技量
翼竜街を出て、3日が経つ。
順調に進路を進め、馬車はグランツ山脈の8合目の隙間を縫い、数日かけて下山する所まで来ていた。
岩と、荒野。
それ以外に表現しようもない枯れた山脈もそろそろ見飽きた頃だ。
「えー!それじゃ、シェリルちゃん、付き合ったことないの!?」
「わ、私は神職ですから、そういう経験は・・・。神学校も女生徒ばかりでしたし・・・。」
「そんなの今時流行んないよー。シェリルちゃん可愛いんだから、神様だって多目に見てくれるって!!」
「そんな、可愛いだなんて・・。カグヤさんの方が、色っぽくて素敵です。」
さりげなく、シェリルは焔魔術士、カグヤの胸を盗み見る。
その豊満なバストと比べれば、シェリルの小ぶりな胸など皆無と言われても否定できない。
ショートカットに褐色の肌。ヘソをだし、ピッチリと短いズボンに、赤いバンダナをカチューシャの様に巻いているカグヤは言われなければ魔術士だとは誰も思わない。
「ダメダメ!見た目で寄って来る男なんてろくな奴いないんだから。体目当ての男は特にだよ!シェリルちゃんも気をつけなよ!なんかあったらすぐカグヤ姐さんに言うんだよ!」
「はい!カグヤさん!」
「っかーー!可愛い!!私いけない性癖に目覚めそうだよ!!」
こんなやり取りももう3日続いている。
最初は和かに見ていた男性陣も段々と苛立ちが募り、ついにシーフのハヤテが注意するも3倍の勢いで逆切れをされ、結局精神を無にする事で現状を回避していた。
完全なる現実逃避である。
ただドレットだけは終始ボケーッと空を眺めていた。
この五年、竜を訓練し、繁殖し、乗り手を教育し、縄張りを制定し、行商人を襲わないよう躾け、根回しをし、騎乗具を改良し、シェリルの送り迎えをし、本を読み、農園を拡大し、やる事は山程あった。
今は馬車に揺られ、カグヤとシェリルの他愛ないが尽きることがない話を見るだけ。
「平和だなぁ」
「これが!!?俺たちゃ発狂しそうだよ!!」
思わず呟いた一言にハヤテが間髪いれず突っ込む。
ハヤテは口数が多く、剣士のアギトは寡黙である。
正反対な性格の2人はそれ故相性が良いらしく、付き合いも長い様だった。
「魔物も出ないしー。馬車はあったかいしー。今日は少しだけど陽も射してるしー。ご飯も不自由しないしー。」
「きゃわいい女の子が2人もいるし?」
「・・・・カグヤってさー」
珍しく反応を示したドレットに、カグヤは何々と興味を示す。
この数日ボーッっとしてたドレットとシェリルの関係に興味があるらしく、何かと話題をそっちに持って行こうとするのだ。
「なんか、オヤジくさいよねー。」
一瞬の沈黙の後
馬車は爆笑と共に揺れた。
ハヤテは涙を流して笑転げ、剣に凭れかかるように座っていたアギトも顔を真っ赤にして震える。
どうやら皆、思ってはいたが発言した事はなかったらしく
「おま・・、それ、いっちゃあああ!!」
等とハヤテはマトモに発言出来なくなっている。
シェリルも思うところがあるのかクスクス笑っていた。
が、ただ1人、カグヤだけは硬直したままであった。
そしてプルプルと震えだすと、恥辱と怒りをあらわに顔を真っ赤に染めた。
「あんたねぇぇ。シェリルちゃんのお付きだからってぇぇ」
怒りの形相で立ち上がると両手に焔を灯す。
「なめんじゃないよっっ!!」
より高温の焔魔法「華焔」を発動させたらしく、焔は蒼く染まる。
「ヤケドじゃ済まないよっ!!訂正しな!!」
水面を跳ねる魚の様に、右手から左手に絶えず燃えるあがる蒼い焔に包まれれば、ヤケドを通り越して蒸発してしまうだろう。
禁句だったか、余りの剣幕に皆が動きを止める。
「あ、ごめん、気にしてた?」
大したことではないかのように返すドレットに、カグヤの堪忍袋は音を立ててキレた。
これがプライベートなら、間違いなくドレットを火達磨にしていただろう。
しかし、依頼主を攻撃するというタブーを侵すことは、それ以上に屈辱でもある。
辛うじて、カグヤは華焔を右方向にずらし、こののほほんとした依頼主を威嚇するよう指針を変える。
全員で5人しか載っていない荷台にはけっして狭い訳ではない。
その中でもカグヤは抜群のコントロールを駆使しドレットの顔スレスレ目掛け、遂には華焔を放った。
流石に撃ちはしないだろうとタカを括っていたハヤテとアギトもこれには面をくらい、微動だに出来なかった。
ぺちっ。しゅるるる。
何が起こったのかだれも理解出来なかった。
ドレットが面倒くさそうに手で華焔を払い、華焔が消滅した。
ただそれだけなのだが、誰も納得できていない。
ヤケドどころか、焦げ目どころか、熱も、光も、跡形もなく消滅したのだ。
この騒動の中、比較的落ち着いていたシェリルがくいくいとカグヤの袖を引っ張った。
青い顔であんぐりと口を開けてたっている姿は百面相みたいで面白いとおもいながら説明する。
「ドレットには、魔法が効かないんですよ。体に刻まれた術式が、全部無効化してしまうんですって」
「えーーーー!!!」
今度は驚きで馬車が揺れた。
「そんなの、見た事も聞いた事もない!!」
怒りが興味へと変わる様が手に取るように分かる。
カグヤはたった今懲らしめようとしたドレットに擦り寄ると、ペタペタと体を触りだし、挙句服を捲り刺青のような術式を発見する。
「これ、どうしたの?」
「刺れてもらった。イシュヴァエルってじーさんに。」
「え?そうなの?生まれつきだと思ってた。」
カグヤの質問に乗っかる形でシェリルが発言する。
「イシュヴァエル??なんか聞いたことがあるような・・・」
「俺も聞き覚えがあるなぁ」
さっきの騒ぎはどこ吹く風、ハヤテも参戦する。
「??そう言われてみたら私も聞いた事があるような・・・」
シェリルにも聞き覚えがある名前だった。
ドレットから聞いた覚えはないから、多分、神学校で得た情報だろうか。
それとも父の交友関係かも知れない。
イシュヴァエル、イシュヴァエル・・・
イシュヴァエル・シューバッハ!!
シェリルの脳裏に名前が浮かぶと同時に、口数の少ないアギトが珍しく言葉を発した。
「オイ、お前ら。仕事の時間みてぇだぞ。」
すかさずハヤテが周囲を確認する為、荷台から降りる。
「あちゃー。こりゃあ厄介だね。ハウンドウルフだ。もう囲まれてる。」
そりゃあ、あんな騒いでいたのだから、居場所を自ら教えているような者だ。ドレットは思った。
「ハウンドウルフか。殺傷能力も高い上に群れで狩りをする、おまけに毒持ちだ。
・・・俺が前衛で引き付ける。カグヤが魔法で殲滅してくれ。
ハヤテは荷物に被害がないように食い止めてくれ。
シェリル嬢ちゃんは、カグヤから離れるな。
あんたはどうする?」
的確な指示をだした後、アギトはドレットに尋ねる。
魔法を無効化する術式をもつ様な男が只者な訳がない。
「お手並みを拝見といこうか。」
「ドレット!!」
「シェリル、私情は挟まない。俺にとってはシェリルさえ無事ならそれでいいんだ。
それに目的地までまだまだある。
どれくらいの使い手確認しなければ、いざという時背中も、シェリルも任せられない。
時には、何もしない、という事をしなければいけないんだ。」
「それならせめて・・・」
ブツブツと小声で詠唱する。
本来なら何節もある呪文詠唱を高速で展開しているのだ。
「ガイアプロテクション」
黄色の発光体が、アギト、ハヤテ、カグヤを包む。
「防御力を一時的に上げました。これで致命傷はさけれるはずです。
ご武運を・・・」
「これが司祭の力かい・・・ハハッ!負ける気しないねぇ!」
「今回ばかりカグヤに同感、だな。」
アギトとカグヤは互いの拳をぶつけ合い、霧がかり始めた荒野へと身を投げ出した。
「中々やるじゃん」
身を守る為、荷台に飛び込んだ商人と入れ替わり、ドレットが馬の手綱を握る。
荷を守っても、商人を守っても、馬をやられれば四面楚歌だ。
アギトは起伏激しい荒野のような山道を黒い風の様に素早く動き回り、直立すれば大人と同じ、いや、それ以上の体長があるであろうハウンドウルフをすれ違いざまに斬り伏せる。
一瞬、光ったかと思うと、やや遅れてから血飛沫があがる。
返り血を浴びないで済む。あれが刀技というやつか。
「あれがアギトの三光だよ。まだまだ本気をだしてないけどねっ!!」
いつの間にか横に付いていたハヤテが牽制する様にナイフを投げる。
暗具の様に小さな、しかし鋭利な投げナイフはハヤテの狙いを寸分違わず、ハウンドウルフの眼を射抜く。
周囲の敵はおよそ40頭。
だがみるみるその数は減っていく。
「華焔、黒縄!!」
カグヤが放ったのは黒い焔だ。
スピードこそ劣るもの、縄状に両手から伸びた静かな焔は触れるものを全て両断していく。
アギトの速度が更にあがった。
「雨四光だ。ハウンドウルフ相手に出す技じゃない、ありゃあんたに見せてるんだ」
よく見ると端から攻撃を仕掛けて敵を真ん中に寄せている。
作戦通りなら、次の一手で殲滅できる筈だ。
「アギト!行くよ!!」
カグヤの合図でアギトはすぐ様その場を離れた。
刀技の圧力でハウンドウルフ達は自分達でも気づかぬ間に、荷台から距離を取らされていたのだ。
残っていたハウンドウルフはおよそ半数。
耳を伏せ、今にも逃げ出しそうだ。
だがカグヤはその隙を逃さない。
「華焔!大叫喚!!」
両手を頭上に掲げ、蒼い焔の球体を全身を使ってバネの様になげる。
「すげぇ。蒼い太陽かよ・・・」
流石のドレットも感嘆の声を漏らす。
馬車の荷台と同等か、それ以上の大きさの焔の塊はハウンドウルフの集団を1匹も逃さず捉え、大爆発を起こした。
爆風で馬車がギチギチと揺れる。
カグヤの華焔は塵すら残さず残党を焼き尽くした。
やがて全員が荷台前に集合し、ドレットにどうだとばかりに笑顔を向ける。
常にカグヤの横にいたシェリルは尊敬の眼差しをカグヤに向けて居る。
「大した連中だよ全く。間違いなく一流だ。これからもよろしく頼む。
それからカグヤ」
戦闘でスッキリしたのか、満面の笑みでカグヤは胸を張った。
「さっきのは取り消す。オヤジクサイなんていって悪かった。カグヤはむしろ、炎みたいだ。」
・・・褒めてるつもりなんだけど、これはカグヤ的にはどうなんだろうな。
ドレットは一瞬迷ったが、さっきとは明らかに違う形相で顔を赤くし、そそくさと荷台に入っていくカグヤを見て、大丈夫だなとうなづく。
続いてアギトが意味深肩をたたき、荷台に戻っていく。
アギトはそのままシェリルの手を貸し、荷台に導きいれた。
ドレットもさぁ戻ろうとした所で、ハヤテが肩を掴んで制止する。
「・・・イグニスじゃあ、炎みたいだ、は最上級の褒め言葉なんだ。
カグヤはあんな性格だから・・・ま、なんだ、気を付けてくれ。シェリルちゃんが泣くのは、オレも見たくない」
言葉とは裏腹に、ハヤテは凄く楽しそうだった。
ドレットはその真意に気付き、珍しく青い顔になり身震いした。
幸い、その姿は誰にも見られなかったが、違う意味での苦難の旅はまだまだ続くのである。