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翼竜聖女  作者: 黒御影
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本音

ウロボロスの復活から1夜が明けた。

イグニスの宿屋に併設されている大食堂は、空に昇っていく黒い竜の話で持ちきりだった。

平穏な日常を暮らす中、突然黒い竜を見たところで破滅の前触れだと予見するもの等いなかったが、流石に不吉だと語る者が大多数だった。

真実を知る四人は、唯黙々と食事を取るだけだった。

沈黙を破ったのは、やはりカグヤだった。

激しい気性は、沈んだ空気を好まない。


「いつ、出発するんだい?」

「明日、発つ」


間髪入れずドレットが答えた。


「それは急すぎるんじゃないかい?

シェリルの話を聞いたろう?あんたのせいじゃない。早かれ遅かれ、アイツは目覚める定めだったんだよ」

「ああ、そうなんだろうな。でも俺が気にしてるのはそっちじゃないんだ。

聖剣に選ばれし者を探せって言ってたけど、そいつが果たして1年でアイツと渡り合えるのか?

戦闘力じゃなくて、気持ちの問題なんだ。大袈裟じゃなく、世界の命運がかかった闘いに挑ませなきゃならない。

それには1年は、短すぎる」

「オレも明日発つぜ」

アギトも続いた。

「オレは1年、みっちり修業するつもりだ。時間が惜しい。」

「街の人にはなんて言う気だい?」

「何も。知る必要はない。世界は破滅なんかしないからだ。」


やはりイグニスの男も、炎の様な気性なのだ。

あれほどの力を目の前にして、アギトの目は静かに燃えていた。


「そうかい・・・。なら、アギト、今日は付き合って貰うよ。」

「なんでオレが」


机がガタンと一瞬浮いた。

カグヤが器用に黒目だけシェリルからドレットへと動かす。


「そうだな。長旅になるだろうから買い物ぐらい付き合ってやらないとな。」

のそっと席を立とうとするアギトにドレットが声を掛けた。


「ちょっとまて」


机の影から無造作に革袋を取り出し、アギトの前に投げた。


「金貨30枚はある。好きに使ってくれ。」

「・・・そんな大金、訳もなく受け取れねぇな。

これは依頼じゃねぇ。オレが自分の意志で選んだ道だ。」


ドレットの態度にアギトは苛立った。

この四人は共通の目的を持ったいわば同志だと思っていたのだ。

それを、金で雇うみたいに金貨を投げて寄越すなど、見くびられた気がした。


「不愉快にさせたのなら済まない。だが使ってくれ。今後の為なんだ。」

「・・・まぁ、シェリル嬢ちゃんの為でもあるしな。ここは使わせてもらう。」


ぶっきらぼうに革袋を掴むと、アギトはカグヤと共に大食堂を後にした。



「・・・いいのか?」


宿屋からでて太陽の光に眩しそうに目を細めながら、アギトはカグヤに尋ねる。


「あの二人、ずっと一緒だったそうじゃないか。こんな形で離れ離れになるなんて可哀想じゃないか」

「お前だって、ドレットに惚れてるんだろう?」

「・・・私はイグニスの剣聖に敵対してまで、ドレットを追えなかった。

諦めた訳じゃない、けど、あの子に敬意を表したいんだ。

自分の気持ちに気付いて欲しいんだ。

じゃなきゃ、不公平だろ?」

「折角の有利を手放す事になってもか?」

「不利な状況にこそ燃え上がる!それがイグニスの女ってもんさ! ほらほら、早く行かないと!今日は買うよーー!!!」





二人が席を立ってから、ドレットとシェリルの間は再び沈黙に包まれていた。

シェリルは食後のお茶を飲みながら、ドレットを見つめていた。


「俺の顔に、なんかついてるか?」

「・・・ううん。ドレット、会った時からちっとも変わらないなーって。」


シェリルは背丈も伸び、肖像画にあった母の姿に一層似た。

長い金髪とクリクリした愛らしい瞳。端正な顔立ちにだれもが見惚れる。

だがドレットははじめて会った時から少しも変わらない。

グレーがかった白髪も、赤い目も、あどけない顔つきも18になる男子にはとても見えない。

それ故、男としてみた事がなかったのかも知れない。


「この体は、成長しないんだ。魔法無効化の代償だ。」

「・・・イシュヴァエル様に、して貰ったんだよね?」

「ああ。

ウチは厳格な家柄で、生まれた時から武術や魔術の全般を教育されてた。

歩くより前に、戦う事を教えるような家柄だったんだ。

んで、家出をした。戦うにしたって、何と戦えばいいか分からなかったからな。

憎くもない敵と戦うなんて、意味が分からなかったんだ。

家では散々鍛えられてたから、生きるのには困らなかった。

狩りも出来るし、金が必要なら盗賊とか、奴隷商人から巻き上げた。

その時オレは、生きる為に戦うんだって納得したけど、帰っても意味がないと思った。

じーさんにあったのはそんな時だ。」


シェリルは思う。

ドレットはいつも話しを聞いてくれた。

でもドレットは自分の話を全然した事がない、と。


「じーさんは変な奴だったよ。

そん時の俺は猛獣みたいに、出会ったやつを片っぱしから攻撃してた。

相手がじーさんでもな。」

「賢者様に闘いを挑むなんて・・・」

「霧と戦ってるみたいだったよ。

儂はお主には勝てん。だがお主には負けん、とか謎めいた事を言ってたな。

滅茶苦茶に暴れまわって、オレはついにぶっ倒れたんだ。

その一瞬に、じーさんは俺にこの紋章・・魔封紋を施した。」

「封じられたの?」

「そうだね。でも、じーさんはその上で闘いを一から教えてくれた。

周りの魔力を操る方法だよ。」

「ドレットがよく使う、孤月とか?」

「そうそう。あれは周りの魔力とか、剣に秘められた力を解放してるんだ。本来は魔剣を操るための技なんだ。」

「聖剣でも使えるの?」

「理屈ではそうだね。オレが聖剣に選ばれし者を探すのは、それを伝授する為でもある。」


何かが引っかかる。だがシェリルの疑問はドレットの次の一言で吹き飛んだ。


「・・・二人きりだな。」

シェリルは顔が熱くなるのを感じた。

「そ、そうだね」

「・・・しばらく会えなくなるな。シェリル、大丈夫か?」

大丈夫。

声が出なかった。

大丈夫なわけがない。

つい最近まで、広い家で、何不自由なく暮らしていた。

平穏だけど、退屈な日常をドレットがよく引っ掻き回していた。

竜に乗ったり、森を探検したり、一緒に本を読んだり、馬鹿話したり。

そんな日常はきっともう来ない。


ーー出来ねば滅ぶ。それが道理ーー


迦具土の言葉が、脳裏に浮かんだ。

無意識に、涙が流れた。

「家に、帰りたい・・・」

たった半月。

だがたった半月でめまぐるしく世界が変わった。

破滅の日まで、何も無かったかの様に、平穏に暮らしたい。

破滅の日なんて、知りたくなかった。

シェリルはボロボロ涙を流しながら俯いた。


「・・・今日、オレとシェリルが出会ったみたいに、世界の何処かで、初めて出会った奴らがきっといる。」


涙も拭かずにシェリルはこくこくとうなづく。


「少しでも長い間、一緒にいて欲しい。だから、行かなきゃ。上手く言えないけど、そう、幸せって奴をいろんな奴に感じて欲しい。」

「ゔん・・・・わかるよ・・・でも、ごわいの・・・」

「怖くていいんだよ。怖いのが普通なんだ。怖いからこそ、ぶっ飛ばしに行く。皆、シェリルの味方だ。」

「ゔん」

いつの間にか、涙は止まっていた。

護られてると感じることが出来た。

神に。皆に。ドレットに。

「ドレットーー。」

「うん?」

「好き」


そして全ての時は止まった。



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