孤独
人との出会い、一期一会
黄金色の平原の彼方から、白い点の様なものがゆっくり、しかし確実に近づいてくるのを、まだ幼いシェリルは胸を高鳴らせながら見つめていた。
人形の様にバランスの整った顔を期待と興奮で朱く染め、13歳の誕生日にと所望したプレゼントを、いまかいまかとそわそわしながら待つ。
黄昏の平原と呼ばれる地方に、シェリルは産まれ落ちた。
5つの農園と広大な屋敷を持つ優しい父は貴族様と呼ばれ、幼いながらにシェリルは父が特別な人間なのだとなんとなく認識していた。
実際は、多くの人間がそうである様に、彼女の父もまた、身内に甘く、配下に厳しいごく普通の人間だったのだが、その二面性を完全に理解するには、まだ彼女は幼すぎた。
屋敷や農園で働く者たちが、彼女と関わろうとしないのは、父の溺愛と、徹底された区別のためだったのだが。
母は物心がつく頃に亡くなり、気づけば、父以外の人間と話す事は年に数える程度になっていた。
本を読み、家庭教師に勉学を学び、1日で発する言葉は「はい。」「わかりました。」だけでこと足りるようになった。
それすらも発さなくなり、動作だけで意志を伝えるようになると、使用人達はこぞって人形の様だ、となおさら距離を置くようになった。
ただ父だけが、妻の面影を強く残した少女に服や花や、年齢に似つかわしくない貴金属を買い与え、満足したように笑うのだった。
だがシェリルがいよいよ笑わなくなり、父との会話すらもままならなくなると、能天気な父も流石に心配しだした。
優秀な医者、高額は薬草、法外な値段の祈祷師や、神職に携わるものまで呼び寄せ、命じたのだ。
娘の様子がおかしい。笑顔をとりもどせと。
だが返ってくる答えは同じだった。
人体に異常なし。むしろ何故笑わないかの方が不思議だ、と。
愛らしい動物にも無反応。
旅芸人の一団の全ての演目にも無反応。
王族もうなる見事な出来映えの料理すら、シェリルの口角を持ち上げることはなかった。
そしてある晩、父が眠る前、いつものようにシェリルの様子を見に行った時だ。
ベッドの横たわるシェリルは微動だにせず、しかし数ヶ月ぶりに、言葉を発した。
「お父様・・・・」
父はとびあがらんばかりに驚き、そして喜んだ。
「おお、シェリル!父はここだ!どうした?何を伝えたいのだ?」
仰向けに横たわる碧い大きな瞳から、つつ、と涙が伸びた。
「私ね、友達が欲しいのーーーー」
黄昏の平原屈指の資産家であるクリストフ卿は、突き抜けそうに碧い空を見上げ、愛娘、シェリルを想う。
平原を隔てる深い森を抜け、馬車で二時間程度の街へとやってきたのであった。
友達、ねぇ。
クリストフ卿の父は、この地域を治める貴族であり、同時に開拓者でもあった。
農園の開墾や労働者同士のトラブルに進んで身を投じ、結果を出し続けたカリスマだったが、クリストフ卿は父と会話をした覚えが少しもなかった。
労働階級の子供達と、いまよりも殊更に鬱蒼とした森の中で朝から晩まで遊び、父子共々、中央貴族だった母に怒られたものだ。
貴族のする事ではない。自覚を持ちなさい。と。
母の教えと、子供時代の不満に囚われてしまったばかりに、娘に辛い思いをさせてしまった。
馬車に揺られながら、クリストフはため息をつく。
何不自由させてないつもりだったのに。
「友達、かぁ」
今度は声に出してみる。
四人乗りの馬車内は彼しかいないので当然答えが返ってくる訳がない。
神学校に通わせようとも思ったが、往復4時間の道のりは負担が大きすぎる。
寄宿させる事も考えたが何より美しく成長していく娘の姿をみれないのは耐え難い。
かと行って使用人達に乞い願うには、クリストフはあまりに厳格すぎた。
とくに良い案が浮かぶわけでもなく、クリストフを乗せた馬車は当初の予定通り、市場へと向かっていた。
商業発展の視察と、会議の為に。
「旦那様。間も無く市場になります。」
従者が前方の小さな窓から声を掛けた。
その声をうけ、クリストフは視線を空から街に移した。
黄昏の街。
黄色と白で彩られた街はまだ若かった。
建物はまだ新しく、石畳の道路は凹凸がなくよく整備されている。
ガタンと馬車が揺れ、大きく左に曲がると、少し広めの通りに出る。
木と布、台座を使った簡易的な店が両側に並び、目の届く範囲は人だかりである。
時刻は朝10時、快晴。
買い物日和という事だ。
クリストフはいつもより子供達の動向を気にしている自分に苦笑した。
店番をするもの、呼び込みをするもの、売り込みをするもの、したは5歳くらいから上は18位までだろうか。
楽な暮らしではないだろうが、軽口を叩き合い、時に協力し、時に出し抜き、だが全力で生きようとしている。
子供なら誰でもいいとは言わないが、娘とは合わないタイプだな、とクリストフは思った。
落ち着きがあり、聞き上手で、常に側にいて、いざという時頼りになるーーー。
「まるで護衛か、親衛隊だな」
思わず、口に溢す。
すると意外な返事が返ってきた。
「護衛ですか?すぐそこに冒険者ギルドがありますがよりましょうか?」
従者が顔を向けた方には黄昏の冒険者ギルドの入り口があり、その前だけポッカリと露店はでていない。
中々に妙案だが、金で雇うのは友達とは言えない。
ーーーそうだ。
クリストフの脳裏に稲妻が走った。
金で雇うのがダメならば、金で買ってしまえば良い。
聡明とは言えまだ子供、何とでも辻褄あわせはできるのだ。
「いや、ギルドは良い。それより、奴隷市場に行ってくれ。」
獣人は、気性が荒いからだめだな。
エルフはプライドが高いし、忠誠心も強いが、子供に仕えるとは思えない。
となると、犯罪奴隷か、戦争奴隷だが、犯罪奴隷は排除だ。
残るは敗戦国から連行された戦争奴隷か。
劣悪な環境で管理されているだろうから、貴族邸で生きていけるなら従順に仕えるだろうと思っていたが。
クリストフは本日何度目かのため息をついた。
少し考えれば分かるが、労働力になる若い屈強な青年か、夜の処理をする若い女しか市場にはいない。
動物の檻の様に仕切られた左右に続く牢獄を歩きながらにしクリストフは諦めかける。
先導していた奴隷商人が足を止め振り返った。
クリストフは首を傾げ、さらに奥を指差す。
「この先は?」
奴隷商人はもごもごとくちごもったが、声を潜めて答えた。
「この先にいるのは、なんて言うか、異質な奴でして。
まず、魔法が一切効きません。魔法でいう事をきかす事が出来ないんです。
そのうえ馬鹿力でして、鉄球のついた枷を紐みたいにぶん回すんです」
「よくそんな危険な奴を奴隷にできたな」
「いやー。自分の力に余程自信があるのか、無頓着なんですよ。
投げやりというか、達観してると言うか。
こんな事言うのもアレなんですが、その気になったら自分でいつでも出ていけるんでしょうね。
ここに入るのは多分、寝てるだけで飯が食えるからだ、と。」
「ほう、少し見せて貰っても?」
「見るのは構いませんが、アレを人と思っちゃいけませんよ。
野獣や獣人の類いと思ってください。」
奴隷商人はなんども念押しをし、おそるおそる足を踏み出した。
「ドレット!おきてるか?」
「あー?飯の時間にしちゃ今日は早いね」
一際分厚い鉄の扉から、やや高くて、しかし落ち着きのある声が返ってきた。
「お前に会いたいって人がいるんだ。大事な客人だから絶対暴れるなよ!!」
奴隷商人が重量のある鉄の扉を体重をかけて開ける。
入り口にたったクリストフが暗がりになれた頃、異様な姿が目に入る。
年、12か13だろうか。グレーの髪はメデューサの様に、太い髪束が何本も後ろに向かって伸びている。
剥き出しの上半身はびっしりと刺青が彫られており、多分これが魔法を無効化しているのだとクリストフは確信した。
だが一番おどろいたのは年端いくつもいかないこの少年が手枷足枷をはめられ、それは壁につながれている上に、鉄球までくくりつけられているにかかわらず、それが当然の様に平然としている事だった。
部屋のあちこちが鉄球をぶつかられたように抉れ、ヒビが入り、今にも壊れそうな状態だった。
そして少年の目は、恐れも憎しみも殺気も何も映してなかった。
その紅い瞳はさながら氷・・・さもなくば風・・・?
それは、つい最近、愛娘が携えてた瞳と一緒だった。
クリストフは思った。
これを飼い慣らすのは不可能だと。
だが、この子ならひょっとしてーー。
「商人。この子は幾らだ?」
「お客さん、正気ですか??ドレットを買う気ならまだ、獣人の方がいう事聞きますよ!!
まぁ、買ってくれるってなら、こっちも助かりますけど、責任は持てませんよ!」
「ふーん、俺を奴隷にしたいのか?」
クリストフは少し時間を空けて。
正直に話す事にした。
「名目はそうだが、君にも悪くない話しだと思うよ。
美味しいご飯と、友達はほしくないかい?」
更新遅めですが宜しくお願いします。
世界観は小出しでいくつもりですm(_ _)m