見ていると意外と好意を持たれてると思うぞ」
「三姉妹にですか?」
確かに、エレナさんはあまり会わないけど、他の二人は自宅によく来るような気がする。
ボンゴさんの確信は当たるからな、僕も当てられたし、
「それなら、僕も期待していいのですか」
そう切り出しボンゴを見ると、何故か僕の方を見たまま固まったように動かない。
酒を持った手が震えているように見える。
もしかして飲み過ぎてアルコール中毒か?
いや、目線を見ると僕を見ていない。
僕の後ろを見ている。
『まさか!』
そして後ろから声がする
「何、くだらないこと言ってるのかなぁ~、ボンゴは」
ボンゴが、お酒を飲んで赤かったのに、今は青ざめている。
この声はと思い後ろを振り返ると、そこにはやはりセレナとさっきまで飲んでいた仲間、ラウサージュ、影虎、精霊、ミレナ、エレナまでいる。
「翔くん探しに来たら何言ってるの、ボンゴ!後で説教だね」
「ご主人様、探したです」
「ダーリン、私を置いていかないで下さい」
「翔くん、今の話は忘れなさい」
そのまま、城壁の上で何故か宴会が始まった。
ボンゴさんが置いてあった酒樽が無くなると、下から新しいお酒と料理を運んでくる。
ボンゴさんは、ずっとお酒飲みながら説教を三姉妹から受けていた。
僕も忘れなさいとばかりに、お酒を沢山飲まされた。
どんちゃん騒ぎが夜中続き、終わったのが朝日が登った後だった。
これでやっとゆっくり休める。
千鳥足で何とか自宅に戻り、今日1日眠ることを決めベッドに横になった。
お昼過ぎだろうか。
目は覚めていたが、まだベッドでゴロゴロとしていた。
いつの間にか、精霊達とラウサージュ、影虎がベッドの回りで寝ていた。
『ドドーン』
突然、何か爆発したような音と共に地震のような横揺れがきた。
大気が震え家全体が揺れているようにも思える。
「何だ、何だ、何があったんだ」
部屋で寝ていた皆が起き出し、リビングに集まってくる。
同時に襲撃を報せる鐘が街中に鳴り響く。
「襲撃?」
僕は慌てて飛び起き、城壁に向かって走っていた。
その時、大きな影が上空を横切った。
「何だ、あれは」
「あれは、竜だわ」
ラウサージュが答える。
「竜なのか、かなりでかいぞ」
城壁の上に急いで上がり、上空を見つめる。
竜は警戒しているのか、かなり高い上空を旋回していた。
『ヴォー』
竜は吠えていた。
「あれは、王竜だわ」
「王竜?」
「ええ、竜の中でも最強クラスの竜なの、この辺りには居ないはずなのに、どうして」
「分からないけど、どうやらここを襲って来ているみたいね」
「セレナさん、ここの防御壁は大丈夫ですよね」
「分からないわ、竜なんて襲って来ないから、何か原因があるはずだけど...」
「竜が急降下してきます!」
「皆、防御体制に!」
竜が防御壁付近まで近づき、大きく口を開けた。
口の中には赤い物が渦巻いているように見える。
次第に赤い物は口の中、一杯に広がり、そして王竜は炎を吐き出した。
「ドラゴンブレスです!」
炎は防護魔法で作られた防御壁の回りを、炎が這って広がっていく。
炎の直撃は防いでいるが、熱風が僕達に襲いかかる。
「熱い!」
「息を止めなさい!喉を焼くわよ」
竜は炎を吐き終わると、また上空へと戻っていく。
「防御壁、そう何回も耐えられません」
「どうする?」
「何で攻撃しているか分かれば...」
「それは、多分、私が原因ですわ」
後ろを振り返ると、見慣れない幼女がいる。
金色の髪に頭に角らしきものが2つ、巫女みたいな服を着ていた。
肌は白く目はパッチリ、将来が楽しみな顔だちだ。
「許可された人以外、フルールイルには入れないはずなのに」
「翔、城門の外に一緒に来て」
「え、今、外に出たら殺されますよ、って言うがキミは誰?」
「誰だっていい、早く行かないと拠点がピンチ」
幼女が僕の手を引き、連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと」
僕は、踏ん張ろうとするが、何だこの力は?
幼女とは、思えないほど力強い。
どんどん僕は引き摺られていく。
城壁の上から城壁外へ落下、落ちる!
僕は身構えたが、落ちるというよりかは、ゆっくりと降下していると言った方が正しいか?
これもこの謎の人物の力なのだろうか?
そして一気に防護魔法の効いていない城壁の外まで来てしまった。
ドラゴンブレスがきたら、僕達は一瞬で灰になってしまうだろう。
上空を旋回していた王竜が気付き、僕達の目の前に降り立つ。
王竜の羽ばたきで僕は飛ばされそうになるが、謎の幼女に握られた手が力強く僕が飛ばされるのを防いでくれていた。
幼女は王竜の羽ばたきでも微動だにしない力強さを持っていた。
何なんだ、この幼女は?
疑問が湧いてくるが、今はそれどころではない。
目の前に王竜がいるのだから。
近くで見るとその大きさ、狂暴そうな顔つき、ひと噛みで僕は切り刻みされそうな巨大な牙、一瞬で切り裂けそうな巨大な爪、全ての攻撃を弾けそうな金色の鱗、何より巨大な身体で上から乗られると蟻のように押し潰されてしまうだろう。
そう考えると失禁してしまうのではと思っていたが、今のところは大丈夫のようだ。
王竜は巨大で、4本足で立っている高さは城壁と変わらないので、ビル5階くらいの高さだろうか。
王竜は低い唸り声を出している。
謎の幼女は、大きく手を横に広げ、
「お母さん、私は大丈夫だから、もう止めて」
『は~あ、お母さん?』
この謎の幼女は、この王竜の子供ということですか?
「探したわよ、帰りましょう」
あれ、何故、王竜の言葉が分かるんだ。
そう言えば、ドラゴン使いの職業が増えてレベルもいつの間にか上がっているんだよな
しかし、恐いな...、王竜が喋る度に、ひと噛みで食べられそうな勢いだ。
「私は、強くなる為に家出したの、まだ帰らないわ」
「どれだけ心配したと思っているの、いきなり居なくなって」
「私は、この人といることにしたから」
「何言っている、お前は次期の王竜になるのだぞ、
人と暮らすなど、絶対許されない。
どうしてもと言うなら、其奴をひと噛みして終わらせるか」
「ダメ~、そんな事許さないから」
『いや~!食べないで』と泣き叫びたいがそんな事出来るはずもなく、ただ二人を見ているしかなかった。
二人の睨み合いは続いていた。
反抗期かと思えるが、何故、僕まで連れてこられたのだろうか
「も、もう少し、落ち着いて話ませんか」
「小僧、誰に物を言っているか分かっているのか」
「すいません、すいません、すいませんでした」
「お母さん、翔様をいじめたらダメです」
「そもそも、我らの話に割り込んでくるとは...。
ん?、小僧、お主、竜語が話せるのか」
「すいません、何故か、分かります」
「人なのに、竜語を話せるとは、お主は一体」
「お母さん、これ見て」
謎の幼女は、僕の左手を持ち、痣を見せる。
「その紋章は...」
紋章?痣じゃないの?、確かによく見ると何かの形のようにも見える。
「この痣は何ですか?」
王竜は、しばらく目を瞑り、何か考えているようだった。
瞼を開け話始める。
「その紋章は、星の代理人の証、星のあらゆる物が手助けし、その力を使い正しい方向へと導く、星の運命を任された証。
これから、お主は過酷な運命へと巻き込まれていくだろう、心しておけ。
そして、我が娘を頼む」
「それじゃ、お母さん」
「その者と居るなら問題ない、また会おう」
王竜は、大きな羽根を広げ、羽ばたき始める。
ものすごい風圧が回りを吹き飛ばす、必死に堪えながら、王竜が飛び上がるのを待っていた。
王竜は飛び上がり、上空を二回旋回して東の方角に飛びさっていった。
「ところで、キミは誰なの」
「あれ、わかんない?
アナンタですよ」
「え~、あの太ったトカゲ!」
「失礼な、太ったは余計です。
あと紋章の話は、まだ誰にも言わない方がいいと思うわ、あと見えないように隠していた方がいいわ、その紋章が分かる人に利用されるかも知れないから」
僕とアナンタは、フルールイルに入り、セレナさん達に事情を説明した。
紋章の件は言わず、王竜の子供がアナンタだったことだけを説明した。
セレナさん達は、王竜の子供ということで驚いていたが、そのまま受け入れてくれることを了承した。
それにしても、既にいろんな災いが起こっているのではないかと思ってしまう。