36 アナンタ
「出ておいで」
穴の入り口で、僕は両手でおいでおいでとしてみたが出てくる気配がない。
それなら餌で釣るのはどうだろうか?
しかし、何を食べるのかが分からない。
トカゲなら昆虫類か?
しかし昆虫など手元に持っている訳ないし、今あるのは僕達の食料だけ。
食べそうなのは...、やはり肉かなぁ。
僕は肉の破片を手に掴んだまま、見えるように穴の入り口でブラブラさせてみる。
「ほら、食べ物だよ、出ておいで」
しかし、穴の奥から出て来る気配はない。
肉は嫌いなのだろうか?
それともやはり警戒されているのだろうか?
「諦めるでござる。
出てこないでござる」
「ん~~~残念、諦めるか」
僕は、そう言って、その場を離れようとしたら、穴の奥から何やら話かけてきた。
「ガワァ、ワ」
幼獣が何か言ってみたいだが、何を言っているのかわからなかった。
「お前達も、俺様を食べる気だろう、と言ってまちゅ」
「え?エルダは、言葉が解るの?」
「はい、大体の言葉は解りまちゅ」
「それなら通訳して!食べるつもりはないと」
エルダは穴の奥の何かと会話をしていた。
「嘘だ、騙して食べるんだと、言ってまちゅ」
何だか、拉致があかないな、無駄な時間をここで費やす暇はない。
大好きなトカゲと戯れたいけど、出て来ないなら仕方ない。
僕は後ろ髪を引かれる思いで、
「先に進みましょうか?」
「そうでござるな」
その場を、離れようとするとまた何か言っている。
「グァ、グァ」
「ちょっと待て、置いていくのか?と言ってまちゅ」
「それは、出てこないから」
「出たら、食べられると言ってまちゅ」
「はぁ~、食料なら沢山ある」
そう言って、リングボックスの中にある食料を穴の前に出して見せてみた。
一週間分は、楽にある量だ。
「グォー」
「美味しそうな臭いがすると言ってます。」
「食べてみるか」
肉の破片では出てこなかったので、穴の前に10キロくらいの肉の塊を1つ投げて、僕は少し距離をとった。
幼獣は恐る恐る見える所まで出てきたかと思うと、一口で塊を食べてしまった。
穴の前の見える所まで出てきた幼獣と変わらない大きさの肉の塊だったが、それを食べて体型が変わらないのは不思議なのだが...。
「グォ、グワ」
「魔物から助けてもらったし、一食の恩義の為、付いていってやると言ってまちゅ」
「恩義?ウム...、で、実際は?」
「...グワ、グワ」
「強くなるために、家を飛び出したのはよかったが、魔物に追い回され命からがら今の穴に逃げ込んで、外にも出れずに餓死すんでの所だった、と言ってまちゅ」
さっきの魔物に追われ、穴の中で餓死する所だったと...、僕達に付いて行けば餌が貰えると思っているのだろうか?
それならそれで別に構わないけど、なんたって爬虫類は可愛い~~~。
ペットと思えば、餌をやるのは当たり前だし、それで元の世界には居ない珍しいペットを手に入れたと思えば...。
『グフフフフ』この喜びを誰か解る奴に伝えたい。
「なるほど、名前は何て言うの?」
「グァ」
「アナンタだそうでちゅ」
「それじゃ、よろしくね、アナンタ」
「グァ」
僕は本当のペットを手に入れて、思わず見とれてしまっていた。何て言ったって、何の幼獣か分からなかったけど、見た目は僕の大好きな爬虫類だから。
餌に釣られて出て来たアナンタを、僕は自然に頭を撫でていた。
「マスターに近づいたらいけません」
「浮気はダメです、ご主人様」
「浮気ダメ~、禁止でちゅ~」
精霊達はそれぞれ主張していたが、僕は手に入れた爬虫類のアナンタにうっとりとしていた。