資質
翼竜事件よりさらに3ヶ月が経った。
クリストフ邸では、ドレットは竜使いの末裔であり、翼竜を始末する為に大枚をはたきクリストフ邸に来て頂いた救世主である、という事で落ち着き、またクリストフ卿からも感謝と、褒美を与えてもらった。
その際ドレットが所望したのは大きめの納屋であり、勿論3匹の竜を訓練する為である。
勿論、事の一部始終は話してある。
竜は自分が認めたもの以外の命令には従わない。
この場合は、ドレット。その主人にあたるクリストフ卿、そして名付け親であるシェリルだけだ。
こうして、クリストフ卿の権力は名実共に磐石となったのである。
「まだ乗れないのー?」
「まーだまだ。今のシェリルじゃ、数分乗っただけで気絶しちゃうよ」
翼竜は遠目には岩と間違える程の巨体と色を有している。
竜族共通の金の眼は猫の様に丸くなったり細くなったりする。
口は大きくさけ、馬くらいの大きさなら二口もあれば完食できるだろう。
翼竜は通常二本角であるが、長寿の個体は4本、6本と増えていく。
ドレット曰く、100年周期で増えていくらしい。
だが悲壮にもその角を斬り落とされた一本角の翼竜にシェリルはエッジと名付けた。
もう再生の終わる、一時は剥げていた竜鱗の翼竜はロア。
一回り小さな、事あるごとに炎を吐く翼竜はグレンだ。
グレンはファイヤブレスが癖になっているので、納屋を燃やさないように、そして番犬代わりに表にいる。
遠目からでもわかるその姿に人々はクリストフ邸を、畏怖を込めて翼竜殿と呼ぶようになった。
一本角のエッジは、比較的長く生きているらしく、礼儀正しく、3匹のリーダーの様だった。
大半を納屋で過ごし、ドレットやシェリルから与えられる家畜の肉や、ロアやグレンが狩ってくる野獣などを食べて暮らす。
必然的にロアが、人を乗せて飛ぶ訓練を受ける事となった。
「でもドレットは毎日ロアと飛んでるじゃない。」
「訓練してるんだ。やっぱり騎乗具がないとシェリルは乗れないかな。
クリストフ卿に相談してみないと」
「それがあったら私も乗れる??なら私からお父様にお願いするわ!」
ドレットは苦笑する。
あの過保護なクリストフが協力するとは思えない。
「竜の事は俺の仕事。シェリルはエッジとロアにご飯あげといて。」
「はーい」
ドレットは納屋をでて指笛を鳴らす。
数秒もすると、バサッバサッと翼が空を打つ音が聞こえ、ロアより一回り小さなグレンが降りて来た。
「グレン、屋敷まで頼む」
グギャアア!
任せろ!と言わんばかりの咆哮とともに、炎を吐き出す。
あ。とグレンは固まる。
幸いドレットは無効化するが、ファイヤブレスは指示がない時は吐かないようにと言われているのだ。
「これで何着目だ。耐炎の方法もかんがえないとな。」
こうしてドレットの服はまたも燃やされてしまったのであった。
体に刻まれた術式の刺青を発光させたまま、ドレットはグレンに跨る。
グレンは一つ羽根打つと、あっという間に空へ吸い込まれていった。
「そんなものは必要ない!私はシェリルがあの納屋に出入りして居るのも黙認しているのだ!!これ以上の要求は飲めん!!」
ドレットの予想通りの反応だった。
クリストフ卿は竜を飼う事に関しては好意的だったが、シェリルがそれに関わる事に関しては否定的だった。
「・・・これはシェリルの友達としての意見です。
あの子はもっといろんな人、特に同世代の女子と触れ合うべきです。
具体的には、神学校に通うべきです。」
「それについては同意見だが、往復四時間も、寄宿舎に入れるのも、親として賛同できん。
だいたいそれとこれがどういうーー」
ドレットは皆まで聞かず、静かな声で、しかししっかりと、かえした。
「往復四時間は馬での時間ですよねーーー。」
それから3日後。
「へー、これが騎乗具?馬のやつより随分無骨なのね。」
「竜に乗る人なんてそうそういないからね。特注品のオーダーメイドだ。」
ふかふかしたクッションを中心に背もたれがついた「空飛ぶ椅子」である。
「あ、そうそう、シェリル、竜に乗れるようになったら学校通う事になったから。」
一瞬の硬直の後、全てが繋がった。
「ドレットから来てから素敵なことばっかり!
勿論ドレットもくるんでしょ?」
「・・・俺は奴隷だし、それに神学校は苦手だ。」
「あら、ドレットにも苦手なものがあったのね!!なんか新鮮だわ」
ニシシ、と貴族令嬢らしからぬ、だが年相応の意地悪な笑いを浮かべた。
「それに奴隷なんて建前じゃない。
奴隷の紋章も入ってないし、魔法で制約されてるわけでもないし。」
「まぁね。俺は自分の意志で奴隷してるから。自分で考えなくていいから楽だ。」
ふーん?と、曖昧な返事をしながら、シェリルは一際大きなエッジにブラッシングをする。
砂埃や小虫を落とすこの作業を、翼竜達は好んでいた。
「わたし、竜に乗るんだ。なんて呼ばれるのかな?ドラゴンライダー?竜騎士?でも、神学校に通うわけだし・・・。」
「翼竜令嬢かな?なんか厳ついね」
今度はドレットがニヤニヤとする。
だが案外、シェリルの受けは悪くなかった。
「翼竜令嬢・シェリル。いいじゃない!!気に入ったわ。
ドレット、ありがとう!!」
ドレットは複雑そうに朱い目を細めた。
彼は知っている。
シェリルに「翼竜聖女」の資質がある事を。
これから歩む道が、彼女の才を加速的に開花させるであろう事を。