岐路
グランツ山脈を越えてからの道中は楽なものだった。
黄昏の平原~今は翼竜平原と呼ばれているが~の黄金色とは違う、青々とした草原が何処までも続く。
産まれて初めて地平線を見たシェリルが、感動の余り賛美歌を歌ってしまうほど、広大で清々しい景色だった。
それに加えて、ハヤテの高い斥候術が発揮され、遥か手前から魔物を回避するよう迂回したり、襲う相手を間違えたとしか思えない盗賊団を返り討ちにしたりと、道中は中々楽しめた。
景色は再び黄金色に変わっていく。
草原のそれではなく、砂と岩と照りつける太陽に寄って。
イグニスの砂漠。
目的地まですぐだ。
快適と言えるほど順調である。
ただ一つ。
「ねぇ、ドレットー。胸が苦しいんだけど、ちょっとみてくれなぁい?」
カグヤの露骨な誘惑を除けば。
「カグヤの隣に座ってるのは誰だか分かる?」
「シェリル?」
「そう。10年掛かると言われた聖クエース神学校の課程を僅か5年で修めた特別筆頭の才女、シェリル嬢にあられる。いつでも診てもらえ」
「そうですよ、カグヤさん!私で良かったら幾らでも診てあげます!!っていうかなんで私に言ってくれないんですか!」
言うや否や、カグヤの豊満な胸を鷲掴みにする。
予期せぬ攻撃にカグヤはビクンと体を弾ませたが、自分が言い出した手前、純真なシェリルの好意を無下にするわけにもいかない。
「ここですか?ここが痛いんですか?それともこの突起物ですか?」
「シェリルちゃん、だめぇぇぇ・・・」
ビクンビクンと悶えながら、なんとかシェリルの肩を掴み押し戻すと、
息を荒くしながらゆっくりと言い聞かせる。
「シェ、シェリルちゃんのお陰で、カグヤ姉さん、大分よくなったみたい。ありがとう。」
顔を紅潮させながら頭を撫で、興奮気味のシェリルを落ち着かせる。
シェリルはカグヤを本当に姉の様に慕っている節があり、いつも一緒にいる。
ドレットは、決して短くはない付き合いのなかでもこれ程人に懐いてるシェリルは見た事がなかった。
「うーん。三角関係。これぞ魔のー?」
ハヤテがニヤニヤしながら、アギトに降る。
「トライアングル」
アギトもそれに乗っかり絶妙な返しをする。
冷静な声色が逆にコミカルだ。
「やかましい」
と、一応ツッコミを入れるドレット。
彼等はイジることをやめない。
そんな事をしたら暇になってしまう。
ならばこちらから話しを振らなければ。
「で、イグニスに着いたらあんたらどうする?
シェリルは火之神の洗礼を受けたいんだ。
カグヤはその辺に明るいんじゃないか?」
「迦具土様の洗礼ね。私の仕事はイグニスまでの護衛だからね。本来は別料金を頂くところだけど、他ならないドレットにそこまでお願いされちゃあ一肌ぬぐっきゃない!
迦具土の社まで、あたしがバッチリ案内してやるよ!
どーんと体を預けな!!」
一肌脱いだら、裸になってしまうぞ。
とか、
いやそこまでお願いしてない。
とか、
言い方が一々卑猥。
とか、突っ込みどころは色々あったが、色々ありすぎてほっとく事にした。
シェリルだけは無邪気に同行を喜んでいる。
「アギトとハヤテは?あんた達程の手練れは正直同行してくれると有難い。」
「オレはパスだな、迦具土の社とは相性が悪い。割に合わないからな。」
と、ハヤテ。
アギトが頷きながら説明を加える。
「社は炎の洞窟の最奥にある。ほぼ一本道だから、ハヤテの斥候術とは相性が悪い。」
「奇襲や、警戒がオレのスタイルだからね。
それに、イグニスにはオレを必要とする仕事が沢山ある。
ギルドでゆっくりと帰りをまってるさ、でアギトはどうする?」
「・・・・金次第だ。」
1番納得できる返答だった。
「・・・・オレは孤児でな。イグニスの施設で育ったんだ。
今は、その借りを返す為に金を稼いでいる。」
「・・・アギトがあって10日そこらの人間に話すなんて、よっぽど2人を認めてるんだな。」
アギトとハヤテはお互いの拳をぶつける。
「よし、社までの護衛で銀貨500枚。無事、帰還できたら金貨1枚でどうだ?」
「・・・・いいだろう。確かに請け負った。」
それぞれが次の目的をはっきりとさせる事が出来た。
その上話題も変えれドレットは満足する。
「アギト」
巨大な荷物からゴソゴソと金貨を1枚取り出し、ピンと指で弾く。
「前払いだ。」
「・・・いいのか、持ち逃げするかも知れんぞ?」
「お前は、そんなタマじゃないよ」
この短い旅で、認め合う人間が出来た。
シェリルとドレットに取って、それは予想外の大きな収穫だった。
暫く各々がこれからの事を思案して、この旅でほぼ初となる沈黙が続いた。
そして、前方から声が飛んでくる。
「いやー、ご苦労だったね!もう、イグニスに着くよ!!!」
シェリルが荷台から顔を出し進行方向を確認する。
左右に長くつづく塀の一部分だけ、ポッカリと空いている。
そこが街の入り口だろう。
左右にはいつぞやのハウンドウルフを思わせる石像が鎮座していた。
見上げる程の巨大な門を抜け、一行は遂に火之国、イグニスに辿り着いたのである。