対ゴブリン
「カケル、お仕事しないの?」
町を歩く俺の後ろを鴨の子のようにちょこちょこと付いてくるメイリーが、俺に働けと言う。
「メイリーよ、いいことを教えてやる。働いたら負けだ」
「でも働かないと生きていけないよ?」
_______________もっともです。
ダメだ。
この子働かない言い訳を、責めるでもなく正論を返してくる。
ここは普通、「は?何言ってんの?」とか返してくるところでしょ?
「それに働いてくれないと私も困るわけで.......」
________________そうですよね!全くその通りです!
だからそんな悲しそうな笑みを浮かべないで!
俺の良心が痛む!
といっても、今からギルドに戻るのも気が引ける。
だから俺はメイリーに言う。
俺の固い決意を!
「明日から本気出す!」
「今から本気出してよぉ!私一文無しなんだから!」
泣きながら抱きついて俺の進行を止めようとするメイリーの服装を見ると、どう考えても一文無しの服装ではない。
アニメで見る感じの戦闘用の青いドレス。
それは、F〇teのアル〇リアを連想させる。
しかも汚れは一切見えない。
これを一文無しの格好と言うのなら、俺のこれは一体何なのだろう?
俺の服装は桜乃森高校の制服のまま。
しかもエルドラド戦の所為でかなり汚れたものだ。
だからと言って業者に頼む金もないし、そもそも制服は普通に洗濯してもいいものなのだろうか?
特にこのブレザーなんかは普通に洗濯しちゃダメな気がするし。
____________やっぱりお金を手に入れて業者に頼むしかないか。
どうやら本格的に働かねばいけないようだ。
しかし俺の決意は変わらない。
何をするにも明日からだ。
宿にしても、今日も野宿をすればいい。
_____________ハハハ、だいぶこの生活にも慣れたな。
笑い話ではないけれどね!
そこで不意に疑問が浮かんだ。
「メイリーって一文なしなんだよな?」
「さっきからそう言ってるでしょ?だから早く働いてお金が欲しんだから」
「そんな非難するような目で見ないでくれ。それでメイリー、一文無しで今日の宿はどうするつもりなんだ?」
「...........その、私達仲間だよね?」
「言っておくが、俺も一文無しだからな?」
メイリーが言いたいことは予想がついた。
でも残念ながら、俺には人に貸す金はおろか、自分で使う金も持っていない。
「..........ウソ、だよね?」
「..........ホント、なんだよ」
「...............」
「...............」
気不味い沈黙。
「じゃあカケルは今日どうするつもりだったの!?」
「いや、いつものように野宿をすればいいかなぁ〜って」
「野宿!?そんなの危ないよ!」
「でもなんだかんだで二日間生きてこれたけど?」
「そんなの偶然だよ!街の中で野宿したら追剥に合うし、森の中で野宿したら魔物に襲われる。これ常識だよ!」
_____________知らなかった。常識だったのか。
でも魔物ってアニメとかでは"魔力の塊"っていう設定が多いよな?
まさか...........いや、まさかね?
「カケル?顔色悪いけどどうしたの?ごめんね、なにか気に障った?」
さっきまでの勢いが嘘のように心配してくれるメイリーだが、流石に言えない。
もしかしたら、気付かないうちに魔物に襲われていたかもしれないなんて。
しかも、襲ってきた魔物を吸収していたかもしれないなんて...........。
そう考えると俺までゾッとする。
きっと言わない方がお互いのためなのだろう。
「うん、メイリーだけでもどこかに泊めてもらいな。野宿はメイリーには危険過ぎる」
「急にどうしたの!?なんかすごく優しい目をしてるよ!?」
どうやら野宿は俺に限って安全らしいことが確認された。
翌日、野宿をした俺は、なんとか宿を確保したメイリーと共にギルドを訪れた。
「やっぱり最初は簡単なものがいいよな?」
「じゃあこれなんかどう?」
そう言ってメイリーが提示したのは"ゴブリン討伐"だった。
「いや、これは初心者には難しいだろ?」
例えゴブリンが弱いとしても、何の装備も持たずに突撃するのは無理がある。
「大丈夫!学園卒業者なら簡単に出来る仕事だから!」
学園卒業者?
そういえばモニタも俺が学生だって言ったら興奮してたな?
いい機会だし訊いて見るか?
「なあメイリー、学園卒業者ってなに?」
「え?知らないの!?常識だよ?」
また出た!常識。
「学園卒業者って言うのは、将来冒険者になる人たちが集まる学校を卒業した人のことを言うんだよ。そこでは戦闘訓練や簡単な魔法を覚えることができるんだよ」
「っていうことは冒険者は全員"学園卒業者"ってことか?」
「ほとんどはそうだね。でも中には学園に行かずに冒険者になる人もいるみたい。今の反応を見るとカケルもそうみたいだね」
なにその夢のような学校!?
そんなラノベみたいな学校があるなら毎日行ってもいい!
俺のいた学校で教えてくれることなんて、国数英理社がほとんどだったぞ?
「ちなみに私はこれでも聖クラーメイズ学園の二番目だったんだから!」
「それが凄いのかどうかは知らないけれど、一応拍手しとく」
ぱちぱちと適当に拍手を送る。
「なんかこれっぽっちも気持ちがこもってないんだけど?」
だって知らないし........。
「そこまで自信があるならこれでもいいけど、ホントに大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!任せて!」
そして数時間後。
「任せて!とか言ってなかったっけ!?」
「だって、こんなに数がいるなんて思わなかったんだもん!」
自信満々なメイリーを連れて森に入ったはいいけれど、なんと遭遇したゴブリンは群れで行動していたらしく、五十を超える数が同時に襲いかかってきた。
結局、メイリーがこんな数はひとりではどうにもならないと泣き言を吐いたせいで、オレたちは全力疾走で逃亡する他く、今に至るわけだ。
「カケルはなんかできないの!?強力な魔法とか!」
「そんなものがあったらとっくに使ってるよ!そっちこそ魔法とか使えるんじゃなかったっけ!?」
「私二番目って言ったでしょ!一番になれなかった理由は魔法の成績が悪かったからなの!」
「俺達二人とも使えねぇぇ!!」
「やめてぇ!言わないでぇぇ!」
どれくらい走っただろうか?
少なくとも三十分以上は走った。
そして、そんな長時間全力疾走すれば当然、休日は家に引きこもるような俺の体力は底をつくわけで。
「もうダメだ。メイリーは先に行け!」
膝から崩れ落ちた俺は、まだまだ走れそうなメイリーに叫んだ。
これ以上メイリーの足を引っ張るわけには行かない。
「で、でも!カケル!」
涙を流し立ち止まるメイリーに俺は、人生の最後に言いたいセリフの一つを叫ぶ。
「俺はここで少しでもメイリーが逃げる時間を稼ぐ。だから」
立ち止まって動かなくなってしまったメイリーにもう一度走ってもらうために。
俺の小さな夢を叶えるために、力の限り叫ぶ。
「ここは任せて先に行けぇぇぇ!!!!!」
叫ぶと同時にゴブリンの大群が俺に襲いかかる。
「カケルぅぅぅ!!!!!」
俺の名前を呼ぶメイリーの声を聞きながら目を閉じる。
父さん、母さん、俺を産んでくれてありがとう。
ほとんど何もしてくれなかったとしても、その点には感謝してるよ。
ラーバス、お前の誘いに乗っていればこんな死に方はしなかったんだろうな。
メイリー、俺をパーティーに誘ってくれてありがとう。
短い間だったけど、楽しかったよ。
そしてモニタ、ご飯を奢るって約束守れなくてごめんね。
ああせめて、せめて俺がこの世界に来た意味を知りたかった。
そして俺はゴブリンたちに袋叩きにされる。
〜BAD END〜
だと思ったんだけどね?
うん、どうも違ったらしい。
なんと、俺に触れたゴブリンたちは分解されて俺の中に吸収されていった。
俺を取り囲んでいたゴブリンたちは消滅し、それを見ていたゴブリンたちは足を止めた。
「..........あ」
やっぱり魔物は魔力の塊だったらしい。
とすると、この現象は間違いなくあれだけ。
俺はスッと立ち上がると、目の前で動かなくなっているゴブリンに触ってみた。
すると、ゴブリンは触れた箇所から砂のようになり、俺の中に吸収された。
_____________ハハッ!
きっとその時の俺の表情を言葉で表すなら"悪魔"だろう。
口の端を釣り上げ、ゴブリンの群れを見渡す。
そしてその群れに向かって駆け出した。
それを見たゴブリンたちは自らの生命の危機を察したのか、一目散に逃げ出した。
______________ヤベー、楽しすぎる!
腹の奥からこみ上げる愉しさを行動にそのまま写し、一匹一匹消していく。
消していく。消していく。
消していく消していく消していく消していく消していく。
泣きわめき逃げるゴブリンたちを追い詰めては消していく。
さながら飢えた獣のように。
数分後、とうとうゴブリンを一掃した。
「カケル、なんか途中からゴブリンたちが可哀想に見えたよ?」
「..........殺すつもりはなかった。今は反省している」
流石にあれは残酷だった。
そんな時だった。
一匹の子供のゴブリンがメイリーの背後から襲いかかった。
きっと親や仲間を俺に消されたゴブリンだろう。
復讐の炎を灯したその瞳は一直線にメイリーを見ており、その手に持った、木製バットのような物をメイリーに振り下ろす。
「メイリー!!!」
ダメだ、間に合わない!
「ヴァレット!」
そんな声が聞こえたかと思うと、一閃の炎が子ゴブリンを焼いた。
「危ないところでしたね?」
森の奥から出てきたのは、二人の女の子を連れた青年_________ラーバスだった。
「あれ?カケル?」