第4話 夢と鍵
『このような形ですみません、あなた方の力を貸してください』
目の前の深い青い髪の女性はそう告げると、申し訳なさそうな顔でさらに続けた。身を包む明るい青色のドレスの長い裾がゆらゆら揺れている。
『ある世界に危機が迫っています。しかし、今の私の力ではその危機を回避できないのです』
ここで一真はふと気が付いた。前の夢では聞き取れない言葉も多く、彼女の顔もノイズのようなもので隠れていた。しかし、今回は表情まで分かり、言葉がしっかり聞こえている。
(これって同じ夢の中身が鮮明になってるのか? それとも違う夢なのか? )
そう考える一真をよそに女性は話を続ける。
『虫のいいお願いをしていることは分かっています。それでも、私はあの世界とそこに存在する命を守りたいのです』
女性が左手を胸のあたりまで上げると、ディスプレイのようなものが浮かび上がり、何かが映る。しかし、ノイズが覆ってしまい、何が映っているのかがほとんど分からない。わずかに見える影から人の姿が映っているようだった。
『彼は……世界の中……です。彼が危機の中心となる人物なのです』
偶然なのか、それとも何者かの意図なのか、ノイズで重要な部分がかき消されてしまった。
『私の力も彼によって大きく制限されてしまいました。お願いです、彼を止めてください』
彼女の言葉はスケールが大きく、いまいち分からない部分もある。それでも彼女の言葉には真剣さがあった。できるなら助けになりたいと思うほどに。しかし、自分には特別な知識や運動能力があるわけでも無い。それなのになぜ自分たちなのか。一真の疑問にこたえるかのように女性は言った。
『力より、知識より、あなたたちの存在そのものが、危機を超えるのに必要なのです』
女性は右手を胸元まで上げる。広げた手のひらに光が現れ、次第に大きくなっていく。
『私の残り少ない力で、あちらの世界での器を作ります。そして僅かですが……』
左手を前に向けて広げると、光が弾けて小さな欠片となる。
(そうだ、これは覚えている……)
欠片はあちこちに飛んでいき、一つが一真の前で止まると、スウッと体の中に入り込んだ。
『あなたたちに力を……』
女性の姿が暗闇に消えていく。それにつれて、一真も意識が遠のき始める。
『お願いします……世界を、救ってください』
その言葉を最後に、完全に暗闇に消えてしまった。
「ふあ……もう朝か」
窓から日が射している。一真はベットから起き上がると、背伸びをする。
「カズマ、起きたのか」
「ジーク……おはよう」
ジークは昨日と同じ鎧を外した姿でベットに座っていた。
「もしかして、その恰好で寝たのか? 」
「さすがに着替えて寝たぞ。起きたのなら朝食にしよう」
「分かった」
一真はジャケットを羽織ると、ジークと一緒に部屋を出て食堂に降りた。一階の食堂はかなりの人が食事をとっており、賑やかだった。2人はカウンターに向かい、食事を受け取ると、空いている席を探す。そこに同じように朝食を食べに来た沙紀とリーナがやってきた。
「……2人とも、起きてたの」
「リーナ、沙紀、おはよう」
「おはよう、それにしてもすごい人ね。席空いてるかしら? 」
見回すと、2人や3人分はまとまって開いていたが、4人で座ることができる席は無かった。
「2人ずつに分かれて座ろう。それならいけそうだ」
「なら、一真、ちょっと私と来て」
「えっ、分かった」
「なら、私たちは別の席を探そう」
「……それじゃ、食べ終わったら部屋の前まで戻ってて」
そう言うと、ジークとリーナは空いた席を探しに離れていった。一真と沙紀は向かい合って席に座る。
「わざわざ2人になるってことは、何か話でもあるの? 」
「ええ、いきなりで悪いんだけど、青い髪で丈の長いドレスを着た女性って見たことある? 」
パンを千切る手を止めて答える。
「……夢の中でなら見たことある」
「あなたも見たのね」
「も、ってことは」
「そう、私も夢で見たの。その夢の中で、私たちが必要、世界を救ってって言ってた」
「俺も同じようなことを言われたよ。アレが本当なら俺たちは世界を救うために呼ばれた勇者ってところかな」
沙紀は少しムッとした表情になる。
「それで、あの人が見せようとした誰か、一真は分からない? 」
「いや、顔も名前も隠れて分からなかった」
「それは残念だけど、他の人ならどうかしら」
「他の人ってのは? 」
「そのままよ、私たち以外にこっちの世界に来てしまった人なら、違うことが伝わってるかもしれない。だから、そういう人を探すのはどうって思って」
「けど、他にいるか分からないし、居たとしてもどうやって俺たちの世界の人だって判断できるんだ? 」
「これ見て」
沙紀はネックレスを机の上に置く。細い鎖の輪に小さな水晶がついていた。
「これは? 」
「服のポケットに入ってたの。それで、大事なのはこの水晶なんだけど」
一真はネックレスを手に取って観察する。
「この水晶、トゲトゲしてて、なんか割れた欠片みたいだな」
「そうなの。あなたの手袋にも同じようなのついてたでしょ」
「あっ」
言われてみると、手袋に付いていた。今は部屋に置いてきてしまったため、確かめようがないが、形もほとんど同じように思える。
「これ、夢の中で飛び散った光が変化したものよ。一真も見たんじゃない? 」
「えっ、俺は見てない……」
「そうなの? けど、私はそれを見た。これは間違いないし、2人で同じことが伝わってるわけじゃない証拠よ」
一真はネックレスを見ながら少し考える。
「つまり、この欠片を持ってる人がいたら、俺たちと同じ日本人かもしれないってことか」
「そう言うこと。どれだけ来てるかは分からないけど、きっと情報を重ねれば分かるはずよ、夢の中の人物が誰か」
まだ具体的な解決策は無い、けれども、微かに帰る道が見えた気がした。
「あっ、けど、どうやって2人に話そう……俺たちだけじゃ正直探すの難しいだろ」
「……そうね、それにこっちで過ごすのもお金かかるし、ずっとリーナ達に頼るわけにもいかないし」
「……とりあえず、これ食べちゃうか」
「うん」
一真がネックレスを返すと、2人は黙々と食事を続けた。
食事が終わり、一真と沙紀が部屋の前まで戻ると、ジークとリーナが待っていた。
「2人とも、もう戻ってたのか」
「ああ、2人とも、急な話で悪いんだが、すぐに出発の用意をしてもらえないか? 」
「それはいいんだけど、どうして? 」
「君たちに会ってもらいたい人が居る」
少し不思議に思いながらも、分かったと答えると、部屋に入り、身支度を済ませる。そしてジークたちに連れられて向かった先は昨日向かったギルドの近くの酒場、そう、ジークたちが昨夜いた酒場だった。
「まだ昼にもなってないけど、入っていいのか? 」
「もう開いてるから大丈夫だ」
扉を開けて中に入る。中は昨夜と異なり、静かなものだ。店主を除くと、濃い褐色の肌を持つ少し身長が小さい男性とベージュのフード付きのコートを着た人の2人カウンター席に座っているだけだ。コートの方はフードをかぶっていて顔が分からない。
「おっ来たか」
男性の声に反応して、コートの人も振り返る。コートを着ていたのは女性でオレンジ色の髪が見える。見た目からは一真たちとそれほど年齢は離れていないように見える。
「ランデさん、この人たちは? 」
「お前さんを引きとめた理由さ、お前さんと同じ、ニホンから来た奴らだよ」
「「「えっ? 」」」
3人とも驚いて声が出てしまった。女性が一真たちの方に近づいてくる。
「ねえ……今の話、本当? 」
「こんな恰好じゃ信じられないかもしれないけど、本当だよ」
「ええ、本当よ」
女性は急に2人に抱きついた。かなり力がこもっており、一真は首が絞まるのを感じた。
「よかったぁぁぁぁっ! ホントに良かった! もう、見たこと無い街だし、言葉は通じても誰も日本なんて知らないっていうし、本当に心細かった! 」
「はあ……」
「ちょっ……少し緩めて、首が……」
「あっ、ごめん。うれしくてつい」
パッと2人を開放する。一真と沙紀も同じ立場の人に会うことができてうれしいが、彼女の勢いに押されて少し冷静になった。
「あたしは仁藤真衣、よろしくね」
「こちらこそ、私は火野坂沙紀」
「俺は北上一真、よろしく。けど、俺、こんな恰好なのになんで疑わなかったんだ? 」
自分の耳を示しながらそう聞くと、ニコッと笑って真衣はフードを脱ぐ。
「あたしだって同じようなものだもの」
真衣の頭には一真と同じように動物の耳がついていた。コートの裾から髪の毛と同じオレンジの毛に覆われた尻尾が顔を出す。膨らんでいる一真の尻尾とは違い、猫のように細身の尻尾だった。
「なるほど、そうだったのか」
「あの、ちょっと水を差すみたいで悪いんだけど、あなたたちの知ってる日本って同じものよね? 」
沙紀の言葉で少し不安になった3人はお互いの日本の情報を交換する。西暦や首都の名前、他にもゲームハードや有名な土地、施設等の情報を合わせると、幸いなことに3人とも同じであることが分かりホッとする。
「盛り上がってるところ悪いが、一旦こっちの話を聞いてもらえないか」
男性から声をかけられて3人話を中断する。
「俺はこの街のギルド長、ランデだ。よろしく」
そう言うと、ランデは一度席を立つと、3人の側にやってくる。
「君たちの言っていたニホンという国、勝手にこちらで調べたが我々の知識の内に無い」
「そう……ですか」
「しかしここ数日、君たちのようにニホンから来た、ニホンを知らないかと言う者が何人も目撃された。それも世界中でだ」
その言葉に3人はランデに思いついた疑問を一斉にぶつけてしまう。
「世界中って……一体何人いたんですか!? 」
「どうやって分かったんですか? 」
「他には、他に分かったことは!? 」
「一斉に言わないでくれ! 」
さすがにうるさいため、咄嗟にランデは耳を覆う。ジークが3人を止めに入った。
「一旦落ち着くんだ。確かに重要なことだろうが、最後まで聞いてくれ」
そう言われて、一真たちは申し訳なさそうに謝る。
「目撃されたのは、証言の重複を考慮しても20人以上、種族に統一性は無く、服装も普通に見かけるものと変わらない」
「そんなに……」
「それに、君たちの言っていたニホンという国は何処にあるのか分かっていない。そこで、ギルドは君たちを支援することを決めた」
「支援? 疑わないんですか? 」
沙紀がそう言うと、ランデは声を上げて笑う。
「まあ、俺たちも疑わなかった訳じゃない。1人や2人だったら嘘だと笑い飛ばしたな。だが、それにしては同じことを言うやつが多かった。それに、話を聞くほど俺たちの知る世界と違いすぎてな」
ランデは3人の前を歩きながら話を続ける。
「騙そうとしての話なら、あんなに現実離れした話はしない。だから、逆に本当なんじゃないかって話になってな。とりあえず、信じてさらに調べることになった」
「本当に信じてくれるの? よかったぁ」
「あの、支援っていったいなんですか? 」
真衣は嬉しそうに言うが、一真は少し不安そうに聞いた。
「まず、資金と部屋だ。さすがに見つかるまでずっと、とはいかないが、しばらくは困らないはずだ」
そう言うと、ランデは3つの袋と鍵を取り出して、一真たちに渡した。袋の中には硬貨が入っていて、思っていたより重かった。
「あとは、情報の提供だ。調査の結果、帰るヒントになりそうなものが見つかれば伝える。そうでなくとも、この国の情報も提供しよう。ただ、一つだけのんでほしい条件がある」
その言葉に少し不安を感じて視線をランデに向け直す。
「その条件は? 」
沙紀の問に、ランデは一息間をおいて答えた。
「ギルドに所属することだ」
「ギルドに……? 」
「そうだ。君たちの滞在が長くなれば、自分で稼いでもらわないといけなくなる。その時に下手な仕事に就かされることを避けるためだ」
一真は真剣な表情で答えた。
「確かに……その方が安全そうですね。俺は条件をのみます」
「けど、あたし運動はできるけど、剣とかは使ったこと無いから、無理かも」
「私も……武器をちゃんとつかえてないから」
戸惑う沙紀と麻衣にジークが声をかける。
「そこは大丈夫だ。ギルドには武器の使い方を学ぶ場もあるし、戦闘ができなくとも仕事はある。私としても君たちにギルドに入って欲しい」
「……よしっ! 」
気合を入れるように頬を叩くと、真衣はランデに向けて言った。
「ランデさん、あたしもギルド入ります! 」
それに続いて沙紀も答えた。
「私も入ります……こっちでやらないといけないことがあるみたいなので」
「そうか、なら3人とも登録しておこう。時間を取ってすまんかったな」
ランデはニカッっと笑うと、そのまま酒場を出よう歩き出す。扉の前で立ち止まると、振り向いて声をかけた。
「こっちでも探すが、もし同じような奴を見かけたらギルドの場所を教えてやってくれ。頼むぞ」
そう言うと、そのまま扉を開けて出て行った。
「それでは、カズマ、サキ、ニトウ、改めてよろしく頼む」
「こっちこそよろしく、ジーク」
「リーナもよろしくね」
「……分かった」
「あたしのことは真衣って呼んで。あと、2人とも後で紹介してよ? 街のこともね」
日本から来た3人とこの世界に住む2人は握手を交わすのだった。