雷竜
「身体いてぇー。身体おめー。」
所有権をディーヴァに移行させた直後、アッサムは身体中に痛みが走り、一歩も歩けなくなった。
幸い部屋内で移行を済ませた為、なんとかベッドに横たわる事ができたが、実質戦闘不能に陥っていた。
必然的にシェリルとアギトの二人組で実戦に向かおうと、冒険者ギルドに出向く。
「うーん。いいの無いですねぇ。」
「そうだな。今の俺たちの実力なら、竜でも相手にしないと経験にならないだろう。」
しきりに挨拶にくる冒険者達を軽くいなして、アギトは掲示板を眺めるがこれといったものはない。
「決戦を前に、嬢ちゃんの装備も充実させたいしな。・・・なぁ、メル。強い装備が手に入りそうな案件はないか?」
メルはジト目でアギトを睨む。
「あってもアギトには教えない。最近相手してくんないし。だいたい誰よその女」
「お前な。そう言うのを公私混同っていうんだ。こっちの嬢ちゃんはシェリル。巫女・・・いや、今は聖女か。」
「聖女!!?そんなサラッというけど!!!」
メルは目を丸くした。
聖女は200年近く現れていないのだ。
全ての神に愛され、かつ魔術の才能を有し、天啓を受けれるもの。
竜より希少な伝説の存在なのだ。
「言われてみれば、気品があるわ。」
納得がいったのかメルはコロッと態度を変え、アギトの希望に沿う案件を探し始めてくれた。
「そうねー。鍛冶屋のスミスに聞いてみたらどう?素材さえ集めれるなら良い武器を作ってくれるって評判よ。」
「なるほど。依頼を受けるんじゃなくて、依頼をするのか。そりゃ盲点だった。ありがとよ。」
早々に話を切り上げて、アギトは受付を後にする。
メルは何か言いたげにしていたが、次の対応を迫られ結局なにも言えず終いだった。
さて、鍛冶屋のスミスから要求されたのは次の3つだった。
東の鉱山跡に住み着いた雷竜の角。
同じく鉱山跡にある白の魔石。
そして翼竜の鱗。
これらを用意すれば、聖杖を製作してくれる事となった。
翼竜の鱗は、ディーヴァの帰りを待つとして、残る二つは同じエリアにある。
それに雷竜と言えば上位竜にあたるため、願ったり叶ったりである。
二人は宿に戻り、準備を整えると一目散に東の坑道へと馬を走らせた。
「こんな所に坑道があったのか・・・気づかなかった。」
「雷竜が棲みつかなかったら未だに誰も気にかけ無かっでしょうね。」
もう何年つかわれていないのか、見当もつかないほど坑道は痛んでいた。
板で塞がれていたであろう入り口はぶち破られかの様に割れていた。
入ってすぐの所に、作業用のツルハシやスコップが乱雑に置かれていたが、木製の部分はすべからく腐り、持ち上げただけで崩れ落ちてしまった。
中には気配が無かった。
所々、魔物が朽ちたと思われる骨が散らばっており、中に進むほど骨の数は増えていく。
おそらくは、雷竜のエサとなったのだろう。
剥き出しの骨達はまだ湿って見えた。
「棲みついてそんなに経ってない筈なのに、やけに骨が多いですね・・・。」
「大食らいらしいな。」
エサをこれだけ食しているなら、体力は万全だろう。
負けないまでも苦戦をするかも知れない、とアギトは思った。
薄暗い坑道の中で、それ自体が淡い光を放つ石を見つけた。
おそらくこれが白の魔石なのだろう。
光の量が多いものが良質なものだと、スミスが言っていた。
用意していた布袋に、できるだけ光の強い魔石を入れていく。
「綺麗、ですね。」
「星屑みたいだな。」
近くでみると、石の表面には細かい模様がついていて、それが発光していた。
「嬢ちゃんは、全部終わったらどうするんだ?」
不意にアギトが尋ねる。
「全部が・・・終わったら・・?」
そうだ。この旅もいつかは終わる。
最後の目的地まではもう目と鼻の先なのだ。
ドレットの存在、ウロボロスの存在が余りに大き過ぎて、その先の事は考えて無かった。
「アギトさんは・・・・?」
「オレは・・そうだな。フレアルファで道場でも開こうかと思ってる。
」
「イグニスには帰らないんですか?」
「帰ろうと思ったら帰るさ。」
アギトは相変わらず口下手だった。
色んな想いを飲み込んで、結論だけを伝えるのは、前と全然変わらない。
「私は・・・まだ、わかりません。」
「嬢ちゃんも、フレアルファに腰を据えたらどうだ?聖都って位だ、何かしら出来ることはあるだろう。
治癒院とかも出来るし、嬢ちゃんだったら、一流の冒険者にもなれるぜ。」
シェリルは想像してみる。
活気のある街で一際繁盛するアギトの道場から、意気揚々とギルドに向かう剣士達。
ギルドの酒場では、何故かディーヴァが注文を取っていて、その近くで、シェリルは治癒院を開く。
魔物が現れたら皆んなが一丸となって戦い、毎晩のように宴が開かれる。
今とは違う、楽しくて、ワクワクする未来。
でもーーそこにドレットはいない。
まだどうなるか分からないのに、どうやってもドレットがその場に居るのが想像出来なかった。
「ーーアイツは魔族の王だ。王には、俺らが思っている以上に、背負わなきゃいけないもんがある。
アイツは、一度背負うと決めたらーーー。」
「わかってます!!」
シェリルはアギトの言葉を遮る。
「でも・・・そんなの全部捨て去って、もう一度、私の側にいて欲しい。世界中が敵でも、私はドレットの味方でいれる・・・」
アギトは思い出す。
剣聖と言われる自分を敵に回してでも、ドレットの側に行こうとしたシェリルを。
「じゃあ、嬢ちゃんは全てを捨てて、アイツの所に行けるのか?」
その言葉にシェリルはハッとなった。
全てを捨てる、とはそういう事なのだ。
仲間も家族も、期待も、信頼も、今、見えている未来も、捨てる。
考えただけで不安が胸を押しつぶしそうになる。
ふと、アギトが視線を泳がせた。
「・・・焦げ臭いな・・近い。」
人差し指を口に当て、静かにするよう指示を出すと、アギトは辺りの気配を探った。
「いるな・・・こっちだ。」
アギトの先導に従っていくと、木で補強された下り階段に出た。
右に軽くカーブする階段は進んでいく程に明るくなり、暫くいくと、バチバチと空気中に放電される、水色の閃きが目に入った。
雷竜だ。
見た目は大型の猫の様だが、体毛はなく硬い竜鱗に覆われている。
体のサイズに比べ、羽根は大分小さく見えるが、見た目に鋭く、殺傷能力は高そうだ。
こちらに背を向け丸まっているのが、背中越しにも長剣の様な角が見え隠れしていた。
「人間か・・・」
アギトの刀を抜く音に反応したのか、雷竜は体制を変える事なく言葉を発した。
呼吸とともに放電に強弱がつき、苛立っているように見えた。
「人間が、我になんの用だ。」
先制攻撃を仕掛けようとしたアギトを、シェリルは制した。
「私の名はシェリル。聖杖を作るため、あなたの角が欲しいのです。」
一層、放電が強くなった。
「我が角は我が力の源。おいそれとくれてやる訳にはいかん。去れ、人間よ・・・いや、まて。お前、魔王の匂いを纏わせているな。」
「・・・魔王ドレットを知っているのですか?」
雷竜はのそりと立ち上がり、顔をシェリル達に向けた。
「あれほどの賢王、魔大陸の歴史を辿ってもそうはおるまい。この地を我におしえたのも、かの魔王だ。」
「ドレットが此処を?何故です?狙いは何なのですか?」
「狙い?生きていく事、ただそれだけよ。安心しろ人間。子を産み落としたなら、我等はこの地を去る。力尽くで排除するというなら、我が雷が轟く事になる。」
アギトが刀をしまい、シェリルと雷竜の間に入った。
「土に覆われたこの坑道は天然の結界。身を隠すにはうってつけな上、戦いになれば逃げ場はない。戦うのは得策じゃないな。」
雷竜の殺気が和らぐ。
「本来ならば、お前らも養分にする所だが、魔王の縁者ならばやぶさかではない。
我が角をくれてやる代わりに、それ相応の物を寄越せ。」
「・・・何が欲しいのですか。」
「聖女の髪。四柱神の恩恵預かる聖女の髪を食せば、我が角の力補って余りある。」
「・・・わかりました。その代わり角は二本とも頂きます。ーーアギトさん」
シェリルが目で合図をするとアギトは一度しまった不如帰を再び抜き、腰まであるシェリルの髪を肩口辺りに一気に切り落とした。
その髪を片手に持ち、ゆっくりと雷竜に近づいていくと、雷竜はおとなしく頭を差し出す。
その気になれば、首を切り落とすことが出来たのかもしれない。
だがそれは、アギトの望む決着では無かった。
角をひとつ切り落とすと、放電の光は半分に減り、眩いばかりの空間は、目が慣れていたせいか薄暗くみえた。
シェリルの髪を口元に置き、アギトは後ずさる様に引き返す。
「ここは危険区域だ人間。産後は特に獰猛になる。食い殺されたくなければ、けして近づくな。我も自ら人間に戦いを挑むことは無い。」
「最後にひとつだけ。獄炎竜のことを、何か御存知ですか。」
「・・・・ウロボロス様は、魔王の側にいる。これ以上語ることは無い。」
雷竜は再び二人に背を向けると、シェリルの髪を体の下に隠した。
呼吸と共に迸る雷電は、拒絶を色濃く映していた・・・。




