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翼竜聖女  作者: 黒御影
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接近

「解せぬ。何故手を出さん?私はそんなに魅力に乏しいか?」


クリムゼタウンを西に向けて二週間が経とうとしていた。

六本足の幻獣ジークフリートは、二人を乗せ、息つく暇も無くひたすら走る。


「聞いているのか?何故手を出さんのだと訊いているのだ?」


ミスティルテインが酔いから醒めたのは結局翌朝だった。

ひとしきり迫ってきた後、突然「寝る!」と言いだし、ドレットのベッドを占領し朝まで目覚めなかった。

身支度を整え、さぁ、行こうとジークフリートを走らせてから暫くして、ミスティルテインは違和感に気付いた。

まずドレットの態度がいつもと変わらない事。

顔もテカテカしてなければ、自身に精気が漲る感じもない。

それからはひたすらに


「解せん」

「何故手を出さん」


の繰り返しである。

仮にも魔王ともあるものが、元勇者で現聖剣に欲情する訳がない、と。

最初の内は相手していたが。

返ってくる言葉はやはり


「解せん」


だった。


「私がお前なら、酔い潰れている隙に手篭めにした挙句、メロメロにさせて、なんでも言うこときかせる様に調教するがな。」


などとどっちが魔王なのか分からないセリフを吐いた挙句、「腰抜け」だの「不能」だのついには罵詈雑言まで言い出す始末だ。


「あのなー。俺は魔王でお前は勇者の武器だろ?いつかは絶対、敵対する訳だ。

なのにわざわざ寝てどうする?」

「ふむ。一理あるが、そういう話も聞かない訳ではないぞ?

敵対する国同士で、許されざる恋に落ちる話なぞ、定番ではないか?」

「俺は求めてない。」

「そうか・・・。これは言うつもりは無かったんだが、そこまで拒否されては私にも意地がある。

わたしと寝れば、ドレットの魔封紋を解除できたかも知れんのだ。

だがもう怒ったぞ。口説かれても寝てやらんからな。」

「お前の話は碌な事にならんからな。一応訊くけど、どうやって解くんだ?」

「教えてやらん。せいぜい後悔するが良い。」


ミスティルテインは顔を膨らませそっぽを向いた。

醜態を晒したせいか、当初の緊張感は大分薄れ、心を砕いて話をしている気がする。

だが、ミスティルテインはドレットの一族の仇でもある。

何百年も前の話を蒸し返すのは申し訳ないが、両手離しでは歓迎できない。

寝るなどもっての他だ。


「私はな、騎士の家に産まれたのだ。身分は保証され、飢えることもなかったが、刺激も無かった。

勇者と呼ばれるようになってからは、皆、私を敬い、距離を取られた。

共に戦った仲間ですらだ。

まさか今になって、軽口を叩ける相手に出会えるとはな。」

「そりゃあ、さぞつまんなかったろうな。

俺の知り合いに孤独が過ぎて死にそうになってた女がいるぞ。

一人暮らしなのに妙に楽しそうな爺さんもな。」

「そうか・・・。是非会ってみたいものだな。」

「ああ、きっと仲良くなれるぜ」


何度目かの陽が落ちようとしていた。

荒野は草原へと姿を映し、群生する樹々も増えてきた。

草原が、林になり、やがて密林になる。

じとっとした暑さは、目的地がもう近い事を示していた。


「今日はこの辺りで野宿だな。明日にはエルフレムに着くだろう。

詳しい位置は分かるのか?」

「うむ、エルフレムはそんなに人数がいる訳ではないからな。領地に入れば分かると思うぞ。」


そうか、と頷きながらドレットは支度をする。

いつものように、火を焚き、干し肉と水を用意しながら毛布を用意する。

周囲の警戒はミスティルテインに任せておけば問題無かった。

とは言え、ドレットを襲うような動物はいない。

右腕から漏れる瘴気は、野生の動物を怯えさせはするが、決して寄ろうとはさせないだろう。

あんなに忌々しく思っていた魔封紋。

解けかけてみればやはり自分が魔族である事を痛感させられる。

この18年間は、偽りの自分だったのだと。

ドレットは自分の右腕を見る。

漏れる瘴気の影響か、爪が鋭利に伸びていた。

次は牙が伸び、髪に隠している角も伸び出すだろう。

亀裂の入ったものは脆い。

それは、封印にしても同じ事だった。


ーーアイツに会ったら、どんな顔したらいい?ーー


渡し損ねた手紙の、最後に書くつもりだった言葉をドレットは思い出す。


ーーでも、俺たちは、決して結ばれない。

シェリルが、世界の命運を握る、救いの巫女だから。

そしてオレが魔族の王だからーー。


その日、ドレットはいつもより早く寝た。

ドレットの動揺を落ち着けるように、ミスティルテインはずっと側にいた。






「ここから先は私一人で行く。ドレットはここで待ってろ。」


翌日、ようやく着いた密林の入り口で、ミスティルテインは言った。


「エルフは気配に敏感だ。私とも面識がある。一緒に行けば、ややこしい事になるだろう。」


ドレットは自分の右腕を抑えながら、しかしミスティルテインに同意する。


「お前を見失ったら、俺は一気に窮地に立つ。信用してもいいのか?」

「私は合理主義だ。ドレットはまだまだ役に立つ。もう暫くは付き合って貰うぞ。」

「そりゃ、俺のセリフだ。・・・魔力は持つのか?」

「ああ、この前たんまりと頂いたからな。まだ人型でいられそうだ。

だが、帰ってきたら少し補充が必要かもしれん。勿論口移しでな。」

「ハッ。適合者を見つけてこれたら、幾らでもしてやるよ」


ギラリ、とミスティルテインの目が光った。

ジークフリートの背をひと撫ですると、踵を返して密林へと歩き出す。


「・・・約束だからな。」

「いいから早く行ってこい。」


密林の樹々を飛び越えるようにして移動するミスティルテインを見送ると、ドレットはベースキャンプを張ることにした。

幸い資源は豊富にある。

鳥程度なら狩れるかも知れない。

何かをしていないと、不安に押し潰されそうだったのかも知れない。


「空が高いな・・・。」


あとどれ位、人として生きていていいのだろうか。

見つからない答えに苛立ちながら、ドレットはミスティルテインの帰りを待つ・・・。


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