進展
大陸西部。
中心部と西部を分断するようにそびえる山をグランツ山脈と呼ぶ。
年中霞がかる、標高の高い険しい山の、更に高み。
グランツ山脈の頂まで登ったイグニスの剣聖アギトは珍しく肩を落として居た。
武神がおわすという山の頂きに住んでいたのは老婆であり、武神は今居ないと言ったからだ。
武神が帰って来るまでの間、頂きで待たせて貰うと申し出たアギトは、激しい後悔とともに、何度目かの深いため息をついた。
働かざるもの、食うべからず。
アギトは来る日も来る日も雑用をさせられていた。
空の鞄を受取り、垂直の壁を降り、翼竜街までおり、肥料、水、食料を山の様に買い込み、また山に登り崖をよじ登る。
せめてもの救いは、頂きから命綱としてロープが垂らされた事だ。
だがどんなに急いでも往復で10日はかかり、その度にアギトはしわくちゃな婆さんに「これじゃ干物になっちまうじゃないか」と小言を言われるのだ。
休みなく山の登り降り。
最初の一ヶ月はそれだけだった。
「また10日も掛かったか。お主、センスないのぉ」
髪の毛は真っ白、シワも目立つ背の曲がりはじめた小柄な老婆は今回もアギトを苦言で迎えた。
「どうしたってこれが限界だ。馬車だってそうそう通りはしないこんな辺鄙な山で、これ以上速く運べるかよ・・・。」
肩で息をしながら、息も絶え絶えにアギトは口答えする。
「・・・お主、山は登るものだとおもっとらんか?」
いつもはニコニコしている婆さんが、ふと真面目な顔した。
この一ヶ月は無かった事である。
「足は歩くためにあり、手は握る為、喉は喋るためだけにあると思っていたら、人生出来る事は限られるぞ」
そこでアギトは気付いた。
自分が道なりに目的地に向かおうとしてる事に。
何も、馬車が通る道を選ぶ必要は無いのだ。
馬車を使えば早く辿り着けるとは限らないのだから。
ひょっとしたら転がり落ちた方が早いのかも知れない。
「明日も頼むぞ。食い扶持が増えたから備蓄がたらんのだ。まずは受け皿を用意せにゃ、飯などあっても素っ気ないものよ。」
そう言うと老婆はいつもの様に野花に水を与え出した。
食料だ水だと要求はしてくるものの、アギトは老婆が飲食する姿を見た事がない。
今度こそは。手応えを確かに感じたアギトは休みなく動く体にいつも以上の休息を与えた。
そして、翌日からの買い出し。アギトは7日で帰ってきた。
老婆は満足気にうなづきながら、
「わしなら4日じゃ。せめて5日で帰ってきてもらわんとな」
と、傷と砂まみれのアギトに言った。
だがその翌日、老婆は驚愕した。
アギトは一時間と掛けず要求した物を揃えたからである。
「小僧、どんな手を・・?」
「最初は、山道を転がり落ちたん
だ。とにかく最短ルートを突っ切った。そん時街で商人に話をつけたんだ。指定の場所に道具を届けてくれってな。割高だが、目的は果たせる」
老婆は嬉しそうに笑った。
「最短ルートを見つけるのに、本来なら一ヶ月はかかる。それも何度も死にそうな目にあってね。だがこんな方法をとったのはお主がはじめてじゃ。お主、見所があるな。
バカ正直に言われた事だけやる奴は駄目さ。応用が利かなくなるし、時間もかかる。
目的をはっきりさせ、手順を導き、最短に簡略できなきゃ、短い人生の中では手の届かんものもある。」
「ああ、これで大分時間が作れた。
次は何をすれば良い?」
その言葉に老婆はさらに驚いた。
普通なら休ませろ、とくるこのタイミングで、更に仕事を要求するのは、余程の変態か、危機に追われているものだけだからだ。
老婆はニヤリと笑った。
「まもなく武神様がお戻りになられる。それまでにコレを倒せる様になれ」
老婆がパチンと指を鳴らすと、ゴゴゴと大地が揺れた。
老婆の周りの地面が隆起し、人型をかたどる。
サイズは丁度、アギトと同じ位だった。
アギトと同じ様に刀を模した石も掲げている。
「婆特製即席ゴーレムじゃ。お主よりちょびっとだけ強くしておる。
コイツラを100匹も斬れれば、武神様相手でも死ぬ事はまずあるまい。」
上等だとばかりにアギトは刀を抜いた。構え、いつでも対応出来るように伺いながら老婆に尋ねる。
「あんたの口振りだと、何人かここに来てるみたいだけどよーー」
「そうじゃな。どこで聞きつけたか、10年に2.3人は来るぞ。」
「何人が修行に耐えれたんだ?」
「・・・・1人だけじゃ」
次の瞬間、三体のゴーレムが一斉に襲いかかってきた。
アギトは慌てた。
1匹ずつだと思い込んでいたからだ。
初撃を躱し、二匹の攻撃を受け止め、三匹目の攻撃を胴に受け、宙に浮いた。
ガラ空きになったこめかみを石の剣が直撃した。
また視界が暗くなっていく。
くそ。ここにきてからこんなのばっかりだ。こんなんでオレ間に合うのか?
アギトは薄れいく意識の中、ぼんやり思った。
「大抵の人間は、泡食って一撃で沈められてしまうのに。たいしたものじゃ。ーーこれなら剣帝になれるやもしれんな」
笑っているのか、驚いているのか、それすら分からなかった。




