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翼竜聖女  作者: 黒御影
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洗礼

「ハハッ、これは中々、爽快なものだな!」


頑なに馬車で移動すると言って聞かなかった昨夜とうって変わって、クリストフ卿は熟練の騎手の様に片手で手綱を握り、玩具の様に広がる下界を見下ろしていた。

見渡す限り黄金色の平原。西の果てには水平線が広がり、東にはグランツ山脈が行く手を遮るようにそびえる。

だがそれも翼竜を持ってすれば1日とかからず越えることが出来るだろう。

クリストフ邸ーー翼竜殿と、黄昏の街を隔てる森の、なんと小さな事か!!

片道2時間かかる道のりも、一本角の翼竜、エッジにかかれば、紅茶が冷めるより先に着いてしまうだろう。

主は主たるものの背に。

一際大きく、温厚で忠実なエッジに、クリストフ卿は乗るべきだと、ドレットは進言した。

よく訓練されたロアにはシェリルがのり、まだ力のコントロールが下手なグレンには、ドレットが乗る事になった。

シェリル、初の神学校と、調教された翼竜のお披露目を兼ねて、3人は空を駆ける。

黄昏の街の中央に位置する、聖クエース神学校。

豊穣と繁栄を司る大地の女神、クエースの加護を受けた学び舎である。

街の中にポッカリと空いた穴の様な中広場に、シェリルを乗せるロアが下降して行く。

それに続き、エッジ、最後にグレンーーだけーーが滑空していく。

翼竜殿での訓練通り、ロアは綺麗に着地すると、歩きながら周囲の危険を確認する。

もし、後発隊に害なすものがあれば、排除をするのがロアに課せられた仕事でもあるのだ。

数秒の間が開き、エッジが着地する。

エッジは次に着地するグレンの為に極力端により、地面に伏せる。

勿論、有事の際にはすぐにでも飛び立てる様に気を張りながらである。

だが、グレンの着地を待たずして、

中庭に学校の統率者、司祭ジハルドが姿をあらわした。

冠婚葬祭、洗礼、祝福、説教にいたるまで、ほぼ全ての行事は、彼なしには成り立たない。

クリストフを除けば、彼が最もこの街に精通し、また必要とされる男だろう。


「ようこそ、クエース神学校へ。クリストフ卿、そしてシェリル嬢。」


ジハルドが深々と頭を下げると、後ろから付いて来ていた数十人の生徒が歓迎の歌を奏でた。

クエースによる賛美歌「大地を糧に」であった。



柔らかい風も、

厳しい日差しも、

冷たい雨も、

降りしきる雪も、

全ては明日の大地の為。

全ては母なる大地の糧。



それはシェリルの母が、子守唄にと歌ってくれた歌でもあった。

シェリルには、なんとなく懐かしい、程度の感想しか持ち得なかったが、クリストフ卿は、妻との思い出が津波の様に押し寄せ、思わず目頭を熱くさせた。

スコールの様な拍手が止むのを待ち、クリストフ親子は翼竜から降りた。

エッジもロアも、警告する素振りを見せなかった。

地上から見ると、中庭は中々の広さである。

全生徒が集まってもまだ広さを余らすであろう庭の隅には池があり、池の中心には女神の像が悠然と建っていた。

ジハルドが垂れていた頭をあげ、改めて言った。

「ようこそ。聖クエース神学校へ!」







「不時着成功・・・・」

ドレットはゴミまみれになりながら地面に仰向けに倒れていた。

事の顛末はこうだ。

目的地の手前で市場を発見したグレンは制止を聴かず滑空。

市場に着地し、そのままの勢いに任せて精肉に食らいつこうとした所、ドレットの殺気のこもった怒号を聴き、慌てて急停止。

しかしついた勢いは止まらず、屋台のすぐ横に設置されていたゴミ袋めがけで綺麗な一本背負いを決めて、現在にいたる。


「済まないな。コイツはまだ調教中なんだ。被害があったら、クリストフ卿に申し出てくれ。弁済してくれるから。

あと、その肉をコイツにやってくれ。」


店主はポカンと口を開けたままうなづくだけだった。

代わりに隣で果実を販売していた熟年の女性が口を挟む。


「調教された翼竜、クリストフ卿、朱い目の子供・・、あんたが噂の翼竜殿の竜使い様かい!」


と感心した様にドレットとグレンを交互に見る。


「はー。竜なんて間近で見るけど、案外可愛いもんだね。」


グレンはキョトンとした顔で首を傾げた。

ほれっと、おばちゃんが果物をグレンに投げ与える。

まだ成長しきっていないこの竜が、今の環境のまま育つとどうなるか、ドレットは考えてみた。

ドレットが居なくてもこの形態は続くのか?

多分、続くだろう。

翼竜殿の納屋はグレン達の巣であり、屋敷の人々は守るべき仲間と認識するはずだ。

こうやって街の人間とも交流を深めていけば、やがて街全部がグレン達の縄張りになるだろう。

元々、神学校は苦手だし、エッジとロアは慎重かつ、忠実だ。

クリストフやシェリルの安全には一抹の不安もない。

ドレットは当初の予定を変更する事にした。

ーーこの街を少し見てみるか。

屋台の店主達に一礼すると、グレンの背に乗り、のっしのっしと通りを散歩する事にした。








ーーーー洗礼。

神の加護を受ける儀式。

神学校に通う者は例外なく受ける事が義務づけられている。

信心深さーーいかに神を愛し、愛されるかでその効果に差が生まれるが

ーークエースの与える加護は肉体強化、状態異常耐性、ならびに大地魔法の使用である。


儀式は中庭の池で行われていた。

クエース神像の前で、司祭が対象の者と神との橋渡しをするのだ。


「ーー以上を持って、儀式を完了とする。」


司祭ジハルドは厳かに告げた。


「これで君も、今日から我等が同胞だ。」


シェリルは司祭に一礼をし、腰まで浸かっていた池から上がった。

大地を象徴する黄色の校舎。

池を囲む緑の木々に身を埋める様に

待機する2匹の翼竜。

その傍らに佇む父、クリストフ。

紺のワンピース、胸元に大きな黄色いリボンをあしらった制服の生徒達。

その全ての視線がシェリルに注がれる。

だが、物怖じする事もなく、それらを受け止める。

暖かかった。

自分は確かに護られている、と確信していた。

感謝せずには居られなかった。


司祭は神事を行う事ができ、クエース神学校ではその手順、意味を修めることができる。

大地の女神に深く愛される者を巫女と呼び、他者を癒すことや、自動的に厄災から身を守る力が宿る。

これを「加護」と呼ぶ。

そして全ての神に愛され、その加護を受ける事が出来たものは「聖女」

と呼ばれる。

受ける加護は他者の比にならず、歩く奇跡と呼ばれるほどの力を持つ。

聖女のみが受けることが出来るこの力は「恩恵」と呼ばれるが、過去200年の間、聖女の存在は確認されていない。




そして、5年の月日が流れた。











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