第3話 見知らぬ街で一休み
「ここがノーレイだ」
2時間ほど歩き続けて4人は目的地、ノーレイに着いた。既に日は傾いて綺麗な夕日になっている。ノーレイは石材で作られた強固な壁に囲われた中心街と壁の近くに家屋を建て、外の広い土地を使い、酪農や農業を行う家々で成り立っていた。4人はその街の南側の門に来ていた。
「あ、来た」
リアナの声に気付いて後ろを向くと、毛皮とコインを持った青い1羽の鳥が降りてきた。彼らの持ってきたものは一真と沙紀が倒したボア――あの大きなイノシシもどきのことだそうだ――を倒した時のものだ。道中、ジークに倒したことを話すと
「ならば、回収しなければならないな。君たちがハンターでなくとも、世界からの恵みである以上、君たちが持っていくべきだ」
と言われたが、すでに離れてしまっていたので、リーナが使い魔の鳥を使って、回収してきてくれたのだ。
「ありがとう」
一真は礼を言いながら受け取った。一声上げると、鳥は再び舞い上がった。
「ところで、この毛皮ってどうすればいいんだ? 」
「ボアの毛皮なら素材にも使える。だが、手持ちの金が少ないのなら買い取ってもらえばいい。商店でもいいが、ギルドの方が確実だろう」
「そのギルドっていうのはどこにあるの? 」
ジークとリアナの後を追い門を潜ると、広い石畳の道がまっすぐに伸びていた。その両脇には商店が並び、何人もの人が行きかっている。4人はその通りをまっすぐ進んでいく。
「ここがノーレイのメインストリートだ。まっすぐ行くと街の中心の広場に出る。広場に入って右手の方に見える建物がそうだ」
周りの店を見ながら歩き続けると、広場に着いた。中央には泉があり、四方に道が伸びている。そこまで数は多くないが、屋台もあり、先ほどの通りと同じようににぎやかだ。ジークが指差したのは、白い盾の上に剣と矢が交差するように置かれた図の紋章が飾られた建物だった。入り口の側には看板が立っていて、その周りに剣や弓で身を固めた者が立っていた。その人たちの間を抜け、数段の階段を上り、年季の入っている木のドアを開けて中に入った。
入ってすぐのところにカウンターがあり、きちっと同じ服を着た女性が5人、カウンターの向こう側に立っていた。その内2人は外で見たような武装した人と書類を持って話をしており、2人は同じように話しているが、相手は普通の服装の人だった。何もしていなかった1人がこちらに話しかけてきた。
「あっ! ジークさんリーナさん、お疲れ様です。後の方たちは? 」
「途中で会った旅人だ。それより、依頼のゴーレム討伐完了だ」
そう言ってジークは前に出て、コアを入れたビンをカウンターに置く。
「コア無傷で回収したんですね。でしたら報酬はこちらの金額になりますね」
女性がコアを確認すると、一枚の紙と膨らんだ皮袋をカウンターの上に置き、ビンをどこかへ仕舞った。皮袋の中身は音からすると硬化のようだ。ジークは紙にサインをすると、皮袋を受け取り、中身を確認する。
「確かに。依頼主にはもっと警備に気を使うよう伝えておいてくれ」
「ははは……善処します」
「あ、カズマ、こっちに来てくれ」
「えっ、分かった」
建物の中を観察していた一真はジークの側に移動する。
「実は彼らが襲い掛かってきたボアを倒して、毛皮を手に入れたんだ」
「なるほど、ということは買い取りということでよろしいですか? 」
「お願いします」
一真はずっと持っていた毛皮をカウンターの上に置く。女性は毛皮を手に取ると毛並や傷の有無を調べる。
「結構大きい個体だったんですね、このサイズはなかなか無いですよ。傷も見当たりませんし、結構いい値になりますね」
そう言うと、帳簿だろうか、糸で綴られたノートのようなものを取り出し、パラパラと捲る。そして、カウンターの奥に移動すると、小さな金庫と思われるものの前でゴソゴソと漁る。戻ってくるときには小さく膨らんだ革袋を持ってきた。
「これぐらいでどうでしょう」
女性は皮袋を開け、中から銀色の硬貨を4枚とより大きな銀色の硬貨を5枚置いた。
「54アージュか、結構な値段だな」
「売り手も多いけど、最近は買い手がさらに増えてきたからね、どう? 」
そう振られるが、一真も沙紀もどれぐらいの価値か分からないため、受け入れることにした。
「どうぞ」
一真は硬貨の入った皮袋を受け取る。
「それでは……」
「はい、また来てくださいね」
女性に見送られ4人はギルドを出た。外はもう暗くなり始めており、街道に立っているランプのようなものに火が灯りだす。
「もう宿に行くか。君たちも一緒に行こう」
「いや、でも俺も沙紀もさっきのぐらいしか金がないんだけど、泊まれるところは……」
「それぐらい俺たちが払う。いいだろ? 」
リーナの方に振り返りながら言った。
「一日ぐらいなら大丈夫」
「いいの? ありがとうございます」
着いた先は木造で二階建ての大きな宿屋だった。中に入ると、扉のすぐそばにカウンターがあり、今も1人の女性が宿泊の手続きをしていた。
「あら、お帰りなさい。そちらの2人はお連れさん? 」
カウンターの向こうにいた栗色の髪の女性が声をかけてきた。よく見ると耳がエルフのようにとがっている。
「まあ、そんなところだ。二部屋頼めるか? 」
「今日はお客が多いけど、大丈夫よ。前みたいに二食付でいい? 」
「4人ともそれで頼む」
「じゃあ4人で400アージュね」
ジークが財布と思われる皮袋から金色の硬貨を4枚カウンターに置く。
「はい、鍵。まあ、そんなことは無いと思うけど、あんまり遅くまで騒がないでね」
2つ鍵を受け取ると、1つをリーナに渡した。
「ここの部屋はほとんどが二人部屋なんだ。そこで、男と女で別の部屋としたいんだが、2人ともそれでいいか? 」
「私はいいわ。その方がまだ気にならないし」
「俺もいいよ」
「なら、そう言うことで。行こう、サキ」
リーナが先に手を引いて部屋のある2階へあがっていった。
「俺たちはこっちの部屋だ」
一真とジークも2階に上がり、鍵の番号の部屋に入る。中にはベッドが2つ左右の壁側に据え付けられており、中央には小さな机があった。窓からは外の街灯が見える。壁の端の方には小さな物干しがあり、その下の床には木の桶が置かれていた。
「とりあえず鎧だけでも外して食事にしよう。彼女たちもすぐに来るはずだ」
そう言ってジークは留め具を外して上半身の鎧と剣と盾を置いた。一真も剣を外すと一端ジャケットを脱ぎ、革鎧の留め具を外した。
部屋を出て一階に降りた。一階は食堂となっていて今は夕食を取ろうという人たちで溢れている。一真とジークは沙紀とリーナを探すが、見当たらない。どうやらまだ来ていないようだ。二人は空いている席に座って待つことにした。少しすると、2階から2人が降りてくるのが見えた。
「おーい、ここ、ここ」
一真が手を上げると、2人は気付いて同じ机に着いた。
「ジーク、これ、お願い」
リーナがそう言って鍵を差し出した。
「どうして鍵を? 」
「ここは鍵に書かれている部屋番号でサービスの管理をしている。だから鍵を確認しなければ付属のサービスも利用できなくなってしまうんだ」
そう言ってジークは鍵を受け取る。さすがに4人分は一度に持てないだろうと思い、一真も一緒にカウンターに向かった。ジークの言った通り、部屋番号の確認が成された。その後、2人前ずつ持って席に戻った。
夕食のメニューは丸いパンにシチューと思われる白いスープ、それにサラダと厚めのベーコンだった。食器はすべて木製で、心地よい統一感がある。1日で戦いに逃走、徒歩での移動とかなりの運動をし、疲れを感じていた一真と沙紀にとって、この夕食はとてもうれしいものだった。スープの温かさでホッと一息ついたところで、リーナが質問をしてきた。
「ねえ、あなたたちの住んでた国は……? それが分かれば帰れるかも……」
「俺たちのいた国は……日本です」
「ニッポン?」
「聞いたの無い名前だな……」
そう言われて、やっぱりそうなのかと2人は思った。魔法が存在することや人、街の様子から、ここは自分たちのいた世界で無いことは何となく予想していたが、それでもショックだった。
「単純な興味なんだが、ニッポンとはどんな国なんだ? 」
ジークにそう聞かれて、落ち込みかけた気分を少しでも戻そうと一真と沙紀は話しはじめた。四季があるという話に始まり、4つの大きな島とその周辺にある小さな島でできている国であること、山が多く、起伏に富んだ地形であること、他にもどのような料理があるかというような他愛もない話をしながら食事を続けた。ジークとリーナも時々、レイジャの話をしてくれた。こちらにも四季があり、名前や材料に違いはあれど、同じような料理もあること、人の中でもいわゆる人間のヒューリンという種族が多いが、ゲームなどでも見られるエルフや動物の特徴を強く持ったビースティアなどの複数の種族も暮らしていることなど、色々な驚きがあった。
「2人とも驚いていたが、君たちの国は違うのか? カズマには耳や尻尾があるからいるものだと思っていたが」
「全然いないよ。元々俺は尻尾は無かったし、耳もジークたちと同じのだったよ。だけど、こっちで気が付いたらこうなってたんだ」
「そうなのか」
夕食が終わると、4人とも部屋に戻った。
沙紀はベッドに座り込む。彼女たちの部屋も一真たちのいる部屋と同じ構造になっていた。
(いろいろあって疲れた……)
そのままベッドに倒れこむと、眠気が襲ってきた。このまま寝てしまおうか、そう思った沙紀のところにタオルが投げられる。反射的に受け取ろうとするが、眠気で遅くなっている動きではできず、顔にそのまま落ちてしまう。
「……熱っ!」
投げられたタオルはお湯で温めたのか、湿っており、人肌よりも熱くなっていた。少しだけ目が覚めた沙紀は投げた本人であるリーナの方を向く。リーナは同じように温めたのか、湯気を上げるタオルを持っていた。
「ここ、お風呂は無いから、寝る前に体拭いて……体、汚れてるでしょ? 」
「あ、ありがとう」
部屋の中を見てもお湯は見当たらない。魔法でやったのかなと思いながら体を拭いていくと、リーナから声をかけられた。
「ニッポンって不思議ね。二つ名前あって、知らない国なのに似てるとこもある」
「まあ、読み方が二つあるだけだけどね。私も、レイジャのことで驚くことばかりだったよ」
「ニホンには特別な魔法ってあるの? 」
「いいえ、というより、日本に魔法は無いの」
「……今のが一番驚いた」
(多分、世界が違うからなんだろうけどね)
そう考えた瞬間、ふと疑問が浮かんできた。
(あれ? なんで当たり前に話できてるんだろう? リーナたち、日本語知らないよね……)
身体を拭き終えた沙紀はタオルを返すと、寝ころびながら少し考えるが、当たり前だが答えは出ない。再び眠気が襲ってきて欠伸をしてしまう。それを見てリーナが部屋を照らすランプの一つに手を伸ばした。
「私は出てくる。鍵もかけるから、先に寝てもいいよ。ここで明るさ変えれるから」
そう言ってランプの明かりを弱くすると、リーナは部屋の外に出た。沙紀はガチャリと音をたてた鍵がかかったのを見ると、同じように側のランプを消すと布団に潜りこむ。いつも家で使っているものより硬いが、それでも疲れた体には有りがたかった。
(これからどうなるんだろう……)
少し不安になる一方で眠気に負けてそのまま眠ってしまった。
リーナが部屋を出ると、ジークが壁に寄りかかって待っていた。
「カズマは?」
「疲れていたんだろう、眠ってしまった」
「サキも多分寝ちゃった。行こう」
「ああ」
2人は宿屋を出て、広場の方に向かう。空にはたくさんの星が輝いている。2人が向かった先はギルドの近くにある酒場だった。仕事を終えた人たちで酒場は活気にあふれている。ジークとリーナは酒場のカウンターでジョッキを手に飲んでいた赤茶色の髪の男性に声をかけた。
「ギルド長、少しよろしいでしょうか」
「ん? おう、ジークにリーナじゃないか。どうしたんだ」
「実は相談があるのですが」
そう言われた男性は一端ジョッキを置き、向き直る。
「ふむ、わざわざお前がそう言うとは、なかなか厄介さそうな話だな。昼間一緒にいたという犬耳少年たちのことか? 」
少し笑いながら言う男性にジークは頷くと口を開いた。
「ギルド長、ニッポンという国を聞いたことはありませんか? 」
「聞いたこと無いな……そう言えば、ニホンを知らないかと言ってるやつならいたな」
「本当か!? その人はどこに? 」
「ここで一泊させてもらっている。金が無いらしくてな、昼間ここの手伝いをしていた」
顎に手を当てながら男性が続けた。
「しかし、ニホンとはなんだ? 何かの名前か? 」
「彼らのいた国の名前だそうです。聞いたことはありませんが……」
「俺もそうだ。まあ、世界にはまだ分からんところもあるから、探せばあるのかもしれんが」
「彼らはどうしましょう? 」
「まあ、会わせてみよう。何か分かるかもしれん。明日の……そうだな開店すぐにここでどうだ」
「分かりました」
話を進める二人の側で話を聞きながらリーナは考えていた。
(魔法が無いって言ってた。ホントは知らないだけなのかな? 魔法が使えない場所ってほとんどないはずだけど……)
「それでは、これで」
「ああ」
いつの間にか話は終わり、ジークは席から立ち上がっていた。ジークとリーナは一緒に店を出る。
「まったく、あいつらはいろんなことに首を突っ込むな」
2人を見送った男性はそう呟くと、懐から装飾品を取り出す。形は懐中時計に似ているが、開いた中には時計は無く、大きな宝石が埋め込まれていた。
「今のうちに少し調べておくかな」
男性は再びジョッキを取り、一気に飲み干した。
眠っていたはずの一真は急に水の中に浮かんでいるような感覚を覚えた。目を開くと、そこは暗い中に微かに青い光が射しこむ空間だった。その様子にどこか既視感があった。
(どこだここ……)
声を出そうにも声が出ない。体は少し動いたため、あたりに視線を向ける。彼以外にも何人も人が居るようだが、その姿までは分からない。
(この感じ、前にもあったような……)
そう思った瞬間、目の前に強い光が降ってきた。眩しさに目を細め、顔を隠す。光が止むと、スポットライトが点いたかのように光が射しこみ、降ってきた何かを照らし出した。
(そうだ……思い出した。これは、あの時の)
『このような形ですみません、あなたたちの力を貸してください』
差し込む光、それに照らされているのは、森で目を覚ます前の夢で見た、あの女性だった。