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翼竜聖女  作者: 黒御影
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旅出

黄昏の冒険者ギルド改め翼竜街冒険者ギルド。

ここでグランツ山脈を越える用心棒を雇うのが、シェリルの最初の試練であった。


金銭感覚も怪しい自分には荷が重い気もするが、これからも利用する事があるかも知れない。

こんな所で尻込みしているようではいつまで経っても先には進めない。

せめてもの救いは、この数年側に居てくれたドレットが、これからも側に居てくれることだ。


「紙に書いて、受付に提出。紙に書いて、受付に提出。」


忘れないようにブツブツと言いながら、両開きのドアをゆっくりと開ける。

その姿のなんと警戒心の強い事か。

中は木造りで、カウンターとテーブル、椅子、そして酒瓶や酒樽が整然とならべられ、昼だというのに薄暗い。

酒場みたいだ、とシェリルは思ったが、事実酒場も兼任している。

酒を飲みながら依頼を待つもの、依頼を済まし一杯引っ掛けるもの、基本的に自己責任で許されているようだ。

もっとも、昼間から酔いつぶれている者には依頼などは来ないだろうが。


ギルドの中心には酒樽と羽根筆、そしてお世辞にも上質とは言えない用紙が置いてある。

だが紙質とは裏腹に案内書きは親切かつ、丁寧である。

質問形式な記述を見て、シェリルは胸を撫で下ろす。

神学校の特別筆頭生がこの調子じゃ、先が思いやられる。

後ろで自分より背丈のある荷物を担いで待機していたドレットは、その言葉をあわやの所で飲み込んだ。

「依頼内容は・・・護衛ね。

必要人数と職種の要望・・・あとは依頼金ね、こんなものかしら」

要らぬ緊張が解けたのか、サラサラっと筆をはしらせる。

どれどれと後ろから内容を確認したドレットは、驚きを通り越し爆笑しそうになった。

それをぐっと押さえ込み、シェリルに助言する。

「剣士10人は偏ってるし多すぎじゃない?

食料もこっち持ちなんだから。

パーティは多くても5人で抑えないと。

あと魔術士は欲しいよ。グランツ山脈はいつも雲が掛かってるから、体をあっためたり、光を使ったりする火の魔法を使える奴がいいかな。

それから、細かい作業が得意なシーフがいたら助かる。

交渉とか、蒔集めとか、料理とかしてくれるし、地形に明るい奴が多いんだ。

あと・・・・ぶふっ」

ふんふんと言われた通り記述を直すシェリルは、なによとドレットの方に向き直る。

「依頼料1人につき金貨1枚は多すぎ。それで3ヶ月は生活できる。」

ぶふふっとドレットは笑いを堪えられない様だった。

「じゃあ、どれ位が丁度いいの?」

うっすら顔を赤らめながらシェリルはドレットに尋ねた。

「一般家庭の一ヶ月の所得が銀貨300枚から500枚位だから、その範囲で収めたら?」

「分かったわ。これで良い?」

「・・・・バッチリです。流石は特別筆頭生でございます。」

「もう!バカにして!!」

顔を真っ赤に染めて、シェリルは用紙をカウンターへと持っていく。


「おやまあ!翼竜殿のシェリル様ではございませんか!これはこれは、ギルドへの依頼、ありがとう御座います」

小太りの店員がペコペコと何度も頭を下げながら、用紙を確認する。

こんな対応も、これが最後になるのか。

そう思うと、シェリルはやはり不安になる。

今までは、これが日常だったのだから。

「イグニスまでの護衛ですね。大体15日ですから、それでこの依頼料は中々の好待遇ですな。

調度商人が、イグニスまで護衛をつれて出発するそうです。もう何度も行き来しているエキスパートですから、同行できる様手配します。

しかしなんでまた竜をお使いにならないんで?」

シェリルは少し考えて、言葉を選んだ。

「彼らにも縄張りがありますから。

滅多なことでは連れ出せないんです。」

「ははぁ、これは野暮でしたな、申し訳ない。それでは馬車をもう一台、職種は希望に添えるよう追加しておきます。

1時間もかからず出発になりますが宜しいですかな?」

シェリルは満足そうにうなづいた。



カウンターからドレットの所に戻ると、シェリルはふふんとドヤ顔を見せる。


「いや、シェリルよりあのオッチャンのがやり手だわ。商人が依頼した護衛の分差し引くつもりだよ。

実質オッチャンが用意するのは2、3人。あとは懐だろうね。

いやはや逞しいわ、これなら、安心して留守に出来るね。」


ドレットはいつの間にか近くのテーブルを陣取って一息ついていた。


「・・・・ほんとね。こんなに逞しい人達が、街やお父様や、神学校を支えてくれてるんだもの。」

「やっぱり名残おしい?」

「すこしはね。でも、それ以上にドキドキしてる。

これから、見たこともない場所で、見た事もない事が私を待ってる。

私、世間知らずで、箱入りだったけど、この旅で変わるわ。だからドレット、私を支えてね。」

「そりゃあもう。旦那様から重々頼まれておりますので」

「・・・ねぇ、ずっと聞きたかったんだけど、ドレットは、奴隷として買われたんでしょ?」

「見ての通り、しもべでございます」


芝居がかった動作で手を胸に当てる。


「お父様は、ドレットに幾ら使ったの?銀貨何枚?」

「いや、オレは金貨だよ。」

「金貨は銀貨1,000枚でしょ?

じゃあ、金貨何枚?」

「シェリルならオレを買うのに幾ら出す?」

「えー???普通の奴隷て幾らくらいなの?」

「さぁー、オレの見た感じだとー、ピンキリだけど金貨1枚から50枚位かな。」

「うーーん。相場それぐらいで、ドレットの凄さを考えると、金貨500枚とか・・・」

人を金貨に換算するは気がひけるが、金貨500枚もの価値があると言えば悪い気はしないだろう。

銀貨に換算したら・・・数えるのも面倒だ。

むしろ持ち運びできない。

「シェリルの器はまだまだクリストフ卿に敵わないねー。

ま、将来に期待かー。」


ドレットがニヤニヤしながら出し惜しみをしていると、カウンターから声が飛んできた。

カウンター前にはローブを羽織った3人組が待機しているので、おそらく彼らが依頼を請け負ってくれたのだろう。


「シェリル様!!出発前に顔合わせを願います!今でしたらまだ調整出来ますので!」


「ほらシェリル、行くよ。旅の核になる大事な作業なんだから。」

「それはちゃんとするけど!結局幾らなのよー!」


ドレットはニヤリと人の悪い笑顔見せ、指を一本シェリルの眼前に突き出した。


「!!金貨1,000枚!!」


シェリルは予想以上の金額に目がチカチカさせた。

目の前を星がグルグルと回り出す。

貴族令嬢のシェリルですら、そんな金額目にしたこともない。

「ブッブー。一万枚だよ」

「いち、いち、いちま・・・」

止めと言わんばかりにガツンと頭に衝撃がはしり、遂にはシェリルは白目を剥いてひっくり返ったのであった。

「・・・ひっくり返るなら、訊かなきゃいいのに。全く先がおもいやられるよホント。」

結局、旅の核になる大事な顔合わせは、時間の都合もありドレット1人でこなす事となった。


イグニス出身の剣士、アギト。性別

、男、年齢23。特記事項、刀技。


同じくイグニス出身の、魔術士、カグヤ。性別、女。年齢不詳。特記事項、焔魔法。


同じくイグニス出身のシーフ、ハヤテ。年齢19。特記事項、斥候術。


それぞれの特徴を示した用紙と本人達を見比べ、特に問題がない事を判断する。

年齢も近いし、要望通りの職種だ。

他国出身というのも、要らぬ気遣いをされずに済むので良い。

雇い主と雇われ主。

今はそれで十分なのだ。

ドレットは挨拶もそこそこに剣士とシーフに荷物を運ぶよう指示する。

いつでも出れる様表に待機していた長旅用の荷台が付いた馬車にそれらを載せると、まだ気を失ったままのシェリルをそっと抱きかかえ・・・ポイッと荷台に放り込んだ。

「ああっ!?」と情け無い声を発し

目を白黒させているギルドの主人に一礼すると、さっさと馬車をだすように指示した。


そしてーー街をでる頃に目を覚ましたシェリルに散々恨み節を食らうのであった。


かくして、さよならもそこそこに

シェリルの旅は幕をあける。






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