第1話 見知らぬ森でエンカウント
(暗い……ここは……? )
異変を感じ、ゆっくり目を開けると、薄暗い空間が広がっていた。遠くは真っ暗で何も見えないが、周囲は何処からか青い微かな光が入ってきていて、何とか見える。身体を動かそうとするが、手足に力が入らず、水に浮かんでいるような感覚がする。身体を動かすことを諦め、周りを見ると、うっすらと人の姿が見えた。それも一つでは無く、何人もの姿が浮かんでいた。突然、正面に光を放つ何かが現れた。
(何かが聞こえる……声……? )
光が少し弱くなると、ふわりとした青いドレスのようなものを纏った女性の姿があった。しかし、顔の部分はノイズのようなもので隠され、判別できない。
『この……ませ……がた……』
女性のものと思われる声にもノイズが混じっていて、ほとんどが聞き取れていない。しかし、何か焦っている……いや、切羽詰っているような感じがした。女性は話を一端切ると、右手を胸の高さで前に向けて広げる。すると、小さな光の欠片があちこちに向かって飛んで行った。そして、そのうちの一つが目の前で止まると、すうっ、と体の中に入ってきた。再び女性の声が聞こえる。
『お願いします……力を……』
(力? 一体どういう……)
話そうとしても言葉を発せなかった。女性の姿は少しずつ、暗闇の中に消えていく。
「……を助けてください」
そう言うと、完全に姿が消えてしまう。それと同時に、意識が遠のくのを感じた。
「ううっ……」
目を覚ますと、生い茂る枝の間から青空が見えた。すぐそばから水の流れる音が聞こえる。体を起こすと、目の前には小さな湖があった。周りは木に囲まれていて、小さな川から水が流れ込んでいた。
「ここ……どこだ? 」
近くには人工物も見当たらない。湖から延びる道も、獣道しかなく、このあたりには人の手は入っていないように見えた。
「まさか遭難? でも、森に来た覚えは無いしな」
手がかりを求めて記憶をたどるが、どうしても思い出せない部分がある。
(夏休みで、どこかに行こうって出かけたはずなんだけど……)
考えても答えは出なかった。
(とにかく、水だけでも確保しておかないといけないかな……この水飲めるか? )
湖の水は遠目で見る分には十分綺麗だが、だからと言って飲んでも安全というわけでは無い。岸に近づいて水中を覗き込むと、底の方まで見ることができた。臭いを嗅いでみても異臭は無かった。
(とりあえずは安全そうだな)
ホッとして顔を離そうとすると、水面に映る姿に変な部分があることに気付いた。髪の色は黒のままだが、頭の上の方にふちは黒い毛、内側は白い毛で覆われた三角形のものが二つ、上に飛び出すようについている。
(なんだこれ? )
そっと自分の頭の三角形に手を伸ばすと、髪の毛よりも硬い毛の感触と触られているという感覚があった。そのまま三角形に沿うように手を動かしていく。硬い毛に覆われ、厚みを持ちながら頭に近い側がくぼんでいるそれは、犬の耳に似ていた。ハッとして髪の毛に覆われた頭の横――本来、人の耳がある部分――を探るが、そこに人の耳は無かった。
「なっ……えっ……ええぇぇぇっ!? 」
あまりのことに叫んでしまった。驚いてヘタッと座り込んでしまうと、尻の下に何かが挟まる感覚があった。恐る恐る尻の方を見ると、フワフワとした毛で覆われた犬の尻尾が生えているのが見えた。灰色と白の毛で覆われた尻尾を触ると、やっぱり触られた感覚があった。同時に自分の服装まで変わっていることに気が付いた。
しっかりとした作りの革のブーツに硬めのズボン、柔らかい暗い青色のシャツの上には革製の胸当てが装備されており、さらにその上に少し明るい青色のジャケットを羽織っている。両手は手袋をつけているが、左手の甲にのみ水晶の欠片のようなものがついている。それ以上に驚いたのは、腰に両刃の剣が差さっていた。戸惑いながら剣の柄を握り、そっと鞘から抜いてみる。剣には刃の間に平らな面があり、かぎ爪のような装飾が施されていた。
(どうなってるんだよ……まるでファンタジーの世界の恰好じゃないか)
剣を側に置いて、これからどうしようかと考えるが、当たり前だがいい考えが浮かばない。とりあえず他に荷物とかが無いか探そうと立ち上がった瞬間、近くの茂みがガサガサと音をたてた。ビクッと体を強張らせると、先ほどの剣を取る。
(風じゃない、何か動物がいるんだ)
逃げるか、それとも一か八か戦うか、迷っているうちに茂みから何かが出てきた。
「あっ……人? 」
「えっ? 」
聞こえてきたのが人の声であり、驚いてしまった。茂みから出てきたのは肩にかかりそうな明るい赤色の髪の女性だった。高校生ぐらいに見える女性は手に白い弓を持っており、背中には同じ色の矢筒を担いでいる。膝上まである薄紫色のコートの上に革製の胸当てを装備している。足元にかけては身体にフィットするズボンを穿き、飾り気のないブーツを履いていた。
「突然で悪いんだけど……さっきの叫び声ってあなたの? 」
「えっ……あっそう……です」
聞かれていたなんて思ってもいなかった。恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かる。その一方、女性の方は少しホッとしたような表情になる。
「まあ、ちょっと驚いたけど、人が居ることが分かって安心できたの」
そう言うと、弓と矢筒を置いて側に会った岩に座る。
「私は火野坂沙紀、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら? 」
「いいけど、どれだけ答えられるか分からないよ」
そう言って剣を収めると同じように岩に座る。
「別に気にしないわよ。それで、聞きたいことなんだけど、ここがどこか分かる? 」
予想していた質問だが、間違いなく答えられない質問にどう伝えるか少し考える。
「いや、悪いけど全然分からない。あんまり周りを調べてないけど、人とかはほとんどいない場所じゃないかなって思ってるけど」
「そうなの……ところで、あなたも日本人……なのよね? 」
そう言われて、気が付いた。普通に日本語で会話してるが、この格好、特に尻尾と動物の耳に名前も知らない場所ならファンタジーの住人と言っても通じてしまいそうだ。それに自分は名前すら彼女に伝えていない。
「俺は北上一真。こんな恰好だから信じられないかもしれないけど、日本人の高校生だよ」
「あら、私と同じね。私も高校生なの……その耳と尻尾、本物なの? ちょっと触ってもいい? 」
「別にいいよ」
クルリと背を彼女の方に向けると、彼女の手が尻尾を触っているくすぐったい感触が伝わってきた。
「尻尾の毛も本物みたいに少し硬いのね。耳の方もそうなのかしら」
耳の方にも彼女の片手が来た。もう片方は尻尾をそのまま触っている。次第にくすぐったさに耐えられなくなりそうで、彼女を止めた。
「ちょ、ちょっとストップ! 一回離して」
「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと夢中になっちゃって」
火野坂は岩のところに戻り、一真も向き直る。
「それより、あなたはこれからどうするつもりなの? 」
一真は顎に手を当てて少し考えた。
「そうだな……とにかく、ここを離れて他に人がいる場所がないか探そうと思う。最低でも安全に眠れる場所は見つけたいな。あっそうだ」
一真は火野坂の方を向く。
「もしよかったらだけど、しばらく一緒に行動しないか? その方が一人よりは安全だと思うけど」
「いいの? むしろ私がお願いしないといけないのに……」
火野坂は申し訳なさそうな表情でこちらを見る。
「私、この弓も使えないし何かあった時に足手まといにしかならないと思うの」
「気にしないよ。正直、俺の方が迷惑かけちゃうかもしれないしね」
一真はハハハと笑顔でそう言うと火野坂もつられて少し笑う。
「そうね。じゃあしばらくよろしくね。北上くん」
そう言って彼女は手を差し出した。照れくさそうにその手を握る。
「こっちこそよろしく、火野坂さん。それと出来れば一真の方で呼んでくれないか? なんか苗字だとむず痒くて」
「なら、私のことも沙紀って呼んで。一真くん」
「分かった、沙紀さん」
二人は手を放すと立ち上がり、側に置いていた武器を持つ。
「沙紀さんはさっきこっちから来たよね。途中に何か無かった? 」
「いえ、ずっと草が生い茂ってるばかりだったわ」
「じゃあ、向こうにいってみようか」
そう言って一真が指す先には比較的広い獣道があった。木の数がまばらになっており、向こうから光が射している。
「そうね、そうしましょう」
二人は獣道を歩き始めた。幸い道に飛び出した枝などの障害物も無く、所々にある木漏れ日が道を見えるようにしていたので安全に歩ける。数分ぐらいだろうか、少し曲がりながら続く道を歩いていくと、道の側の木が途切れている場所があるのが分かった。どうやら森の端のようだ。
「あ、もうすぐ出られそうだぞ」
そのまま二人は森を出た。眩しい日の光に顔の前に手をかざす。次第に明るさに目が慣れてきて目を開ける。二人は丘の頂上に立っていた。そこからは地平線が見えた……遠くまで緑の草原が広がっている。気持ちの良い風が駆け抜けていった。風につられて空を見上げると、吸い込まれそうな青空が広がっている。
「すごい……絶景だな」
「ホントね……ねえ、あれ見て」
沙紀の声を受けて指差している方を見ると、遠くの方に塔のようなものと、それを中心に囲う壁があることに気が付いた。
「街かしら? とにかく、あそこなら人がいそうね」
「結構距離有りそうだな……とりあえず道まで出ようか」
丘はさほど高く無かったようで、すぐに麓が見えてきた。そのまま見えた道の方に向かおうとすると、丘の横にまで広がっていた森の方からバキッ、ボキッと枝がへし折られる音が聞こえてきた。音がどんどん近づいてくる。
「こっちからだ」
音の方を向き、剣に手をかける。沙紀も弓こそかまえないものの、音の方を警戒する。二人が身構えたところに一頭のイノシシに似た大きな動物が飛び出してきた。その後ろからさらに50センチはあろうかという巨大な蜂が3匹現れた。
「うわっ!? 」
「はっ蜂!? 何あの大きさ! 」
その場で剣を抜くと、様子を見た。どうやら動物は蜂から攻撃を受けているようだ。時々立ち止まっては鼻息荒く牙を振り回しているが、飛んでいる蜂にはかすりもしない。突然、蜂たちは攻撃を止め、森の中に引き返していった。
「逃げた? 巣に戻ったのか? 」
蜂の方に気を取られた瞬間、こちらに向かって突進してきた。
「うわっ! 」
何とか回避するが、まだ息が荒く、こちらに敵意を向けてきている。どうやら怒りで手当たり次第に攻撃してきているようだ。
「とにかく逃げよう! 今なら道まで出られる!」
「分かったわ! 」
二人は走り出すが、また突進してきた。回避に成功するが、ちょうど逃げ道をふさぐ形になってしまった。
「俺が気を引くから先に行って! 」
そう言って剣を大げさに振ると、声を張り上げる。
「こっちだ! 」
声に反応したのか、一真に向かって一直線に突進してきた。すれ違いざまに剣を叩きつける。ダメージがあったのかすぐに止まるが、さらに怒ったのか、今度は鋭い牙を振り回して攻撃してきた。強力な牙を避けたり、剣で弾いたりしてしのぐ。
(沙紀さんは? )
強く弾いたところで視線を僅かに背後に向けると、逃げられた彼女が何か言おうとしているのが目に入った。
(よかった。俺も早く……)
次の瞬間、振り上げられた牙に剣が掬われ、一真の後方に弾き飛ばされる。
「しまっ……」
そのまま横に振られた牙が体を吹き飛ばす。何とか先端が当たることは避けることができ、出血はしていないが、ズキズキと痛む。
「いってぇ……くそっ! 」
すぐに立ち上がると、剣を取りに走ろうとする。しかし、イノシシは既に接近していた。このままだと諸に突進を喰らってしまう。咄嗟に腕を交差して身を守ろうとした。
「くっ……」
次の瞬間、イノシシの目の前に矢が突き刺さる。驚いたイノシシの動きが止まった。沙紀の声が聞こえる。
「今のうちに早く! 」
彼女が矢を放ったのだと気付くと、すぐに剣のもとに走り、引き抜く。再び矢が飛んでいくのが分かった。全力で沙紀の方に走るが、別の足音が近づいてきていた。二本目の矢は外れてしまい、イノシシは再び一真に向かって走り出していた。
(逃げ切れない……こうなったら一か八か)
一真は思い切って振り返ると、剣を横にして突進を受け止める。
「ぐっ……ううっ」
全身に力を込めて何とか止めるが、少しずつ後退し始める。
「一真! 」
沙紀は弓を構え矢を引く。弓矢なんて触ったことも無かった。それに彼女は逃げようと思えばすぐに逃げられる場所にいる。それでも、彼女は一真を助けることを選んだ。
(お願い……今だけでいいから当たって! )
そう強く念じた瞬間、スッと無駄な力が抜け、矢がどう飛ぶかが見えた気がした。直感のままに狙いを定め指を放す。矢は風を切り、鋭く胴体に刺さる。
「やったっ! 」
鳴き声をあげて一瞬相手の力が弱くなった。一真は牙を弾くと大きく振りかぶり、一気に頭を目がけて振り下ろした。
「このおっ! 」
振り下ろされた剣は額から斜めに頭を切り裂いた。傷口から光る粒子のようなものが血のように噴き出す。
「うわっ!? 」
驚いた一真は咄嗟に顔を庇いながら、座り込んだ。それと同時にイノシシの体も音をたてて地面に倒れた。粒子の勢いは既に弱くなっている。沙紀が側に走ってきた。
「大丈夫? 怪我とかしてない? 」
一真は沙紀が差し出した手を一瞬遅れて取り、立ち上がる
「な、何とかね」
二人は倒れたイノシシの方を見る。傷口から出てきた粒子はすうっと空中に消えていった。
「とにかく……生き残れたよな」
「そうだよ、ちゃんと生きてるよ」
「はっははっ……助かったぁ」
ホッとして力が抜ける一方、目の前の現実離れした現象に戸惑う。
「どう見ても血じゃないよな、これ」
「ええ……どうなってるのかしら」
突然イノシシの体が光ると、ガラスが割れるような音を立てて消滅した。あとには牙とイノシシのものと思われる毛皮、それに数枚のコインが落ちていた。恐る恐る触ってみると、毛皮は戦っていた時よりは柔らかく感じ、コインは金属特有の光沢と冷たさを持っていた。
「これ、お金かしら……ほらここに数字みたいなのが書かれてるわ」
そう言って沙紀が示した銀色のコインには数字の1らしいものが書かれている。
「ならここはゲームの世界なのか? そうじゃなかったらこんなこと……」
戸惑いながらそんな話をしていると、急に影が二人を覆った。
「えっ? 」
振り返ると、腕を振り上げた巨大な土の巨人、ゴーレムが立っていた。
「なっ、今度はこいつかよ! 」
逃げようとする2人にゴーレムは唸り声をあげながら拳を振り落した。
未知の世界に来てしまった2人。ここはどこなのか、どうすれば帰れるのか、先の分からない冒険がここから始まるのであった。
皆さま初めまして、作者のクロネクと言います。まずは第1話を呼んでいただきありがとうございます。オリジナルファンタジー作品、しかも連載となると、初めての挑戦となるので、お見苦しいところもあるかと思われますが、これから、よろしくお願いします。