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翼竜聖女  作者: 黒御影
3/52

兼任

ドレットがクリストフ邸にやってきて、三ヶ月が経った頃。

使用人の間で不穏な空気が流れはじめていた。

曰く、ドレットは奴隷で、シェリル嬢の玩具である。

曰く、ドレットは元、男娼でクリストフ卿を咥えこんでいる。

曰く、ドレットは詐欺師で、クリストフ卿の財産を狙う悪党である。


クリストフ邸にも勿論、農園を管理する奴隷や、使用人としての奴隷がいるが、彼等はいわば別世界の人間であり、クリストフと接触する機会など皆無である。

それをポッとでの少年が屋根裏とは言え生活を共にし、する事と言えば本を読むか、シェリルと会話する位なのだから、面白い訳がない。

そんな噂を知ってか知らずか、ドレットは今日も何処吹く風で屋根裏で読書に没頭するのだった。


「ドレット、お茶持ってきたわよ」


シェリルはいつもの様に銀のトレイにティーセットと焼き菓子をのせ、屋根裏へと入ってきた。


「随分小綺麗になったわねー」


誇りとガラクタ塗れだった屋根裏は今やその影もなく、まるで研究所のように整然と片付いている。


「この小麦とバターとミルクと香辛料を練って焼いた菓子ゲロウマッ!!」

「クッキーね。あとゲロウマッていう表現はどうかと思うよ。褒められてる気がしないから。でも、ありがとうね」


屋根裏にしまわれていた書物は、古代の歴史や、魔法の成り立ち、地理や錬金など専門的なものが多く、シェリルには全然わからなかったが、ドレットが噛み砕いて説明してくれるので、神学校から派遣される家庭教師の何倍も面白く感じた。

「ねードレット?」

「何?」

「ドレットって本当は奴隷なの?」


唐突な、しかしながら迷いのない口調でシェリルは訪ねた。


「んー一応ねー」

「一応ってどういう事!私は心配してるんだよ!」

「屋敷の屋根裏で、クッキーとお茶飲みながら一日中本読んでる奴を奴隷って呼んでいいならそうだね」


気のない返事にシェリルは勇気を振り絞って言葉を続けた。


「屋敷の使用人が、ドレットを叩き出そうって相談してるの、聴いちゃったの。

すぐにお父様に報告して、お父様から馬鹿な真似はよせって忠告して貰ったんだけど、クリストフ卿はドレットに騙されてる。

いなくなったらきっと私達の正当性を判ってくださるって、止める気配がないの。

私、ドレットがいなくなったら、また1人ぼっちだよ・・・。

そんなの嫌だよ。」

「このクッキー焼いたのって」

「メイドのミリー。お茶もそう。

いつもドレットには気を付けろって言われる。

心配してくれるのは嬉しいけど、友達を悪く言われるのは嫌。」

「そっか・・・。この前先代の日誌を読んだんだけどさ、この時期って翼竜が産卵の為に家畜を襲うんだってね。」

「・・・うん。今はもう生け贄みたいに50頭を捧げてるわ。その方が被害が少ないから。」

「・・・じゃあ、その問題を解決したら、皆んなの見る目も変わるんじゃない?」

「解決ってどうするの?」

「まぁ、倒すのがてっとりばやいね。そうやって食物を与えると、より多くの翼竜が孵化する。そうするとより多くの食事が必要になって、悪循環だ。

でも全部退治すると、こんどは縄張りに変動が出て、より厄介な魔獣を相手にしなきゃいけない。

先代の時には三頭しかいなかった翼竜がいまは30頭近くいるんだから、数を減らさなきゃ、この辺りは食い尽くされちゃうよ」

「ドレットの言うことはわかるけど、翼竜を倒すには最低10人も訓練された兵士が必要なのよ。300人の兵士なんて、とても集められないわ。」

「そうだね。だから、オレが行く。」


シェリルはドレットの周りを離れず、一日中、無理だ!無謀だ!となんとか辞めさせようとする。

だが、屋敷の人間は皆、いい厄介払いになるとばかりに、武器庫から放牧地へと武器を運びだして行った。


弓矢、槍、剣、棍棒、モーニングスター、手で扱える武器は全て運びだし、本来家畜を捧げる地点へとセットする。

普段とは変わってノラ猫の様に暴れるシェリルは、山の様に屈強な農園奴隷に連れられ屋敷に軟禁された。


最初の夜。

シェリルはベッドで泣き明かしたが、翌日、様子を見に行った使用人から無事を確認するとホッとして眠りに落ちた。

翼竜を始末するまで、ドレットは野営するという事だった。


次の夜。

シェリルは自分にも何か出来ないか考える。

その時彼女の脳裏に浮かんだのはーーー自分の力を分け与える事で活性化させる事が出来たーーいつかのドレットとの会話だった。

でもそんな奇跡みたいな事、どうやって・・・?


そして何も思いつかないまま3日目の夜。


グギャアアアアア!!


闇夜を切り裂き、地の生き物震え上がらせる翼竜の咆哮が、農園に響き渡った。

いてもたっても居られなくなったシェリルは椅子で窓を破壊し、カーテンをロープ代わりに二階の自室から表へとでた。

待っててドレット!今、いくから!!






「なぁ翼竜ちゃん。ここがあんたの縄張りなのは分かってるし、子供の為に食料が必要なのも分かってる。

だがこのままじゃ共倒れだ。悪いことはいわない、魔大陸に行け。

あそこなら充満する魔力で産卵に必要なエネルギーは得れる。

そりゃ捕食される危険性はあるけど、このままここに居たら、すぐにでも食いもんが尽きるぞ。」


空を覆い尽くす翼竜を前にドレットは交渉を試みた。

翼竜は竜とはいえ最下位クラスの実力しかなく、剣豪、剣聖ほどの腕前が有れば、倒す事は難しくない。

ただしそれは一対一の場合であり、

一対三十等想定外なのである。

地の利、数の利を持つ翼竜多少の違和感を感じながらも、この餌場を移る気は毛頭なかった。

ドレットに対する返事はファイヤブレスーー炎の吐息だった。

竜の炎によりドレットは炭にーーならなかった。

上半身の衣服が破け、身体中の刺青のような術式が発光する。

「魔力を糧とする攻撃はオレには通じねぇ。クソドラゴンども、覚悟しろ。交渉は決裂だ。」

一面に突き刺した武器から無造作に剣を抜き取り、ドレットは跳躍する。

二階建ての建物程も跳躍し翼竜の頭を踏みつけると一瞬で斬首を済ませ、次の翼竜へと跳躍する。

「孤月散閃!!」

キラリと月の光を弾き、剣筋が三日月の様に乱舞する!

孤月と呼ばれた斬撃は2匹目の翼竜の頭蓋を切り裂き、3匹目の尾を切断し、4匹目の胴体をーーーガキィィン!!ーー切り裂けなかった。

「硬いね。餌付けされてても竜か」

語感で蔑まれたことがわかったのか、仲間を斬り殺され逆上したのか

、竜は我先にと空中のドレットに襲い掛かった!

だが翼竜の巨体さが裏目にで、その竜爪は互いに弾き合い、ドレットは悠々と攻撃をかわす。

身を捻り、竜の脚に片手でしがみつくと、早くも刃が欠けた剣でその脚を切断する。

ブシャアと噴き出した青い血を全身に受けドレットは竜の脚と共に着地した。

手にしていた剣は完全に刃が潰れている。

それがこの戦いの激しさを物語っていた。

ドレットは間髪入れず次の武器を手にする。

槍だった。

「槍はあんま得意じゃないんだよなー。よっ」

シュルシュルと回転させ、柄を肩に担ぎ、切っ先を標的に向けた。

「月穿翔!!」

強烈な回転を加えた投擲は剣技とは対極的に闇と同化し、姿を見せないまま連なった竜たちを貫いていく。

断末魔の叫びすらあげれず、ドサ、ドサッと堕ちていく翼竜。

1投4殺。

ドレットの戦闘能力は異常だった。

しかも彼には余力があるのに対し、

翼竜達には余裕がなくなって行く。

恐怖すら感じる程に。


数分のこう着状態の後。


1匹が地に舞い降りた。

長い首を地に伏せ、首を垂れる。

それに続き、1匹、また1匹と着地を始める。

服従のポーズだった。

力こそ全てであるその魔獣族にとって、ごく自然の成り行きであった。

翼竜達は本能で感じ取っていた。

このままでは皆殺しにされると。

生き残った数、16匹。

平原に伏せる屍は7匹。

一瞬の攻防により3分の1が倒され、しかもドレットは全くの無傷。

力の差は歴然だった。


「大分残ったなー。3匹位しか残す気なかったんだけどなー」


攻撃体制を解き、ドレットは腕を組む。


全く、魔獣どもは勘が良い。

予定通りにはいかないものだな。


あれこれ思案していると、突然背後から声がした。

完全に無防備だったドレットは思わず飛び上がった。

「ドレットーー!!大丈夫なの!?

ドレットーー!!」

髪をぐちゃぐちゃにし、涙目に鼻水までながして一心不乱に駆け寄ってきたのはシェリルだった。

青い体液まみれの、翼竜に囲まれたドレットに、少しの躊躇いもなく飛び付く。

「ねぇ、大丈夫?ケガしてない?痛いとこない?」


いい加減、弟扱いはうんざりするが、他者から心配して貰うというのは悪くない。

イライラと感謝のせめぎ合いは感謝が勝った。


「うん、これは竜の返り血。取り敢えず、服従してくれたんだけど。」


シェリルはそこで初めて、地に伏している竜達の存在に気付いたようだった。


「服従?返り血?どういう事??」

「もう竜の被害に怯える事はないってこと。数匹残して、追放しようとおもうんだけど」


今にも襲い掛かってくるんじゃないかとビクビクしながら、シェリルは尋ねる。


「追放?じゃあ違う所で暴れたりするんじゃない?」

「いや、人間界からでてってもらう。海の向こうには、魔獣や魔族しかいない大陸があるんだ。」

「・・・魔王が支配する魔大陸の事?」

「そうそう。若くて、力がある竜なら、大丈夫。んで何匹かはこの辺を守って貰おうかと」


ドレットに身を寄せ、おそるおそる辺りを見回していたシェリルはそこでパッと顔を上げた。


「翼竜を・・・ドラゴンを飼うってこと!?すっごーーい!!」


飼う、ね。

使役する、の方がしっくりくるが、ま、この子には大差ないか。


「あの角が折れてる奴と、竜鱗が剥げてる奴、あとこの比較的小さい奴を残そうと思う。傷がある奴は狙われやすいから」


角を折ったのも、竜鱗剥がしたのも俺だけど、という言葉は飲み込んだ。


「シェリルが、名前を付けてやって」

「いいの!!えっとー。あ、やっぱりちょっと時間頂戴、どうせなら愛着もちたいもの!!」


ドレットはうなづくとおもむろに片手を空に挙げた。

先に上げた3匹を除いた全ての竜が一斉に飛び立つ。

10数匹の羽ばたきで平原には風が巻き起こり、吹き飛ばされそうになるシェリルをドレットは抱き寄せた。

少年の指示に従う、奇妙な光景にシェリルは思わず尋ねる。

「ドレットって何者なの?」

「・・・奴隷兼竜使い。んで、シェリルの友達」


また、適当言って。

でも、いいや。


飛び立っていく竜の方角から、うっすらと太陽の光が見えていた。







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