実戦
グロ注意です。
「あれは幽鬼。魔法以外は攻撃がすり抜けるが、それ以外は大したことない。さ、教えた通りやってみな。」
長い廊下の突き当たりに、半透明な水色の物体が浮いている。
距離のせいでちゃんと目視はできないが、少女の様にも、海月の様にも見える。
シェリルはコクリとうなづき両手を広げる。
迦具土の力を発動するには、祝詞と呼ばれるイグニス独自の呪文詠唱が必要となる。
独特の古語を使うため、焔術師はあまり人気ではない。
「ひのやぎはやを、ひのかかびこ。
けがれ、おおはらえ、火之迦具土。」
シェリルの両手から轟と紅蓮の焔が上がる。
「華焔!えいっ!!」
か細い声とは裏腹に華焔は空気を切り裂き、一直線に幽鬼に向かって飛んでいく。
だが幽鬼はそれをひらりと交わすと、不気味な笑いを上げて消えてしまった。
廊下の突き当たりはポッカリと穴が空き、薄暗い廃墟内は少し明るさが増す。
「相手は動かない草木じゃないんだ。先を読まないと、何時までたっても当てれないよ!
とはいえ流石は巫女だね。一発目は大抵相手に届かず消えたり、失速したりするもんなのに。」
カグヤはクシャクシャとシェリルの頭を撫で回した。
廃墟は予想以上に広かった。
一階部分におよそ20の部屋。
階段を上り二階部分も同じ位あるだろう。
しかしカグヤは二階を無視し、一階部分だけを虱潰しに調べて行く。
何個目かの扉を開けようとした時、カグヤは動きを止めた。
扉に耳を当て、息を殺す。
「唸り声が聴こえる・・・屍犬だね。シェリル、一人で殲滅してみな。」
びくっと腰が引けたシェリルだったが、覚悟を決めうなづいた。
「はいっ!師匠!!」
「相手は素早い。気をつけるんだよ。」
カグヤ扉から一歩ひき、シェリルと立ち位置を入れ替える。
シェリルはドアノブに手を掛け、一気にドアを開けた。
広間の様だった。
全ての窓が板で塞がれており、中は予想以上に暗かった。
「ーーけがれ、おおはらえ、火之迦具土っ!華焔!!」
確かに聴こえる唸り声を無視し、シェリルは窓に華焔を放つ。
ひとつ、ふたつと、窓を吹き飛ばし、光を部屋に導き入れる。
「うぇぇー」
屍犬を確認したシェリルの全身を鳥肌が襲った。
屍犬の頭部は半分朽ちかけ、眼球は剥き出しである。
体の半分は皮がめくれ、所々骨が見えていた。それが三匹、連なっているのだ。
碌に戦闘経験の無いシェリルの体は拒絶反応を示した。
体が勝手に屍犬を排除しようと動く。
「はらえ、おおはらえ、火之迦具土!華焔!!焼灼!!」
広間一帯を包む灼熱地獄。熱線とも、熱波ともいえる高温が部屋を満たす。
だが、それは悪手だった。
ひとつは祝詞を読み間違えたこと。
ひとつは焼灼の練度が低かったこと。
つまりは密封された空間で、不完全な焔術を使用した事が悪手だったのである。
肉も皮も骨も全てを黒焦げにするはずだった焼灼は、屍犬の腐敗した内臓にのみダメージを与えた。
のそっと動き出した先頭の屍犬の腹部が不自然に膨れる。
もう一歩踏み出そうとした所で
ボンっ!!
と内部から破裂したのだった。
それに続くようにあちこちからボンっ!ボンっ!!と破裂音が続く。
目視していた三匹以外にも屍犬は闇に潜み、様子を伺っていたのだ。
どす黒い内臓があちこちに散布され、シェリルの足元にゴロリと頭部が転がってきた。
頭部は小刻みに震えだすと、赤黒い液体を撒き散らし、やはり破裂した。
シェリルはそこで、ついに気を失ってしまったのである。
シェリル、死合いに勝ち、勝負に負ける。
経験不足が明らかになった貴重の戦闘でもあった。
暫くして、カグヤが広間に足を踏み入れる。
「こ、こりゃ予想以上に酷いね。」
数々の戦闘をこなしてきたカグヤも顔を青くする。
これが自分に向けて放たれたとおもったら身震いがする。
焼灼は練度が上がれば範囲指定できるのだが、それにしても・・・。
「焼灼はしばらく封印だね・・・。さて」
これだけの屍犬がいるということは、おそらく番犬代わりだろう。
アンデッドを引きつける、又は作り出している頭首に繋がる何かが、この部屋に隠されているのだろう。
しかし、自分がそれを見つけては、シェリルの経験は積めない。
カグヤは目覚めたシェリルが動きやすい様に、破裂した屍犬をひとつづつ、華焔で灰へと変えて行くのであった。
暖炉、ソファ、机くらいしか特筆するところはない。
あとは、至る所に燭台がある事くらいか。
「師匠、本当にこの部屋に秘密が隠されてるんですか?なんの変哲も無い広間にしか見えませんけど・・」
「錬金術士はあまり表に立たないからね。多くは詐欺師あつかいされるか、変人扱いされるかだ。
だから奴らは、秘密の部屋に篭りたがる。
例えば、暖炉。
廃墟になのに、蒔がくべてあるのはおかしくないかい?」
「なるほど。華焔っ!」
シェリルはすかさず人差し指で小さな華焔を打ち出す。
赤い蝋燭ほどの火は、放射線を描いて暖炉に着地し、火を起こした。
ギィィィ
と何処かで扉が開く音がした。
「当たりだね。さて、どの部屋の仕掛けが作動したか確かめないと。
ここからは二手に別れるよ。あ、焼灼は使わない事。また、破裂されたら溜まったもんじゃないからね。」
先程の状況を思いだしたのか、シェリルは青くなりながらコクコクとうなづいた。
ほどなくして。
隠し部屋はあっさりと見つかる。
階段の踊り場にポッカリと開いた空間をカグヤがめざとく見つけたのだ。
壁を抜けると今度は下り階段だった。
ひんやりとした空気が底から這い出てくる。
シェリルが松明代わりに華焔を発動させた。
「もう大分慣れたみたいだね。祝詞は一度唱えると暫くの間効果が持続する。
蒼い焔を使うときの祝詞はこうだ
《なかとみはらえ 天つ罪
なかとみさいもん 国つ罪
ひのやぎはやを、ひのかかびこ。
けがれ、おおはらえ、火之迦具土》
おそらくこの先に元凶がいる。
蒼い華焔で対抗しな。」
シェリルは即座に祝詞を口にする。
焔がゆらり、と揺れて蒼く染まった。
「何者だ・・・」
おそらく血で描かれたであろう魔法陣の中心にそれはいた。
顔の半分を包帯で包み、漆黒のマントで身を包む闇の眷属
呪われし錬金術士であった。
「・・・あんた、悪魔と契約をしたね。冥界の匂いがプンプンするよ」
「ふん、人間風情が、人間を超えた私に説教か。
まぁ、よい。屍犬や幽鬼を食らうのも飽きた所だ。
貴様等の臓腑を食らえば、私の半身を良くなるやもしれん。」
錬金術士はバサリとマントを翻した
「シャドウ・エッジ・・・」
地下室のありとあらゆる影から、漆黒の槍が飛んでくる。
例えアギトでも無傷で躱すのは困難だったろう。
しかし、カグヤはニヤリと笑い、慌てる事なく最善の一手を撃つ。
「華焔・焼灼!!」
二人を包むように蒼い焔が壁となった。
いや、実際には二人を除いた一帯が灼熱につつまれているのだ。
黒い槍は光に溶け、同時に錬金術士にも攻撃を与える。
攻防一体となる妙手である。
「くっ。中々やるようだな。ならば・・・」
トプン、と錬金術士は自らの影に沈む。
どうやら影から影へ移動できるようだった。
「まかせてください。ガイア・プロテクション」
シェリルは無詠唱で黄色く発光する防御壁を張る。
布一枚程度の厚さが二人を包んだ。
直後、シェリルの背後から姿を現した錬金術士はシェリルの首筋に手刀を叩き込む。
それはシェリルの細い首を切断するはずだった。
しかし、薄暗い空間に血飛沫をあげ舞ったのは錬金術士の腕の方だった。
「ぬぅ!なんという硬さ!!見誤ったわ!」
しかし、錬金術士は距離を取ると同時に二人の足元を固めていた。
石を錬金により形を変えさせ、太ももまで固める。
「エーテル・イグニッション」
錬金術士の血液が火花をあげる。
動きの封じられた二人を吹き飛ばそうと地を這う。
「グラン・クラック!!」
シェリルが指をパチンとならすと石の床はヒビ割れ、次の瞬間裂けた。
火花はそのまま地に吸い込まれ、二人の手前で大爆発を起こす。
爆風や瓦礫は全て弾かれたが、壁に叩きつけられた衝撃で黄色い防御壁は砕け散る。
受け身をとったカグヤは自分の方が相手を侮っていたと痛感する。
「ほう。面白い。我が錬金の力を振るうに値する強敵よ。まさかこんな所で相見えようとは。」
肘から先のない右手をぶるんと振ると、闇が集まり、表面を肌がコーティングし、あっと言う間に再生する。
「闇魔法に再生能力、か。あんた生前は名のある錬金術士だったんだね」
「ふ。生前はしがない術士よ。闇の盟約により、圧倒的な力を得たのだ。その為には眠りにつく必要があった。闇に堕ち、這い上がったものだけがこの力を振るえるのだ。」
「じゃあ、貴方は、目覚めたばかりなんですね・・・」
ヨロヨロと立ち上がりながら、シェリルが訪ねる。
「今日で7日になる。あと3日もあれば、貴様達を圧倒できただろうに。
運が良いのか、悪いのか。」
それは、錬金術士をさしていたのか、それともシェリル達をさしていたのか。
「華焔・黒縄!!」
カグヤが蒼い焔の鞭を発動させた。
空気を弾き、より激しく燃え上がりながら錬金術士を襲う。
しかし。
錬金術士はトプン、とまた、影に潜る。
「華焔っ!!もっと激しく燃えて!!」
シェリルが発動させた華焔をさらに大きく燃え上がらせた。
少しでも影を減らそうと努力するが、シェリルの華焔は、自らの影をより濃く、長くするだけだった。
「ここじゃ、分がわるい!上に抜けよう!」
「駄目です!!影が多くなったら対処できません!街まで行かれたらっ!!」
影を持つもの全てが人質になる。
「参ったね・・・」
「カグヤ師匠、私が石で完全に身動き出来なくします。叫喚で焼きつくしましょう!」
「・・・やれるかい?」
「できなければ負けるっ。私、やります!!」
しかし、二人が錬金術士は態勢を整える前に襲い掛かる。
攻撃に長けた、カグヤに。
一瞬で首筋噛みつき、噛み切ると、また影に潜もうと身を翻す。
「させないっ!オーアコフィン!!」
錬金術士の足元から石が形を変えていく。
影に沈むのも構わず、シェリルは石で菱形の立方体を組みきった。
「むぅ!?移動できん!?」
これがただの柩であれば抜け出せたのだろう。
だが大地の加護を受けた巫女の結界は、いかに悪魔と契約を交わした錬金術士でも逃しはしない。
しかしすべてが計算通りとはいかなかった。
止めをさすためのカグヤは、首を裂かれ華焔を放つ為の祝詞を紡げない。
しかし、シェリルは、オーアコフィンを維持するだけで一杯である。
一筋の光も通さない完璧な密封空間は予想より遥かに精神力を消耗する。
今、解除すれば次は捕まえられないだろう。
そうなればなぶり殺しにされる。
やるしかない。
シェリルは覚悟を決めた。
「クエース様・・。迦具土様・・。力を貸して!!華焔石枢陣!!!」
未だかつて挑戦したことすらない、異なる属性魔法の同時発動。
最期の賭けだった。
そしてシェリルはその賭けに・・・勝ったのだ。
形成したオーアコフィンの中で蒼い焔の球体が生まれる。
辺りの空気を巻き込み限界まで膨張した小さな太陽は、錬金術士も石の柩もすべてを巻き込み爆発をした。
衝撃は全て内側に吸収され、石柩はサアアっと灰になり風に散った。
と同時に廃墟内に立ち込めていた不穏な空気も消える。
だが安堵している暇はない。
シェリルは傷口を塞ぐことが出来ても、傷口を治す術をもっていないのだ。
「ストップ・アップ」
傷口を石の膜で止血し、華奢な体でカグヤを担ぎ、肩を貸す形で長い階段を上っていく。
「シ・・シェリル・・・」
「喋っちゃダメです!」
「・・・よく・・・やったね」
そういうと、カグヤはがくりと気を失った。
死なせない!
もっとカグヤさんと一緒にいたい!
気を失い、更に重くなったカグヤを引き摺るようにして、泥まみれになりながら、サザンフォレスへとむかった。
そんな二人の先行きを案じるように、パラパラと雨が降っていた。




